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第7話『届かなくても』

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 放課後。和樹は普段より一層渋い顔で廊下を歩いていた。そんな事を知ってか知らずか、生徒達も和樹を遠巻きにしながら通り過ぎていく。まるで川をせき止める大岩にでもなったような気分だった。いつも以上に自身の扱いを実感する。
 理由はもちろん、二郎からされたお願い。
 ラブレターを渡す代理と来た。和樹はそれがどうしても自分に適任とは思えず、二郎に『マルから渡してもらえ』と提案したのだが、『結城先輩がマルと会話するとは思えない。教師なら簡単に渡せるだろ』とはねのけられた。しかし和樹も嫌われている。やはり適任ではない。そう告げても、無理やり和樹にラブレターを押し付け、屋上から逃げた。
 だいたい、ラブレターを渡す所を見られたら教師人生すら危ういのだ。和樹は教師という仕事を嫌っているくらいだったが、それでも辞める気はなかったし、何より生徒に告白したと勘違いされて辞めさせられるなど、滑稽にもほどがある。そうなったら笑い者。そうなるくらいなら死を選びたいほどだ。
「チッ」
 思わず舌打ちが出る。スラックスの尻ポケットに押し込まれたラブレターの重さが増したようにさえ感じられた。
 そんなことを考えていたら、足は無意識に三年生の教室へ向かっていたらしい。一つの教室から、友達と談笑しながら出てくる塔子の姿を見つけた。面倒事はさっさと片づけるに限る。和樹は塔子に近づくと、彼女も和樹に気づいて、顔をしかめた。
「どうも瀬戸先生。ご機嫌よう」
 皮肉という具がたっぷり包まれたパイみたいな言葉を吐き出す塔子。彼女が自分の呼び出しに応じるとは思えなかったが、他人のラブレターを持ったままなのも捨てるのも、気分が悪い。
「話がある。ちょっとついてきてくれ」
 ぎこちなさが自分にも感じ取れるような口調。まるで利き腕とは逆の手で書いた字のよう。そんな彼の様子を察したのか、塔子は隣に立っていたショートの茶髪にハートの三連ピアスをした少女に「ごめん鈴音。先帰ってて」と申し訳なさそうに頭を下げた。
 鈴音と呼ばれた少女は、「わかった。また明日ね」と笑って、和樹の横を小走りで抜けていく。
 二人もそんな彼女を追うみたいに、ゆっくり歩き出した。向かった先は屋上の入口前にある踊り場。和樹が知る中で、人が一番来ない場所はここくらい。
 和樹は早速、尻ポケットからラブレターを取り出し、塔子に差し出した。
「受け取れ」
「……なんですかこれは」
「ラブレター」
「生徒にラブレター? ……私にそんな物渡したら、すぐ職員室に行って、あなたの解雇を要求しますけど」
 そこまで嫌われていたとは、さすがの和樹も予想外で、面食らってしまう。
「勘違いするな。酔狂にもお前に恋愛感情を抱いているヤツが、これまた酔狂にも俺に渡す様頼んできたんだ」
「そうですか。失礼しました。だとしても、受け取れません。私は今年受験なんですよ? 恋愛している暇なんてありません」
「受け取るだけ受け取れ。俺がどうこうする問題じゃないからな」
 その言葉に多少心動かされたのか、塔子は和樹からラブレターを受け取って、封を切った。
「……なんですかこれは」
 中身を見たらしい塔子は、手紙を読んだとは思えない早さでそう言った。
「ラブレターだろ」
 彼女は無言で、封筒の中に入っていた紙を取り出して和樹に返した。チケットサイズのそれには、『御厨二郎の告白ライブ』と汚い字で書かれていた。さらに、一週間後の日付と、結城先輩専用チケットとまで。どうやら第二音楽室で行われるらしい。
 それを確認した和樹は、何も言えなかった。まったく目的が見えないからだ。いったい御厨二郎という男は何をしたがっているのか、一切が謎。異文化圏の風習かとさえ思ったほど。
 二人の間に気まずい沈黙が流れる。和樹は生まれて初めてと言っていい気まずさを感じた。
「……あー、行ってやったらどうだ」
 そう言うのが精一杯だった。自分らしくない、と自己嫌悪に陥る言葉だ。
「冗談でしょう?」
 冗談というよりは何も考えていないで言ったのだが、和樹は黙った。
