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お題①/考察/佐久間一雄

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 新都社の筆名ジョーカーさんが最後に私へ吐いた言葉は「ファッキンビッチが豚とやってろ」という悪辣極まりないものだったんだけど、なんだか彼って随分と女特有の人を暴きたい欲望をくすぐったり、往々にして糞な男って人種がそうであるように、ダイナマイトの導火線がビチバチ火花散らしてああ爆発しちゃう!っていうソワソワ危機感を演出するのは上手かった。
 ジョーカーさんは小説を書いている人で、それがまた口語体バリバリ全開のライトノベル以上純文学未満な所謂「読書してる感」を読み手に与える作者だったのね。私はどっちかというと硬派より軟派なお話が好きだったから、彼の作品を読みまくっているうちに、彼自身がどういう人なのか気になり始めたってわけ。
 その好奇心を満たすために、私はとりあえずしみったれた女々しさの叩き売りみたいな三文小説をこしらえて、書き手として新都社に参入してから、ジョーカーさんに近づいたんだけど、そこからはまあ早い早い。
 私が女だと知るや否や、ていうか私が二十歳の大学生だと知るとぐいぐい加速して、ジョーカーさんは私と個人的に仲良くなっていった。まぁここまでは世の男性は大体おんなじ反応を見せる。ほら、あるじゃない、ソーシャルネットワークサービスのさ、百四十文字くらいで呟きまくるやつ。アレでちょっと弱気な発言したり、遠まわしにエロいこと言ったりすると、男なんてぽんぽん釣れるわけよ。わお馬鹿。
 さてジョーカーさんと仲良くなった私は文字数制限されたやり取りじゃ物足りなくなって、直接会って話してみたくなったのね。そんで、ジョーカーさんは東京に住んでて、私も青梅の辺りに住んでたから、お気に入りの喫茶店があるんだけど一緒に行きませんか?なんて誘ったのさ。お気に入りの喫茶店なんてないんだけどね。とりあえず吉祥寺の昭和レトロな備品を並べまくった喫茶店を見繕って「ここすごく落ち着きますよね、空気感っていうか、密度っていうか、そういうのがジョーカーさんの小説みたいで、すごく好きなの」なんて言ったら女の勝ちなのさ。
 ジョーカーさんは案外かっこよくて、実際に会った瞬間私のテンションちょびっと上がったのも事実なんだけど、それはジョーカーさんも同じだったみたいで、私に向かって「まさかこんなに美人だとは思いませんでした」なんて言ってきたの。だから私も「ジョーカーさんカッコよすぎでしょ……なにこれどうしよう」とかなんとか言ってみて、お互いそこそこ気持ち良いひとときを過ごした。
 さて、私が気になってたジョーカーさんの人間性はやはりというか相当ひん曲がってた。幼い頃に父親の暴力を原因に両親が離婚して、父親はジョーカーさん達に近づくことすら禁じられ、母親に親権が行き、その母親がとっかえひっかえ男を連れ込んで幼いジョーカーさんの眠る横でやりまくり、なんかの拍子で莫大な借金を抱え、それを返すためにお母さんがアダルトビデオに出て筋骨隆々の男にビンタされまくって、精神を病み、拾ってきた熊のぬいぐるみに上白糖を詰めまくる病気になっても、ジョーカーさんはめげずにお母さんを励まして暮らしていたんだけど、去年の暮れに「首吊って」死んだらしい。ジョーカーさんはお母さんの「首吊り」死体を見て何がなんだかわからなくなって、警察にも消防にも連絡せずに、ただ一人狭いアパートでお母さんの死体を抱き絞めていたそうだ。
 ていうか私もぶっちゃけ、初対面でジョーカーさんがここまで身の上を話してくれるなんて思ってなくて、そんな話し私にして良いんですか?って聞いたら、彼は「あなたはなんだか信頼できそうだから」とかいうわけのわからん理由を持ち出してきた。だから私はとりあえず優しく微笑んでそっとジョーカーさんの手を握って、ありがとう、って言ってみた。ありがたくねーよ。
