Neetel Inside ニートノベル
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私が私になった日
【三年前 二月 弐】

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「いったいどうしたんだよ」
「あ。大声出しちゃってごめんなさいね。ちょっと嫌なこと言われちゃって。でもなんでもないのよ」
「なんでもないことないだろ」
 お母さんは至極温厚な人だ。私だって、叱られたことはあるけれどあんな大声は聞いたことがない。いつもは諭すようなゆっくりとした話し方と声なのに。
 ぎこちない笑顔もいつものそれとは違う。
「本当に何でもないの」
「でも――」
「ほら、そろそろ夕ご飯の支度しなきゃいけないから」
 逃げるように台所へとかけていった。お姉ちゃんもそれ以上追及することはなく、ややむくれた表情をしつつも一つ大きなため息をつくと、ソファーへと座りテレビを見ていた。
 私はどうすればいいのかわからず、かといって何とも言えない空気を放って自室に戻ることもできない。おもむろにお母さんの方へと足を進めようとすると。
「お前もこっちでテレビ見ようぜ」
 制止されたので素直に従う。こういうところはやっぱりお姉ちゃんだなと思う一方で、自分の幼さも感じる。もしかしたら友達居なくなったのは空気の読めなさのせいかもしれない。坂巻さんの前ではそうならないように気を付けないと。
「何みたい? 好きなの見ていいぜ」
 リモコンを渡されたので一から順にチャンネルを変えていく。ニュースやらバラエティやら色々やっている。この時間はいつも自分の部屋にいるので見ている番組はなかった。なので適当に、明るい雰囲気のお笑い番組を付けた。
 お母さんはいそいそと食材を切っている。包丁の音はひどく重い。
「触れちゃいけないことだってあるだろ」
 こっそりと耳打ちされる。わかってるよそんなこと。
「でも、なんとかしてあげたいじゃない」
「時間がたてば解決することだってある。明日になったらどうしてあんなことしたんだろうって思うようなことでも、その時はつい頭に血が上るってことはあるんだ」
 まるでいつかのお前が来た時の俺みたいに。とお姉ちゃんは続けた。私はそれ以上何も言えなくなる。
 あの時の私だって、お母さんには話さなかった。逆の立場になったと考えればどういう気持ちなのかは分かる。
「お、こいつらまだ漫才やってたんだなぁ」
「ってことはお姉ちゃんが引きこもる前からやってたんだ」
「引きこもりとかいうな」
「だって本当のこ……いたっ」
 私は、自分のようにお母さんのこともいつかきっとうまくいくに違いない、とそう思うことにした。

       

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