ハレワタルソラ。ソコニアルキザシ。
空を見上げる。
一面の青に彩られていた空に、僅かな翳りが浮かんでいる。
あれ?ひと雨降るのかな?と、目を凝らしてみる。
人生とは先の見えない暗がりだ。
人生とは書き記されていない日記帳のようなものだ。
偉大なる先人達は、人の生を様々に例えている。
でもわたしはそうは思わない。
だって、先が見えない不安を言葉にしたって、誰も幸せなんか想像できないじゃない。
だからわたしはこう思う。
人生は、雨後に架かる虹の様だ。
生きると言う事はこんなにも驚きに満ちている。
昨日通った小路が今日も同じ顔をしているだろうか?
答えは「ほぼそうである」
読み解くなら「そうでない可能性は否定できない」
降りしきる雨の中にあっても、その後に架かる虹を思えば気持ちは沈まない。
どこに現れ、どこに降りるのか。
そう思うだけでワクワクしてくるもの。
だからわたしは空に語りかける。
あなたが見せてくれる虹は、どんな姿をわたしに見せてくれるの?
高校最後の年を迎えた4月のこと。
わたしはわたしの、わたしだけの虹を見つけた。
まだその姿は希薄で、どこに降りるのかが分らない。
わたしはこの虹の行く末を見守ろう。
だって、きっと素敵な世界が広がると思うもの。
わたしの名前は二ノ宮朱里(にのみや あかり)。
どこにでもいる普通の高校生。
なんでもない日々を楽しんで、なんでもない事に一喜一憂する。
そんなどこにでもいる高校生。
人生において、けして長くはないこの時間に、わたしは素敵な虹を見た。
まだその袂は良く見えないけど、きっとそこは素敵な場所に繋がっている。
その虹を見た日から、わたしの日々はとても輝き出した。
2年生の春、わたしは部活動に参加する事にした。
学校と家の往復だけでは得られない経験を欲しての行動だった。
色々と思案をしていた時に、おもしろい部に出会った。
どこの学校にだってある極々一般的な部活だったけど、そこはわたしの興味を大きく引いた。
新入生を対象にした部活紹介は例年4月の中ごろに行われる。
去年わたしも経験した学校行事の一環だ。
でも、今年のその部は一味違っていた。
ありきたりの部活紹介が進められる中、突然現れる水着の一団。
あきらかにどよめく大講堂。
拡大していくどよめきを、一団の中心にいる人物が制する。
「諸君に夢を与える事を約束しよう!我が部に来るものは人生最高の瞬間を体験できる事を保障する!」
腕組みをしてうなずく取り巻きの水着軍団。
あまりの事態にどよめきが消える。
「我が部には現在3年生が在籍していない!諸君が不安を抱いている一因は、最初から我が部には存在しない!」
うんうん。
「さらに!顧問はないすばでーの元オリンピック強化選手!男子諸君は青春を滾らせろ!」
うんうん。
「女子諸君はその神秘の体型を作り上げる環境に歓喜するがいい!」
うんうん。
一糸乱れぬ連携を発揮する水着軍団。
そうか!その水着は、この水を打ったような静けさを泳ぎきるぜ!
って心意気と掛かってるのね!そうなのね!?
「私が約束しよう!我が部に来るならその成功を!その栄光を!」
そうだそうだ。
とうとう相槌までうちはじめた!?
なんてこと!こんなにも引き込まれるだなんて!?
「さぁ、教室に帰ったらこう記入するといい。”水泳部希望”と!!」
「「まってるぜ!!」」
講堂を揺るがす拍手と歓声の渦。
惜しみない賞賛と、大多数が上げる爆笑の声。
うん。この部に入ろう!!