「こんな物、常識で考えたら行きませんよ」
「二郎は人目を気にしないタイプなんだ」
「私は気になります。それが全てだと言っていいくらい。……不愉快です」
 そう言って、踊り場から去ろうとする塔子。和樹はその背中に、「真摯な対応をしてやれよ、生徒会長」と皮肉たっぷりのパイを投げつけた。汚れ役をさせられた腹いせというか、八つ当たりだ。それになんの反応もせず、塔子は階段を降りて言った。
 しかし和樹は、まだイライラが収まらなかった。なぜ二郎を庇うような態度を取ったのかがわからなかったから。
 煙草を吸って落ち着こうと、和樹は屋上へ。今度は誰も居らず、悠々と煙草に火を点けた。久しぶりに一人きりの屋上で吸う煙草は、しっかりと味がした。焦げた畳みたいな匂いが鼻をくすぐり、まるで水中からシュノーケルを使って呼吸するみたいに、肺がしっかりと満たされる。
 頭が回ってきて、和樹の頭では先ほどの二郎寄りな態度は塔子を少し困らせてやりたかったからだ、と納得した。いつもの仕返しということだ。
 煙草を携帯灰皿に落とし、屋上から出ようとした所で、屋上の扉が開いた。入ってきたのは、黒髪をポニーテールにした少女だった。顔立ちは高い鼻と不機嫌そうに歪んだ唇の所為か、妙にイラついて見える。綺麗な顔立ちをしているが、あまり人を寄せ付けるタイプではなさそうだ。ブレザーの前を開き、リボンがほとんどぶら下がったような状態になっている。
「あ、オートマじゃん」
 自分のあだ名はどれだけ浸透しているのか、和樹は頭を掻く。
「なんだお前は」
「二年C組、相良優(あいらゆう)」
 当然の事ながら、和樹は知らなかった。相手は自分を知っているのに、自分は相手を知らないという状態に違和感を抱いた。もちろん、和樹の悪評が回り過ぎている所為だが。
「二郎から聞いたよ。先生、結城先輩にラブレター渡すよう頼まれたっしょ」
「あぁ。……二郎の友達か」
「つか、バンド仲間。軽音楽部の」
 二郎が軽音楽部でバンドをしている事を知らなかった和樹は、「ほう」と頷いた。
「一週間後、あたしらが結城先輩の前で演奏すんだ」
「被害者、ってわけだな」
「まったく。付き合わされるこっちの身にもなって欲しいわ」
 呆れたように言っているが、優の表情はどこか寂しげだった。
「……お前、何を落ち込んでいるんだ」
「えっ」
 和樹は内心、自分が何を言っているかわからなくなっていた。無視して屋上から出ていけばいいのに、こうして首を突っ込んでいる。煙草も吸い終わったし、用なんてない。だから、居る意味もない。
「ははっ。アンタ、意外とお節介だね」
 お人好しの次はお節介と来た。それは自分に与えられる形容詞では絶対にない。
「実は私、二郎が好きなんだよね。それがまさか、『他の女に告白する為に協力しろ』なんて。プライドズタズタだわ」
 自嘲的な笑みを見せる優に、和樹は鼻を鳴らす。知ったことじゃない。
「私とアイツ、幼なじみなんだけどさ、昔から無理めな女ばっか好きになんだよね。それで結局盛大にフラれるんだ。バカみたいじゃん?」
「今回もそうなるだろうな」
 相手は結城塔子。規律をなにより重んじる、病的な真面目さを持つ女だ。二郎を好きになる確率は、万に一つもないだろう。
「そ、いつもと同じ。でも今回は私に手伝えって。確かに私は今まで好きだなんて言わなかったけど、こんなのアリ?」
 眉を釣り上げ、和樹が塔子、あるいは二郎であると言わんばかりに鬱憤をぶつけてくる優に、思わず「俺が知るか」と言っていた。
「――っと。確かにそうだ。オートマが知るわけない」
 自分がどれだけ怒っていたか、切羽詰まっていたのかを自覚したらしい優は、はにかみながら笑った。
「……チッ」
 和樹は煙草を取り出して、再び火を点けた。紫煙を取り込み、空へ吹く。
「ちゃぶ台は勝手にひっくり返らない。自分でひっくり返さないとな」
「……なにそれ。小説かなんかのセリフ?」
「いや。大学時代の知り合いが言っていた」
「ふぅん。かっこいいじゃん。……なるほどね」
「意味がわかったのか。それは良かった。だったら帰れ」
 微笑んだ優は、「ありがとう」と言い残し、屋上から出て行った。和樹は、煙草を吸い、ため息に紫煙を混ぜた。最近調子が狂う事ばかりだ。



