アクティブニートと助手
2:大量の嫉妬は最荒のスパイスかもね
「依頼が来た?」
その後、親に対し色々と嘘を交えながら事の顛末を伝えると、何故か大いに喜びだし「絶対に逆玉を成功させろよ!」とか「立派な花婿になるのよ!」などと訳の分からない事を言われた俺は、名目上咲乃の世話役になる事をあっさり(というよりは両者の夫婦間でまるで最初から俺が世話役をする事が合意されていたかのように)認められてしまった。
それから1週間、本格的な活動が始まるのかと思いきやそんな事は無く、それ処かビラ配りやサイトの開設といった広報活動すらしていなかったので、咲乃が事務所と称すこの家は、俺にはもはや老人ホームな訳で、まるで介護士の気分で毎日通っている状態であった。
「ああ、新都高校在籍の迷える子羊からのメールだ」
そして今もまさに進行形でコイツの為に晩飯(こう言うのもなんだが俺の数少ない趣味の1つが料理だったりするので全国の主婦並に料理は出来るのだ)を作る事にいい加減ウンザリ(趣味とはいえ半ば義務的に料理を作らされるのは嫌な訳で)していたので、このままいけば介護が必要になる年まで世話させられるのではないかと、割とマジで思っていたので、この知らせには思わず「俺、働くよ」と社会復帰宣言をしたニートに対して感涙する親のように喜びそうになった――が、考えたら前回の内に社会復帰宣言はしていたので割とすぐに冷めた。
「ていうか、いつの間に活動なんてしていたんだよ、まさか俺が学校に行っている間に駅前で超アクティブに電話番号とかアドレスを書いたティッシュでも配っていたのか?」
「馬鹿を言わないでくれ、僕がどこの馬の骨かも分からない人間の密集地帯に長時間もいたら急性好酸球性肺炎になって一発であの世行きだよ」
因みに、咲乃の部屋とリビングには計10台もの空気清浄機が設置してある。
この事からも咲乃は病弱な身体をしている……と言いたい所だが、ただ単に潔癖なだけな気がしないでもない。別に頻繁に咳き込んだりしないし。
「まあそうでない事は流石に分かっていたけども……、だからと言って個人サイトを立ち上げていた訳でもなかっただろ?」
「そんな事をした所でサイトを制作するという労力が必要になるからね」
「だったらどうやって――」
「学校裏サイトに宣伝してきた」
「ダイレクト過ぎるだろ!」
いや、確かに効率的かつ効果的な方法ではあるけど……。
「? ネットを介しているのだから間接的だろう? 全く聡ちゃんは不可解な事を言うね」
「いや、そういう意味ではなくて……」
ほんと、ある意味すげーアクティブな奴だなコイツは……。
でも、これで依頼は来たのは事実なだし、ここはポジティブに捉えるべきか。
「けど、それにしては1週間だなんて随分と遅かったじゃないか」
「基本的にこのようなサイトに群がるのは悩める人間とは真逆の人間が殆どだからね、まあ悩める人間がはけ口として悩める人間を作ったりする場合もあるのだが……いずれにしても最初から依頼が殺到するなんて事はこのタイプのサイトに限ってそれはない、当然、来るのは宣伝を揶揄するようなメールばかりだったよ」
なるほど、一見すれば最良の方法のようだが、実際は入れ食いなんて事は有り得ないし、そもそもここを見ているような依頼者の警戒心が低い筈がないんだ。そりゃ、必然的に時間が掛かってしまう訳だ。
「大胆な行動をした割には随分と慎重にならないといけないのか」
「大胆な行動を取ったからこそ、だよ。インパクトというのは初手において重要ではあるが、それ以上に大事なのはその後をどう丁寧に進めるかだ。この場合は特にそう。その勢いにただ身を任せて事を運ぼうとするのは愚蒙のする事だよ」
「そういうものですか」
「僕がもう寝てしまったと勝手に思い込んで、見切り発車で御風呂から上がったままの姿で廊下を移動するのと同じ事だね」
「変な所を覗いてんじゃねーよ!!」
ちっ、違いますよ! 肌着を持ってくるのを忘れただけですよ!?
決して生まれたままの姿の方が開放的で快感とかそういうのじゃないです。
ていうか覗くなら風呂の最中を覗けよ。
「失礼な、妙な物音がしたので強盗ではないかと思い確認しただけだ。まあ実際はただの火星人がブラブラしていただけだったのだが」
「確認の割にはえらく凝視していたように聞こえるのだが」
「安心し給え、常時がアメリカンドックはたいしたものだ」
「下ネタか」
懐かしい突っ込みさせてんじゃねーよ。
閑話休題。
「少々脱線してしまったがつまりはそういう事だ。地道な作業は次に繋げる大事な行為なのだよ、事実、迷える子羊との連絡を取り付けているだろう」
「確かにそうだな……」
恐らく、特に、咲乃の場合はそうなのだろう、直接的な関係性を持ちづらい彼女にとっては、より難しい間接的な方法でなければ、相手の心に近づけられない。
「……それで、その依頼さんはどんな相談をしてきたんだ?」
「見事に学生の王道をついた悩みだよ、いじめだ」
「いじめ……ね」
悩める人間がはけ口として悩める人間を作る――。
咲乃が言っていたのは恐らくこれの意味を指しているだろう。
矛盾撞着した言葉ではあるが、実に言い得て妙な言葉だと思った。
そして、酷く虚しい言葉だとも。
「……咲乃ってさ、もしかして――」
「『いじめが原因で学校に行かなくなったのか?』と心配してくれているのかい? 相変わらず聡ちゃんは義務的に優しいね、昔からいつも僕の事を気に掛けてくれているそういう所、たまらなく好きだよ。でも心配する必要は全くない、学校に通っていた頃は存在感を意図的に無にして生活していたものでね、まずいじめるという過程に辿り着かれる事が無かった。あとね、学校に行かなくなったのは学校で授業を受ける必要性がないと判断したからだよ」
「は? 一体何を言って――」
「それだけ僕にとって義務教育が不要だったというだけの事だよ、疑わしいと思うなら次の進研模試で勝負でもしようか? そうだな……聡ちゃんが勝った暁には僕の処女をプレゼントしよう」
え? 何この子、もしかして齢18にして悟っちゃったの?
いや、そんな冗談さえも本当のように聞こえるほど。
それはもちろん小学生以来お互いに顔も合わせる事すらしていなかったのだから、多少の変化にはむしろ納得するものだが、いくらなんでも流石に色々と変わり過ぎてやしないか?
本当に何事もなく今まで過ごしてこれたのか?
「……いいだろう、ま、後で泣きを見るのは貴様の方だけどな」
けれど、今は深く考えるのは止めておく事にしよう。考えた所で突然何かが変わる訳ではない、ましてや、何も知らない状態では何か訊く事さえ出来ない。
無から有は作り出せないとはよく言ったものだ。
ソレニヤッパリショジョホシイシネ。
童帝の性欲を舐めるなよ。
「大した自信だね、これは好戦を期待してもいいということかな? では君が敗北した時は全裸で拍子木打ちながら町内を徘徊してもらう事にしよう」
「えっ?」
「えっ?」
閑話休題。
「ところで、現時点で何か分かっている事はあるのか?」
「うむ、依頼が来たと知らせておいて悪いのだが、実は情報が極端に少なくてね、色々と質問はしているのだが如何せん未だ警戒されているのか歯切れの悪い返事しか来ないのだ」
「当然といえば当然の帰結か……、せめていじめの主犯者の名前だけでも分かれば少しは進められそうなのにな」
「いや、そこは流石の学校裏サイトだよ。そういう事に関しての情報は掃いて捨てるほど書き込まれているんだよ、だから、依頼者の証言と掲示板の書き込みを照らし合わせればある程度容疑者を絞る事は可能ではある。しかしね……」
と、何故か歯切れが悪そうにする咲乃。
何だ? 外部の情報収集は俺の役目じゃないのか?
「そういうことなら後は俺が学校で容疑者の動向を調べればいいんじゃないのか? そいつの名前を教えてくれれば明日にでも様子を見に――」
「北海堂聡一」
「何?」
「いや、名前を呼んだ訳ではなくて」
「は? じゃあ一体何の為に――」
「違うんだ、容疑者は聡ちゃん、君なんだよ」
「え?」
えっ!?
その後、親に対し色々と嘘を交えながら事の顛末を伝えると、何故か大いに喜びだし「絶対に逆玉を成功させろよ!」とか「立派な花婿になるのよ!」などと訳の分からない事を言われた俺は、名目上咲乃の世話役になる事をあっさり(というよりは両者の夫婦間でまるで最初から俺が世話役をする事が合意されていたかのように)認められてしまった。
それから1週間、本格的な活動が始まるのかと思いきやそんな事は無く、それ処かビラ配りやサイトの開設といった広報活動すらしていなかったので、咲乃が事務所と称すこの家は、俺にはもはや老人ホームな訳で、まるで介護士の気分で毎日通っている状態であった。
「ああ、新都高校在籍の迷える子羊からのメールだ」
そして今もまさに進行形でコイツの為に晩飯(こう言うのもなんだが俺の数少ない趣味の1つが料理だったりするので全国の主婦並に料理は出来るのだ)を作る事にいい加減ウンザリ(趣味とはいえ半ば義務的に料理を作らされるのは嫌な訳で)していたので、このままいけば介護が必要になる年まで世話させられるのではないかと、割とマジで思っていたので、この知らせには思わず「俺、働くよ」と社会復帰宣言をしたニートに対して感涙する親のように喜びそうになった――が、考えたら前回の内に社会復帰宣言はしていたので割とすぐに冷めた。
「ていうか、いつの間に活動なんてしていたんだよ、まさか俺が学校に行っている間に駅前で超アクティブに電話番号とかアドレスを書いたティッシュでも配っていたのか?」
「馬鹿を言わないでくれ、僕がどこの馬の骨かも分からない人間の密集地帯に長時間もいたら急性好酸球性肺炎になって一発であの世行きだよ」
因みに、咲乃の部屋とリビングには計10台もの空気清浄機が設置してある。
この事からも咲乃は病弱な身体をしている……と言いたい所だが、ただ単に潔癖なだけな気がしないでもない。別に頻繁に咳き込んだりしないし。
「まあそうでない事は流石に分かっていたけども……、だからと言って個人サイトを立ち上げていた訳でもなかっただろ?」
「そんな事をした所でサイトを制作するという労力が必要になるからね」
「だったらどうやって――」
「学校裏サイトに宣伝してきた」
「ダイレクト過ぎるだろ!」
いや、確かに効率的かつ効果的な方法ではあるけど……。
「? ネットを介しているのだから間接的だろう? 全く聡ちゃんは不可解な事を言うね」
「いや、そういう意味ではなくて……」
ほんと、ある意味すげーアクティブな奴だなコイツは……。
でも、これで依頼は来たのは事実なだし、ここはポジティブに捉えるべきか。
「けど、それにしては1週間だなんて随分と遅かったじゃないか」
「基本的にこのようなサイトに群がるのは悩める人間とは真逆の人間が殆どだからね、まあ悩める人間がはけ口として悩める人間を作ったりする場合もあるのだが……いずれにしても最初から依頼が殺到するなんて事はこのタイプのサイトに限ってそれはない、当然、来るのは宣伝を揶揄するようなメールばかりだったよ」
なるほど、一見すれば最良の方法のようだが、実際は入れ食いなんて事は有り得ないし、そもそもここを見ているような依頼者の警戒心が低い筈がないんだ。そりゃ、必然的に時間が掛かってしまう訳だ。
「大胆な行動をした割には随分と慎重にならないといけないのか」
「大胆な行動を取ったからこそ、だよ。インパクトというのは初手において重要ではあるが、それ以上に大事なのはその後をどう丁寧に進めるかだ。この場合は特にそう。その勢いにただ身を任せて事を運ぼうとするのは愚蒙のする事だよ」
「そういうものですか」
「僕がもう寝てしまったと勝手に思い込んで、見切り発車で御風呂から上がったままの姿で廊下を移動するのと同じ事だね」
「変な所を覗いてんじゃねーよ!!」
ちっ、違いますよ! 肌着を持ってくるのを忘れただけですよ!?
決して生まれたままの姿の方が開放的で快感とかそういうのじゃないです。
ていうか覗くなら風呂の最中を覗けよ。
「失礼な、妙な物音がしたので強盗ではないかと思い確認しただけだ。まあ実際はただの火星人がブラブラしていただけだったのだが」
「確認の割にはえらく凝視していたように聞こえるのだが」
「安心し給え、常時がアメリカンドックはたいしたものだ」
「下ネタか」
懐かしい突っ込みさせてんじゃねーよ。
閑話休題。
「少々脱線してしまったがつまりはそういう事だ。地道な作業は次に繋げる大事な行為なのだよ、事実、迷える子羊との連絡を取り付けているだろう」
「確かにそうだな……」
恐らく、特に、咲乃の場合はそうなのだろう、直接的な関係性を持ちづらい彼女にとっては、より難しい間接的な方法でなければ、相手の心に近づけられない。
「……それで、その依頼さんはどんな相談をしてきたんだ?」
「見事に学生の王道をついた悩みだよ、いじめだ」
「いじめ……ね」
悩める人間がはけ口として悩める人間を作る――。
咲乃が言っていたのは恐らくこれの意味を指しているだろう。
矛盾撞着した言葉ではあるが、実に言い得て妙な言葉だと思った。
そして、酷く虚しい言葉だとも。
「……咲乃ってさ、もしかして――」
「『いじめが原因で学校に行かなくなったのか?』と心配してくれているのかい? 相変わらず聡ちゃんは義務的に優しいね、昔からいつも僕の事を気に掛けてくれているそういう所、たまらなく好きだよ。でも心配する必要は全くない、学校に通っていた頃は存在感を意図的に無にして生活していたものでね、まずいじめるという過程に辿り着かれる事が無かった。あとね、学校に行かなくなったのは学校で授業を受ける必要性がないと判断したからだよ」
「は? 一体何を言って――」
「それだけ僕にとって義務教育が不要だったというだけの事だよ、疑わしいと思うなら次の進研模試で勝負でもしようか? そうだな……聡ちゃんが勝った暁には僕の処女をプレゼントしよう」
え? 何この子、もしかして齢18にして悟っちゃったの?
いや、そんな冗談さえも本当のように聞こえるほど。
それはもちろん小学生以来お互いに顔も合わせる事すらしていなかったのだから、多少の変化にはむしろ納得するものだが、いくらなんでも流石に色々と変わり過ぎてやしないか?
本当に何事もなく今まで過ごしてこれたのか?
「……いいだろう、ま、後で泣きを見るのは貴様の方だけどな」
けれど、今は深く考えるのは止めておく事にしよう。考えた所で突然何かが変わる訳ではない、ましてや、何も知らない状態では何か訊く事さえ出来ない。
無から有は作り出せないとはよく言ったものだ。
ソレニヤッパリショジョホシイシネ。
童帝の性欲を舐めるなよ。
「大した自信だね、これは好戦を期待してもいいということかな? では君が敗北した時は全裸で拍子木打ちながら町内を徘徊してもらう事にしよう」
「えっ?」
「えっ?」
閑話休題。
「ところで、現時点で何か分かっている事はあるのか?」
「うむ、依頼が来たと知らせておいて悪いのだが、実は情報が極端に少なくてね、色々と質問はしているのだが如何せん未だ警戒されているのか歯切れの悪い返事しか来ないのだ」
「当然といえば当然の帰結か……、せめていじめの主犯者の名前だけでも分かれば少しは進められそうなのにな」
「いや、そこは流石の学校裏サイトだよ。そういう事に関しての情報は掃いて捨てるほど書き込まれているんだよ、だから、依頼者の証言と掲示板の書き込みを照らし合わせればある程度容疑者を絞る事は可能ではある。しかしね……」
と、何故か歯切れが悪そうにする咲乃。
何だ? 外部の情報収集は俺の役目じゃないのか?
「そういうことなら後は俺が学校で容疑者の動向を調べればいいんじゃないのか? そいつの名前を教えてくれれば明日にでも様子を見に――」
「北海堂聡一」
「何?」
「いや、名前を呼んだ訳ではなくて」
「は? じゃあ一体何の為に――」
「違うんだ、容疑者は聡ちゃん、君なんだよ」
「え?」
えっ!?