「えー。それでアカリは水泳部に入ろうと思ったの?」
「うん!だって面白そうだったんだもん!」
「あー…あの怪しいイガグリマッチョの犠牲者が親友から出るとわねー」
「?あれ、知り合いなの?とーこちゃん?」
教室の後ろの席でため息を漏らしているのはわたしの親友、北村橙子(きたむら とうこ)ちゃん。入学した時からの大親友だ。
「まー…知り合いっていうか、腐れ縁っていうか…」
「そうだったんだー教えてくれればよかったのにー」
「一体何について教えろってのよ」
「あんな楽しそうな部活があることー」
やれやれなんて言いながら頭を抱えるとーこちゃん。
何かを言いかけたようだったけど、わたしの顔を見て口を閉じた。
?なんだったのかな?
ホームルームが終了したあと、教壇に向かっていった。
担任に入部届けを提出し、手続きをお願いした。
とーこちゃん同様呆れたような顔をされたけど、特に何も言われなかった。
これで放課後から、わたしは水泳部員だ!
きっと楽しい日々が幕をあけるに違いないんだわ!
4限までの短縮授業が終了し、わたしは水泳部に顔を出す事にした。
わたしと同じように入部希望の生徒が何人か集まる部室。
副部長と名乗る男子生徒の案内で、全員がプールサイドに案内された。
数分もせずに例の部長さんが現れて入部についての説明をしてくれた。
ただ、ことあるごとに副部長に訂正や注釈をいれられていたけど。
一通りの説明が終わると、前に並んでいる生徒から順番に自己紹介をさせられた。
一人、また一人と紹介が済み、あと二人でわたしの番になる。
すこしばかり緊張していると、横に座っていた男子生徒が声をかけてくれた。
「そんなに緊張してたらうまく喋れなくなるよ。リラックスリラックス」
にっこり微笑んだ男子は、それじゃお先に。とだけ言って前へと出て行った。
「1-Bの尼子蒼司(あまこ そうじ)です。東中からきました。中学でも水泳をやっていたので、高校でも頑張りたいと思います。どうぞよろしく」
ぺこりと頭を下げる尼子くん。
ぱちぱちとまばらな拍手の後、わたしの番が回ってきた。
前に出るときに尼子くんとすれ違う。
「落ち着いて」
そっと耳打ちをして親指を立てる。
応援してくれたんだ。
前に出てみんなのほうに振り返る。
よし。
「2-Cの二ノ宮朱里です。中途入部ですがよろしくおねがいします。マネージャーを希望しています」
おーと言う声と拍手が、わたしの健闘を称えてくれた。
ちょっぴりうれしくなってしまう。
元いた場所に戻ると、尼子くんが話しかけてきた。
「先輩だったんですね。失礼なこといっちゃって…」
「ううん。すごい落ち着けたよ?ありがとね♪」
さっきのお返しとばかりに親指をたてて答える。
照れた様に頭を掻いていたが、はい。と答えてくれた。
「もう顔は覚えてくれていると思うが、俺が部長の東碧爾(あずま こうじ)だ。諸君の入部を心から歓迎する!ようこそ水泳部へ!」
ひときわ大きな拍手と誰かがならす口笛。
賑やかな自己紹介は、こうして終了した。
あれから1年。
沢山いた部員も大半が辞めてしまった。
部長の性格が「来るもの拒まず、去るもの追わず。」だった為、一人辞めると連鎖的に数人が退部していった。
今となっては最初の半分くらいしか残っていない。
でも大丈夫。きっとまた沢山の新入部員が来るに違いない。
直にやってくる賑やかな後輩たちを、精一杯もてなしてあげよう!
そうして、
わたしにとって忘れられない夏が来る。
沢山の思い出。沢山の出来事。
長い人生において、けして長くない時間に起こった
とても多くの思い出たちが、わたしの世界を彩り始める。
まるでなないろに輝く虹のように!
遥か先のわたしはきっと思い出す。
この虹が見せてくれた様々な思い出を。
この虹がくれた様々なときめきを。
誰もが持ってる心の大事な聖域。
遥か空に浮かぶ、虹という名の空中庭園。
あなたに届ける、
わたしの物語。
この橋は、あなたの心の聖域に
なにを見せてくれるでしょう?
『なないろ空中庭園』