 翌日。
 放課後になったので、和樹は一人屋上へと向かった。案の定、そこでは二郎とマルが煙草を吸いながら談笑していた。
「お、ちーっす。オートマ。俺の頼み、聞いてくれたかよ」
「渡した」
「さすが、腐っても教師じゃん」
 手を挙げ、ハイタッチを求める二郎だが、それを無視して「後は勝手にしろ」と煙草を取り出す和樹。
「釣れないねぇ」
 苦笑して、挙げた手を引っ込める。
「そういえば相良から、俺らがバンドやってるって聞いたんすよね?」
 言いながら、マルは携帯灰皿に煙草を落とした。
「あぁ」
「たぁっくよぉ。二郎の唯我独尊ぶりにはマジで呆れるわ。バンドメンバーを告白に巻き込むとか、マジありえねぇ」
「いいだろ。俺はボーカルだぜ?」
「二郎がボーカルなのか」
 てっきり優がボーカルだと思っていた和樹は、無意識にそんなことを口走っていた。
「おう。俺はメインボーカル兼ギター」
「ちなみに、俺はドラムっす」
 マルがドラムというのはイメージ通りだったので、和樹は「なるほど」とだけ呟く。パワフルにドラムを叩きそうだ。
「で、バンドの名前は」
「俺達のバンドは『ヴァージンアンダースタンド』だ」
 自信満々に言い放つ二郎だが、その名前はあまり格好がいいとは言えなかった。直訳すれば『処女を理解する』あまりにも訳がわからなさすぎた。
「なんでそんな名前にした」
「バンドやりゃあモテるらしいからな。こう、処女の扱いを理解するくらいモテるバンド、ってことよ」
 その割に、二人が女性にモテるイメージは、どうしても和樹に湧かなかった。
「でも、正直モテたいってのは二の次。俺の目標は、ジミー・ペイジに認められる男になることだからな」
「……誰だ、そのジミー・ペイジってのは」
 和樹はあまり音楽は聞かないので、名前を言われてもわからない。しかし二郎に取っては常識だったようで、「ジミー・ペイジ知らないのか!?」と目を見開いた。
「レッドツェッペリンのギタリスト! 世界最高峰バンドのギターだぜ!?」
「知らん。俺は音楽を聴かない」
「マジか……。すげーカッコいいんだぜ? 情熱的っつーの? テクニックもやべえんだ。言いたいことは全部ギターで伝えられるくらいだな、ありゃあ」
「ヴァンスタメンバーは三人共、レッドツェッペリンのファンなんすよ。俺の神はドラムのジョン・ボーナム。あの躍動するようなドラム! 痺れるぜ……!!」
 後半から和樹は全く聞いていなかったので、話が終わった気配を察知するや、「そうか」と感想も言わずに、それだけ。
「ほんっと。オートマってば釣れないねえ」
「他人の色恋沙汰に首を突っ込んでられるほど暇じゃないし、音楽にも大して興味はないんでな」
 意識して聞いてこなかった訳ではないが、ただなんとなく、和樹は音楽という物に触れなかった。彼にとっては、静寂が一番のBGM。
「じゃあな。俺はもう行く」
 吸っていた煙草を携帯灰皿に落として、踵を返す。しかし、その背中に「待てよ」と二郎の声。
「なんだ」首だけ振り返る和樹。
「ライブ、オートマも来てくれよ。聴かせてやるぜ。俺らのロック」
 断っても、行くと言うまでしつこそうだと思った和樹は、「気が向いたらな」と答えて、屋上を後にした。



