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黒外夢(雰囲気話2)

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 暗転した中を歩く。剥き出しのコンクリート壁はぽろぽろと石灰のような粉を落としている。
 ピンヒールの音が響いて、私を基点に音の波紋が広がる。
 長い、長い廊下。ピンヒールを履く私の足は私の足でなく、私の手は私の手でなく、つまりは私の身体は私の身体でない。
 黒い髪は腰まで届き、歩くたび揺れる。私の身体よりも細い足は歩く度、震える。
 私の魂はそのままで、身体は誰かと入れ替わっているみたい。
 静寂。暗闇。
 左の窓は全開なのに風は無く、湿気た空気が纏わり付く。
 ただ背中だけはずっと寒い。
 私の目は懐中電灯のように光っている。ぼんやりと床を映し出す。ずっと靄が掛かっている。コンタクトが汚れた時みたい。コンタクトが外れかかっている時みたい。
 
 廊下を抜けた。
 出口の数段ある階段を降りる。
 夜は明け始めていた。建物を縁取って明るくなっている。
「先輩!」
 私が居た。
 茶色の肩までの緩いラインをした髪。この身体に比べて肉厚な身体。薄い瞼。
 目の前の私は私の手首を掴んで柳木の下へ連れて行った。
「もう、探しましたよ?」
 私の声で私のしない表情をした私が私を見つめる。私が崩壊しそうだ。そうだ、私と言うのは止めよう。目の前に居る私のことは彼女と呼ぼう。
「ごめんね」
 私の出した声は普段の声より高く、掠れていた。謝る理由はわからないが、彼女が怒っているようだったから。
「もう時間少ないのに。さ、戻りますよ。手出して、指合わせて」
 彼女は彼女に付いている私の手を差し出した。Vの字に指を伸ばし、手の甲を上に向けている。私も同じようにか細い手をVの字にした。
 彼女に付いている私の指が今私に付いている細い爪先に触れる。古い宇宙人映画みたい。
「せっせっせのよいよいよい」
 私が留まったままいると、彼女は私の声でそう言って手を交差させ、もう一度指を合わせた。

 がくんと力が抜けた。
 私は私に戻っていた。

 私の前には長い黒髪の色の白い目だけ異様に大きい女の子が立っていた。彼女は目を一気に細めて、戻りましたねと言った。
「一気に老けちゃった」
 彼女はあははと笑う。そして先ほど繋いだ指を口に含んで舌を出して舐めだした。
 辺りは何故か夜に巻き戻っていた。高速回転巻き戻し。月が高い位置に居る。
 人差し指、その後小指を舐めた時に彼女は止まった。何故中指と薬指を飛ばしたのかわからないが、彼女は目を開いた。目玉が落ちてしまいそうな程に。
「あれー先輩?もしかして指間違えました?あれーそうですよー、あれー?」
「え、人差し指と中指じゃないの?」
「ちょっと何してるんですかー人差し指と小指ですよー」
 語尾が延びているから間が抜けているが、追及が怖い。
 急に柳が揺れ、風が出始めた。
「ごめーん、いいじゃん、ごめんねー」
 私も語尾を延ばして、その場を離れた。
 彼女は指を舐め、目を見開き、そして私に待ってくださいと言いながら追ってきた。忙しい女だ。
 今度はピンヒールに追いかけられる、逃げる。
 けれど後ろを振り向かずに歩いているとピンヒール音は消えた。

 暗い道は続く。
 軽く舗装されただけの道路と、左右の垣根が風で揺れている。車一台ほどしか通れない道路の左右に白い枠線がある。そこから外が歩道みたいだ。
 道を歩く。先ほどに逆戻りだ。廊下が道路に変わっただけ。ぼやける視界。ああでも、風は少し出て来た。
 車の光が来て二度ほど脇に避けた。  
 彼女は追いかけて来なかった。車も私を追いかけて来なかった。
 いつ何が襲い掛かってくるかわからない恐怖の時間が一番怖い。
 十字路に出た。全く同じような黒い猫が二匹、左の道脇から私を見つめる。
 手をぱんと叩くと、二匹が全く同じ瞬間に左を向いて走って行った。

 私は左に曲がった。一歩踏み出した瞬間に股から何かが溢れた。体液か、血液か。
 そのまま進むと太ももまで垂れた。太ももは血で染まっていた。 
 太ももと股だけでなく、お腹全体が熱い。
 いや、寒い、背中が寒い。
 瞼を伏せると、世界が消滅した。流血と共に。
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