ピックが無ければ歯で弾けばいいのよ
まともなメンバーに巡り合ってバンドを組める確率に比べれば、
「童貞が恋人を作ることの方が余程簡単」と君は言った。
軽音部やサークルは別として、よしんばバンドを組めたとしよう。
スタジオで練習できているか。オリジナル曲は作れたか。ブッキングを済ませ月一回以上のペースでライブを行っているか。客が増えたか。CDを出して多少なりとも売れているか。
そんなバンドを組んでいるならあなたはきっと優れた才能か強運の持ち主だ。
100組あったら99組はバンドを組めないままメンバーが実家に帰って夢を諦める。
メンバー集めなんてそんなもんだ。
美少女も美男子もまずいない。
遅刻・ドタキャン・メールの返信が来ない。
そんなのは日常茶飯事でいちいち腹を立てる方が馬鹿というものだ。
そんな険しい道を進み志半ば、心折れ、ギター折れ、
絶望すら感じないほど諦念に身を委ねた男の過去の一部を覗きたかったら続きを読むといい。
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僕が初めて利用したのはインターネットで検索して一番上に出てきたサイトのメンバー募集。検索機能はそこそこに豊富だがいかんせん外れクジが多いことで有名だと知ったのは後になってからだった。
経験的に「自分以外全パート募集」「好きなアーティストは椎○林檎」「プロフィールに写真がない」「実力の分かるデモテープを公開してない」「好きなアーティストが異様に多い」などに当てはまる募集や加入希望は少々危険だったりする。
プロ志向を謳う募集も多いが、安心しろ、実際は夢だけ見てるアマチュア以下のもぐりも多い。余談だが活動だけまともにしたいなら社会人のアマチュア志向の方がよっぽどしっかりしてたりする。受け答えも丁寧だし仕事さえ入らなければ時間もちゃんと守る。何より金に困ってないのは以外と重要な点だ。
と、ふとどこかの誰かの愚痴を受信して前置きが長くなったが、ここに美しくも儚くすれ違っていった愚かな人々の一部を紹介しようと思う。
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一人目。
ネットのメンバー記事で見つけた22歳、男性。
パート:ギター。
彼はブランキージェットシティとニルバーナ、そしてエヴァンゲリオンを愛していた。
熱意だけ異様に高く夢見がちな他の記事と違い嫌に低血圧な文体に興味を引かれメールを送った。後日水道橋で待ち合わせし、駅前のマックで顔合わせをする。
別に初日で楽器を持ってくる必要はない。話が合うか相手がどんな人間か、それが分かってからスタジオに入った方がリスクの関係で少し安上がりだからだ。
「だからね、劇場版でのアスカの台詞の解釈はね…」
「あそこはヘッドホンでよーく聞くと実は…」
音楽の話もそこそこにアニメの話で盛り上がる二人。
3時間くらいはいただろうか。気はあったのでとりあえず近所の練習スタジオでギターをレンタルしてセッションしようという流れになる。
1時間借りて大半は「Smells Like Teen Spirit」を弾いた。
選曲の理由は「簡単だから」。
残りはブランキーの曲を数曲遊んだ。
彼は特筆して腕が良いわけではなかったが悪くはなかった。
「ギターは二人になりそうですけど大丈夫ですか」
と確認を取る。
「え、僕はギターボーカルで3ピースがやりたいな」
「はぁ・・・?」
「だってブランキーもニルバーナも3ピースでしょ」
「別に僕らはブランキーでもニルバーナでもないのですが」
「ギターだって、ブランキーのコピーをする為にグレッチを買ったし機材も全部ベンジーと同じ物を集めたよ。セッティングも研究したから完全にベンジーの音が出せるよ。ブランキーみたいなバンドにしようよ」
…正直に言おう、ここで一気に呆れかえってしまった。
「誰かになりたいとか、物だけ集めたコピーして満足してるあんたはベンジーにはなれないよ」
彼の顔ったら引きつってたな。
「あんたの天職を俺は知ってるよ、ものまね芸人だ」
結局、彼から連絡が来ることは二度と無かった。
コピーは物や音じゃない。
壊れたギターでだっていい、気持ちでコピーするもんだ。
「なんてね。あの頃(1ヶ月も経ってないが)の僕はまだ若かったよ」
「あなた、セッションとかできたの?」
「いや、曲すら聞いたことなかったから見てるだけだったよ」
・・・凛と咲いて。