「気兼ねなく喋れる相手いる」というのが友人である事の条件としていいのならば、なるほど確かに俺には友人と呼べる人間がいない訳ではない。
昨日見たテレビの話題で盛り上がったり、昼飯を一緒に食べたり、連れションしたり、教科書忘れたら借りたり、体育の2人組になれと言われればなれる相手もいる。先の条件で友人である事が認められるのならばこれらはより友人である条件と成り得るだろう。
ならば、決して多くはないが友人と呼べる存在はいるのだ。
しかし、俺はこんな条件、実に薄っぺらく、上辺だけの関係にしか見えてならない。
つまり何が言いたいのかといえば俺には親友と呼ばれる類の人間は恐らくいない。
というよりそもそも親友という定義は一体どの領域に入って初めてその友人と呼べる存在を親友と呼ぶ事が可能となるのだろうか。
週に3回以上遊んでいたら? 1日1回メールをしていたら? お互いの秘密を話しあえる仲なら? 相手に直接「○○の事を俺は親友だと思っている」って言われたら?
もしかしたら、親友というのは気づかぬ間に自然と出来てしまうものなのだろうか。
まあ、そんな事が分からない時点で俺に親友がいないのは自明の理であろう。
だから自信を持って言えるのだ。
俺は当たり障りの無い人間関係しか持っていないと。
誹謗中傷も罵詈雑言も飛短流長もする事もされる事も無いのだと。
その過程に至る事も至られる事も――ないのだ。
「安心し給え、もちろん僕は聡ちゃんの味方だ」
しかし何と言うか犯人は自分では無い、陰謀だとは頭で分かっていても、パトカーが横を通り過ぎると何も悪い事はしていないのに思わず緊張してしまうように、何故か最近の記憶を探りながら明らかに挙動が不審になってしまっている俺がいた。
そしてそれに気づいた咲乃は俺に対し優しくそう言った。
「咲乃……」
「だから正直に言いなさい、自分がやりましたって」
「ちょっと待て」
「正直に言ったら、咲乃怒らないから」
「とかいって正直に言ったら途端にキレる先生の王道の台詞じゃねーか」
「謝る時は僕も一緒に付き添ってあげるから」
「オカンか」
「これから一緒に謝りに行こうか」
「これから一緒に殴りに行こうかみたいに言うな」
てっきり恋愛の対象として付き合おうと言われたものかと思っていたが、もしかしたら実は漫才のコンビとして付き合おうという意味で告白されたのかもしれない気がしてきた。
M-1去年でラストイヤーなんですけど。
いや、そうじゃなくて。
「安心し給え、まだキングオブコントが残っているじゃないか」
「そうじゃなくて!」
ていうか読心術は他作品(同作者)のキャラが既にやっているからパクっちゃイカンですよ。
え? 更新してない癖に宣伝するなだって?
はい、すみません。調子に乗り過ぎました。
「さて、冗談はこれくらいにして」
冗談にしては随分悪質な気がするが、そう前置くと、咲乃は続けた。
「聡ちゃんが犯人でした、だなんて馬鹿げた事は流石に思ってはいない。大体、もし君がそんな人間であったとしたら僕は現在に至るまで君を愛し、そしてその募りに募った積年の愛を君に披瀝などしたりしない。それぐらい君の顔なら見れば分かる」
毎度ながら何故コイツはストーカーまがいの台詞をこうサラリと言えるのだろうか。
いや、嬉しく無いといえば嘘になるのだが、言われたこっちが恥ずかしいわ。
「しかし、そうは言っても証拠ないのは事実だ。問題解決の上で『私は彼が好きだから彼は犯人ではありません』というのではお話にならない。今年の流行語大賞にノミネートされてもおかしくはないレベルの見事なギャグだよ」
「相当のノロケカップルなら案外言っていそうな気がするけどな」
「いずれにしても、そうなると聡ちゃんが犯人でなく、真犯人が別にいると考えて行動して行かなければならない。そしてその真犯人は聡ちゃんと同学年の人間であり、尚且つ君の事をある程度知っている人物に限られる。つまり、君の知り合いの犯行である可能性が高い」
「え? ちょっと待て、何でそんな事が分かるんだよ」
「簡単な事さ、まず学校裏サイトにおける、いじめに関してのスレッドでここ最近一番盛り上がっていたのが高3の板だけであったという点、そしてもう1つはたいして友人がいなく、人気度も下から数えた方が早い筈の聡ちゃんをピンポイントで狙っている点だ」
何か腑に落ちない事を言われた気がしたが否定は出来ないので黙っておく事にする。
ていうかそれ以前に何故コイツは俺に友人が少ない事実を知っている。
……だが、言われてみれば確かにそうだ。学園の人気者に嫉妬して根も葉もない噂を流すのはまあ不本意ではあるが分かる、だが俺は――帰宅部故に先輩後輩と言った上下の関係などある訳もなく、ましてや3年間を通しても同級生の友人など指折り出来る数しかいないような人間なのだ。それにも関わらず――狙われたのは俺だった――クラスの集合写真で一番端に写るような――俺だったのだ。
そうなれば、必然的に、すべからく、否応なしに犯人が絞られてしまう。
「……でも、そうだとしたらおかしくないか? だって、依頼内容に矛盾が生じるじゃないか、現にその依頼者はいじめという行為を受けているから咲乃に相談をして来た訳なんだろ? 俺が犯人じゃないとなってしまったら、一体その依頼者は誰にいじめられていたんだ?」
「そう、問題の真髄はそこだよ。嫌な言い方ではあるが仮に聡ちゃんが犯人であったならこの依頼は一瞬で片付く程の取るに足らないものだった。しかし、犯人が別にいると考えた以上この依頼は実に妙な事になる。別の者がいじめ行為をしていたというのなら学校裏サイトに真犯人を記述した内容が載っていてもおかしくはない筈、なのに現実は聡ちゃんの悪行を記述した内容しか載っていない、ならば依頼者は一体誰にいじめられているというのか、そしてわざわざ聡ちゃんを嵌める為に書かれたこの内容の真意は一体何となるのか、少し見方を変えただけで繋がっていた筈のピースか突然糸が切れたかのようにバラバラになるという、矛盾した状況に陥ってしまっているのだよ」
何か色々と言いたかったけれど、恐らく何を言った所で結局行き着く場所は一緒な気しかしなかったので全て飲み込んでしまった。そして1つだけ尋ねる。
「なら……これからどうしたらいいんだ?」
「僕はこれから依頼者から何か情報を引き出せないかやってみる。そして聡ちゃんは知り合い以外の犯行も視野に入れながら、主に君の知り合いに探りを入れていってくれ」
「その知り合い以外の可能性は……高くはないのか?」
「限りなく低い、と言った方がいいかもね、悪いけれど。もちろん聡ちゃん以外の人間がいじめを行っているというレスが1つでもあればその可能性はむしろ高いと言ってもよかった。けれどね、いじめを行っている人間として名が挙がっていたのは君だけしかいないのだよ、それも余計なぐらい沢山ね、まるで君が犯人では無いと言っているかのように」
「……」
「だから……後は分かっているね」
そう言って淡く微笑んだ彼女の顔はちょー可愛いというには程遠く、むしろ悲愴感漂う実に哀れむかのような面持ちで――俺は思わず頷く事しか出来なかった。
別に、友人を疑わなければならない事に痛みを感じていた訳ではない。
むしろ、上っ面の関係なのにどうしてこうなったのか疑問に思っているくらいだ。
ただ少し、腹が立っただけだ。
知らぬ間に、咲乃の社会復帰に俺が妨げのようになっていた事が。
ほんの少し、苛立っただけだ。
昨日見たテレビの話題で盛り上がったり、昼飯を一緒に食べたり、連れションしたり、教科書忘れたら借りたり、体育の2人組になれと言われればなれる相手もいる。先の条件で友人である事が認められるのならばこれらはより友人である条件と成り得るだろう。
ならば、決して多くはないが友人と呼べる存在はいるのだ。
しかし、俺はこんな条件、実に薄っぺらく、上辺だけの関係にしか見えてならない。
つまり何が言いたいのかといえば俺には親友と呼ばれる類の人間は恐らくいない。
というよりそもそも親友という定義は一体どの領域に入って初めてその友人と呼べる存在を親友と呼ぶ事が可能となるのだろうか。
週に3回以上遊んでいたら? 1日1回メールをしていたら? お互いの秘密を話しあえる仲なら? 相手に直接「○○の事を俺は親友だと思っている」って言われたら?
もしかしたら、親友というのは気づかぬ間に自然と出来てしまうものなのだろうか。
まあ、そんな事が分からない時点で俺に親友がいないのは自明の理であろう。
だから自信を持って言えるのだ。
俺は当たり障りの無い人間関係しか持っていないと。
誹謗中傷も罵詈雑言も飛短流長もする事もされる事も無いのだと。
その過程に至る事も至られる事も――ないのだ。
「安心し給え、もちろん僕は聡ちゃんの味方だ」
しかし何と言うか犯人は自分では無い、陰謀だとは頭で分かっていても、パトカーが横を通り過ぎると何も悪い事はしていないのに思わず緊張してしまうように、何故か最近の記憶を探りながら明らかに挙動が不審になってしまっている俺がいた。
そしてそれに気づいた咲乃は俺に対し優しくそう言った。
「咲乃……」
「だから正直に言いなさい、自分がやりましたって」
「ちょっと待て」
「正直に言ったら、咲乃怒らないから」
「とかいって正直に言ったら途端にキレる先生の王道の台詞じゃねーか」
「謝る時は僕も一緒に付き添ってあげるから」
「オカンか」
「これから一緒に謝りに行こうか」
「これから一緒に殴りに行こうかみたいに言うな」
てっきり恋愛の対象として付き合おうと言われたものかと思っていたが、もしかしたら実は漫才のコンビとして付き合おうという意味で告白されたのかもしれない気がしてきた。
M-1去年でラストイヤーなんですけど。
いや、そうじゃなくて。
「安心し給え、まだキングオブコントが残っているじゃないか」
「そうじゃなくて!」
ていうか読心術は他作品(同作者)のキャラが既にやっているからパクっちゃイカンですよ。
え? 更新してない癖に宣伝するなだって?
はい、すみません。調子に乗り過ぎました。
「さて、冗談はこれくらいにして」
冗談にしては随分悪質な気がするが、そう前置くと、咲乃は続けた。
「聡ちゃんが犯人でした、だなんて馬鹿げた事は流石に思ってはいない。大体、もし君がそんな人間であったとしたら僕は現在に至るまで君を愛し、そしてその募りに募った積年の愛を君に披瀝などしたりしない。それぐらい君の顔なら見れば分かる」
毎度ながら何故コイツはストーカーまがいの台詞をこうサラリと言えるのだろうか。
いや、嬉しく無いといえば嘘になるのだが、言われたこっちが恥ずかしいわ。
「しかし、そうは言っても証拠ないのは事実だ。問題解決の上で『私は彼が好きだから彼は犯人ではありません』というのではお話にならない。今年の流行語大賞にノミネートされてもおかしくはないレベルの見事なギャグだよ」
「相当のノロケカップルなら案外言っていそうな気がするけどな」
「いずれにしても、そうなると聡ちゃんが犯人でなく、真犯人が別にいると考えて行動して行かなければならない。そしてその真犯人は聡ちゃんと同学年の人間であり、尚且つ君の事をある程度知っている人物に限られる。つまり、君の知り合いの犯行である可能性が高い」
「え? ちょっと待て、何でそんな事が分かるんだよ」
「簡単な事さ、まず学校裏サイトにおける、いじめに関してのスレッドでここ最近一番盛り上がっていたのが高3の板だけであったという点、そしてもう1つはたいして友人がいなく、人気度も下から数えた方が早い筈の聡ちゃんをピンポイントで狙っている点だ」
何か腑に落ちない事を言われた気がしたが否定は出来ないので黙っておく事にする。
ていうかそれ以前に何故コイツは俺に友人が少ない事実を知っている。
……だが、言われてみれば確かにそうだ。学園の人気者に嫉妬して根も葉もない噂を流すのはまあ不本意ではあるが分かる、だが俺は――帰宅部故に先輩後輩と言った上下の関係などある訳もなく、ましてや3年間を通しても同級生の友人など指折り出来る数しかいないような人間なのだ。それにも関わらず――狙われたのは俺だった――クラスの集合写真で一番端に写るような――俺だったのだ。
そうなれば、必然的に、すべからく、否応なしに犯人が絞られてしまう。
「……でも、そうだとしたらおかしくないか? だって、依頼内容に矛盾が生じるじゃないか、現にその依頼者はいじめという行為を受けているから咲乃に相談をして来た訳なんだろ? 俺が犯人じゃないとなってしまったら、一体その依頼者は誰にいじめられていたんだ?」
「そう、問題の真髄はそこだよ。嫌な言い方ではあるが仮に聡ちゃんが犯人であったならこの依頼は一瞬で片付く程の取るに足らないものだった。しかし、犯人が別にいると考えた以上この依頼は実に妙な事になる。別の者がいじめ行為をしていたというのなら学校裏サイトに真犯人を記述した内容が載っていてもおかしくはない筈、なのに現実は聡ちゃんの悪行を記述した内容しか載っていない、ならば依頼者は一体誰にいじめられているというのか、そしてわざわざ聡ちゃんを嵌める為に書かれたこの内容の真意は一体何となるのか、少し見方を変えただけで繋がっていた筈のピースか突然糸が切れたかのようにバラバラになるという、矛盾した状況に陥ってしまっているのだよ」
何か色々と言いたかったけれど、恐らく何を言った所で結局行き着く場所は一緒な気しかしなかったので全て飲み込んでしまった。そして1つだけ尋ねる。
「なら……これからどうしたらいいんだ?」
「僕はこれから依頼者から何か情報を引き出せないかやってみる。そして聡ちゃんは知り合い以外の犯行も視野に入れながら、主に君の知り合いに探りを入れていってくれ」
「その知り合い以外の可能性は……高くはないのか?」
「限りなく低い、と言った方がいいかもね、悪いけれど。もちろん聡ちゃん以外の人間がいじめを行っているというレスが1つでもあればその可能性はむしろ高いと言ってもよかった。けれどね、いじめを行っている人間として名が挙がっていたのは君だけしかいないのだよ、それも余計なぐらい沢山ね、まるで君が犯人では無いと言っているかのように」
「……」
「だから……後は分かっているね」
そう言って淡く微笑んだ彼女の顔はちょー可愛いというには程遠く、むしろ悲愴感漂う実に哀れむかのような面持ちで――俺は思わず頷く事しか出来なかった。
別に、友人を疑わなければならない事に痛みを感じていた訳ではない。
むしろ、上っ面の関係なのにどうしてこうなったのか疑問に思っているくらいだ。
ただ少し、腹が立っただけだ。
知らぬ間に、咲乃の社会復帰に俺が妨げのようになっていた事が。
ほんの少し、苛立っただけだ。
逢坂結。
俗に言う委員長タイプである彼女の概要を少し語らせて貰うとすれば、こう言いうのも何だがはっきり言って委員長と呼ぶにはとても無理がある外見をしている。
一般的な委員長イメージを、街頭百人アンケートを取ったとすればやはり『眼鏡に三つ編み優しい性格』の三拍子や『黒髪ロングでクールな性格』の二拍子が大概であろう。
だが俺のクラスに存在する『委員長』という名の化けの皮を被った逢坂結は一味違う。
何と言うかまず見た目が無い。委員長といえば暗黙の了解として黒髪が基本だというのにコイツは思わず二度見し、そして戦慄してしまう程に完璧な茶髪なのである、加えて先天性もっさりパーマによって何かもう頭にうんこ乗ってるみたいに見えるし。
そして何と言っても極めつけは性格である。委員長キャラというのはどこまでも行っても、地平線の果て、いや、宇宙の外側まで行っても雅さを忘れてはならないのだ。確か「委員長の手引き」の1頁1行目に赤文字で書いてあった筈である。そんなのないけど。
しかしコイツは見事なまでにそれを裏切った「よう聡一! 濡れ煎餅見たいな面してどうしたよ!」な性格なのである。
…………。
「……それを言うなら湿気た面だろ、あと語尾に煎餅とか付けないから」
「あれ? そうだっけ? でもあんまり大差無いだろ? あべこべいうなって」
「つべこべな」
そう、古典的にアホなのだ。それに底抜けに明るいという片頭痛発症オプション付き。
いやな、これが普通の、一介の生徒であれば別に何の文句はないだろう。むしろクラスに1人はいても何の違和感も無い、常識の、コモンセンスの範囲内と言っていい。
しかしながら、委員長というものに対して高遠なる理想を抱いている俺にとっては、逢坂程度の輩が委員長の席に居座っている事に我慢ならんのである。反吐の極みである。
「別に落ち込んでいた訳じゃねーよ、まあ、考え事みたいな奴」
「ふーん、お前みたいな脳天気な奴でも悩む時があるんだな」
……もしコイツが女じゃなかったら今頃腹パンからの顎へし折りスマッシュだな。
「ま、何に悩んでいるのか知らないけどあんまり深く考え過ぎんなよ、学校にいる時ぐらい何も考えず、楽しくいないと生きていて損だぜ」
そう言うと咲乃張りに可愛い笑顔を見せる逢坂。
……まあ、こういう裏表が無い、はっきりしているような奴の方が、案外クラスを引っ張って行いけたりするものだし、こういう委員長も意外と悪くはないかもな。
……俺っていつか笑顔を使った詐欺に騙されそうだな……。
「あ、そういえば文化祭に必要な紙を朝の内に取りに行かないといけないんだっけ」
すっかり忘れていたよ、と言い残すと逢坂は陸上部のエースとして培ってきた自慢の足を、これでもかと見せびらかすように教室を後にしていった。
彼女の机の上に置いてある「文化祭要項」と書かれたプリントも残して。
……うん、やっぱり委員長は知的である事は必要最低条件だな。
「や、聡一君、おはよーさん」
東橋夕季。
腰まである長く黒い髪を三つ編みにし、実に整った顔をした彼女は、まさに「ええ所の子」の清楚オーラ全開の見た目をしていて、その所為か彼女の口から放たれる優しくおっとり口調は、関西弁だというのに何故か京都弁の様な上品さを纏っているのである。
そうなるとついテンプレート通り彼女はきっと明治から続く財閥の娘なのだろう、とつい思いがちになるが、何てことは無い、彼女はただの一般庶民というから恐ろしい。
因みに補足、というか比較であるが、逢坂はこの学校の理事長の娘であったりする。
まさに育ちの良さは周囲の環境ではなく親の躾なのだと実感した瞬間だよね。
「ああ、おはよう、東橋さん」
「ん? 何や偉い暗い顔しとんな、どうかしたん?」
え? 俺ってそんなに感情が表に出るような顔しているのか?
