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お題③/あの夏の日の夢物語/当利

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お題
「ボルトフライング」
「雲」
「彼女の心のえんがわは、誰もむしゃぶりつけはしない」






 全ては、あの夏から始まった。
「おい、魔道主! 今までお前に奪われたもの、全部返してもらうぞ!」
 相対するは、血塗られた刀を構えた黒づくめの男、魔道主。
「ふっ、戯れ言は冗談が通じる相手にだけ言うものだ」
 こうして立っているだけでも、その放射魔力だけで吹き飛ばされてしまいそうだ。
 しかも、まだこの男、魔道主は本気ではない。
 頭の奥ではずっと命の危険を知らせる警報が鳴りっぱなしだし、少しでも気を抜けばその恐ろしさに手足は勝手に震え始めるだろう。
 それでも、僕は笑って右手に構えた杖を魔道主に向ける。
 相手にとって、不足は無い。
「やめて! 死んじゃうよ!?」
 背中に、誰かが縋りついてくるのがわかった。
 僕は魔道主から目を離さず、背中の声に応える。
「ごめん。でも、僕がやらないといけないんだ」
 後ろにいるのは、僕にとって大切な女の子。そして、今、僕が戦っている理由。
 彼女は鮨屋の娘さんだった。
 お父さんが板前さんで、父の握ったえんがわの寿司が好きなのだと、よく笑っていた。
 父親が魔道主に殺される、あの夏の日までは。
 あの日から、彼女の笑顔には暗い影がよぎるようになった。ふとした時に溜め息をつくようになったし、街で寿司屋を見つけると目を逸らすようにすらなった。
 僕に何もできないのが辛くて、悲しくて。彼女の、あの輝くような笑顔を取り戻したくて。
 きっと、魔道主がいる限り、彼女に笑顔は戻らない。だから、僕は――。
「敵討なんてしなくていいから! あなたが生きていてくれたら、それでいいから!」
 振り返ってしまった。
 彼女は僕の背中を抱くようにして、じっと涙の溜まった瞳で僕のことを見上げている。
 ほろりと零れ落ちる涙。心は千々に乱れ、決意が鈍りそうになる。
 けれど。
「ごめん」
 僕が杖を振ると、杖から出た雲が彼女にまとわりついて、速やかに意識を奪った。そして、そのまま安全なところまで彼女を運ぶ。
 これからの戦いを、見せたくなかった。
 この戦いは、僕の我が儘なのだ。
 遥か後方に彼女を横たえると、それまで黙ってやり取りを見守っていた魔道主が口を開く。
「ほう、それが噂の雲属性魔法か」
 感心したような口調に、僕は唇の端だけ上げて答えた。
 特別な才能があったわけでも、特別な家に生まれたわけでもない。僕がこの力を、伝説とまで言われたこの魔法を手に入れたことは偶然でしかなかった。
 ほんの一つ歯車が狂っていれば、この場に立つことは叶わなかっただろう。
 けれど、今までそんな奇跡みたいな偶然に導かれてきたのだ。
 僕はもう一度杖を強く握り直す。
「待たせて悪かったな」
「ふん。私にとっては無益な戦い。やらずに済めばいいと考えたまでよ。いくら不意をついたとしても、伝説の魔法の遣い手だ。無傷とはいくまい?」
 魔道主はそう言って、にやりと苦笑する。
 結局戦うことになったのだから、不意打ちをしておけばよかったとでも考えているのだろう。
 それでも、自分が負けるとは思いもついていないかのような、傲慢な笑み。
 そこには、それを当然だと自然に受け入れられる程の、歴然とした力の差があった。
 その、強者の余裕からだろう、魔道主がまたしても口を開く。
「貴様、私の仲間にならないか?」
「なんだって?」
 突然の言葉に耳を疑う。
 魔道主は、傲慢な笑みのまま、言葉を続けた。
「貴様の力、ここで殺すのは惜しい。それに、よく考えてみろ。私は別に世界を滅ぼそうなどとしているわけではない。生きる価値の無い屑を殺し、害悪になる存在を消し去る。つまり、世界をよりよく作り変えようとしているだけだ。何故止める?」
 顔にあるのは優越感と自己陶酔。
 自分が正しいことを、微塵も疑っていないのだろう。その表情には悔いも迷いもなく、決められたゴールまで悠然と歩いているかのような、絶対的な確信だけがあった。
 僕は、俯く。
 僕が迷っているとでも勘違いしたのか、魔道主が更に言葉を募らせた。
「あの女も、復讐など望んでいないのだろう? なら……」
「じゃあ、なんで彼女は笑ってない?」
 絞り出すように、呟く。
 胸の内を焦がすのは、怒り。
 父を殺され、それでもなお、復讐よりも僕の身を案じている、そんな優しい子が。
 彼女の笑顔を奪って、笑ってるようなやつが作る世界?
「笑わせるな」
「……なに?」
 吐き捨てると、魔道主の顔がぴきりとひびが入ったように歪んだ。
 もう、彼女の好きだったえんがわの寿司は取り戻せない。
 でも、代わりになるものはきっと見つかる。
 彼女にはそれだけの強さがあると、信じているから。
 だから。
「彼女の心のえんがわは、誰にもむしゃぶりつけはしない!」
 彼女は僕がいなくても、きっと笑えるだろう。
 だからこそ、彼女の笑顔を奪うような奴を、そのままにしてはおけない。
 たとえ、僕の命に代えても、彼女の想いまでは壊させはしない。
 決意を心に、杖を命に繋ぎ、魔力の火を燃やす!
「食らえ! 雲属性最終魔法、ボルトフライング!」
 突き出した杖先から、幾条もの白雲。それらは複雑に絡み合い、僕の目の前に直径三十センチほどの魔法陣を形成。その中心から、雷を纏った黒雲が迸る。
「ふっ、最終魔法が聞いて呆れる!」
 魔道主は自らの眼前に、魔道防壁を発動。余裕の面持ちで、僕の攻撃を受け止める。
 確かに、このままであれば、魔法は防ぎきられてしまうだろう。
 そう、このままであれば、だ!
 僕は杖を握る手に力を込め、命に灯した火を、燃え盛る業火へと変える!
 すると、魔法陣を形成する雲は、次第にその大きさを増し、やがては僕の身長をも超え、それでもその膨張は止まらない。それに同期して、黒雲のサイズも勢いも確実に増していった。
「馬鹿な! それほどの力を使って、貴様といえど無事で済むはずが……っ!」
「覚悟の上だ!」
 驚愕に歪む魔道主の顔を見据え、僕は嗤う。
 雲属性最終魔法、その本質は際限なき膨張。その代償は命。
 この魔法は、発動したら最後、敵を打ち滅ぼすか、僕の命が尽きるまで止まりはしない。
 魔道主にはそれがわかったのだろう。顔を苦悶に歪めながら、理解できないものを見るような目で僕を睨みつけた。
「この世界では、やり直しなどきかないのだぞ!?」
「上等だ! これで全部終わらせてやる!」
 吠える。自分の命が、確実に燃え尽きていくのを自覚しながら、それでも笑うのをやめない。
 魔道主は顔を歪めたまま、両手を前に、攻撃に対抗している。
 浮かぶ汗。高揚。
「くそっ。もっと簡単な勝負だったはずだ! なぜだ!?」
 呻くように、魔道主が怒鳴る。
 確実に伝わる手応えに、僕は叫んだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 膨張した黒雲が放電。それは全方位に炸裂し、目が痛いほどの光を放った。
 光が全てを包み込み、そして――。











「なんだこの夢……」
3

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