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【兄妹編】 後編

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 保健室で白を見上げた。真っ白な天井。汚れは一切ない。同じ白いカーテンで周囲を囲まれ、ベッドの上で僕は横たわっていた。
「あ、お兄ちゃん起きた?」
 仰向けになる僕の視界に、付き添っていたらしい加奈が入り込んでくる。僕は目だけを動かして彼女を見た。
「随分派手にやらかしたんだね」周囲に人がいるのだろう。僕にしか聞こえない声で加奈が囁く。
「ああ。思ったより熱が入ってな。ヒートアップした」僕も調子を合わせた。
「気持ちよかった?」
 僕は天井を眺め、ついさっきの感覚を思い返す。
「最高だったよ」
「お兄ちゃんのアヘ顔、私も見たかった」加奈はうっとりと両頬を手で覆った。
「仕方ないだろう。アレは僕と新山の決別の儀式なんだ。二人だけでやる必要があった」
 そこでふと疑問が浮かぶ。
「ところで、他の奴等はどうなった?」
「青ちゃんはすぐそこで治療されてる」
 加奈はカーテンの向こう側を指差した。
「僕が怪我した事、空島は疑問に思わなかったのか? 新山にやられたって言うのは少し無理があるだろう?」
「私が上手く誤魔化しといたよ。拘束したはずの一人が縄から抜け出して、不意を突かれたって」
 頼りになる妹だ。
「それで、他の奴は?」
「四人の男子は生徒指導室で隔離されてる。これから事情を聞くみたい。新山さんは……」
 加奈が移す視線の先、カーテンの向こう、隣のベッドから泣きじゃくる声が聞こえる。
「泣きすぎてまともに会話できない状態だったから連れて来たみたい」
「好都合だ」
 まだ選択の余地はある。シナリオの神はまだ僕に微笑んでいる。
「ねぇ、お兄ちゃん。これからどうするの?」
「そうだな……とりあえず、あいつらの写真は撮ったか?」
「うん。体育館で縄を結ぶ前に、全員の一物をさらけ出して顔が写るように写真に納めておいたよ」
 平然と一物と言う言葉をチョイスするあたりさすがだ。
「でもこんな写真、どうするの?」
「新山の選択権に使う」
「新山さんの?」
「うむ。……加奈はどうしたい? 新山をこのまま消したいか?」
「うーん、どうだろ。別に新山さんの事は嫌いじゃなかったけどなぁ。お兄ちゃんの事を好きでいてくれたし。お兄ちゃんがMって事も少しは感づいてて、それでいてお兄ちゃんと一緒にいてくれたんだよね」
「多分な」
「青ちゃんを強姦しようとしたその事実は許せないけど、消したいとは思わないかな。消えても別に良いけど」
 サラリと恐ろしい一文を混ぜてくる。加奈の持つ穏やかさには一抹の狂気が孕まれていた。白い部屋に相応しくない黒い感情がちらりと見え隠れする。
「まぁ強姦についてはほとんど僕が誘導したようなものだからな。そんなに責めてやるな。僕には怒っても良いけど」
「それを言ったら私だって一緒だよ? 私とお兄ちゃんは共犯なんだから」
 共犯、と言う言葉の響きが良いのか加奈は悦に浸ったように表情を崩す。よだれが滴り僕の顔に垂れてくる。やめて。
「自分達の目的の為に平気で友達を利用出来る兄妹なんだよ」
「友達か……聞いて呆れるな」
「最低だね、私達」
「これから一生抱えて生きていくんだ」
「うん。二人で抱えて行こうね」
「……これで結論は出たか」
「どうするの?」
「加奈がどちらでも良くて、僕は新山を助けてやっても良いと思ってる。いずれまた利用出来るかもしれないからな。性格や行動パターンを知り尽くしている人間は近くにいたほうが良い」
 三文小説にありがちな、ご都合主義的な結末にする。仕立て上げる。
「でも、どの道あの四人が吐けば新山さんは一連の事件の主犯として退学になると思うんだけど。あっ……」加奈はようやく気付いたのか、声を上げる。「だから写真なんだ」
「言う通りにしないと写真をばら撒くと言ってやれば良い。四人の顔が出てるんだ。その気になればいくらでも脅せる」
「新山さんは? 変なプライドが邪魔して、自首しちゃったりしない?」
「大丈夫だ。あいつの心は僕が折った。つまらない意地なんか張る余裕ないさ」
「でも、青ちゃんは納得しないと思うけど」
「そこは僕に任せろ。加奈、空島を呼んできてくれないか?」
「分かった」
 加奈は静かにカーテンから出て行った。しばしカーテンの向こう側から話し声が聞こえ、やがて空島が姿を見せる。顔に貼られたガーゼが痛々しい。僕の乗り込みが遅れたせいだ。せめて無傷で助けようと思っていたが、申し訳ないことをした。
「亥山君、大丈夫?」
「空島こそ」
「うちは大丈夫や。それに今先生が救急車呼んでくれとるしな。多分うちと亥山君、両方とも病院行きや」
「そっか。……空島、少し耳、貸してくれないか」
「う、うん」
 空島は大人しく僕に耳を近づける。隣の新山に聞こえないように小声で言った。
「空島、新山を許してやれないかな」