「やっぱりそう見えるのか? 別に落ち込んでいた訳じゃないんだけど」
「やっぱりって、誰かにも同じような事言われたん?」
「アホの逢坂にちょっとな」
「こら聡一君、そんな人の事軽々しくアホなんて言うたらアカンで、どうしても言いたいならもっとオブラートに『他者と比べて若干学習知能が劣る知恵遅れの愚者』って言わな」
「え、何その卑劣な表現。絶対オブラートじゃないよね」
そして長いわ。
「え? せやろか。私は『アホ』何て言うよりは断然ふわふわ言葉やと思うんやけど」
「ふわふわ言葉って、またえらく懐かしい言葉を持って来たな」
東橋は見た目だけで言えば彼女以上に委員長が似合わない奴はいないと断言できる程委員長タイプなのであるが、先程御覧頂いたよう言語が結構、かなり、大分アレなのが偶に傷じゃない次元にいらっしゃるので、俺は委員長に推薦するのを踏み止まったのである。
つまり何が言いたいかというと、彼女は生粋の大阪の血が騒いだ故に反射的にボケてしまったのでは決してなく、ごく自然に、マジで言ったのである。
「んー、しかし、こうなるとあの噂もあながち嘘じゃない気いしてきたなあ」
「……? 何だよ、急に、俺が変な事でもしたか?」
「いやな、最近聡一君がか弱い少女を甚振って快楽を得ているっていう随分不快な噂を聞いてな、流石に冗談やと思とってんけど、ちょっとどうなんやろな~って」
いつ探りを入れようか倦ねていたのに、まさか東橋から訊いてくるとは。
「……それはいくらなんでも見切り発車が過ぎやしないか? 大体『アホ』程度の陰口なら誰でも言うだろ、確かに容疑者扱いされている訳だから少しの言動でさえも怪しく思えてしまう気持ちは分かるが……、それでもそれだけで犯人に仕立て上げられるのは少し心外だな」
と言ってみたものの、自分でも怖いぐらい言い訳臭たっぷりの台詞が出たな……。
しかもこの言い方じゃまるでその事情を知っている体で話しているみたいじゃねーか。
「む、それは確かにそうやな…………ん? 待てよ? そうなるとこれって私が聡一君にかなり酷い事言った事になるんちゃうか……? これは土下座して詫びなあかん……」
「待て、落ち着け、早まるな、ここでもしお前が地に顔を伏せるような真似をしてしまったら何の心配をする必要もなく、一瞬にして俺の疑惑が明確なものとなり、打ち首になる。だからその既に地についてしまっている膝を今すぐおあげなさい」
真に受けてくれたのは助かるけど、猪突猛進し過ぎです。
それにしても、この見た目に見事に反した後先考えず暴走する性格、是非とも仮面委員長という称号を与えたいぐらいである。
「ほっホンマや……! 私、一度じゃ飽き足らず二度も聡一君を嵌めようとしてたんか……!? さっ最低や…………聡一君! どうしたらええ!? このままじゃ私の気がすまへん! 何でも言う事聞くから私に何か命令してくれ!!」
「うん、じゃあとりあえず心を落ち着けようか」
「心にオチを付けるんか!? 中々難しいお題を出してくるな……」
「あー、うん、違う。じゃあ代わりに俺の質問に答えてくれないかな」
「質問? そんなんでええんか? 遠慮せえへんでええねんで? 聡一君のお願いとあればスカトロプレイも辞さないつもりやってんけど」
「何故俺がスカトロ癖を持っている前提で会話をする。そうじゃなくて! 俺は東橋にさっきの噂についてもっと詳しく聞きたいだけなんだよ!」
「え? 聡一君が幼女を凌辱して昇天している噂の事?」
「マッハで噂が飛躍したな、何でだ」
「うーん、せやけど、昨日三組の博嶋さんと話してた時に突然『北海堂とは関わらない方がいいよ』って言われてな、何でかよー分からんかったから理由聞いたら、聡一君がいじめをしているっていう噂を教えられただけやからなあ……、詳しくと言っても……」
「博嶋さんは誰からその噂を聞いたとか、言ってなかった?」
「うーん、誰がどうとかは言ってなかったと思うけど、掲示板に書いてあったとかどうこう言ってたような……、ごめん、話半分に聞いてたからあんまり思い出されへんわ」
流石に裏サイトを媒体にしているから芋蔓式に犯人を見つけるのは無理、か。
「今から聞いてこよか? もしかしたら聡一君の疑惑を晴らす証言を聞けるかもしれへんし」
「いや、別にいいよ、大体俺もそこまで気にしている程の事じゃないしさ、それに……俺って友人少ないし……、そもそも損害自体あまり被って無いっていうか」
自分で言っていて虚しくなるけど、割と事実だしな。
「いや! 私は聡一君を二回も傷つけてんで! これぐらいして当然や! それに聡一君はよくても私はよくあらへん! こんな人の心を弄ぶ様な真似して……私が絶対に犯人を見つけたる!」
そう言うと彼女は弾丸の如く無鉄砲に走り去ってしまった。
何か探り出そうと思ったものの、結局あんまり聞き出せなかったな――
「でもな」
「え?」
その声に前を向くと、何故かついさっき走り去った筈の東橋が立っていてギョっとする。
流石に何か突っ込みを入れようとしたのだが――しかし、見上げた彼女の顔には先程のテンションは日本海に沈めてしまったのかと思わせる程――突然、何故かとても憂いを帯びた顔つきになっていて――俺は思わず口を噤んでしまう。
「仮にこの噂が真実やったとしても、そんな事どうだっていいねん」
「……何で?」
「友達やから」
そう言うと彼女は歯を見せてニコっと笑って「さーて、お花摘みに行ってこよー」と言って颯爽と教室を出て行ってしまった。犯人探しに行くんじゃなかったのかよ。
……しかし、もし咲乃の言う通りならこの数少ない2人の友人の内どちらかが犯人という訳になる――か。
正直、助手の分際である俺が、こう言うのも何だが、実は咲乃の読みは外れていて逢坂も東橋もどちらとも犯人では無いのではないかと思っているのが本音の所だ。
別に根拠があって言っている訳じゃ無い、ただ、俺はこの2人とほぼ毎日会話をしているのだ。歴は浅くとも、上っ面であろうとも、間違いなく咲乃よりは2人の事を知っている。
だからこそ咲乃の推理は違うと言える、そう言いたい。
第一、逢坂は純粋にアホなのだ。天然物のアホと言っていい。
単に勉強が出来ないのは勿論だが、行動も実に安直で何か考えているようにはまず見えない。
裏を返せば裏表の無い性格とも言える。
そんな奴が匿名性の強い裏サイトで姑息に俺を悪人に仕立て上げるような真似なんてするだろうか? 寧ろ面と向かって『死ね』って言われる確率の方が圧倒的に高い気がする。
東橋もそうだ。
もし俺に対して不満があって行為に及んだとするならば、わざわざ犯人探しを、それもあそこまでアクティブに買って出るような真似をするだろうか、これが本当に自作自演だとしたら、いくら天然だとはいえ、それこそ本当に何がしたいのか分からない。
そもそも、何故普通に、気さくに話しかけてくる? 己の疑惑を晴らす為? そうだとしたあまりに本末転倒だ。不満や嫌悪があると無視するのが人間というものじゃないのか?
別に、2人を庇っているつもりはない。
ただ、辻褄が合わないのだ。
2人のどちらかを犯人に仕立て上げるにはあまりに根拠が――
Brrrr。
突如、俺のポケットが震えだす、電話?
ポケットから携帯を取り出して見ると、咲乃からの電話だった。すぐに出ようと思ったが、タイミング悪くHRを告げる予鈴が鳴ってしまった為に、先生に鉢合わせないように窓から教室を抜け出し、すぐ近くの校舎の裏門の隅に隠れ、そこでようやく電話に出る。
……何か進展でもあったのか?
「……もしもし?」
しかし、何故か返事は無い。それどころか遠くから何か――悲鳴?
「何だ、これ? おい咲乃、何かあったのか――いつっ」
頭に何かがぶつかり、思わず呻いてしまう。
これは……飴?
何でこんな物が空から降ってくるんだよ……雨ならぬ飴ってか、糞つまんねーよ。
しかし、次の瞬間、もっと凄まじい、否、とんでもない者が降ってきている事に気づく。
結論から言わせて頂くとすれば、今度は女の子が降ってきたのである。
というか、咲乃だった。
俗に言う委員長タイプである彼女の概要を少し語らせて貰うとすれば、こう言いうのも何だがはっきり言って委員長と呼ぶにはとても無理がある外見をしている。
一般的な委員長イメージを、街頭百人アンケートを取ったとすればやはり『眼鏡に三つ編み優しい性格』の三拍子や『黒髪ロングでクールな性格』の二拍子が大概であろう。
だが俺のクラスに存在する『委員長』という名の化けの皮を被った逢坂結は一味違う。
何と言うかまず見た目が無い。委員長といえば暗黙の了解として黒髪が基本だというのにコイツは思わず二度見し、そして戦慄してしまう程に完璧な茶髪なのである、加えて先天性もっさりパーマによって何かもう頭にうんこ乗ってるみたいに見えるし。
そして何と言っても極めつけは性格である。委員長キャラというのはどこまでも行っても、地平線の果て、いや、宇宙の外側まで行っても雅さを忘れてはならないのだ。確か「委員長の手引き」の1頁1行目に赤文字で書いてあった筈である。そんなのないけど。
しかしコイツは見事なまでにそれを裏切った「よう聡一! 濡れ煎餅見たいな面してどうしたよ!」な性格なのである。
…………。
「……それを言うなら湿気た面だろ、あと語尾に煎餅とか付けないから」
「あれ? そうだっけ? でもあんまり大差無いだろ? あべこべいうなって」
「つべこべな」
そう、古典的にアホなのだ。それに底抜けに明るいという片頭痛発症オプション付き。
いやな、これが普通の、一介の生徒であれば別に何の文句はないだろう。むしろクラスに1人はいても何の違和感も無い、常識の、コモンセンスの範囲内と言っていい。
しかしながら、委員長というものに対して高遠なる理想を抱いている俺にとっては、逢坂程度の輩が委員長の席に居座っている事に我慢ならんのである。反吐の極みである。
「別に落ち込んでいた訳じゃねーよ、まあ、考え事みたいな奴」
「ふーん、お前みたいな脳天気な奴でも悩む時があるんだな」
……もしコイツが女じゃなかったら今頃腹パンからの顎へし折りスマッシュだな。
「ま、何に悩んでいるのか知らないけどあんまり深く考え過ぎんなよ、学校にいる時ぐらい何も考えず、楽しくいないと生きていて損だぜ」
そう言うと咲乃張りに可愛い笑顔を見せる逢坂。
……まあ、こういう裏表が無い、はっきりしているような奴の方が、案外クラスを引っ張って行いけたりするものだし、こういう委員長も意外と悪くはないかもな。
……俺っていつか笑顔を使った詐欺に騙されそうだな……。
「あ、そういえば文化祭に必要な紙を朝の内に取りに行かないといけないんだっけ」
すっかり忘れていたよ、と言い残すと逢坂は陸上部のエースとして培ってきた自慢の足を、これでもかと見せびらかすように教室を後にしていった。
彼女の机の上に置いてある「文化祭要項」と書かれたプリントも残して。
……うん、やっぱり委員長は知的である事は必要最低条件だな。
「や、聡一君、おはよーさん」
東橋夕季。
腰まである長く黒い髪を三つ編みにし、実に整った顔をした彼女は、まさに「ええ所の子」の清楚オーラ全開の見た目をしていて、その所為か彼女の口から放たれる優しくおっとり口調は、関西弁だというのに何故か京都弁の様な上品さを纏っているのである。
そうなるとついテンプレート通り彼女はきっと明治から続く財閥の娘なのだろう、とつい思いがちになるが、何てことは無い、彼女はただの一般庶民というから恐ろしい。
因みに補足、というか比較であるが、逢坂はこの学校の理事長の娘であったりする。
まさに育ちの良さは周囲の環境ではなく親の躾なのだと実感した瞬間だよね。
「ああ、おはよう、東橋さん」
「ん? 何や偉い暗い顔しとんな、どうかしたん?」
え? 俺ってそんなに感情が表に出るような顔しているのか?