 ライブ当日。
 行われるのは放課後。行くかどうか迷ったのだが、和樹は結局行くことにした。それは、帰り道に違う道を通ってみようという程度の気まぐれであり、それ以上の意味など皆無だった。
「田山花袋、蒲団」
 授業にて、和樹は今日も壁に向かって話をする。生徒達に何を話しても無駄だとわかっているのに、それでも和樹は授業をする。
「田山花袋の蒲団は、以前にやった森鴎外の舞姫と同じく、作者の体験をモデルにした私小説だ。主人公が弟子――恋している女性の蒲団の匂いを嗅いで泣くシーンは、当時の文壇に波紋を呼んだ。当時としては珍しく、人間の性的な欲求をストレートに表現したからだ」
 こうして授業をしていると、和樹はなぜか背中に穴が空いたような、空虚感を抱く。自分の言葉はどこまで届いているのだろうか、意味のないことをしているのではないだろうか。そんな思い。
 無性に煙草が、吸いたくなった。



 放課後になり、いつものように屋上へ出ようと思ったが、二郎がライブをやることを思い出し、和樹は第二音楽室へと向かった。
 教室から机を取っ払い、代わりに楽器を置いたようなそこには、ヴァージンアンダースタンドの三人がそれぞれの持ち場についていた。客席の位置には、塔子が椅子に座っていた。姿勢がよく、今から始まるのはクラシックコンサートかと思うような佇まい。
「よう! 来たなオートマ!」
 二郎の声に、他四人が和樹へ視線を集めた。
「あぁ、ちょい待てよ。椅子出すぜ」
「いらん。端で立ってるさ」
 担いでいたギターを下ろそうとした二郎をそう言って止めた。二郎が担いでいるのは、赤いエレキギターだ。和樹はギターのことは詳しくないので名前まではわからなかったが、随分使い込まれていることはわかった。優の黒いベースも、すでに体の一部と化しているほど、そこにあるのが自然みたいに見えた。
「んじゃ、やりますか。しっかり聴いとけよお二人さん。ヴァンスタのロック! 曲名は『under the sky』」
 スタンドマイクの前に立ち、「マル!」と叫ぶ。ドラムスティックを高くかざし、ぶつけ、カウントを取る。
 その瞬間、二郎の指が素早く動いた。ギターソロから、それを支えるように入ってくるベース。ドラムはまるで、ダイナマイトをバラまいているような激しさ。しかし、そればかりが目立っている訳ではない。二郎のギターは気迫に満ち溢れており、普段の浮ついた感じはない。優のベースも、きちんと音の土台作りをしていて、ノリが良かった。
 二郎の声が入る。意外に音程が高い。歌詞は、今まさに告白しようとする男がラブレターに書き綴ったような、ラブソング。


 聞いてくれよ、俺の言葉を。
 愛していると言わせてくれ。
 それ以上は望まない。
 この言葉はお前にだけだ。
 心のどこかにしまっておいてくれ。
 俺の言葉を聞いてくれ。


 そんな歌詞を、二郎は叫ぶようにして歌っていた。目の前で聴く塔子に、その言葉は届いているだろうか。
 爆音に満ちた音楽室で、和樹はふと、そんなことが気になった。
 言葉は相手の耳に届き、初めてその意味を持つ。届かない言葉はただの音だ。

