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ベホマ

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 ある村に旅人がやってきた。
 その男は元『僧侶』であり、己を鍛えるために世界を旅して回っていた。
 予期せぬ来訪者に村人は困惑した。宿に泊まる男の存在を危惧し、あらぬ噂を立てていた。
 そんなある日、男の目の前で村の子供が怪我をした。泣き喚く子供を母親があやすがまるで効果がない。足首をねじってしまったみたいで、酷く腫れていた。
 そこに、旅人の男がやってきてこう唱えた。
「ベホマ」
 すると見る見るうちに子供の怪我は治り、その顔には笑顔が戻った。母親は彼に深く感謝をし、旅人の話はすぐに村を駆け巡った。
 その日以来怪我をした人は皆、旅人の元へ集うようになった。なにせ魔法一つで傷が完治するのだ。医者も要らない。村人は男がずっと村にいてくれる事を懇願し、人の役に立てたことで旅人もまんざらではなった。
 数日たち、旅人をとある親子が訪ねてきた。それは村一番の資産家の親子だった。
「うちの娘が病気になっちまったんだ。治しとくれ」
 さも当然とばかりに母親は旅人に命令した。しかし旅人は首を振った。
「私の呪文では怪我は治せても、病気は治せないのです」
「何でだい! あんたは何でも治せる術師じゃないのかい! そうか、あんた私たちが金持ちだから嫉んでいるんだろう。なんてやつだ」
 その親子は旅人を酷く罵倒し、ありもしない噂を村中に広めた。村人は再び彼を危惧し、旅人が挨拶をしてもふりむきすらしなかった。旅人は村人の理不尽と醜さを憎み、そして悲しんだ。
 その夜、村を盗賊が襲った。村は全焼し、村の人間は身体を切り刻まれ、犯され、財産を盗まれた。
 旅人は偶然村の外に出ており難を逃れた。彼は盗賊がいなくなったのを見計らって村に戻ってきた。すっかり姿を変えた村には肉の焼けた臭いと、犯された女から漂うすえた異臭が漂っていた。
 村の中にはまだ息のある村人も大勢いた。生きている者の多くは内臓がひり出され、切られた頭からは脳が見えていた。彼らは必死の想いで旅人に助けを求めた。

 しかしもう村にベホマの呪文が響くことはなかった。

 その村には腐った卵の様な臭いと、犯された女から漂うすえた異臭だけが残された。
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