「やっぱりそう見えるのか? 別に落ち込んでいた訳じゃないんだけど」
「やっぱりって、誰かにも同じような事言われたん?」
「アホの逢坂にちょっとな」
「こら聡一君、そんな人の事軽々しくアホなんて言うたらアカンで、どうしても言いたいならもっとオブラートに『他者と比べて若干学習知能が劣る知恵遅れの愚者』って言わな」
「え、何その卑劣な表現。絶対オブラートじゃないよね」
そして長いわ。
「え? せやろか。私は『アホ』何て言うよりは断然ふわふわ言葉やと思うんやけど」
「ふわふわ言葉って、またえらく懐かしい言葉を持って来たな」
東橋は見た目だけで言えば彼女以上に委員長が似合わない奴はいないと断言できる程委員長タイプなのであるが、先程御覧頂いたよう言語が結構、かなり、大分アレなのが偶に傷じゃない次元にいらっしゃるので、俺は委員長に推薦するのを踏み止まったのである。
つまり何が言いたいかというと、彼女は生粋の大阪の血が騒いだ故に反射的にボケてしまったのでは決してなく、ごく自然に、マジで言ったのである。
「んー、しかし、こうなるとあの噂もあながち嘘じゃない気いしてきたなあ」
「……? 何だよ、急に、俺が変な事でもしたか?」
「いやな、最近聡一君がか弱い少女を甚振って快楽を得ているっていう随分不快な噂を聞いてな、流石に冗談やと思とってんけど、ちょっとどうなんやろな~って」
いつ探りを入れようか倦ねていたのに、まさか東橋から訊いてくるとは。
「……それはいくらなんでも見切り発車が過ぎやしないか? 大体『アホ』程度の陰口なら誰でも言うだろ、確かに容疑者扱いされている訳だから少しの言動でさえも怪しく思えてしまう気持ちは分かるが……、それでもそれだけで犯人に仕立て上げられるのは少し心外だな」
と言ってみたものの、自分でも怖いぐらい言い訳臭たっぷりの台詞が出たな……。
しかもこの言い方じゃまるでその事情を知っている体で話しているみたいじゃねーか。
「む、それは確かにそうやな…………ん? 待てよ? そうなるとこれって私が聡一君にかなり酷い事言った事になるんちゃうか……? これは土下座して詫びなあかん……」
「待て、落ち着け、早まるな、ここでもしお前が地に顔を伏せるような真似をしてしまったら何の心配をする必要もなく、一瞬にして俺の疑惑が明確なものとなり、打ち首になる。だからその既に地についてしまっている膝を今すぐおあげなさい」
真に受けてくれたのは助かるけど、猪突猛進し過ぎです。
それにしても、この見た目に見事に反した後先考えず暴走する性格、是非とも仮面委員長という称号を与えたいぐらいである。
「ほっホンマや……! 私、一度じゃ飽き足らず二度も聡一君を嵌めようとしてたんか……!? さっ最低や…………聡一君! どうしたらええ!? このままじゃ私の気がすまへん! 何でも言う事聞くから私に何か命令してくれ!!」
「うん、じゃあとりあえず心を落ち着けようか」
「心にオチを付けるんか!? 中々難しいお題を出してくるな……」
「あー、うん、違う。じゃあ代わりに俺の質問に答えてくれないかな」
「質問? そんなんでええんか? 遠慮せえへんでええねんで? 聡一君のお願いとあればスカトロプレイも辞さないつもりやってんけど」
「何故俺がスカトロ癖を持っている前提で会話をする。そうじゃなくて! 俺は東橋にさっきの噂についてもっと詳しく聞きたいだけなんだよ!」
「え? 聡一君が幼女を凌辱して昇天している噂の事?」
「マッハで噂が飛躍したな、何でだ」
「うーん、せやけど、昨日三組の博嶋さんと話してた時に突然『北海堂とは関わらない方がいいよ』って言われてな、何でかよー分からんかったから理由聞いたら、聡一君がいじめをしているっていう噂を教えられただけやからなあ……、詳しくと言っても……」
「博嶋さんは誰からその噂を聞いたとか、言ってなかった?」
「うーん、誰がどうとかは言ってなかったと思うけど、掲示板に書いてあったとかどうこう言ってたような……、ごめん、話半分に聞いてたからあんまり思い出されへんわ」
流石に裏サイトを媒体にしているから芋蔓式に犯人を見つけるのは無理、か。
「今から聞いてこよか? もしかしたら聡一君の疑惑を晴らす証言を聞けるかもしれへんし」
「いや、別にいいよ、大体俺もそこまで気にしている程の事じゃないしさ、それに……俺って友人少ないし……、そもそも損害自体あまり被って無いっていうか」
自分で言っていて虚しくなるけど、割と事実だしな。
「いや! 私は聡一君を二回も傷つけてんで! これぐらいして当然や! それに聡一君はよくても私はよくあらへん! こんな人の心を弄ぶ様な真似して……私が絶対に犯人を見つけたる!」
そう言うと彼女は弾丸の如く無鉄砲に走り去ってしまった。
何か探り出そうと思ったものの、結局あんまり聞き出せなかったな――
「でもな」
「え?」
その声に前を向くと、何故かついさっき走り去った筈の東橋が立っていてギョっとする。
流石に何か突っ込みを入れようとしたのだが――しかし、見上げた彼女の顔には先程のテンションは日本海に沈めてしまったのかと思わせる程――突然、何故かとても憂いを帯びた顔つきになっていて――俺は思わず口を噤んでしまう。
「仮にこの噂が真実やったとしても、そんな事どうだっていいねん」
「……何で?」
「友達やから」
そう言うと彼女は歯を見せてニコっと笑って「さーて、お花摘みに行ってこよー」と言って颯爽と教室を出て行ってしまった。犯人探しに行くんじゃなかったのかよ。
……しかし、もし咲乃の言う通りならこの数少ない2人の友人の内どちらかが犯人という訳になる――か。
正直、助手の分際である俺が、こう言うのも何だが、実は咲乃の読みは外れていて逢坂も東橋もどちらとも犯人では無いのではないかと思っているのが本音の所だ。
別に根拠があって言っている訳じゃ無い、ただ、俺はこの2人とほぼ毎日会話をしているのだ。歴は浅くとも、上っ面であろうとも、間違いなく咲乃よりは2人の事を知っている。
だからこそ咲乃の推理は違うと言える、そう言いたい。
第一、逢坂は純粋にアホなのだ。天然物のアホと言っていい。
単に勉強が出来ないのは勿論だが、行動も実に安直で何か考えているようにはまず見えない。
裏を返せば裏表の無い性格とも言える。
そんな奴が匿名性の強い裏サイトで姑息に俺を悪人に仕立て上げるような真似なんてするだろうか? 寧ろ面と向かって『死ね』って言われる確率の方が圧倒的に高い気がする。
東橋もそうだ。
もし俺に対して不満があって行為に及んだとするならば、わざわざ犯人探しを、それもあそこまでアクティブに買って出るような真似をするだろうか、これが本当に自作自演だとしたら、いくら天然だとはいえ、それこそ本当に何がしたいのか分からない。
そもそも、何故普通に、気さくに話しかけてくる? 己の疑惑を晴らす為? そうだとしたあまりに本末転倒だ。不満や嫌悪があると無視するのが人間というものじゃないのか?
別に、2人を庇っているつもりはない。
ただ、辻褄が合わないのだ。
2人のどちらかを犯人に仕立て上げるにはあまりに根拠が――
Brrrr。
突如、俺のポケットが震えだす、電話?
ポケットから携帯を取り出して見ると、咲乃からの電話だった。すぐに出ようと思ったが、タイミング悪くHRを告げる予鈴が鳴ってしまった為に、先生に鉢合わせないように窓から教室を抜け出し、すぐ近くの校舎の裏門の隅に隠れ、そこでようやく電話に出る。
……何か進展でもあったのか?
「……もしもし?」
しかし、何故か返事は無い。それどころか遠くから何か――悲鳴?
「何だ、これ? おい咲乃、何かあったのか――いつっ」
頭に何かがぶつかり、思わず呻いてしまう。
これは……飴?
何でこんな物が空から降ってくるんだよ……雨ならぬ飴ってか、糞つまんねーよ。
しかし、次の瞬間、もっと凄まじい、否、とんでもない者が降ってきている事に気づく。
結論から言わせて頂くとすれば、今度は女の子が降ってきたのである。
というか、咲乃だった。
人は眼前に見える恐怖に対しては、恐らくそれに準じた経験を積んでいない限り通常、パニック状態に陥り、足が竦み、動けなくなるのが当然なのではないだろうか。
例を挙げるとすれば、自動車に轢かれそうになった瞬間とかがそうだ。
では、それに対して漠然とした、目に見えない恐怖には果たしてはどうするのだろうか。
答えは至って簡単、まさに今、俺が進行形で行っている事だ。
「……いいのかい? 内申だけでここまで進級して来たような程度の学力の聡ちゃんがサボタージュなんて真似、僕は感心しないけどな……」
「五月蠅い黙れ。大体俺は下から数えた方が早い学力じゃないぞ」
「上から数えた方が早い学力でもないけどね」
「……」
知っとるわ、みなまで言うな。
「それに……そんな事言っている場合じゃないだろ。大体何でお前が学校にいるんだ? しかも制服着用なんて……一体何処からパクってきやがった。お前ニートの筈だろ」
「……何時僕が自宅警備員だなんて言ったんだい。ちゃんと聡ちゃんと同じ高校に在籍しているよ、まあ入学式から今に至るまで通常授業はサボタージュしているけどね……」
「それを世間一般ではニートって言うんだよ」
文字の羅列を介して見れば実に和気藹々とした会話に見えなくもないが、現実は咲乃をおぶって必死に走っている状態での会話なので実は深刻な描写な事に注意願いたい。
――そう、深刻なのだ。本当に、真に、諧謔ではなくマジで、俺たちはヤバイのだ。
咲乃に核心を聞いた訳じゃない。ただ――コイツを受け止めた時に見えた絞め痕――それが視界に入った瞬間、咲乃に質問をする前に足は勝手に動き出していて――校門を出た頃にはトップスピードになっていたのだ。
「……予め言っておくけどこのまま病院とか警察に行くのは無しだよ? そんな事をしてもこの問題を解決した事にはならない。それに、聡ちゃんも色々と聞きたい事があるだろう?」
「咲乃がこの問題を解決する為に行動に出たのは見れば分かる、そしてその結果が命を失いかねない、危うい状況っていうのもな。だったら答えは1つだ、もうこんなお遊び――」
「女にも二言は無いよ、分かったらまずは僕の事務所まで運んでくれ」
顔を見なくとも、声を聞いただけで咲乃が弱っているのは明白な事だった。だから、たとえ何と言われようと、駄々を捏ねようとも病院に連れて行って、犯人捜しも全て警察に任せてしまって、咲乃にはもっと別の社会復帰の方法を促すつもりでさえいた。
でもその言葉と、悲壮と恐怖が織り交じった表情から垣間見えた強く、決意に満ちた鋭い眼に、俺は言葉を失ってしまい、気づいた時にはコイツの家の前で立ち尽くしてしまっていた。
扉に埋め込まれた2つの錠と、ドアロックが下ろしてあるのを何度も、入念に確認した後、リビングに戻り5台の空気清浄機に電源を入れていると、ソファーベッドに横になっていた咲乃が蚊の鳴くような声で静かに口を開いた。
「……この状況を見て、きっと聡ちゃんは得も言えない鬱積した思いを抱いていると思う。でもね、それでも言わせてくれないかな……我儘を聞いてくれてありがとう――」
「……助手だからな。あくまで俺は咲乃の手伝いをするのが仕事だ。お前の言った事に反発して、邪魔する事が俺の仕事じゃあない」
「……意見をするのは大切な事だよ、僕の言っている事が常に正しいとは限らないのだからね……ただ今回は駄目なんだ。決して綺麗な、何の蟠りも無く終わる事が無かったとしても物語には終わりが無くちゃいけない、打ち切りだけはあってはならないんだ」
「つまり犯人が誰か分かったって事か、やっぱりお前を襲った奴なのか……?」
少し落ち着いたのか、咲乃はゆっくり起き上がると俺の方を向いて話し始めた。
「順を追って話そう、まず学校裏サイトに大量に書きこまれていた、聡ちゃんが同学年の女子生徒をいじめているという件からだ。これは全て1人の人間による自作自演と分かった」
「じ、自演……? 犯人が全て1人で架空の生徒を演じていたって事か……?」
「まあそんな所だ。学校裏サイトは2chみたいにIDで分かる仕様になっていないからね、閲覧側からすればまるで知る人ぞ知るといったような、影の話題のように見えてしまう。それに君は友人が多い部類ではない、疑惑を晴らす為にそれ裏付けてくれる仲間がいなければたとえ嘘であったとしても否応なく噂が広まってしまうのは灼然炳乎だと思わないかい」
「それは確かにそうだけど……でもそんなのどうやって分かったんだよ」
「学校裏サイトの管理画面にアクセスし、IPアドレスを確認しただけだよ」
「……何? お前クラッキングのスキルを持ち合わせていたの?」
そんな天才キャラ設定だったのかよ、咲乃って。
「すーぱーはっかーさんかっけいーってかい? 本当にそうなら最高なのだけど……きっとこの件も迅速かつ正確に、テンポよく進める事が出来ただろうね」
違うのかよ、ハイスピードでキーボードを打ちまくる咲乃とかちょっと見たかったのに。
「でも、それじゃあ自演が分かっただけで、犯人は分からなくないか?」
「この管理画面に入る為のIDはね、自分の考えた物ではなく自身の所有するメールアドレスが採用されているんだ。……僕は初めから犯人は逢坂結か東橋夕季のどちらかと踏んでいた、だから両者のアドレスをID欄に打ち込み、あるパスワードを打ち込んだ。……あとはこのサイトの管理者の書き込みと自演者のIPアドレスを照らし合わせた、これで終了だ」
「終了って……という事はやっぱり犯人は逢坂か東橋のどっちかなのかよ」
「何を今更。僕は初めから聡ちゃんの友人の中にいると言っていたじゃないか」
「それは……確かにそう言ったけど……」
2人のどちらかが犯人? 何故? 何の為に? 正直皆目見当がつかなかった。
それに……それだと……そうなってしまうと……。
「仮にそうだとして、パスワードはどうやって分かったんだよ?」
「仮じゃない、事実だ。パスワードはね……こう言うと嘘にしか聞こえないかもしれないが勘だ。流石に適当にアルファベットを打ちまくったりはしてないよ、当てはあった」
「か、勘って……無茶苦茶だ、そんな都合良くいく訳がない」
「ああ無茶苦茶だ。でも僕は彼ら2人のメールアドレスの内一方を使って管理画面に入る事に成功している、これは事実だ。そしてこの学校裏サイトの管理人が聡ちゃんを事実無根の犯人に仕立て上げていた事も突き止めた。嘘だと思うなら今から聡ちゃんの目の前で実践しても構わない」
「……いや、いいよ、お前がここで嘘ついたって何の意味も無い事ぐらい分かっている」
何だろうな、現実を突きつけられると何故か息が詰まりそうになる。
上辺の……どうでもいいような付き合いの筈じゃなかったのか――。
「でも……なら依頼は一体何だったんだ? 裏サイトの書き込みが自演なら、あの依頼は矛盾を飛び越えて……ただの依頼者の妄想になってしまうぞ?」
「その通り、この依頼はただの妄想だ。僕を誘き出す為のね」
……咲乃を誘き出す? 犯人が? じゃあやっぱり咲乃が落下してきたのは――。
その瞬間、間延びした電子音がリビングの中でこだまする。
……呼び鈴? まさか、犯人にばれたのか?
「――どうやらようやく来たみたいだね、依頼者が」
「え? 依頼者……?」
「そう、依頼者だ。失礼の無いよう丁寧にもてなしてあげてくれ」
犯人じゃなくて依頼者? 授業は始まっている筈なのに?
