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last-true『恋に落ちる音がした』

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「ん、じゃあここで。バイバイ」
 
 立川と別れ、浅田は普段の帰り道を歩いていた。
「もうここを歩くことも少なくなるんだろうな」「春からは電車通学か」「1時間もかかるのか、長いなぁ」と、意識は春に向かっていた。
 
 じわり。
 
 ある想いが、ゆっくりと浅田の思考に広がっていく。
 
 じわり、じわり。
 
 ようやく気づいた。
 
『立川はるかに会えなくなる』
 
 そりゃあそうだ、わかっている。なんて思いつつも、浅田は考える。とりあえず現状確認である。
 自分と彼女は友人という関係。なので、卒業と共に会えなくなることに寂しくなるのは、ごく自然なこと。気軽に会えるような距離でもないので(近畿と関東)、年に1度も会えないだろう。同窓会への参加も難しいことだろう。さっきはああ言ったものの、もう会うことはないかもしれない。そう考えると、寂しい。
 結論。会えなくなって寂しい。それほど、いい友人なのだ。
 
 
 
 それが最終的な結論か?
 
 さらに考える。
 
 
 
 心の奥底、脳の最奥でチリチリと燻る不明確な感情はなんなのか。
 気づいていないだけで、実はすごく寂しいのだろうか。ちらちらと、走馬灯のように立川との記憶が流れていた。
 
 ある日、彼女が転校してきた。
 その日から彼女がいつもの日常を引っ掻き回し、塗り替えた。
 彼女にすべてを話した。
 彼女に想いを告げられた。
 ……彼女に、救われた気がした。
 彼女と距離を置いた。
 彼女と仲直りをした。
 そして、彼女の告白を断った。
 
『友人』と答えた。
 
 そうして、友人という関係を続けることになった。
 
 夏休み、毎日ではなかったが、定期的に会って図書館で勉強した(彼女の夏の私服は肩とか首元の露出が多めで目の保養になった)。
 秋はたしか、文化祭と体育祭は勉学強化のためになくなってしまい、彼女のうっぷん晴らしに付き合った(と言ってもカラオケに行ったぐらい)。
 クリスマスには(あんまりその気はなかったが、妹がうるさかったので)プレゼントを渡したら、向こうもちょうど用意していて交換ということになった(しかもお互いマフラーだった)。
 年が明けて、いよいよ入試も近づいてきたころ、合格祈願に神社にも行った(意外なことに、彼女は神頼みとかを信じないらしい)。結果は残念なことになってしまったが。
 
 そこで浅田は気づく。
 
 この1年、彼女との思い出しかなかった。
 そしてそれらは、どれも良い思い出だった。
 
 楽しかった。
 
 すごく。
 
 
 
 それはそれとして、もっともっと考える。
 まだ、正体不明の感情が消えていない。それどころか、燻りは強くなってきている。
 
 今度は彼女自身のことを、思い返す。
 
 まず、好きな小説やマンガを知っている。
 好きな音楽も知っている。
 中学のころは陸上部だったとか、実家は京都だということも知っている。
 
 ふと、思う。
 
 そういえば、いつの間に標準語に戻っていたんだろう。
 
 出会ったころは標準語。たまに関西弁だった。
 たしか、仲直りしたあたりからずっと関西弁だった気がする。
 そしていつの間にか、標準語に戻っていた。
 
 いつからだろう。
 
 
 
 ここでようやく、燻っていた感情がわかったような気がした。

『会いたい』。
 これが、一番近い。
 
 歩いていた道を引き返した。いや、正しくは、彼女にもう一度、会おうとした。
 会ってどうするか。考えていない。家は知らない、帰り道にいなければどうしようか。考えていない。どうして会いたいのか。そんなことは知らない。
 会えばわかるだろう。ただ感情的に動いていた。
 
 分かれ道まで戻った。そこを、普段とは逆のほうに行く。
 
 
 
 
 
 いた。
 
 
 
 
 
 立ち止まっている。
 話しかけてはいけない、そんな後ろ姿をしていた。
 
 ……どうしよう。
 
 どう声をかけたものか。追いつけたものの、まさかこんな状態だとは思わなかった(どんな状態であれ、かける言葉は考えていなかったが)。
 
「……あっ」
 
 彼女が、振り返った。
 何一つプランがないままの、再会。
 
 沈黙。
 
 
 
 
 
「うっ」
 
 立川が先に動いた。
 
「うわあぁぁぁぁぁんっ」
 
 号泣。そして。
 
「あほぉ、あさ、アサダくんの、あほぉぉぉっ!」
 
 立川は浅田にぶちかました。とはいえ体重の軽い彼女のぶちかましは、楽に浅田に受け止められた。勢い余って、立川の背中に手を廻してしまった。
 マズイ。この密着はマズイ。
 
