――後藤ニコは赦さない。
彼女は2009年に新人として新都社でデビューし、その年の内にベストファイブを獲った。新人王とベストファイブのダブル受賞という偉業を果たしたが、彼女の“渇き”が潤うことはなかった。
あくまでも一年目の新人としてベストファイブに名を連ねた彼女は、通例どおり“第5位”の座につく。始めはそういうものかと納得していたが、すぐに違和感を抱き始める。
『おかしい。なぜ私が第5位なのか』
当時のベストファイブ作家で、今も名を連ねているのは伊瀬カツラと後藤ニコの二人だけであるが、彼女からすれば、伊瀬カツラはまだしも、他の三人にも自分が劣っているとは到底思えなかったのだ。
――後藤ニコは赦さない。自分の上に立つ者の存在を。
しかし、二度の入れ替え戦を経ても順位が上がらないことに不満はすぐ爆発した。編集長に直談判し、それでも順位を上げてもらえなかった彼女は、なんと、ベストファイブを一度辞めた。
明らかにクオリティの低い作品。やる気のない構成。彼女は入れ替え戦で負けたのだ。もちろん、彼女がわざと負けた証拠などない。もしかすると、本当に本気でやった結果なのかもしれない。それでも、直談判を受けていた編集長が「わざとやった」と考え、彼女の“執念”に恐怖を抱いたのは――、直後の入れ替え戦で当時の“第2位”に圧倒的大差での勝利を収めたからである。
己の実力を誇示し、自分の上に立つ者を排除する為に、彼女はあえて一度ベストファイブを落ちたのだ。
しかし、第2位の座を確固たる物とした彼女も、第1位の座についたことは一度も無い。どれだけ時間をかけた構成と文章を引っ下げても、その度に伊瀬カツラが立ちはだかり続けたのだ。そしてやがて彼女が「もしかしたら敵わないのかもしれない」と感じたことが、2011年上半期の乱調という結果として現れた。
担当編集の猫に、乱調の理由は分からなかった。他の編集部の誰にも、彼女の苦悩は知られなかった。
彼女の性質――、自分の上に立たれたくないという性癖を唯一おぼろげながらも理解する編集長だけが、彼女の心情を知りえていた。
たとえ彼女がどれだけわがままの限りを奮おうとも、彼女が新都社の人気作家であり主戦力であることには変わりない。編集長は、何としてでも彼女に立ち直って欲しかった。当然何度も話す機会を設け説得したが、他人の言葉など聞き入れる人間ではない。編集長の言葉が彼女に届くことは決してなかったが、何度か言葉を交わすことで、後藤ニコの乱調の原因がやはり編集長の思っていた通りであったことは感じ取れた。
時を近くして、つばきが【日常】ジャンルの2位に浮上。後藤ニコの成績が急落していたこともあり、二人の差は縮まり続けていた。
この時、編集長の中に一つの考えが浮かぶ。
再び、伊瀬カツラ以外の“標的”を作ってやれば良い。
そう考えた編集長は、そこからつばきの成績が上がるように策略した。やはりベストファイブ作家に比べて知名度の低いのが弱点となるので、すぐにつばきを準豪賞作家に入れた。元々、そろそろ準豪賞に入るぐらいの実力はあると言われていたが、早め早めの出世を裏で手回ししていたのは編集長であった。
夏の入れ替え戦では第5位挑戦枠の作家として選出し、知名度は上がり続け、そしてやがて、遂に【日常】で後藤ニコの上に立ったのだ。
――編集長の策略は、成功したと言わざるをえない。
歯を震わす程の怒りに身を委ね、彼女は書いた。
二度目の“暴走”は溢れんばかりのエネルギーを身に纏い、つばきを喰った。