 すると空島は信じられないと目を見開いた。裏切りだ、そう言いたげに。
「ごめん。空島がどんな目に合わされたのかは僕も重々知っている。無茶な事言ってるのも、十分、自覚してる」
「じゃあ何で……」思わず空島の声がでかくなる。僕はたしなめる為に人差し指を彼女の口の前に持って行く。
「新山は僕の事が好きだった。多分、ずっと。加奈と空島がいなくなってから、僕は新山に尋ねたんだよ。どうしてこんな事をしたのかって。彼女は、僕の事が好きだったと言った。ほら、よく好きな子に意地悪してしまう人っているだろう? 男子ではよく見られるけど、女子ではあまり見ない。新山はそれだったんだ。だから僕を虐めた」
 深刻な顔で空島が僕の話を聞く。単純な奴だ。もっとも、そこが長所か。
「確かに新山の意地悪と言うのは行きすぎだった。それでも彼女からしたら、幸せだったんだと思う。だけど、ある時空島が現れた。空島は僕を救うといい、色々と僕の面倒を見てくれた。そのおかげで周囲から噂されるほど」
 僕は遠まわしに空島を責めていた。彼女が行動に移った原因にお前がいるんだぞ、と。直情的な彼女の性格だ、直接責められない事でかえって心に重く圧し掛かるだろう。
「新山は内心気が気じゃなかったみたいだ。空島に僕を奪われるかもしれない、そう思ったらしい。そんなある日、君が新山に言いがかりをつけた。魔がさしたんだろうね、新山はそれをチャンスだと思った。後は君の知っている通り、空島への嫌がらせが始まった」
「それで、うちと亥山君を離そうとした……」
「正直やりすぎだったと思うよ。誰がどう見てもやりすぎだった。恋は盲目って言うだろ? 馬鹿らしい言葉だけど、文字通り新山は一切周囲が見えていなかったんだと思う。必死だったんだ、彼女も」
「うちと亥山君が仲直りした日、あの日、うちは新山に酷いことを言ってしもた……」
「多分、引き金はそれだろうね。僕と空島が仲直りした焦りと、その発言の怒りから何も見えなくなった」
「うちの、うちのせいやったんや……。被害者と加害者は絶対に相容れへん。そんな事を言ってしもた。新山の気持ちも考えずに……」自責の念からか、空島は涙ぐむ。
 被害者と加害者は相容れない、か。
 それだと空島、君と僕達は絶対に相容れなくなってしまう。
 君は僕の計画に巻き込まれた被害者で、新山もそうだ。加害者は新山じゃないんだ、空島。僕らなんだよ。僕と加奈なんだ。僕達兄妹は酷い目に合わされているようで、実は色々な物を利用していたんだ。
「あの子の心を押しつぶしたんは、うちやったんや……」
「……かもしれない。でも責任は空島、君だけじゃないよ。僕がしっかりと拒絶の意を示していないのも原因だったんだ。僕達は共犯だよ、共犯者だ」
 都合よく先ほど加奈が言っていた言葉が思い返されたので使わせてもらった。
「共犯者、か。そうかもしれへんな」
 まんざらでもない表情。
「だから空島、どうか新山を許してはくれないだろうか。いや、許せなんて言わない。恨んでいてくれてもいい。ずっと新山を憎んでいて、犯罪者だと思っても良い。だから彼女が今後も君の目の前にいる事を、許容して欲しい。このままだと新山の人生は終わる。彼女は僕や君に酷い事をした。それでもどうしても僕は、彼女をこのままにしておく事ができないんだ。このままだと彼女は一生駄目な奴で終わってしまう。下手をしたら自ら命を絶つかも。それが恐いんだ」
 空島はしばらく黙った。まるで僕の言葉を反芻するかのように視線を外し、遠くを見ている。
 やがて、彼女は静かに頷いた。僕の予定通りに。
「分かった。新山は許せへん。でもうちにも過失がある。それにうちを助けてくれた亥山君の頼みや、断れへん」
 空島はじっと僕の目を見る。決意の表れか。
「許容したる」
「ありがとう」僕は微笑んだ。
「でも、この状態から新山を助けることなんか出来るん?」
「そこは僕に任せてくれ。とりあえず空島は男子四人に突然襲われたと、そう言ってくれればいい。あとは何も知らないと」
 僕は携帯を取り出すと、前もってフリーメールアドレスを作ったサイトにアクセスする。このサイトのフリーメールは迷惑メールとして弾かれにくい。誰が送ってきたかも特定し辛いだろう。あの四人がメールの主を特定して襲ってくる可能性もある。これくらいの対応策はしておきたいところだ。四人のアドレスは体育倉庫にいた時に、こっそり新山の携帯から僕の携帯に送信しておいた。自分にしてはかなりの早業だ。これで奴等の行動をコントロールする。
 ゴミみたいに都合が良い、下らない大団円はもう見えてる。僕は携帯のボタンを押した。

「……一つ聞いて良い?」
 空島はおずおずと口を開く。
「何?」
「助けてくれた時に言ってたやん。その、亥山君って、ドMなん?」
 照れている様な表情だ。いや、この質問にその顔はおかしい。
 まぁでも、ここは真摯に対応することにしよう。僕はにっこり笑った。
「黙れよ」

7

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