4-2『(´;ω;)』
少し前までの生活に戻っただけ。
立川はるかがいなかったころの、日常に。
彼の日常はすばらしく平凡になった。いや、平凡へ戻った。
朝起きて、家族に挨拶をして、音楽を聞きながら登校して、数少ない友人に声をかける。ほんの少し隣が気になりつつ、席に座る。
担任が来て、ホームルーム。隣からは、なんの挨拶もない。
そうして1時間目、2時間目、3時間目。
4時間目、昼休み、5時間目、6時間目。
ひたすらに勉強をする。
ただ、どうしても、隣が気になってしまう。そのたびに気持ちを切り替え、集中し直す。
かさり。
紙が擦れる音が鳴るたび、ぴくりと反応してしまう。
放課後。これも以前と変わりない。教室は他に誰もいない。隣の彼女は放課後になるとすぐに友人たちと帰っている。
音楽をガンガンに聞きながらの勉強はすごく集中できる。自宅で静かにするのとはまた違った集中力があった。陽が落ちていることに気づかないほど集中できた。
ただ、サントラではなく歌詞つき(人工音声)なので、いちいち単語が頭に入ってきて気が散ってしまう。
『どうしてこうなった どうしてこうなった』
うるさい。
それはこっちが訊きたい。
帰り道。以前はバスを利用していたが、最近は朝と同様に歩いて帰っていた。
寄り道もせず、ただ朝の逆を歩くだけ。こんなに長かっただろうか。こんなに時間がかかっていただろうか。ちょっと前までは、寄り道をしていてもあっという間だったのに。
公園。
本屋。
商店街。
今はもう、どこにも寄らない。
「ただいま」
「あ、おかえりー」
どうやら同じタイミングで帰宅したのか、バカな妹が玄関にいた(ちょうど靴を脱いでいるところだった。短いスカートがきわどすぎる)。
「最近遅いね……て、ちょっと前までが早かっただけ?」
「……さあ」
「さあって、ぜったい早かったよー。ぜったい!」
「知らん」
案外鋭いことを言われた(この妹はバカなわりに要所要所で侮れない洞察力がある)。これ以上つっこまれると痛手を負うに違いないと感じ、彼は逃げるように自室に向かった。
「ふぅん……」
そんな彼を見て、バカな妹は1つ、確信を得た。
自室で勉強して、夕食、ドラマを見る。バカな妹と嵐のバラエティーを見たりもする。そして日付が変わるまで勉強し、ベッドに潜る。
これで終わり。次の日も、同じように過ごす。
ずっと。
ずっと。
繰り返される。
どうして、こんなにつまらないんだろう。
いや、つまらないというよりは、物足りない。
今だに朝の「おはよーはよー」を心待ちにしてしまっている。
授業中の手紙だってそうだ、ずっとソワソワしている。来ないかな、来るんじゃないかな、なんて考えている。
放課後の勉強、2人だと全然集中できないはずなのに、そのときのほうが効率が良かったような気がする。
帰り道、1人で音楽を聞きながら帰るのがどれほど寂しいことか。
かれこれ1週間近く本屋に寄っていない。前なら用事がなくても連れて行かれたのに。それで、おすすめの本を紹介させられたりして。
もうサントラは聞いていない。ずっと、彼女の趣味の曲しか聞いていない。教えてもらうだけじゃない、自分でも探している。
彼はようやく気がついた。彼女によって、自分の日常が劇的に変えられていたことと、以前のような無機質でモノクロな日常へ戻りたくないことに。
ただ、それはあまりに遅すぎた。
彼はもう何日も、彼女と挨拶さえしていない。