少し躊躇したがしつこく鳴り続ける電子音に押され、とりあえず親機とり取り付けられたモニター画面で依頼客が誰なのかを確認してみる。
――勿論果たして依頼客誰のかと言われれば答えは二者択一なのは分かりきっていた筈だった、何故なら咲乃は一度たりともあの2人以外の名前を挙げた事はなかったから。
「逢坂……?」
なのに、それが、言葉としてのみであった者が形となって現れた瞬間――理不尽な煩悶が濁流となって俺の胸の中への侵入を許し、尋常じゃない不快感に襲われる。
逢坂は犯人じゃない、依頼者だ。そう理解していてもその理解が溺れて流される。
更に胸の中で溢れかえった煩悶は思考にまで一気に流れ込む。思考がもみくちゃにされ、冷静さが悲鳴をあげて助けを求める。何だよこれ、一体何なんだよさっきから。
「聡ちゃん!」
その刹那、溺れていた意識が何者かによって引っ張り上げられる。
「聡ちゃん、大丈夫だ。僕は誰か不幸にする為にこんな事をしている訳じゃない、皆が、誰もが幸せに近づけるように、物語を修正しているだけだ。だから、僕を信じて」
はっとして振り向くといつの間にか、まだ覚束ない足取りな筈の咲乃が俺の腕を支えにするかのようにしがみついていて、慈愛に満ちた、優しい笑顔でこっちを見つめていた。
「初めに言っただろう、僕は人の悩みを解決したいんだ。それが最初の趣旨と違っていても――悩んでいる事に変わりがないのなら、僕に依頼してきた以上必ず解決へ導く。そしてそれは関わっている人間、被害者・加害者問わず全員に適応される。例外は無しだ」
その笑顔に落ち着かされたのは言うまでもなかった。
それ以上に、咲乃の矜持溢れるその言葉は、まるでモーセが紅海を干からびさせた時のように俺の胸の中で形成された湖を干からびさせたので、俺は易々と言葉を生成する事に成功する。
「分かった。それにしても助手の癖にさっきから情けない所しか見せてないな、俺」
「恋人としてもね。でも今回ばかりは仕方無い、次からは堅実な補佐を頼むよ」
だから、俺が今集中すべきは目まぐるしい咲乃劇場に振り落とされない、その一点だ。
例を挙げるとすれば、自動車に轢かれそうになった瞬間とかがそうだ。
では、それに対して漠然とした、目に見えない恐怖には果たしてはどうするのだろうか。
答えは至って簡単、まさに今、俺が進行形で行っている事だ。
「……いいのかい? 内申だけでここまで進級して来たような程度の学力の聡ちゃんがサボタージュなんて真似、僕は感心しないけどな……」
「五月蠅い黙れ。大体俺は下から数えた方が早い学力じゃないぞ」
「上から数えた方が早い学力でもないけどね」
「……」
知っとるわ、みなまで言うな。
「それに……そんな事言っている場合じゃないだろ。大体何でお前が学校にいるんだ? しかも制服着用なんて……一体何処からパクってきやがった。お前ニートの筈だろ」
「……何時僕が自宅警備員だなんて言ったんだい。ちゃんと聡ちゃんと同じ高校に在籍しているよ、まあ入学式から今に至るまで通常授業はサボタージュしているけどね……」
「それを世間一般ではニートって言うんだよ」
文字の羅列を介して見れば実に和気藹々とした会話に見えなくもないが、現実は咲乃をおぶって必死に走っている状態での会話なので実は深刻な描写な事に注意願いたい。
――そう、深刻なのだ。本当に、真に、諧謔ではなくマジで、俺たちはヤバイのだ。
咲乃に核心を聞いた訳じゃない。ただ――コイツを受け止めた時に見えた絞め痕――それが視界に入った瞬間、咲乃に質問をする前に足は勝手に動き出していて――校門を出た頃にはトップスピードになっていたのだ。
「……予め言っておくけどこのまま病院とか警察に行くのは無しだよ? そんな事をしてもこの問題を解決した事にはならない。それに、聡ちゃんも色々と聞きたい事があるだろう?」
「咲乃がこの問題を解決する為に行動に出たのは見れば分かる、そしてその結果が命を失いかねない、危うい状況っていうのもな。だったら答えは1つだ、もうこんなお遊び――」
「女にも二言は無いよ、分かったらまずは僕の事務所まで運んでくれ」
顔を見なくとも、声を聞いただけで咲乃が弱っているのは明白な事だった。だから、たとえ何と言われようと、駄々を捏ねようとも病院に連れて行って、犯人捜しも全て警察に任せてしまって、咲乃にはもっと別の社会復帰の方法を促すつもりでさえいた。
でもその言葉と、悲壮と恐怖が織り交じった表情から垣間見えた強く、決意に満ちた鋭い眼に、俺は言葉を失ってしまい、気づいた時にはコイツの家の前で立ち尽くしてしまっていた。
扉に埋め込まれた2つの錠と、ドアロックが下ろしてあるのを何度も、入念に確認した後、リビングに戻り5台の空気清浄機に電源を入れていると、ソファーベッドに横になっていた咲乃が蚊の鳴くような声で静かに口を開いた。
「……この状況を見て、きっと聡ちゃんは得も言えない鬱積した思いを抱いていると思う。でもね、それでも言わせてくれないかな……我儘を聞いてくれてありがとう――」
「……助手だからな。あくまで俺は咲乃の手伝いをするのが仕事だ。お前の言った事に反発して、邪魔する事が俺の仕事じゃあない」
「……意見をするのは大切な事だよ、僕の言っている事が常に正しいとは限らないのだからね……ただ今回は駄目なんだ。決して綺麗な、何の蟠りも無く終わる事が無かったとしても物語には終わりが無くちゃいけない、打ち切りだけはあってはならないんだ」
「つまり犯人が誰か分かったって事か、やっぱりお前を襲った奴なのか……?」
少し落ち着いたのか、咲乃はゆっくり起き上がると俺の方を向いて話し始めた。
「順を追って話そう、まず学校裏サイトに大量に書きこまれていた、聡ちゃんが同学年の女子生徒をいじめているという件からだ。これは全て1人の人間による自作自演と分かった」
「じ、自演……? 犯人が全て1人で架空の生徒を演じていたって事か……?」
「まあそんな所だ。学校裏サイトは2chみたいにIDで分かる仕様になっていないからね、閲覧側からすればまるで知る人ぞ知るといったような、影の話題のように見えてしまう。それに君は友人が多い部類ではない、疑惑を晴らす為にそれ裏付けてくれる仲間がいなければたとえ嘘であったとしても否応なく噂が広まってしまうのは灼然炳乎だと思わないかい」
「それは確かにそうだけど……でもそんなのどうやって分かったんだよ」
「学校裏サイトの管理画面にアクセスし、IPアドレスを確認しただけだよ」
「……何? お前クラッキングのスキルを持ち合わせていたの?」
そんな天才キャラ設定だったのかよ、咲乃って。
「すーぱーはっかーさんかっけいーってかい? 本当にそうなら最高なのだけど……きっとこの件も迅速かつ正確に、テンポよく進める事が出来ただろうね」
違うのかよ、ハイスピードでキーボードを打ちまくる咲乃とかちょっと見たかったのに。
「でも、それじゃあ自演が分かっただけで、犯人は分からなくないか?」
「この管理画面に入る為のIDはね、自分の考えた物ではなく自身の所有するメールアドレスが採用されているんだ。……僕は初めから犯人は逢坂結か東橋夕季のどちらかと踏んでいた、だから両者のアドレスをID欄に打ち込み、あるパスワードを打ち込んだ。……あとはこのサイトの管理者の書き込みと自演者のIPアドレスを照らし合わせた、これで終了だ」
「終了って……という事はやっぱり犯人は逢坂か東橋のどっちかなのかよ」
「何を今更。僕は初めから聡ちゃんの友人の中にいると言っていたじゃないか」
「それは……確かにそう言ったけど……」
2人のどちらかが犯人? 何故? 何の為に? 正直皆目見当がつかなかった。
それに……それだと……そうなってしまうと……。
「仮にそうだとして、パスワードはどうやって分かったんだよ?」
「仮じゃない、事実だ。パスワードはね……こう言うと嘘にしか聞こえないかもしれないが勘だ。流石に適当にアルファベットを打ちまくったりはしてないよ、当てはあった」
「か、勘って……無茶苦茶だ、そんな都合良くいく訳がない」
「ああ無茶苦茶だ。でも僕は彼ら2人のメールアドレスの内一方を使って管理画面に入る事に成功している、これは事実だ。そしてこの学校裏サイトの管理人が聡ちゃんを事実無根の犯人に仕立て上げていた事も突き止めた。嘘だと思うなら今から聡ちゃんの目の前で実践しても構わない」
「……いや、いいよ、お前がここで嘘ついたって何の意味も無い事ぐらい分かっている」
何だろうな、現実を突きつけられると何故か息が詰まりそうになる。
上辺の……どうでもいいような付き合いの筈じゃなかったのか――。
「でも……なら依頼は一体何だったんだ? 裏サイトの書き込みが自演なら、あの依頼は矛盾を飛び越えて……ただの依頼者の妄想になってしまうぞ?」
「その通り、この依頼はただの妄想だ。僕を誘き出す為のね」
……咲乃を誘き出す? 犯人が? じゃあやっぱり咲乃が落下してきたのは――。
その瞬間、間延びした電子音がリビングの中でこだまする。
……呼び鈴? まさか、犯人にばれたのか?
「――どうやらようやく来たみたいだね、依頼者が」
「え? 依頼者……?」
「そう、依頼者だ。失礼の無いよう丁寧にもてなしてあげてくれ」
犯人じゃなくて依頼者? 授業は始まっている筈なのに?
少し躊躇したがしつこく鳴り続ける電子音に押され、とりあえず親機とり取り付けられたモニター画面で依頼客が誰なのかを確認してみる。
――勿論果たして依頼客誰のかと言われれば答えは二者択一なのは分かりきっていた筈だった、何故なら咲乃は一度たりともあの2人以外の名前を挙げた事はなかったから。
「逢坂……?」
なのに、それが、言葉としてのみであった者が形となって現れた瞬間――理不尽な煩悶が濁流となって俺の胸の中への侵入を許し、尋常じゃない不快感に襲われる。
逢坂は犯人じゃない、依頼者だ。そう理解していてもその理解が溺れて流される。
更に胸の中で溢れかえった煩悶は思考にまで一気に流れ込む。思考がもみくちゃにされ、冷静さが悲鳴をあげて助けを求める。何だよこれ、一体何なんだよさっきから。
「聡ちゃん!」
その刹那、溺れていた意識が何者かによって引っ張り上げられる。
「聡ちゃん、大丈夫だ。僕は誰か不幸にする為にこんな事をしている訳じゃない、皆が、誰もが幸せに近づけるように、物語を修正しているだけだ。だから、僕を信じて」
はっとして振り向くといつの間にか、まだ覚束ない足取りな筈の咲乃が俺の腕を支えにするかのようにしがみついていて、慈愛に満ちた、優しい笑顔でこっちを見つめていた。
「初めに言っただろう、僕は人の悩みを解決したいんだ。それが最初の趣旨と違っていても――悩んでいる事に変わりがないのなら、僕に依頼してきた以上必ず解決へ導く。そしてそれは関わっている人間、被害者・加害者問わず全員に適応される。例外は無しだ」
その笑顔に落ち着かされたのは言うまでもなかった。
それ以上に、咲乃の矜持溢れるその言葉は、まるでモーセが紅海を干からびさせた時のように俺の胸の中で形成された湖を干からびさせたので、俺は易々と言葉を生成する事に成功する。
「分かった。それにしても助手の癖にさっきから情けない所しか見せてないな、俺」
「恋人としてもね。でも今回ばかりは仕方無い、次からは堅実な補佐を頼むよ」
だから、俺が今集中すべきは目まぐるしい咲乃劇場に振り落とされない、その一点だ。
「やあ、先程は世話になったね」
「教室に戻ったら窓から聡一が走って行くのが見えて」というこれ程口実にしか聞こえない台詞も無いだろうと言える台詞を吐いた逢坂に対し、突っ込みたい衝動と妙な寒気に襲われた俺だったが、その両方を抑え込みリビングに招くと、開口一番咲乃がそう言った。
「……何の事? というかあんた誰よ? 顔も合わした事のない人と世話のなりようがないんだけど」
「威勢のいい子だね、嫌いじゃないよ、安直そうな脳をしてそうで実に僕好みだ」
まるで出会って数秒で喧嘩を始める不良ように、咲乃と逢坂は対面して早々異様なまでに険悪なムードを展開させていた。
え、何、どう考えても修羅場ですよね、これ。
思わず仲介役を買って出ようかとも考えたが――咲乃が大丈夫と言った以上変に手出しをしては足枷どころか羽交い締めにしてしまいそうで俺は踏み止まる。
ここは乱闘が起こらないようにだけ注視しながら暫く静観するしかないか――
「ねえ、聡一、この女あんたの一体何なの? 妹?」
――そう思った矢先にテンプレート通りの台詞を俺に吹きかけるかおんどれ。
「えー……っとですね、この女の子はですね……」
「幼馴染だよ、逢坂結さん。申し遅れたね、僕の名前は神名川咲乃だ。しがない相談事務所をやらせて貰っている、どうぞよろしく」
咲乃ナイスフォロー。確かに言っている事は間違ってない。
「幼馴染……ねえ、ふーん」
しかしそれでも逢坂は不機嫌そうな、不満に塗れた目つきで俺を睨んでいた。
その姿、態度に、妙な違和感を覚える。それは恐らくこんな雰囲気を纏った逢坂を一度たりとも見た事がなかったから、というのが一番有力かもしれない。
もしかしたらいつも馬鹿みたいに、いや完璧に阿呆面でテンション全開の逢坂しか見た事がなかったから――そのギャップで極端に機嫌が悪いように見える錯覚を起こしていたのかもしれないが……例えそうだとしても、異物感が抜ける気配は全くなかった。
「じゃあ役者も揃ったことだし、手早く話を進めていこうか」
咲乃はそう言うと何故かエスプレッソマシンでコーヒーを注ぎだし、ドリルで地面を掘るような音を一頻り出した後、咲乃はコーヒーカップを手に取って座り直した。
「さて、話を進めて行く上で逢坂さん、まず君にある罪を認めて貰わなければならない」
「……さっきから随分と横暴じゃない? 私は聡一が女と駆け落ちしてる姿が見えたから先生の許可を貰って捕まえに来たんだけなんだよ? さっきからずけずけとなんなの? 大体何の罪を認めろと? 冤罪か? 説明も無しに認めるも糞もないでしょ」
「説明をする必要は無いよ、それは君が一番理解している筈だろう? あっさりと認めてくれれば面倒事にならずに済むのだけれど……嫌なら外堀から埋めていくだけだ」
「だから――」
「君が僕を殺そうとした、未遂の罪を認めてほしい」
「…………」
……今更言うまでもないのだが逢坂がこの件の犯人、という訳か、俺に言われのない罪を着せて陥れ、そして咲乃の首を絞めて殺害しようとした……張本人。
さっきであれだけ抑え様のない憂悶に襲われたのだから、いざ咲乃が名指し犯人を口にした時にはきっと壮絶な哀しみや怒りが沸き起こって、下手すれば精神崩壊してしまうんじゃないかと思っていたが――不思議と気持ちは落ち着いていた――否、もしかしたら気持ちが追い付いていなかったのかもしれない、それだけ、普段の逢坂に見慣れていたのか――コイツそんな真似出来る筈が無いって思い込み過ぎていたのかもしれない、だから自分でもぞっとする程実感が無かった、沸かなかった。
「もし『証拠が無いから私は犯人じゃない』とでも思っているならそんな馬鹿げた思考は今すぐにでもシャットダウンした方がいい、それこそコ○ンじゃないんだ。入念に、計画性を持ってやらないと証拠は否でも応でも簡単に残ってしまうものなんだよ?」
目だけで逢坂の方を見ると、彼女は少し虚ろな目で咲乃を睨んでいるように見えたので俺は慌てて視線を所定位置に戻す。
俺の隣に立っている人はまるで友人ではないという感情も共に。
「何言ってるか分からない」
「……仕方ない、順に提示していこうか。学校裏サイトを介して僕に送れられてきた依頼のメール、あれ送ってきたのは逢坂さん、君だよね」
「……知らない」
「そして自身の携帯メールではなくフリーメールを使っていた。まあそこまではよかったよ、僕は別に警察でもハッカーでもないから必死になって身元を隠そうとする依頼者をフリーメールのアドレスからは暴くような真似はどう足掻いても出来ないからね」
咲乃は注いだコーヒーに溢れんばかりの角砂糖、蜂蜜、ミルクを投入し(本人曰くこの3つを投入したコーヒーが痺れるほど上手いらしい、俺は飲んだ瞬間舌が攣りそうになったが)一口飲むと少しも変わらぬ口調で続けた。
「けれど依頼を解決する上で詳しい内容を訊くのは当然の事だ。そこまで明かしたくないなら偽名を使えばよかったものを、でも君はそれをしなかった。まあ出来なかったのだろうけどね、それどころか君は僕と直接会う事ばかりを望んだ。いや、それしか要求してこなかった」
それは……つまり突発的にではなく初めから咲乃を殺すつもりで依頼メールを送ったという事になるのか? 咲乃との過去の接点は存在しないのに……?
「この時点で僕は君が短気で短絡的な人間だと分かった。別に早々に会ってもよかったのだけど、君が指定する場所は何処も僕が行くには喘息と筋肉痛を併発しそうな所ばかりだったからね……まあそれは方便で本当は君が犯人たる決定的証拠が欲しかったからなのだけど」
すると咲乃はポケットから一通の封筒を取り出して俺に投げつけて来た。
「何だよこれ」
宛先は……俺の通っている新都高校から……か?
「これがどうかしたのか?」
「中身を確認してみるといい」
言われるがまま開封済みの封筒から一枚の紙切れを取り出す。
「……特別二者面談のお知らせ……?」
はっきりとそう書いてあった。いや、確かに今は面談の時期だけど……。
「何だ? お前があまりにニートだから校長が直々に説教でもしに来るのか?」
「聡ちゃん、僕が高校に入学してから2年と少しの間、一度たりとも学校に登校していないのにも関わらず進級出来ている事に対して、何も疑問に思わなかったのかい?」
「……ん? 言われてみれば確かに、普通なら出席日数が足りなくて留年じゃないか」
「だろう、実は僕の父と新都高校の理事長は昔からの好みでね、勿論その程度で、という訳ではないのだけど……まあそういう関係性もあって僕は定期考査で必ず3位以内に入る事と大学受験で東大に合格する事を条件に特別に出席日数を免除して貰っているんだよ」
……は?
「じゃあお前今までその条件を守りながらニートやっていたっていうのか?」
「だから僕は初めからニートじゃないと言っていただろう、学校に行っていないだけで名目上は歴とした学生だよ、因みに順位も2年生の期末考査を除けば全て1位だ。確か上位47名は名前が掲示される筈だから載っている筈だけど……聡ちゃんは見た事が無いのかい?」
「……」
完全に俺をおちょくっとるなコイツ。
しかし……言われてみると定期考査がある度に『また女神様が降臨なさったか』とか妙に周囲が騒いでいたような……あれってもしかして咲乃の事だったのか。
「でもその事とこの面談に何の関係が……」
ん? いや待てよ。
「理事長の娘って――」
「そう、今聡ちゃんの隣にいる子だよ、そして同時にこの封筒を送りつけて来た張本人でもある。恐らく理事長から僕の話を色々と聞いていたのだろう、だから、それ故に君は理事長を騙ってこの内容の面談を送りつけ、僕を誘き出す方法を思いついた」
「……それこそ証拠が無いじゃない、言いがかりにも程がある」
「残念、それが仇だったんだよ、確かに何度か面談について学校から手紙は送られてきた事はある、でもね、それらに僕が関与した事は一度も無い、連絡を取れば分かる事だ」
「咲乃の両親は今世界一周旅行に行っている、ならその事は当然理事長の方にも伝えられている筈、だとすればこんな封筒が送られてくる訳が無い、いや有り得ないのか」
「正解」
いや、でもそこまで分かっておきながら何で咲乃は誘いに乗ったんだ……?