 しかしここで疑問がポン。ジョーカーさんの小説は、確かにどこかシニカルで世界よ滅べ的な悪意を感じるんだけど、作中に「お母さんキャラ」が出てきた事はない。まるでそこだけ避けてるみたいに母親が居ない。これって妙じゃないの。だって、小説ってのは作者が自分の皮剥いで肉裂いて内臓引っこ抜いて骨をバラすような、言っちゃえば自分晒しの要素が少なからずあって良いはずじゃん。なのにジョーカーさんの作品って、ジョーカーさんにとって最悪の出来事の片鱗さえ含まれていない。むむむ。そこんとこどうなのよ、ジョーカーさん。
 ジョーカーさんはなんかちょっと台詞噛み噛みになりながら「いやまぁそれは僕にとって小説ってのはあくまでフィクションだからね」と言った。なるほど、フィクションは徹頭徹尾フィクションで構築する主義なのか。へえ。
 ところで、と私は言う。ジョーカーさんっていま十九歳でしょ、保護者どうなってんの?ジョーカーさんはちょっと黙って「父親が、書類の上では保護者かな」と言った。ねーよ。父親はジョーカーさんに近づけないんじゃねーのかよ。ああでも私の知らないファッキン憲法がそこらへん曖昧にしてんのかしら。むむむ。
 それはともかく、とはぐらかしたのはジョーカーさんだ。気がつけば外は暗くなっていて、いつまでもこんな昭和空間にいるのもなんだから、ちょっとお酒でも飲みますか?という展開になった。
 ジョーカーさんは涼しい顔して、マティーニをベルモット一ミリリットルくらいでバーテンに作らせて、テキーラ!って感じで一気飲みした。テキーラじゃないけど。それで卒倒するのだから私としては不満だ。私まだビールしか飲んでないのに。
さて酩酊ふらふら千鳥足のジョーカーさんはしきりに「ちょっと休みたいなあ」なんて言ってきた。オーライ、エッチすんのねエッチ。私達は適当に見つけたラブホテルの一番安い部屋を借りて服を脱いだ。
 スパンキングっていうジャンルに生涯関わる事はないであろうと踏んでいた私はその日スパンキングプレイ処女を見事に散らした。ケツ叩くんだジョーカーさんは。おらおらビシバシあんあんビシバシ。こんなときにも喘ぐのを忘れない私は女優だ。さらに困った事に、ジョーカーさんは部屋に備え付けのガウンの腰帯で私の首を縛りながら腰を振った。キリング・ミー・ソフトリーっていう映画があるんだけど、私は後ろから首絞められてがつがつやられながら、その映画の結末について思い出そうとしていた。全然思い出せなかったけど。
 でさ、ちょっと気になるんだけど、私がジョーカーさんにされた事って何かに似てない?
 なんかねえ、それがわかんないんだ。
 エッチは結局三時間ぶっ通しで続いて、さすがの私ももう粘液分泌できねーよって頃になってジョーカーさんは急に私をベッドに叩き付けた。それからジョーカーさんはくたびれた私を見下して、儀式って知ってる?と聞いた。はあ?なに言ってんの。
 私は色々文句言いたかったんだけど(女には優しくしろとかそんなエッチたいして気持ち良くねーんだよとか、エッチすると女は不満の方が多いから男は頑張れ)ここでまさかの暴力。ジョーカーさん私を殴る殴る殴る。ジョーカーさん怒る怒る怒る。それから私の財布からお金を全部抜いて、去り際に例の「ファッキンビッチが豚とやってろ」と言ったのだ。えええなにこれマジありえないでしょ。
 私は鼻血流しながらちょっと泣いて、ああもうなにこれ新都社に晒そうって決意したの。それがこの文章。笑えないね。実際、ジョーカーさんの口調はこんな感じじゃなかった。もうちょっとカッコつけてた。私はそれが気に食わなくて(だって、カッコつけるなんて嘘でしょ)彼の台詞について少しだけ私好みに変えてある。



 あ、そうだ、私はホテルから出る前にコーヒーに砂糖ドボドボ入れてぐいぐい飲んだ。これ、言っておかなきゃね。
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