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summer conversation(会話主の話)

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「川口君セックスしよーよ」
「しねーよ、だから早くそっち終わらせろって言ってんだろーがよ」
 川口は勉強机から振り向いてローテーブルに座る長瀬を睨む。長瀬はシャーペンを回しながら、真っ白な問題集を開いていた。真っ白というのは回答の部分がだ。
 夏休み最終日前日、つまり八月三十日に長瀬と川口は宿題というラスボスに取り掛かった。川口は文系、長瀬は理系担当という、俗に男と女であれば逆になるはずの担当分けで二人は宿題をこなしにかかる。
「これさー、何で問題の後にこんな余白取るわけ?資源の無駄じゃん」
「そこに答えまでの道筋書けって言ってんだろうがよ、何度も。お前どーやって数学解いてんだよ」
「頭で計算すればいいじゃんかー」
「だからお前の回答を俺は写すんだからマジ道筋書けよ、答えなら後ろに載ってんだろーかよ」
「うぉ!マジだ!!何これ!!サービス問題!?」
「俺宿題ってよりお前の相手に疲れて来たんだけど……」
「ねーだからセックスしよーって、女がいればすぐ男子高校生はセックスするって聞いたんだけど」
「しねーよ。だからよ。したらお前も俺も寝るだろーが。お前それ口実に寝ようとしてるだけじゃん。てかどこで聞いたんだよ」
「ネット」
「ソースが最悪だよ」
 会話をしながらも川口は英語の回答を埋め、長瀬は数学の余白を埋めていった。長瀬は片膝を立て、その上に顔を置いて問題を解く。立てた膝のせいで、スカートが捲くれ、太ももの付け根辺りまでを露にしている。
 川口はそれを確認しながらも、英語に向かった。
 机の前にある網戸からは蝉の激しい鳴き声と、熱風が入り込んでくる。背中から数秒に一度風が送られてきて、僅かに涼しい。
 その風は長瀬にも当たり、髪やスカート、問題集が揺れる。前髪と横の髪をクッキーモンスターのゴムで留めている長瀬は野暮ったいが、クッキーモンスターはファーの部分が風で揺れて可愛らしい。
「川口君、これ結構腰痛い」
「だーーもーーー何で話しかけてくんだよ!!」
「だって二人で会ってるのに無言なんて寂しいじゃん!私川口君ともっとお話したい!!って言ったら良いって書いてあった」
「またネットか!お前は休みの間毎日毎日ネットかこら!」
「違うもん、これは雑誌だもん。毎日毎日ネットなんかしてないよ。毎日毎日川口君の部活の間図書館居たじゃん。てか図書館で寝てたじゃん」
「何で寝てんだよー、宿題やれよじゃーよー」
「川口君だってやればいいのにやってないじゃん。私川口君頼りにしてたのに」
「俺は長瀬頼りにしてたっつーの。ご確認しますけど本当に長瀬桃花さんですよねー?理系科目満点、文系科目赤点近くの」
「そうですよ。こちらだってご確認しますけど学年五位の川口秀樹さんですよねー?」
「俺だから天才型だから勝手に出来るから。だけどこの量無理じゃん。書くのに時間かかるじゃん。こういうのまとめてやるタイプだし、俺」
「奇遇ー、私もー。やっぱり川口君とは気が合うわー」
 大きく川口が溜息をつくと、長瀬は足を崩した。目の前の問題集を閉じた長瀬を見て、川口は、はっと気付く。自分と会話をしながら長瀬は数学の問題集、約百六十問を終わらせたことに。
 彼女は数学の問題集を床に投げ、化学のプリント集を机に上げた。自分の処理能力の遅さに、川口は少し嫉妬を感じた。
「川口君と喋りながらだと、途中の数式書く意味がわかったよー。だって二つは処理し切れないもんねー」
「あ、ああ。お前恐ろしいな」
「だって川口君の科目は現代文、古文、漢文、グラマー、リーディング、オーラル、日本史、現代社会でしょ。あたしのより多いじゃん。しかもその内、グラマーは終わってるんでしょー?私まだ数学しか終わってないもん。現代文か現社くらいはお手伝いしたいし」
 長瀬はあははと笑う。川口はその分くらいはやってもらいたいと思っていた科目を言い当てられて、つられて笑う。
 目の前に居る女の子は頭を一度割って覗いてみたい子だと、それに惚れられている自分は劣等感と優越感の両方に苛まれると、川口は笑いがこみ上げた。
 目の前に居る大好きな男の子はわかりやすくて、でも考えすぎる面があって、その上頭が良いから考えすぎるのレベルが深すぎて、面倒で見ていて面白いと、長瀬は笑う。
「長瀬、お前と居るとすげぇポテンシャル高くねぇと自分保つの無理だわ」
 沈黙が二人の間を抜けた。蝉の音と、扇風機の音だけが部屋に響く。
 長瀬は首を傾げて何度か瞬きをすると、え?とだけ発音した。
 川口は机に向き直り、長瀬に背を向けた。シャーペンの音が蝉と扇風機に加わった。三重奏の中で、長瀬は深呼吸をした。
「それは、私と、別れたいってこと?」
 川口は何度目かの振り向きをして、長瀬に笑顔を見せた。川口の天然パーマっぽい髪と日焼けした肌は黒く、眼鏡と歯だけが白かった。窓から逆光になり、長瀬は目を細めた。後光が差しているみたい、と思った。
「よくわからん」
 その言葉で長瀬は笑った。
「じゃーとりあえず明日までは付き合おうよ、宿題分担はしたいから」
 
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