伊勢カツラ新都社引退。その報せは大きな波紋を呼んだ。
『現在連載中の拙作“冥土Haaaan!!!”の完結を年内とし、合わせて2012年文豪会を以て引退とする。伊勢カツラ』
「引退!? なぜ……!」
「やはりプロに行くのか?」
「まだ詳しい発表は無いが……その可能性が一番高いだろうな」
――くそ、くそっ! 引退だと。もちろん、初めから分かっていたことだ。彼はやがてプロの世界へ行く。それは、初めから誰もが分かっていたんだ。しかし!
「何故、よりによって私の任期中なんだ!!!」
編集長は机に拳を振り降ろした。
(くそっ……本当にまずいぞ。文豪会での失態に加え、伊勢カツラ流出……。いよいよ私の首が飛ぶ)
〒◆ゴミ文芸作家お断り◆
『青谷ハスカ:なんでぇ~……。カツラ先生……ほんとに辞めちゃうの……??』
『橘圭郎:いよいよこの時が来たんですね。いつか来ることだとは覚悟していましたが……こんなに早く……』
『泥辺五郎:勝手な男よ……、つくづく』
傍若無人の限りを尽くしてきた彼らでさえ、この時ばかりは顔を暗くしている。
伊勢カツラとは、彼らの“支え”だったのだ。絶対的な実力を以て新都社の第一位に君臨し、いたずらに編集を振り回すところもあったが、一たび筆を奮えば文句を言える者などどこにもいない。実力さえあればどんな無礼も許されると、まるでそんな極論を振りかざすその姿は、自分勝手で個性の強い面子が揃った彼らの指針になっていたのだ(橘圭郎を除く)。
――それはもちろん、“彼女”も。
暗く淀んだワンルーム。真昼間だというのに閉じられたカーテン、無機質な家具。
唯一部屋を薄暗く照らすウインドウの前で、後藤ニコが固まっていた。
「引退……??」
ぼそりと呟いた。
「なんで……どうして」
その報せにショックを受けたのは、彼女とて例外ではない。ただ呆然と尽くすしかなかった。
しかし……伊勢カツラ同様、圧倒的な力で新都社第二位に立ち、共に新都社文芸を引っ張ってゆく立場にあった彼女には、他の三人とはまた違った思いが生まれていた。
「引退……新都社を辞めるってこと?」
「もう、戦えなくなるってこと?」
「――もう二度と、あの人に勝つチャンスが無くなるってこと?」
自分の上に立つ者の存在を許さない。
伊勢カツラの圧倒的な力によって抑え込まれていた彼女の性質が、再び胸の底から腕を這い出そうとしていた。
彼女の両目に、決意が燃ゆる。
――2012年、春。
春季入れ替え戦第4戦。
後藤ニコ2-581青谷ハスカ
これまでの最大得票差勝利記録を大幅に塗り替える快挙で青谷ハスカが再びベストファイブの座に舞い戻る。
【第一位・伊勢カツラ 第二位・橘圭郎 第三位・泥辺五郎 第四位・青谷ハスカ 第五位・猫瀬】
後藤ニコの提出した作品『~まんことマラと、時々、ウンコ~』は引くぐらい読者の支持を得ずに自身二度目の入れ替え戦敗北。
編集長はすぐに、“一度目”のことを思い出していた。彼女がまだベストファイブ第五位だった頃、自分の上にいる連中が気に入らず、わざと一旦入れ替え戦で負け、次回の入れ替え戦で即座に当時の第二位を大差で下してみせた。様々な憶測を呼んだが、もちろん彼女がわざとやった証拠など無く事態は沈静化した。
しかし、今回。彼女が投稿したこのゴミはあまりにも。もはや、誰がどう見ても。
(まさか……あの女、また……!!)
――新都社文芸史上最大の決戦が、始まる。