「ここまで言ってまだごねられたら面倒だからね、止めを刺しに行ったんだよ」
すると今度は黒い塊を俺に投げつけてきた。
「……スタンガン……?」
「自殺に見せ掛ける為に絞殺の手段を取るのは見えていたからね、首を絞められた時に腹部付近に食らわしておいた。つまり、彼女に痕が残っていればチェックメイトだ」
ま、首吊り自殺に見せかけるだなんて古典的な事、常識的に考えてか弱い女の子1人じゃ殆ど不可能なんだけどね、と付け加えると咲乃はコーヒーを一口飲み大きく息をついた。
……コイツ俺が知らない所でこんな無茶していたのかよ。
でもそれは咲乃がそれだけ真剣に、一意専心に、身を粉にして自分の望む事に、人を幸せにする事に一心に頑張っている証明になっているのは確かであった。
……今更ながら少しでも咲乃を止めようとした自分を卑下したくなるな。
「どうかな? 逢坂さん、大した反論も無いものだから僕がベラベラと喋らせて貰ったけど、何か質問があるならいくらでも受け付けるよ? 無いのならあとは君が認め――」
「あァ」
返事なのか、溜息なのかよく分からない発声に俺が逢坂の方を向くと、彼女は斜め上を見つめたまま、まるで放心状態であるかのように呆然と立ち尽くしていた。
それに並行して消え入るような声で、何かを呟きながら。
「あーあ何でこんな事になっちゃったかなあ、ああそうか全部この女のせいかそうだよねその通りだそうに違いないそうに決まってるだって聡一は私のものなんだよ私以外が好きかってしていい訳がないだから聡一にちょっかいかけてくるがいちゅうどもはぜんぶ私が守ってきたのになんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで聡一があんな蹴りいっぱつで骨がおれそうなちびまじょといっしょにいるわけなのしかもなんでわたしがわるものあつかいされてるの? おかしいよこんなのぜったいおかしい聡一だまされてるよわたしはただ聡一をたぶらかすまじょから守るために助けるためにたいじしようとしただけなんだよだから聡一あのまじょのいうことを聞いちゃだめだよぜったいだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめでもこのままじゃ私がまじょにかられちゃうよ聡一をもって行かれちゃうよせんのうされちゃうよそうだだったら私がきしになってまじょを倒しちゃえばいいんだそうだよそのあとでほんとうのことをおしえたらきっと聡一はわかってくれるはずだって聡一はすごくかっこよくてやさしいしわたしのこと分かってくれるしたすけてくれるような人なんだもんうんそうだよそうこの女ころしてもりゆうを言ったらきっとわかってくれるはずむしろなぐさめてくれるはずそうだならころしちゃおうそうだころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえ」
何を言っているのか分からなかった、が、その光景はあまりにも奇怪であったのは確かで、そして俺の隣に立っている少女は逢坂には最早見えないのも確かで、俺は唯々戦慄する。
そして即座に思う、これが……咲乃の描く修正された物語? 冗談だろ?
こんな、これでは犯人を追い詰めた探偵と何も変わらない、誰も幸福など得ていない。
「逢坂……」
無意識に名前呼んでしまっていた。何も持ち合わせてなどいないのに、それでも聞きたかったのかもしれない、悔恨の念を聞いて全てをリセットしたかったのかもしれない。
許されない事なのに許そうとしていたのかもしれない。
「聡一」
名字に対し名前で返事をした発せられた逢坂の声に俺は反射的に振り向く。
「……何?」
「またね」
「っ!?」
一瞬、何が起こったのか自分でも分からなくなる、しかしそれに伴って伝わってくる激痛で全てを理解する。蹴り上げられたのだ、息子を、金的という奴だ。
視界が歪み地面に倒れ込む、激痛から言葉は愚か呼吸すらままならくなる。
断っておくがこれは決して笑い所ではない、本当に、洒落にならない程痛いのだ。
女の子はもっと睾丸について深い理解が必要だと思う、安易に繊細で臆病な息子を蹴るような真似は冗談でもしてはいけないのだ。個人的にこの痛みは出産に追随していると思っている。
いや尿道結石もいい勝負ではないだろうか、なったことないけど。
「っ……! おっ、逢坂……」
「あーあ、もう嫌になっちゃうよ、随分気弱そうな見た目をしてる奴だったから変な事吹き込まれるに言い包めてやろうと思っていたのに……すげえお喋りなんだもんコイツ」
「人を見かけで判断するのは愚者のする事だよ、逢坂さん、大事なのは中身だ。それに口を挟もうと思えばいくらでも挟めたと思うけどね、それは君の頭脳の問題じゃないかな」
「うるさいなあ、聡一騙されちゃ駄目だから、この女私を悪人にしようとしてるんだよ、私は聡一を守る為にやったのに……でも、聡一は私がこの女殺すって言ったら絶対に止めようとするでしょ? だからゴメンね、そこで大人しく見ておいて」
そう言うと逢坂はポケットからアーミーナイフを取り出し、咲乃に突きつけた。
「確かまだ少年法が適応される年齢だし、ちゃんと謝罪の弁を述べて、模範囚演じてればすぐに出所出来る筈だよね、そしたら聡一、すぐに会いに行くから」
――ああそういう事か、逢坂って自分が少しでも気に食わないと思った相手なら手段を選ばず破壊するような奴だったのか――被害妄想が強い、自制の利かない奴。
何とか逢坂を止めようと声を出そうとするがやはり声が出ない、それどころか相当強く蹴られた所為か意識まで遠のいているような気さえした。
咲乃――
「痛い! このっ……離せ! 離せよこのパチモン!」
突然、叫び声で引っ張り合っていた綱が突然離されたかのように意識が戻される。
……何だ?
即座に顔を上げると逢坂が三つ編みの少女にナイフを持った手を捻られ、机に押さえつけられていた。
「東……橋……?」
「教室に戻ったら窓から聡一が走って行くのが見えて」というこれ程口実にしか聞こえない台詞も無いだろうと言える台詞を吐いた逢坂に対し、突っ込みたい衝動と妙な寒気に襲われた俺だったが、その両方を抑え込みリビングに招くと、開口一番咲乃がそう言った。
「……何の事? というかあんた誰よ? 顔も合わした事のない人と世話のなりようがないんだけど」
「威勢のいい子だね、嫌いじゃないよ、安直そうな脳をしてそうで実に僕好みだ」
まるで出会って数秒で喧嘩を始める不良ように、咲乃と逢坂は対面して早々異様なまでに険悪なムードを展開させていた。
え、何、どう考えても修羅場ですよね、これ。
思わず仲介役を買って出ようかとも考えたが――咲乃が大丈夫と言った以上変に手出しをしては足枷どころか羽交い締めにしてしまいそうで俺は踏み止まる。
ここは乱闘が起こらないようにだけ注視しながら暫く静観するしかないか――
「ねえ、聡一、この女あんたの一体何なの? 妹?」
――そう思った矢先にテンプレート通りの台詞を俺に吹きかけるかおんどれ。
「えー……っとですね、この女の子はですね……」
「幼馴染だよ、逢坂結さん。申し遅れたね、僕の名前は神名川咲乃だ。しがない相談事務所をやらせて貰っている、どうぞよろしく」
咲乃ナイスフォロー。確かに言っている事は間違ってない。
「幼馴染……ねえ、ふーん」
しかしそれでも逢坂は不機嫌そうな、不満に塗れた目つきで俺を睨んでいた。
その姿、態度に、妙な違和感を覚える。それは恐らくこんな雰囲気を纏った逢坂を一度たりとも見た事がなかったから、というのが一番有力かもしれない。
もしかしたらいつも馬鹿みたいに、いや完璧に阿呆面でテンション全開の逢坂しか見た事がなかったから――そのギャップで極端に機嫌が悪いように見える錯覚を起こしていたのかもしれないが……例えそうだとしても、異物感が抜ける気配は全くなかった。
「じゃあ役者も揃ったことだし、手早く話を進めていこうか」
咲乃はそう言うと何故かエスプレッソマシンでコーヒーを注ぎだし、ドリルで地面を掘るような音を一頻り出した後、咲乃はコーヒーカップを手に取って座り直した。
「さて、話を進めて行く上で逢坂さん、まず君にある罪を認めて貰わなければならない」
「……さっきから随分と横暴じゃない? 私は聡一が女と駆け落ちしてる姿が見えたから先生の許可を貰って捕まえに来たんだけなんだよ? さっきからずけずけとなんなの? 大体何の罪を認めろと? 冤罪か? 説明も無しに認めるも糞もないでしょ」
「説明をする必要は無いよ、それは君が一番理解している筈だろう? あっさりと認めてくれれば面倒事にならずに済むのだけれど……嫌なら外堀から埋めていくだけだ」
「だから――」
「君が僕を殺そうとした、未遂の罪を認めてほしい」
「…………」
……今更言うまでもないのだが逢坂がこの件の犯人、という訳か、俺に言われのない罪を着せて陥れ、そして咲乃の首を絞めて殺害しようとした……張本人。
さっきであれだけ抑え様のない憂悶に襲われたのだから、いざ咲乃が名指し犯人を口にした時にはきっと壮絶な哀しみや怒りが沸き起こって、下手すれば精神崩壊してしまうんじゃないかと思っていたが――不思議と気持ちは落ち着いていた――否、もしかしたら気持ちが追い付いていなかったのかもしれない、それだけ、普段の逢坂に見慣れていたのか――コイツそんな真似出来る筈が無いって思い込み過ぎていたのかもしれない、だから自分でもぞっとする程実感が無かった、沸かなかった。
「もし『証拠が無いから私は犯人じゃない』とでも思っているならそんな馬鹿げた思考は今すぐにでもシャットダウンした方がいい、それこそコ○ンじゃないんだ。入念に、計画性を持ってやらないと証拠は否でも応でも簡単に残ってしまうものなんだよ?」
目だけで逢坂の方を見ると、彼女は少し虚ろな目で咲乃を睨んでいるように見えたので俺は慌てて視線を所定位置に戻す。
俺の隣に立っている人はまるで友人ではないという感情も共に。
「何言ってるか分からない」
「……仕方ない、順に提示していこうか。学校裏サイトを介して僕に送れられてきた依頼のメール、あれ送ってきたのは逢坂さん、君だよね」
「……知らない」
「そして自身の携帯メールではなくフリーメールを使っていた。まあそこまではよかったよ、僕は別に警察でもハッカーでもないから必死になって身元を隠そうとする依頼者をフリーメールのアドレスからは暴くような真似はどう足掻いても出来ないからね」
咲乃は注いだコーヒーに溢れんばかりの角砂糖、蜂蜜、ミルクを投入し(本人曰くこの3つを投入したコーヒーが痺れるほど上手いらしい、俺は飲んだ瞬間舌が攣りそうになったが)一口飲むと少しも変わらぬ口調で続けた。
「けれど依頼を解決する上で詳しい内容を訊くのは当然の事だ。そこまで明かしたくないなら偽名を使えばよかったものを、でも君はそれをしなかった。まあ出来なかったのだろうけどね、それどころか君は僕と直接会う事ばかりを望んだ。いや、それしか要求してこなかった」
それは……つまり突発的にではなく初めから咲乃を殺すつもりで依頼メールを送ったという事になるのか? 咲乃との過去の接点は存在しないのに……?
「この時点で僕は君が短気で短絡的な人間だと分かった。別に早々に会ってもよかったのだけど、君が指定する場所は何処も僕が行くには喘息と筋肉痛を併発しそうな所ばかりだったからね……まあそれは方便で本当は君が犯人たる決定的証拠が欲しかったからなのだけど」
すると咲乃はポケットから一通の封筒を取り出して俺に投げつけて来た。
「何だよこれ」
宛先は……俺の通っている新都高校から……か?
「これがどうかしたのか?」
「中身を確認してみるといい」
言われるがまま開封済みの封筒から一枚の紙切れを取り出す。
「……特別二者面談のお知らせ……?」
はっきりとそう書いてあった。いや、確かに今は面談の時期だけど……。
「何だ? お前があまりにニートだから校長が直々に説教でもしに来るのか?」
「聡ちゃん、僕が高校に入学してから2年と少しの間、一度たりとも学校に登校していないのにも関わらず進級出来ている事に対して、何も疑問に思わなかったのかい?」
「……ん? 言われてみれば確かに、普通なら出席日数が足りなくて留年じゃないか」
「だろう、実は僕の父と新都高校の理事長は昔からの好みでね、勿論その程度で、という訳ではないのだけど……まあそういう関係性もあって僕は定期考査で必ず3位以内に入る事と大学受験で東大に合格する事を条件に特別に出席日数を免除して貰っているんだよ」
……は?
「じゃあお前今までその条件を守りながらニートやっていたっていうのか?」
「だから僕は初めからニートじゃないと言っていただろう、学校に行っていないだけで名目上は歴とした学生だよ、因みに順位も2年生の期末考査を除けば全て1位だ。確か上位47名は名前が掲示される筈だから載っている筈だけど……聡ちゃんは見た事が無いのかい?」
「……」
完全に俺をおちょくっとるなコイツ。
しかし……言われてみると定期考査がある度に『また女神様が降臨なさったか』とか妙に周囲が騒いでいたような……あれってもしかして咲乃の事だったのか。
「でもその事とこの面談に何の関係が……」
ん? いや待てよ。
「理事長の娘って――」
「そう、今聡ちゃんの隣にいる子だよ、そして同時にこの封筒を送りつけて来た張本人でもある。恐らく理事長から僕の話を色々と聞いていたのだろう、だから、それ故に君は理事長を騙ってこの内容の面談を送りつけ、僕を誘き出す方法を思いついた」
「……それこそ証拠が無いじゃない、言いがかりにも程がある」
「残念、それが仇だったんだよ、確かに何度か面談について学校から手紙は送られてきた事はある、でもね、それらに僕が関与した事は一度も無い、連絡を取れば分かる事だ」
「咲乃の両親は今世界一周旅行に行っている、ならその事は当然理事長の方にも伝えられている筈、だとすればこんな封筒が送られてくる訳が無い、いや有り得ないのか」
「正解」
いや、でもそこまで分かっておきながら何で咲乃は誘いに乗ったんだ……?
「ここまで言ってまだごねられたら面倒だからね、止めを刺しに行ったんだよ」
すると今度は黒い塊を俺に投げつけてきた。
「……スタンガン……?」
「自殺に見せ掛ける為に絞殺の手段を取るのは見えていたからね、首を絞められた時に腹部付近に食らわしておいた。つまり、彼女に痕が残っていればチェックメイトだ」
ま、首吊り自殺に見せかけるだなんて古典的な事、常識的に考えてか弱い女の子1人じゃ殆ど不可能なんだけどね、と付け加えると咲乃はコーヒーを一口飲み大きく息をついた。
……コイツ俺が知らない所でこんな無茶していたのかよ。
でもそれは咲乃がそれだけ真剣に、一意専心に、身を粉にして自分の望む事に、人を幸せにする事に一心に頑張っている証明になっているのは確かであった。
……今更ながら少しでも咲乃を止めようとした自分を卑下したくなるな。
「どうかな? 逢坂さん、大した反論も無いものだから僕がベラベラと喋らせて貰ったけど、何か質問があるならいくらでも受け付けるよ? 無いのならあとは君が認め――」
「あァ」
返事なのか、溜息なのかよく分からない発声に俺が逢坂の方を向くと、彼女は斜め上を見つめたまま、まるで放心状態であるかのように呆然と立ち尽くしていた。
それに並行して消え入るような声で、何かを呟きながら。
「あーあ何でこんな事になっちゃったかなあ、ああそうか全部この女のせいかそうだよねその通りだそうに違いないそうに決まってるだって聡一は私のものなんだよ私以外が好きかってしていい訳がないだから聡一にちょっかいかけてくるがいちゅうどもはぜんぶ私が守ってきたのになんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで聡一があんな蹴りいっぱつで骨がおれそうなちびまじょといっしょにいるわけなのしかもなんでわたしがわるものあつかいされてるの? おかしいよこんなのぜったいおかしい聡一だまされてるよわたしはただ聡一をたぶらかすまじょから守るために助けるためにたいじしようとしただけなんだよだから聡一あのまじょのいうことを聞いちゃだめだよぜったいだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめでもこのままじゃ私がまじょにかられちゃうよ聡一をもって行かれちゃうよせんのうされちゃうよそうだだったら私がきしになってまじょを倒しちゃえばいいんだそうだよそのあとでほんとうのことをおしえたらきっと聡一はわかってくれるはずだって聡一はすごくかっこよくてやさしいしわたしのこと分かってくれるしたすけてくれるような人なんだもんうんそうだよそうこの女ころしてもりゆうを言ったらきっとわかってくれるはずむしろなぐさめてくれるはずそうだならころしちゃおうそうだころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえころしちゃおうころしちゃえ」
何を言っているのか分からなかった、が、その光景はあまりにも奇怪であったのは確かで、そして俺の隣に立っている少女は逢坂には最早見えないのも確かで、俺は唯々戦慄する。
そして即座に思う、これが……咲乃の描く修正された物語? 冗談だろ?
