朝はやく家を出発した筆者は駅前の駐輪場に自転車をとめると駅で切符を購入し、ホームにおりてのぼりの電車をまった。夏の光はまだまだ強く、売店で買ったジュースを飲んで暑さをしのぎつつ筆者はカードショップとはどんなところだろうかといろいろ想像をめぐらせていた。インターネット環境のある兄を持つ友人から入手した一枚の地図を頼りに筆者はこれから東京へとむかうのだ。いちおう関東圏である筆者の地元から東京までは電車で2時間弱という道のりであるが、ろくに勉強も部活もせず時間のありあまっている筆者にとってそれはささいな代価コストにすぎない(財布には厳しいが)。まちにまった電車がやってくると筆者は比較的すいている車両に乗りこみ、優先席でないことを確認してからシートにすわった。時間をつぶすためにバッグからスレイヤーズの文庫をとりだしてそれを読みはじめるが、昨夜から消えない全身をつつみこむような高揚感のせいでまったく読書に集中できなかった。「すぺしゃる」のほうにしておけばよかった、などと思いつつ本編最新刊をまたバッグにしまいながら筆者はドア上に掲示された路線図をながめる。先はまだまだ長い。無限にひきのばされたような時間のなかで筆者は《聖なるメサ(MI)》から産みだされるペガサス・トークンを数えることくらいしかできず、それは《時間のねじれ(TE)》を《Fork(RV)》で何度もコピーしているような感じだった。しかたなく筆者はアーテイになりきって《瞑想(TE)》で追加ターンをやりすごしながらラース脱出をまった。ときおり窓の外に目をやると田園風景のあざやかな緑ははるか後方に消え失せ、かわりに建物や国道を走る車列がどんどん増えていった。
ぼんやりした頭を《ボガーダンの鎚(MI)》で強くたたかれて筆者が目をさますとそこはもう大都会であった。目的地である新宿に電車が到着すると筆者は快適な弱冷房車にわかれを告げ、ふたたび猛暑のなかに降りたった。ホームはたくさんの乗客であふれ、階段をあがるとみたこともない数の人々が行き交っていた。新宿駅構内はとにかく広く、サラ・ウィンチェスターの屋敷のように複雑怪奇なこの「迷宮」ではいたるところに配置された階段や立ち食いそば屋がセイレーンの歌声のように地方からでてきた就活学生やおのぼりさんを惑わせる。ここを訪れるのはむかし親と一緒に巨人戦を観にきたとき以来である筆者も例外ではなく、いくつもある案内掲示や押し寄せる人の波に苦しめられた。そんな筆者を尻目にコンクリートジャングルでよく鍛えられたサラリーマンやOLはロンダルキアやブリキンホテルをまっすぐめざして無表情で改札をぬけていく。冷静に駅構内の案内図とカードショップまでの地図を見比べながらなんとか南口から新宿駅を脱出することに成功した筆者はまず腹ごしらえをすることにした。一刻もはやくカードショップに行きたいところであったが長旅のせいで筆者のライフはかなり減っていた。新宿にはたくさんの飲食店があったが子供がひとりで気軽に入店できるところなどかぎられており、結局カードショップのすぐ近くにあったマクドナルドで昼食をとった。安心のドナルドクオリティに満足した筆者は店をでるとさっそく地図に書かれたカードショップにむかった。筆者がはじめて訪れたカードショップ――イエローサブマリンはひっそりと目立たない場所に立地する小さなビルのなかにあった。イエサブはそのビルの3階にあったが、エレベーターなどまっていられるはずもなく筆者はせまい階段をかけのぼった。目的のフロアにつくと「Yellow Submarine」とポップなフォントで書かれたロゴとともに黄色い潜水艦のイラストがえがかれたガラスドアがあった。ついにたどりついたのだ。筆者は期待に胸をふくらませてペパーランドへの扉をゆっくりとひらいた。