「あほあほアホっ! なんで、なんで戻ってくんねん! アホ!」
「え、ええー?」
「もうちょいで収まりそうやったのに、ぶり返してもうたやんか! なんで戻ってくるんぉ……!」
「あー……」
 
 いざ訊かれると困ってしまう。理由をはっきりさせないまま、来てしまったからだ。
 
「……なんやねん、特に理由はないんかいなっ」
「え、ああ、うん」
 
 ドスッ
 
 彼女の右腕が、浅田の横っ腹に入る。泥のようにまどろんだ痛みがじわじわと広がる。
 
「なんでこう、なるんかな」
 
 ドスッ
 
「……でも、わかったよ、ウチ」
 
 ドスッ
 
「やっぱり、アサダくんへの気持ちは、消えてへんかった」
 
 ドスッ
 
「でも、最後に1回。これが本当に最後。もうこれで、諦める」
 
 ドスッ
 ドスッ
 
「アサダくん……ウチ、アサダくんのこと」
 
 ドスッ
 ドスッ
 ドスッ
 
「ごめん立川さん、ちょっとどこかで座らせて」
 
 彼女のボディブローは確実にダメージを与えていた。
 
 
 
「ごめん、ほんまごめん」
 あまりのダメージに立っていられなくなり、近くのバス停のベンチに座り込んでいた。
 さすがに冷静になった彼女は、近くの自販機で買ったジュースを浅田に渡した。とても飲める状態でもなかったので、受け取っただけだったが。
「……ようやく痛みが引いてきた」
「よかったぁ」
 と、安心したのも束の間。
「で、なんで戻ってきたんさ」
 答えることができなかった。
「なんや、ほんまに理由ないんかいな」
「……うん」
「さよか」
 
 バスが到着した。何人かが降りて、何人かが乗った。2人は乗るわけでもないので、見送った。
 
 いよいよ困った。2人は困った。
 いったいこの空気はなんだろうか、と。
 
 落ち着きを取り戻した彼女は、帰るタイミングを伺っていた。
 一方浅田は、次の一声に困っていた。
 
 このぐるぐるでドロドロでぐらぐらな感情。おそらく彼女に向けられている感情。
 これを表す言葉を、探してした。
 
「アサダくん。ウチそろそろ……親、家で待ってるし」
 
 彼女は立って、ぽんぽんとスカートを払う。
 
 
 
 ここで言わなければ、もう言えない。
 
 
 
「立川さん」
 
 
 
 続かない。
 言葉が出ない。
 
 
 
 考えるのをやめた。
 素直に。
 
 素直に。
 
 
 
「寂しい」
 
 
 
 これが答え。
 
「立川さん。立川さんがいなくなると、僕は、寂しい」
 
 声が震えてしまった。
 
「それは」
 
 答える彼女も同じだった。
 
「それは、期待してもええん?」
 
 彼女の声も震えていた。
 
 
 
「期待、してもいいと思う」
「ほんとに……? キミって鈍感やし、ぜんぜん別のこと考えてたりするんちゃうの?」
「立川さん、好きです」
「…………」
「これでわかった?」
「……あほー」
「顔、真っ赤だよ?」
「あほー……」
 
 
 
「1年、待てる?」
「待つよ。夏休み、行くよ」
「京都は紅葉がキレイやから、秋においで。案内するよ」
「いや、夏がいい」
「なんで?」
「そりゃあ、暑いから」
 
 
 
「浮気したら殺すからな」
「大丈夫」
「メールとかちゃんとしてな?」
「……うん、たぶん」
「殺すよ?」
「がんばります……」
 
 
 
「うーん」
 
 がしっ。
 立川は、浅田の手を握った。
 
「ちょ、何を」
「ずーとずーっと、こうして繋がりたいって思っててん」
 
 繋いだ手を頬に当てる。そんな彼女の温もりが、じわりと伝わってきた。
 
「離してくれない?」
「いやや。この手は離さへん」
「む……」
「出会えて良かった。本当に良かった。もう、好きって気持ちが溢れて止まらへん」
 
 彼女の溢れんばかりの気持ちが伝わったのか、浅田はやきもきとした気持ちになっていた。
 
「ほんまは名前で呼びたいんやけど、さすがに恥ずかしい……」
「はるか」
「……っ!」
「仕返し」
「……アホー」
 
 
 
 
 
 春になれば、お互い1人の日常を送ることになる。
 けれど、それは物理的な距離だけのこと。
 
 2人はしっかりと、心と心が触れ合えた。
 
 
 
 2人の物語はここで終幕。
 これから先を語ることはないかもしれないけれど、2人は、きっと、大丈夫。
 
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