こんな、これでは犯人を追い詰めた探偵と何も変わらない、誰も幸福など得ていない。
「逢坂……」
無意識に名前呼んでしまっていた。何も持ち合わせてなどいないのに、それでも聞きたかったのかもしれない、悔恨の念を聞いて全てをリセットしたかったのかもしれない。
許されない事なのに許そうとしていたのかもしれない。
「聡一」
名字に対し名前で返事をした発せられた逢坂の声に俺は反射的に振り向く。
「……何?」
「またね」
「っ!?」
一瞬、何が起こったのか自分でも分からなくなる、しかしそれに伴って伝わってくる激痛で全てを理解する。蹴り上げられたのだ、息子を、金的という奴だ。
視界が歪み地面に倒れ込む、激痛から言葉は愚か呼吸すらままならくなる。
断っておくがこれは決して笑い所ではない、本当に、洒落にならない程痛いのだ。
女の子はもっと睾丸について深い理解が必要だと思う、安易に繊細で臆病な息子を蹴るような真似は冗談でもしてはいけないのだ。個人的にこの痛みは出産に追随していると思っている。
いや尿道結石もいい勝負ではないだろうか、なったことないけど。
「っ……! おっ、逢坂……」
「あーあ、もう嫌になっちゃうよ、随分気弱そうな見た目をしてる奴だったから変な事吹き込まれるに言い包めてやろうと思っていたのに……すげえお喋りなんだもんコイツ」
「人を見かけで判断するのは愚者のする事だよ、逢坂さん、大事なのは中身だ。それに口を挟もうと思えばいくらでも挟めたと思うけどね、それは君の頭脳の問題じゃないかな」
「うるさいなあ、聡一騙されちゃ駄目だから、この女私を悪人にしようとしてるんだよ、私は聡一を守る為にやったのに……でも、聡一は私がこの女殺すって言ったら絶対に止めようとするでしょ? だからゴメンね、そこで大人しく見ておいて」
そう言うと逢坂はポケットからアーミーナイフを取り出し、咲乃に突きつけた。
「確かまだ少年法が適応される年齢だし、ちゃんと謝罪の弁を述べて、模範囚演じてればすぐに出所出来る筈だよね、そしたら聡一、すぐに会いに行くから」
――ああそういう事か、逢坂って自分が少しでも気に食わないと思った相手なら手段を選ばず破壊するような奴だったのか――被害妄想が強い、自制の利かない奴。
何とか逢坂を止めようと声を出そうとするがやはり声が出ない、それどころか相当強く蹴られた所為か意識まで遠のいているような気さえした。
咲乃――
「痛い! このっ……離せ! 離せよこのパチモン!」
突然、叫び声で引っ張り合っていた綱が突然離されたかのように意識が戻される。
……何だ?
即座に顔を上げると逢坂が三つ編みの少女にナイフを持った手を捻られ、机に押さえつけられていた。
「東……橋……?」
人によって『地獄』の基準は違うと思う。
いじめと言うよりは単にからかわれているだけでもその人にとっては地獄に感じるかもしれないし、事故で手足を失った時初めてその境遇を地獄と感じる人もいるかもしれない。
要するに人によって不幸と思う基準は違うのだ。ある境遇を客観的に見ると些細に感じても当の本人は地獄のように辛いのかもしれないのである。一律に、一元化する事など出来ない、いや、してはいけないのだ、する権利を持つ事さえ許されてはならない。
しかし大事なのはそんな事ではない、重要なのは己が経験した地獄を受け入れ、理解し、確固たる意志を持って後に活かしていく事、これに尽きるのではないだろうか。
だからこの出来事が俺にとって地獄であったのは言うまでも無いのだが、しかし同時に俺にとってこの出来事は、何かを変える転機であったのも確かなのをここに明言したい。
「こうなるのは分かりきっとった事やのに……やっぱあの程度じゃ防波堤にもならんわな、手緩い事せんと最初からもっときつくやっとくべきやったわ……、ゴメンな聡一君、それと――神名川さんやっけ? 逢坂の奴に相当引っかき回されてもうたやろ?」
ようやく痛みがマシになってきたので何とか身体を起こすと、ゆっくり言葉を吐き出す。
「やっぱり東橋さんって……逢坂と面識があったのか」
以前から不思議に思ってはいたのだった。
俺は東橋と交友関係にある、そして当然逢坂とも交友関係にある。
しかし東橋と逢坂の間に交友関係は存在しないのだ。にも関わらず互いが互いを避けているのは目に見えて明らかで――俺はその様子がかえって面識があるようにしか見えなかった。
「東橋さんと逢坂さんは同じ中学出身だよ、そして聡ちゃんの言う通り交友関係にあった」
「……? 何でそんな事咲乃が知っているんだよ」
「恐らく学校裏サイトでも使って調べたんやろね、あの事件、結構有名やったみたいやし」
あの事件……? 東橋と逢坂の間に何かあったのか?
「彼らの中学で起きた傷害事件の話だよ、俗に言う男女関係の縺れという奴だね、そこで1人の男性がある女性を庇って頭に大怪我をしている、まあ、よくある話だ」
「おい、それって――」
「因みにこの話には続きがあってね、実はこの事件、事を大きくしたくなかった学校側によって隠蔽、いや半強制的に和解させられているんだ。つまり加害者側である女の子が今ものうのうと、まるで何事も無かったかのように娑婆で生活しているという訳だよ」
それってつまり、逢坂が東橋を襲った時に庇った男の子が怪我をしたって事か……?
「はっ、よく言うよ、あの件はある意味私の方が被害者だっての、報われないゴールに向かって必死になって無意味なラフプレーをしまくった私の身にもなれっつーの」
「素晴らしいまでの自己愛性人格者だね、益々気に入ってしまうよ」
「だから次こそ上手くいく筈だった……東橋なんてハナから相手になる訳がないし、何処の馬の骨か知らない馬鹿が流してくれた嘘の悪評のおかげで聡一に近づく奴は1人もいない完璧な状態だった……なのに、なのに! なのに!なのに! なのに! 神名川! 人間の皮を被った魔女! 悪魔の所為で!全部! 全部! 全部台無しだ!」
……え?
「ちょ、ちょっと待てよ、俺の悪評を流したのは逢坂……お前だろ?」
「は? 何で私が聡一にそんな事する必要があんだよ、どう考えてもメリット無いだろ」
「それなら一体誰が――」
……いや、何を言っているんだ俺は、それなら1人しかいないじゃないか、思い出してみれば俺の悪評の件について咲乃が一言も『逢坂が犯人』だとは言っていなかった。
……でも理由が、動機が、根拠が全く分からない、逢坂じゃなくどうして東橋が?
「聡ちゃんを守るためだよ」
その言葉にハッとして東橋の方を見る、俺を……守る為……?
「いや、でも」
それだと……矛盾にも程がある、それに――
「そう、どう考えたってこれは最善な策とは言えない……恐らく己の欲も混じっていたからだろう、でもね――」
咲乃は一呼吸置くとこう続けた。
「聡ちゃんを守りたいが故に行った、これは紛れもない事実なんだよ」
だから彼女を責めないでやってくれ、と咲乃。
東橋は否定も肯定も――いや、何も言おうとしなかった。
「あははははっ! これで疑問は解消されたのかな? 一件落着って奴? てことは私は刑務所行きになるのかな? まあいいけどね、たかが数年の空白如きで私が諦める訳ないし」
寧ろ最高に燃えるよ、と逢坂は凄惨に笑った。
俺は――俺は一体どうすれば、何をすればいいんだ――
咲乃という名の蜘蛛の糸に掴まり不乱に上っていたが、いつまでたっても地獄からの脱出口が見えない状況に焦燥ばかりが募り、糸は今にも切れそうになっていた。
「当然や、お前がやってきた事が二度も許されると思うな――」
「いや、許そう」
「え?」
「はっ?」
反射的に俺と東橋が素っ頓狂な声を上げる、今、何て?
「逢坂結が僕に対して行おうとした、殺人行為を許すと言ったんだ、被害者である僕が許すと言ったのだから警察に突き出す必要性はないよ、和解という奴だね」
「そ、それは確かにそうやけど……せ、せやけど子供同士の末梢的な喧嘩とは一切訳がちゃうねんで!? あんた……自分が何されたか分かってるやろ!?」
「二度程殺されかけたね、虚弱体質な私には見事なまでの苦行だったよ」
虚弱体質じゃなくても死の淵に追い込まれる事を苦行とは言わん。
「ねえ? ここは笑っていい所なの? 今のネタ最高に面白かったと思うんだけど」
「ギャグでも冗談でも洒落でもないよ、僕は本気で君を許すと言ったんだ」
「はあ? そんな事をして一体お前に何のメリットがあんだよ」
逢坂は笑い半分と呆れ半分が混ざったような声でそう言った。
「僕に利点? 露聊かもある訳がないだろう? 何言っているんだい」
「「「…………」」」
咲乃を除く全員が目が点状態だったのは言うまでもない。
……まさかこれが咲乃のいう物語の修正なのか? けど、逢坂の罪を許した所で何の意味も無いのは咲乃だって分かっている筈、また悪循環が繰り返されるのは確定事項じゃないか。
咲乃の狙いが本気で分からなくなってきた。
「勿論条件はあるけどね」
「そりゃそうだろ、今後一切お前と聡一に近づくな、かな?」
「いや、僕の助手になることだ」
「「は?」」
俺と逢坂の声がハモる。いやいやいや、マジで何言ってんのこの人。
「君は頭脳の方はアレだが行動力は大したものだ、正直その面に関してだけ言えば聡ちゃんより役に立つ、僕も行動力はある方だが正直身体がついてこなくてね……是非ともその力を自分の為じゃなく、僕の手足となって働いてくれないかな? 当然手当ても出すよ」
「ババァか」
「お前アホか? 行動力ってのはな、自分の欲の為だから本気でやれるんだよ、たかが金、ましてや私の恋路を邪魔しやがった奴の為に働ける訳が――」
「嫌なのかい? 助手になれば四六時中聡ちゃんと一緒にいれるようになるんだよ? つまりそれは君の実力次第では簡単に逆NTRが可能となる訳なのだけど……」
「うっ、そっそれは……」
恋路? 逆NTR? さっきから何言ってんだコイツら。
いつの間にか東橋によって捻じ曲げられていた手は何故か離されているにも関わらず、それに気づいていないのか逢坂は机にセルフ押さえつけをしながら悶えていた。
「大体君は真性の方じゃないからね、盲目じゃないなら改心の余地はいくらでもある。マジなら今頃このリビングは血の海になっているよ、どうかな? 女子刑務所で無駄な人生を送るのと比べれば破格の条件だと思うけどね、これでもまだ不満があるのかい?」
「い……いや……」
「聡ちゃんも勿論、構わないよね?」
え、俺に訊くんすか、というか逢坂は逢坂で何で赤い顔してこっちを見ている。
よく分からないがここは咲乃に従っておくべき、なのか……?
正直、咲乃にあれだけの事をしておいて、許せない気持ちが無いと言ったら嘘だ。
けど、ここで否定する事が咲乃の邪魔になるなら、俺は肯定するしかない。
「別に構わないけど……」
「! それなら私も構わない……かな……」
「ちょっと待って! そっ、そんなん認められへん! こっ、こんな塵屑最底辺がこんなんで改心する訳がないやん! どうせまた明日には問題起こしてるで! そっ、それを退避勧告レベルの危険地帯に放置しとくなんて……あ、あんたは許しても私は許さへんで!」
「なら、逢坂さんを監視する意味で君も僕の助手になるといい」
「えっ!? あっ、そっそれならええかな……」
「えっ?」
「ちょっと待てよ! それはずるいだろ!」
「障害は高ければ高いほど燃えると言っていたじゃないか、それに君は東橋さんをライバル視すらしていないのだろう? なら全く持って問題ないじゃないか――ま、それ以前に奥手な上に狡い真似しか出来ない君達ごときに僕が負けるだなんて2次元世界行きの装置が発明されるぐらいあり得ないけれどね」
「へえ……言ってくれるじゃん」
「それはいくら何でも自意識過剰ちゃうか……?」
何だこれ、何なんだこれ。
いつの間にか謎の女子トークが始まり、俺は完全に蚊帳の外になる。
しかしそれと同時にあれだけお通夜だった異臭が咲乃産の消臭剤によってぐんぐん消臭されていく――俺には何がきっかけだったのか全く分からなかったが――それでも咲乃が本当に物語を修正してしまったのは事実で――俺は心底馬鹿みたいな顔をしていたと思う。
多分もっと真剣に、何があったのか一つ一つ意識して、吟味して、確認しなければならない事が膨大にあったような気がしたけれど、コイツらがまるで生気が戻ったかのように生き生きと騒いでいる所を見ていると――何だか全てどうでもよくなってしまっていた。
*
「なあ神名川さん、1つだけ聞いてええかな」
その後、口喧嘩に負けたのか逢坂が半べそになりながら「今日はこのくらいにしといたるわ!」と定番の捨て台詞を吐いて窓から逃走した所で女子トークらしきものは終息したようで「これだから口より先に手が出る奴は……」とドヤ顔で勝ち誇っていた咲乃を引きずって東橋を玄関で見送ろうとした時、東橋がそう口を開いた。
「ん? なんだい?」
「……私の運営してる学校裏サイトの認証パスワード、何で分かったん?」
それは俺も同意だ。咲乃は勘だと言っていたけどそんな適当で分かるようなものじゃない。
「ああ、それは女の勘という奴だよ」
まだ言うかこの女。
しかし、そう思った俺に反して何故か東橋は納得したようで「やっぱりそうか」と一言だけいうと、それ以上咲乃に何も質問しようとはしなかった。
うーむ、女というものはやはり謎の多い生き物だな。
「それじゃ、そろそろ私もお暇させてもらうわ、ホンマは聡一君に話さなあかん事が山ほどあるのは分かってるんやけど……ちゃんと整理が出来た時でええかな」
「東橋さんが話したいと思った時に話してくれればそれでいいよ、この件はもう一定の解決を得てはいるんだ、ならそれでいい。今更俺に全てを知る権利は無いよ」
「聡一君てやっぱり謙虚で――でも優しいねんな、ありがとう。あと神名川さんも、こんなボロボロになってまで尽力してくれて、なんてお詫びを申し上げたらええか分からんわ」
「僕は依頼をまっとうしたまでだよ、頼まれたのだから尽力するのは然るべき、だろう?」
「神名川さんって聡一君と同じような事言うねんな、お似合い過ぎて――ちょっと嫉妬しちゃうわ――」
俺と咲乃が似てる? それはないだろ。
「ま、私も負けへんけどな――まあええか、ほんなら聡一君、また明日、学校で」
そう言い残すと、東橋は女神のような微笑みを見せ駆け足で帰って行った。
「……なあ咲乃、本当にこれでよかったのかな」
「物語の末路を修正出来たことは確かだ。あとはその状態を維持しながら真の解決に導いて行くしかないよ、だから僕の役目はその軌道を維持し続ける事、それはきっと極めて大変な、茨の道なのかもしれないけれど、僕はそれがまた楽しみでもある」
「そっか……」
「人はね、初めから1人で何でもは出来ないんだ。だから自覚無しに間違いを犯してしまったりもする。だけどね、それに気づける人が側にいれば、それこそ側にいるだけで自ずと正せれるようになるんだよ、それは間違った事じゃない、成長する上で、不可欠なんだ」
「俺は何も出来なかったけどな……全部咲乃に預けて、傍観しか出来なかった」
「問題の渦中にいた人間が無計画に行動されても火に油を注ぐだけだよ、君の活躍はまだまだこれから掃いて捨てたくなる程待ち受けている筈だ。だから安心し給え」
へ? 俺が問題の渦中?