そこはまさにカードの海だった。バッグを持っていると身動きすら満足にとれないほど非常にせまい店内であったが、スペースの大半をしめるガラスケースのなかにはスリーブにいれられた宝石のように色とりどりのカードたちがところせましと陳列されていて、MTG以外にもポケモンやモンコレなどのカードが販売されていた。宝の山を目のあたりにした筆者はさっそくテンペストや第5版のカードをあさりはじめる。「《ショッカー(ST)》ってレアだったのか……」「《道化の帽子(5th)》って第5版のスターターのイラストになってたカードじゃん。しかもけっこう高けぇ……」「《水底のビヒモス(TE)》やっす!」「《リバイアサン(5th)》もやっす!」「《呪われた巻物(TE)》高すぎワロタ」「《知られざる楽園(VI)》のイラストすげえキレイだな」「ペインランドって1000円以上するんだ……」などなど筆者はつぎつぎに発覚する事実に驚愕しながらもめぼしいカードをピックアップしていく。ガラスケースのなかのカードを買うには購入用紙にほしいカードの名前と言語と枚数を記入し、それをレジにいる店員さんにわたすと裏の在庫から希望したカードをだしてくれる。もちろんスリーブ付で保管されていてちゃんと状態の確認もさせてくれる。ちなみにあまり値のはらない不人気レアやアンコモンはストレージボックスのようなものにいれられて販売されており、まれに掘りだしものがあったりするのでカードショップに行った際にはこちらもしっかりあさろう。筆者は4枚目の《黒騎士(5th)》や《ネクラタル(VI)》《宝石鉱山(WL)》を何枚かと友人たちとトレードに使えそうなカードなどを購入し、トレード用カードをおさめるためのカードファイルも買った。レジ前ではパックが販売されていたが、まあこれは地元でも買えるのでスルー……しようと思ったのだがついついエクソダスのパックを購入してしまう。ほかにも絶版になってしまった古いカードやMTGグッズなどもあったのだが夏休みで店内が混んでいたこともあり、ひとまず目的を果たすことができた筆者は夢のような聖域をあとにした。
さて、これからどうしたものかとまた駅のほうに歩きだすとシャレた洋食屋みたいな店(だったと思う)のすぐ横に「Magic: The Gathering」と書かれた小さな立て看板をみつけ、筆者は足をとめた。どうやらカードショップであるらしいその店もまたダンテスが投獄されていそうな暗くせまいビルにあり、カード以外にもアメコミのフィギュアやゲームなどをあつかうホビーショップのような感じであった。店はビルの1階から4階までをしめ、1階ではMTGをはじめとするカードゲームのパックを販売しており、シングルカードは4階にあった。筆者が転げ落ちそうなくらい急な階段をのぼって4階に行ってみると前述のイエサブとは異なり、壁一面にカード(を印刷した紙だったと記憶している)が貼りだされていてなかなか壮観であった。そして販売されているカードはすべて英語版のみで他言語版はいっさい売られていない。そのぶん(なのかどうかはわからないが)カードの価格は非常に良心的でイエサブよりずいぶんと安かった。これはじつにいい店を発見したぞ、と筆者はふたたびテンションをあげつつ購入用紙とえんぴつを手にとる。カードがすべて英語版のため購入用紙にも英語でカード名を記入する必要があり、これがなかなか厄介であった。べつに学校ではないのでスペルをまちがえても指摘されることはないのだが、スペルミスははずかしいので筆者はカード名を何度も確認して慎重に記入した(その後この店には何度もかよったのだが、あれだけ書いたはずの「ファイレクシア」を筆者はいまだに英語で書くことができない)。また安いぶん品切れも多かった。もちろん1階で販売されているパック類も英語版のみで、こちらも通常より安価だった。エキスパンションによって値段は大きく変動し、ウェザーライトやストロングホールドなど人気のないパックはかなり安く、アラビアンナイトやリバイズドのパックはやはり信じられないほど高価だった。ここでもパックをいくつか買ってから店をでた。筆者はその店を「英語屋」と呼ぶことにした(正式な店名はたしかカタンだかカルチェ・ラタンだかそんな名前だったと思う)。そのあと筆者は高島屋に併設された東急ハンズをぶらぶらしたのち帰路についた。
思わぬ収穫もあった筆者のはじめての東京遠征はこれで終わりであるが、せっかくなのでもう少しカードショップについて話したいと思う。というわけで次回は池袋・渋谷編をお送りする予定である。