3-2『卑怯な人は、嫌い』
どんな問い詰め方をされるのだろう。
あの返事を読んだ次の日。彼は悩みに悩み、ずっと悩みながら登校した。
どんな顔をして立川に会えばいいのか。席は隣なのでどうやっても顔を合わせることになる。しかもすぐに、朝一からだ。
考えれば考えるほど憂鬱だった。まあ憂鬱になってしまうのはしかたないとして、問題はどれぐらいまでダメージ(メンタル面への被弾)を減らせるか。
きっと好奇心のおもむくままに訊いてくるに違いない。
無視してしまうか。
何食わぬ顔でやり過ごしてしまうか。
……ああ、あんな手紙、書かなければよかった。
結局はこんな後悔に行きつく始末。
教室に入る。あいかわらず彼女の周りには人が多い。
「はるかってさー、カラオケじゃ何歌う?」
「んー、嵐とか、かな」
立川の言葉に彼は思わず吹き出しそうになった。ああなるほど、普段はそういうキャラクターなのか。彼女が自分以外のクラスメイトと接するところをじっくり見たのは、これが初めてかもしれない。
無表情で、しかし心の中でにやにや笑っていると、急にクラスメートが散った。どうやら担任が来たらしい。
しまった、何も対策していない。
「おはよーはよー」
内心ヒヤヒヤとしていた彼に、彼女はごくごく自然に、いつものように、普通に挨拶していた。
「お、おはよう」
結局向ける表情が決まらないままだったので、さぞかし無防備な表情をしていたことだろう。が、立川は何もなかったかのような様子。
意識しすぎだろうか。彼は少し恥ずかしかった。
「そこ、間違ってる」
放課後の勉強。唐突に、立川は言った。
「え?」
「そーこ、そこ。凡ミス」
指の先を見る。単純な計算ミス。普段ならまずこんな間違いはしない、はず。
「どしたんよー。らしくないでー」
言われなくてもわかっている。
原因はわかっている。あの手紙のことだ。
朝から今まで、立川からはそれらしい反応は何一つなかった。
胃がキリキリと言うか、ヤキモキと言うか。気が気でなかった。
「……もう、今日は帰ろ」
彼の了承を得るよりも早く、立川は片付けを始める。彼は文句を言うタイミングを失い、素直に従うしかなかった。
帰り道もいつものように、何気ない会話を交わす。何もなかったかのように。
どういうことだろう。さすがに彼は焦り始める。
やはり引かれたのか。
それとも、反応する価値すらないのか。
学校から歩いて20分ほどにある、分かれ道。寄り道せずまっすぐ帰れば、2人はここで別れる。
「ん、じゃーね。明日は本調子になっててね」
右手をひらひらと振り、立川は歩いて行く。
おいおい。
何もなし、なのか?
「たち、立川さんっ」
彼は思わず声を上げた。「なあに?」という立川はすごく普通だった。
「昨日の……」
「あのテキストファイルのこと?」
違和感。
「う、うん」
気のせいじゃない。
「あれは、卑怯」
彼女が、やけに冷たく感じる。
「卑怯だよ。ずるいよ」
とても悲しそうに、消えそうな声でつぶやく。
「言いたいことがあるんなら、ちゃんと言って。私は、聞くよ。どんなことでも」
「……立川さん?」
「アサダくんってさ、けっこう表情に出るタイプなんだよね。
公園で笑ったとき。
手紙の返事で困っているとき。
……その、えっちぃこと考えているとき。
私ね、なんとなく、わかるの」
なんてこった。そんなことまでわかるのかよ。
いや、今はそこに絶望するときではない。
「うまく言えないんだけどね、無理、してない?
つらそうに、しんどそうに見えるの。
あの手紙も、私が思っている以外の意味があるんだよね……?
何を悩んでるの?
そこは言ってくれないとわからないよ」
何も言えなかった。彼女の言っていることが、反論の余地がなかったからだ。
「じゃ、また明日。明日は、ちゃんと勉強しようね」
彼女は帰っていった。
彼は言葉なく、ただ立ちすくむ。