「そんな事より今日の夕食は何か教えてくれ給え、僕のHPは0に等しいよ」
「え? ……あぁ、今日は確か豆腐ハンバーグだったかな」
「!?」
突如咲乃が金剛力士像顔負けの形相で俺を睨みだす。
えっ、何その顔、それアカン、FA化出来ないぐらいヤバイ顔になっちゃってますよ。
「とっ豆腐ハンバーグだって!? 僕をおちょくるのも大概にしてくれよ! 肉は肉でも『畑の肉』じゃないか! まっ、まさか聡ちゃんは本気で大豆を土で出来る肉と思っている訳じゃないだろうね? そうだとしたら今すぐにでも眼科でレーシックの手術を受けてきたまえ! そうじゃないなら今すぐにハンバーグさんに対して三跪九叩の礼を行った上で土下寝で謝罪の弁を述べることだね! 全く……冗談でもそんなふざけた発言二度としないでくれよ!」
…………耳がキーンとする。何コイツ、自分の愛する料理に手を抜かれただけでこんな喧しい声で怒るのかよ……こんなに喚く咲乃見た事無かったから本気でビビった……でも言っておくが豆腐ハンバーグも歴とした料理だよ、お前も豆腐ハンバーグさんに詫びに行けよ。
「五月蠅いな、今日は牛肉がセールやってなかったから1パックしか買えなかったの、それにお前って見かけによらず食欲旺盛だからかさまししないと俺の分が無くなっちゃうんだよ」
「聡ちゃんは豆腐だけ食っていればいいよ」
「鬼畜か」
こうして怒涛の一日は幕を閉じる事となった。
心身共に疲労困憊だったのは言うまでも無い。
……後日俺と逢坂と東橋が職員に四面楚歌されて説教されたのも、言うまでも無い。
いじめと言うよりは単にからかわれているだけでもその人にとっては地獄に感じるかもしれないし、事故で手足を失った時初めてその境遇を地獄と感じる人もいるかもしれない。
要するに人によって不幸と思う基準は違うのだ。ある境遇を客観的に見ると些細に感じても当の本人は地獄のように辛いのかもしれないのである。一律に、一元化する事など出来ない、いや、してはいけないのだ、する権利を持つ事さえ許されてはならない。
しかし大事なのはそんな事ではない、重要なのは己が経験した地獄を受け入れ、理解し、確固たる意志を持って後に活かしていく事、これに尽きるのではないだろうか。
だからこの出来事が俺にとって地獄であったのは言うまでも無いのだが、しかし同時に俺にとってこの出来事は、何かを変える転機であったのも確かなのをここに明言したい。
「こうなるのは分かりきっとった事やのに……やっぱあの程度じゃ防波堤にもならんわな、手緩い事せんと最初からもっときつくやっとくべきやったわ……、ゴメンな聡一君、それと――神名川さんやっけ? 逢坂の奴に相当引っかき回されてもうたやろ?」
ようやく痛みがマシになってきたので何とか身体を起こすと、ゆっくり言葉を吐き出す。
「やっぱり東橋さんって……逢坂と面識があったのか」
以前から不思議に思ってはいたのだった。
俺は東橋と交友関係にある、そして当然逢坂とも交友関係にある。
しかし東橋と逢坂の間に交友関係は存在しないのだ。にも関わらず互いが互いを避けているのは目に見えて明らかで――俺はその様子がかえって面識があるようにしか見えなかった。
「東橋さんと逢坂さんは同じ中学出身だよ、そして聡ちゃんの言う通り交友関係にあった」
「……? 何でそんな事咲乃が知っているんだよ」
「恐らく学校裏サイトでも使って調べたんやろね、あの事件、結構有名やったみたいやし」
あの事件……? 東橋と逢坂の間に何かあったのか?
「彼らの中学で起きた傷害事件の話だよ、俗に言う男女関係の縺れという奴だね、そこで1人の男性がある女性を庇って頭に大怪我をしている、まあ、よくある話だ」
「おい、それって――」
「因みにこの話には続きがあってね、実はこの事件、事を大きくしたくなかった学校側によって隠蔽、いや半強制的に和解させられているんだ。つまり加害者側である女の子が今ものうのうと、まるで何事も無かったかのように娑婆で生活しているという訳だよ」
それってつまり、逢坂が東橋を襲った時に庇った男の子が怪我をしたって事か……?
「はっ、よく言うよ、あの件はある意味私の方が被害者だっての、報われないゴールに向かって必死になって無意味なラフプレーをしまくった私の身にもなれっつーの」
「素晴らしいまでの自己愛性人格者だね、益々気に入ってしまうよ」
「だから次こそ上手くいく筈だった……東橋なんてハナから相手になる訳がないし、何処の馬の骨か知らない馬鹿が流してくれた嘘の悪評のおかげで聡一に近づく奴は1人もいない完璧な状態だった……なのに、なのに! なのに!なのに! なのに! 神名川! 人間の皮を被った魔女! 悪魔の所為で!全部! 全部! 全部台無しだ!」
……え?
「ちょ、ちょっと待てよ、俺の悪評を流したのは逢坂……お前だろ?」
「は? 何で私が聡一にそんな事する必要があんだよ、どう考えてもメリット無いだろ」
「それなら一体誰が――」
……いや、何を言っているんだ俺は、それなら1人しかいないじゃないか、思い出してみれば俺の悪評の件について咲乃が一言も『逢坂が犯人』だとは言っていなかった。
……でも理由が、動機が、根拠が全く分からない、逢坂じゃなくどうして東橋が?
「聡ちゃんを守るためだよ」
その言葉にハッとして東橋の方を見る、俺を……守る為……?
「いや、でも」
それだと……矛盾にも程がある、それに――
「そう、どう考えたってこれは最善な策とは言えない……恐らく己の欲も混じっていたからだろう、でもね――」
咲乃は一呼吸置くとこう続けた。
「聡ちゃんを守りたいが故に行った、これは紛れもない事実なんだよ」
だから彼女を責めないでやってくれ、と咲乃。
東橋は否定も肯定も――いや、何も言おうとしなかった。
「あははははっ! これで疑問は解消されたのかな? 一件落着って奴? てことは私は刑務所行きになるのかな? まあいいけどね、たかが数年の空白如きで私が諦める訳ないし」
寧ろ最高に燃えるよ、と逢坂は凄惨に笑った。
俺は――俺は一体どうすれば、何をすればいいんだ――
咲乃という名の蜘蛛の糸に掴まり不乱に上っていたが、いつまでたっても地獄からの脱出口が見えない状況に焦燥ばかりが募り、糸は今にも切れそうになっていた。
「当然や、お前がやってきた事が二度も許されると思うな――」
「いや、許そう」
「え?」
「はっ?」
反射的に俺と東橋が素っ頓狂な声を上げる、今、何て?
「逢坂結が僕に対して行おうとした、殺人行為を許すと言ったんだ、被害者である僕が許すと言ったのだから警察に突き出す必要性はないよ、和解という奴だね」
「そ、それは確かにそうやけど……せ、せやけど子供同士の末梢的な喧嘩とは一切訳がちゃうねんで!? あんた……自分が何されたか分かってるやろ!?」
「二度程殺されかけたね、虚弱体質な私には見事なまでの苦行だったよ」
虚弱体質じゃなくても死の淵に追い込まれる事を苦行とは言わん。
「ねえ? ここは笑っていい所なの? 今のネタ最高に面白かったと思うんだけど」
「ギャグでも冗談でも洒落でもないよ、僕は本気で君を許すと言ったんだ」
「はあ? そんな事をして一体お前に何のメリットがあんだよ」
逢坂は笑い半分と呆れ半分が混ざったような声でそう言った。
「僕に利点? 露聊かもある訳がないだろう? 何言っているんだい」
「「「…………」」」
咲乃を除く全員が目が点状態だったのは言うまでもない。
……まさかこれが咲乃のいう物語の修正なのか? けど、逢坂の罪を許した所で何の意味も無いのは咲乃だって分かっている筈、また悪循環が繰り返されるのは確定事項じゃないか。
咲乃の狙いが本気で分からなくなってきた。
「勿論条件はあるけどね」
「そりゃそうだろ、今後一切お前と聡一に近づくな、かな?」
「いや、僕の助手になることだ」
「「は?」」
俺と逢坂の声がハモる。いやいやいや、マジで何言ってんのこの人。
「君は頭脳の方はアレだが行動力は大したものだ、正直その面に関してだけ言えば聡ちゃんより役に立つ、僕も行動力はある方だが正直身体がついてこなくてね……是非ともその力を自分の為じゃなく、僕の手足となって働いてくれないかな? 当然手当ても出すよ」
「ババァか」
「お前アホか? 行動力ってのはな、自分の欲の為だから本気でやれるんだよ、たかが金、ましてや私の恋路を邪魔しやがった奴の為に働ける訳が――」
「嫌なのかい? 助手になれば四六時中聡ちゃんと一緒にいれるようになるんだよ? つまりそれは君の実力次第では簡単に逆NTRが可能となる訳なのだけど……」
「うっ、そっそれは……」
恋路? 逆NTR? さっきから何言ってんだコイツら。
いつの間にか東橋によって捻じ曲げられていた手は何故か離されているにも関わらず、それに気づいていないのか逢坂は机にセルフ押さえつけをしながら悶えていた。
「大体君は真性の方じゃないからね、盲目じゃないなら改心の余地はいくらでもある。マジなら今頃このリビングは血の海になっているよ、どうかな? 女子刑務所で無駄な人生を送るのと比べれば破格の条件だと思うけどね、これでもまだ不満があるのかい?」
「い……いや……」
「聡ちゃんも勿論、構わないよね?」
え、俺に訊くんすか、というか逢坂は逢坂で何で赤い顔してこっちを見ている。
よく分からないがここは咲乃に従っておくべき、なのか……?
正直、咲乃にあれだけの事をしておいて、許せない気持ちが無いと言ったら嘘だ。
けど、ここで否定する事が咲乃の邪魔になるなら、俺は肯定するしかない。
「別に構わないけど……」
「! それなら私も構わない……かな……」
「ちょっと待って! そっ、そんなん認められへん! こっ、こんな塵屑最底辺がこんなんで改心する訳がないやん! どうせまた明日には問題起こしてるで! そっ、それを退避勧告レベルの危険地帯に放置しとくなんて……あ、あんたは許しても私は許さへんで!」
「なら、逢坂さんを監視する意味で君も僕の助手になるといい」
「えっ!? あっ、そっそれならええかな……」
「えっ?」
「ちょっと待てよ! それはずるいだろ!」
「障害は高ければ高いほど燃えると言っていたじゃないか、それに君は東橋さんをライバル視すらしていないのだろう? なら全く持って問題ないじゃないか――ま、それ以前に奥手な上に狡い真似しか出来ない君達ごときに僕が負けるだなんて2次元世界行きの装置が発明されるぐらいあり得ないけれどね」
「へえ……言ってくれるじゃん」
「それはいくら何でも自意識過剰ちゃうか……?」
何だこれ、何なんだこれ。
いつの間にか謎の女子トークが始まり、俺は完全に蚊帳の外になる。
しかしそれと同時にあれだけお通夜だった異臭が咲乃産の消臭剤によってぐんぐん消臭されていく――俺には何がきっかけだったのか全く分からなかったが――それでも咲乃が本当に物語を修正してしまったのは事実で――俺は心底馬鹿みたいな顔をしていたと思う。
多分もっと真剣に、何があったのか一つ一つ意識して、吟味して、確認しなければならない事が膨大にあったような気がしたけれど、コイツらがまるで生気が戻ったかのように生き生きと騒いでいる所を見ていると――何だか全てどうでもよくなってしまっていた。
*
「なあ神名川さん、1つだけ聞いてええかな」
その後、口喧嘩に負けたのか逢坂が半べそになりながら「今日はこのくらいにしといたるわ!」と定番の捨て台詞を吐いて窓から逃走した所で女子トークらしきものは終息したようで「これだから口より先に手が出る奴は……」とドヤ顔で勝ち誇っていた咲乃を引きずって東橋を玄関で見送ろうとした時、東橋がそう口を開いた。
「ん? なんだい?」
「……私の運営してる学校裏サイトの認証パスワード、何で分かったん?」
それは俺も同意だ。咲乃は勘だと言っていたけどそんな適当で分かるようなものじゃない。
「ああ、それは女の勘という奴だよ」
まだ言うかこの女。
しかし、そう思った俺に反して何故か東橋は納得したようで「やっぱりそうか」と一言だけいうと、それ以上咲乃に何も質問しようとはしなかった。
うーむ、女というものはやはり謎の多い生き物だな。
「それじゃ、そろそろ私もお暇させてもらうわ、ホンマは聡一君に話さなあかん事が山ほどあるのは分かってるんやけど……ちゃんと整理が出来た時でええかな」
「東橋さんが話したいと思った時に話してくれればそれでいいよ、この件はもう一定の解決を得てはいるんだ、ならそれでいい。今更俺に全てを知る権利は無いよ」
「聡一君てやっぱり謙虚で――でも優しいねんな、ありがとう。あと神名川さんも、こんなボロボロになってまで尽力してくれて、なんてお詫びを申し上げたらええか分からんわ」
「僕は依頼をまっとうしたまでだよ、頼まれたのだから尽力するのは然るべき、だろう?」
「神名川さんって聡一君と同じような事言うねんな、お似合い過ぎて――ちょっと嫉妬しちゃうわ――」
俺と咲乃が似てる? それはないだろ。
「ま、私も負けへんけどな――まあええか、ほんなら聡一君、また明日、学校で」
そう言い残すと、東橋は女神のような微笑みを見せ駆け足で帰って行った。
「……なあ咲乃、本当にこれでよかったのかな」
「物語の末路を修正出来たことは確かだ。あとはその状態を維持しながら真の解決に導いて行くしかないよ、だから僕の役目はその軌道を維持し続ける事、それはきっと極めて大変な、茨の道なのかもしれないけれど、僕はそれがまた楽しみでもある」
「そっか……」
「人はね、初めから1人で何でもは出来ないんだ。だから自覚無しに間違いを犯してしまったりもする。だけどね、それに気づける人が側にいれば、それこそ側にいるだけで自ずと正せれるようになるんだよ、それは間違った事じゃない、成長する上で、不可欠なんだ」
「俺は何も出来なかったけどな……全部咲乃に預けて、傍観しか出来なかった」
「問題の渦中にいた人間が無計画に行動されても火に油を注ぐだけだよ、君の活躍はまだまだこれから掃いて捨てたくなる程待ち受けている筈だ。だから安心し給え」
へ? 俺が問題の渦中?
「そんな事より今日の夕食は何か教えてくれ給え、僕のHPは0に等しいよ」
「え? ……あぁ、今日は確か豆腐ハンバーグだったかな」
「!?」
突如咲乃が金剛力士像顔負けの形相で俺を睨みだす。
えっ、何その顔、それアカン、FA化出来ないぐらいヤバイ顔になっちゃってますよ。
「とっ豆腐ハンバーグだって!? 僕をおちょくるのも大概にしてくれよ! 肉は肉でも『畑の肉』じゃないか! まっ、まさか聡ちゃんは本気で大豆を土で出来る肉と思っている訳じゃないだろうね? そうだとしたら今すぐにでも眼科でレーシックの手術を受けてきたまえ! そうじゃないなら今すぐにハンバーグさんに対して三跪九叩の礼を行った上で土下寝で謝罪の弁を述べることだね! 全く……冗談でもそんなふざけた発言二度としないでくれよ!」
…………耳がキーンとする。何コイツ、自分の愛する料理に手を抜かれただけでこんな喧しい声で怒るのかよ……こんなに喚く咲乃見た事無かったから本気でビビった……でも言っておくが豆腐ハンバーグも歴とした料理だよ、お前も豆腐ハンバーグさんに詫びに行けよ。
「五月蠅いな、今日は牛肉がセールやってなかったから1パックしか買えなかったの、それにお前って見かけによらず食欲旺盛だからかさまししないと俺の分が無くなっちゃうんだよ」
「聡ちゃんは豆腐だけ食っていればいいよ」
「鬼畜か」
こうして怒涛の一日は幕を閉じる事となった。
心身共に疲労困憊だったのは言うまでも無い。
……後日俺と逢坂と東橋が職員に四面楚歌されて説教されたのも、言うまでも無い。