4-append『(・ω・`)』
「おはよーはよー」
返事がなくなって何日経っただろう。
手紙も返ってこない。放課後の勉強会もしていない。
もうずっと、彼とは目すら合わせていない。
彼女、立川はるかは困っていた。
彼がずっと抱えていたものを聞かせてもらった。それはとても嬉しかったけれど、少しも力になれなくてすごく悲しかった。そして想定外にも、感情に任せて自分の想いを打ち明けてしまった(しかも号泣しながら。さぞかしヘン顔だったに違いない。というかタイミングが悪すぎる)。
きっと彼のことだ、居心地悪くて恥ずかしいと感じているんだろう。彼はすごく弱い人だ。傷つくことを恐れて、ずっと逃げてきたんだろう。
ただ、それは恥ずべきことではないし、バカにする気もない。だからこそ、こうして避けられるのがつらかった。
しかし、彼女は我を通さない。ここで距離を詰めるのは、逆に追い詰めてしまうようなもの。と、彼を優先することを考えた。
少し、距離を置こう。
これが彼女の結論。
せめて最後に、と思って送った顔文字の手紙ラッシュは、当然のように返事はなかった。
そうして、彼女は「おはよーはよー」の挨拶と手紙、放課後の勉強会をやめた。
彼と距離を置くようになり、他のクラスメイトと遊ぶことが多くなった。
友達(もちろん同性)といっしょに帰った。箸にも棒にもかからない世間話をしつつ、たまにコンビニやカラオケに寄り道したりした。本屋にも行ってゴテゴテした雑誌とかを買ったりもした。
そんな流れで異性(なぜか別のクラスメイトの人もいた。どうやら前に遊びたいと言っていた隣のクラスの子らしい)とも遊んだ。もちろん同性の友達もいるときだけ、だが。
夜遅くまで電話やメールをした(同性と)。
休日は買いもしないのにいろんなショップに行った(同性と)。
なぜだか知らないけれど、男の子(先ほどの隣のクラスの子)を紹介された。
隣のクラスの子と何かとメールのやりとり(やたらやってくる)をして、いっしょに帰ろうと誘われて、断って。
そう言えば遊びに行こうとも誘われた。映画館とか水族館とか、そりゃあ魅力的だけど、そんな軽い女じゃあない。
しかしなんとまあ、ごくごく普通で一般的、ノーマルでありふれまくった並々な高校生活なんだろう。
こうして卒業まで過ごせばいい思い出になるだろう。
ああ、それでも。と、彼女は思う。
素の自分で接したい。
無理に使っている標準語じゃなくて、気軽に使える言葉で話したい。
カモフラージュで覚えた嵐の曲なんて歌いたくない。ボーカロイドの曲を歌いたい。
流行りの服とかあまり興味はない。最低限着飾る程度でいいぐらい。
やたら目がチカチカする雑誌よりもマンガや小説を読んでいたい。
愛想のいい知らない男の子よりも、多少愛想が悪くても隣の男の子のほうがいい。
けれど。
さすがに、彼女も少し折れかけていた。
勢いに任せたあの告白。ちゃんと届いていたんだろうか。
反応のなさが、彼女にはとてもつらいことだった。
どうせ諦めるんなら、ちゃんと断られて諦めたい。
そんな悲観さえ、感じていた。
いつからだろうか、彼女は隣の彼をちらちら見ることもなくなっていた。窓の外を眺めるか、彼に顔を向けずに寝るか、ぼんやりと授業を受けるか。
放課後の勉強がなくなり学力も伸びていないだろう。受験のことを考えると彼女の頭はキリキリ痛んだ。
そんな頭痛から逃避するように、彼女は思い出していた。
昨夜のメール。やたらにアプローチしてくる隣のクラスの男の子に、いっしょに帰ろうと誘われていた。聞いたところによると、おいしいクレープ屋があるらしい。
クレープかぁ。一回ぐらい、いいかな。いっしょに帰っても。
そのとき、たしかに、彼女の心は折れていた。
「……はふ」
あくびを一つ、彼女は眠ることにした。
手を組んで枕にして、顔を埋める。
ノートはまた、友達に借りよう。そんなことを考えながら、彼女は眠る。
手に、なにか当たった。鋭利な何かが突き刺さった感覚。
顔を上げて確認すると、四つ折りになったノートの切れ端があった。
『手紙』
眠気が、吹き飛んだ。
隣を見る。彼も机に突っ伏して眠っている、ように見えた。
まさか彼が授業中に眠るはずがない。その証拠に、耳がすごく赤くなっている。
慌てず。
騒がず。
言いたいことは、まず心の中で。
あれだけ無視をしてきて、ようやく相手にされたと思ったら……手紙。
それはあまりに女々しすぎやしないだろうか。
ギリギリ。つい奥歯を鳴らしてしまう。
と、愚痴はそこそこに。彼女はちょっとした苛立ちを覚えつつも、それ以上の別の感情があった。
それは、歓喜。
来た。
やっと来た!
ずっと待っていた、彼からの返事!
かさり。
震える手、指で、開く。
かさり。
「…………」
それを見た瞬間、彼女は吹き出しそうになった笑いをどうにか飲み込んだ。
彼らしくない内容なのに、彼らしい不器用な表現。
顔文字が難しかったのだろう、何度も何度も書き直したあとが見られた。
わざわざノート1枚使うなんて。しかも丁寧に左上から始めている。
あまりにおかしくて、おもしろくて。ちょっぴりバカバカしくて。
今まで無視されていたことへの怒りは当然消えないけれど、彼女は嬉しくて嬉しくて、泣いてしまいそうだった。
彼女もただ思いついたことを書き、手紙を返した。
『(´・ω・)<今日の帰り、本屋に行かない?
いいよ!>(・ω・`*)
でも、放課後ちゃんと直接言いなさい!>(・ω・`#)
』