「ご静聴、サンキュー」
 額に汗を滲ませた二郎が、塔子へ向けて、そう言った。さらに、和樹へ向けウインクを飛ばす。
「結城先輩、俺と付き合ってください!」
 マイクを通さない精一杯の叫び。
 塔子は椅子から立ち上がると、頭を下げた。
「ごめんなさい。私には、誰かと付き合っている暇はないの。気持ちは嬉しいわ」
 それだけ言うと、塔子は音楽室から出て行った。ピシャリと、ドアが閉まった音だけが残って、響く。
「あー、やっぱりな……」
 二郎はまるで、全身の筋肉から力が抜けたみたいに、その場へ座り込んだ。ベースを床に置き、優が二郎の傍らにしゃがみ込んだ。
「しょうがないよ。向こうは二郎のこと、知らないんだしさ」
「……まあ、な」
 力無く笑って、二郎はため息を吐いた。
 こうなるだろうなと確信していた和樹だが、いざそうなってみると、どうしていいかわからなくなった。
「オートマぁ」
 突然、二郎が和樹を呼んだ。見れば、二郎は親指を立てていた。
「サンキューな。協力してもらってさ」
「……俺は何もしていない」
 それだけ言い残し、和樹も音楽室から出た。
 なんだか酷く寂しさを感じながら、陽が傾いてきた廊下を歩く。足が自然に屋上へと向かっていた。
 涼しい風が吹き抜けるそこで、和樹は煙草に火を点けた。
 別に二郎を応援していたわけではなかったし、どうなろうが自分にはどうでもいいことだったはずなのに、なぜか胸に風穴が空いたような寂しさがあった。
「……チッ」
 思わず舌打ちが漏れる。自分がわからない。人のことなんてどうでもいいはずなのに、心が揺さぶられている。まるで嵐の中をボートで漂っているかのようだ。
「お、やっぱここにいたか」
 ドアが閉まる音と同時に、二郎の声が聞こえた。二郎は和樹の隣に立つと、煙草を取り出し、吸い始めた。
「教師の前で喫煙か」
「いいだろ。失恋後なんだから」
 その理屈はわからなかったが、和樹も今更二郎の喫煙に関してとやかく言うつもりはなかった。
「オートマさぁ、この間、恋愛したことあるみたいに言ってたよな?」
「……あぁ」
「相手、どんな人なんだよ」
 和樹は大学時代の事を思い出した。後にも先にも、唯一心を許そうとした人の笑顔。
「……明るいヤツだったな」
「ははっ。答える気はないってか」
 先ほどよりは普段の調子に戻ったきた二郎に対して、和樹は鼻を鳴らす。
「――マジ、ありがとうな」
 照れくさそうに笑う二郎だが、和樹は礼を言われる理由がわからず、言葉を発することができなかった。何もしていない。言うなら見ていただけなのに、なぜ二郎は自分に礼を言っているのか、本気でわからなかった。
「なんつーか、嬉しかったよ。あんた、案外お人好しなんだな」
「俺はお人好しじゃない」
「そうか? じゃあ、あれだな。流されやすい!」
「張っ倒すぞ」
 精一杯の怒気を含ませた視線を二郎にぶつける。慌てて、「ジョークジョーク!」と取り繕う二郎に、文句を言う気力も失せてしまう。
「あんた、ジョークもわからないんじゃ、ダチなんていないだろ」
「あぁ。居た事はないな」
「……マジ? うっへー寂しいねー」
「そうでもない。一人には一人の楽しみ方がある」
「へえー……。ならさ、俺がダチになってやるよ。人生初のダチだぜ!」
「いらん」
「冷たいこと言うなよー! 恋バナした仲じゃねーかよー」
「いらんと言ってるだろうが」
 肩を組みたがる二郎を躱しながら、和樹はまた、ため息を吐く。
 本当に、自分がわからなくなってしまった。



 翌日。昼休みのこと。
 煙草を吸っていた和樹は、我慢できなくなって、「おい」と口を開いた。
「んー、どしたオートマ?」
 地面に座り、購買の焼きそばパンを食べていた二郎が、和樹に笑顔を向けた。
「どうしてお前までここにいる!?」
 屋上にいるのは、巴と華奈子、さらに二郎。なぜか屋上を占拠する生徒が増えていた。
「なんでって。ダチと一緒に飯食う為だろ。――にしても、オートマがこんな可愛い子達をはべらせてたとは」
「えぇっ! 可愛いなんてそんな!」
 ベンチに座り、顔を真っ赤にして俯く巴に、二郎は警戒心を解こうとしてか笑いかけている。
「御厨くん、先生の友達なの?」
 和樹に友達がいるというのがよほど信じられないらしい華奈子は、ベンチに座ったまま二郎を訝しんでいた。
「おう!」
「こいつが勝手に言ってるだけだ」
「釣れねーなぁ。……ま、しばらくは屋上に通うんで、そのつもりでなぁ」
 安寧の場所を乱すやつがまた増えた。その事実に、和樹の肩が重くなる。
 人を遠ざけようとしていたはずなのに、なぜだろう。
7

七瀬楓 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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