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世界旅行と額の傷

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Q,なぜ僕達はハイパーヨーヨーにあんなにお金をかけてしまったんでしょうか。(投稿者)匿名

A,一心不乱に信じていたことを疑うのは些か勇気の要ることでもあります。あるときふと立ち止まり、自らの足跡を顧みたとき「おや」と首を捻ることは誰にでもある経験でしょう。そこで「まあいっか」と再び前を向き、歩みを再開する人もいれば、腕を組んで「ちょっと待てよ」と考え込む人もいるものです。いい機会ですからここはひとつ、足を止めたついでに腕を組んでみましょう。

 ヨーヨーの魅力については現代人である私たちだけが独占していたわけではありません。ちょっと調べただけでもヨーヨーの歴史は古く、その起源は諸説紛々、中国のこれも古い遊具であるディアボロが原型であるとか、古代ギリシャの遺物にヨーヨーで遊ぶ絵が残されていたとか、フィリピンでは狩猟用の武器として使われていたんだとか。それは嘘だとか。
 近代流行の先駆けとなったのは1928年に製造販売を始めたフィリピンから米国へ移民した起業家の活動であり、その後商標を買い取ったアメリカ企業(ダンカン社)の熱心なプロモーションであり、それらはあの90年代末期のハイパーヨーヨー大流行にも連なる、大規模なコンテストの開催やプロモーターによる販促宣伝そのものなのです。50年、60年代にもいたんでしょうね、当時の中村名人、アレックスガルシア君。
 今も昔も若者たちは企業戦略に踊らされ、流行の渦中でひたすら消費に励んでいたのであります。その魔性の原動力となったのはつくられた流行。「みんながやってるから」の一言、誰もが胸に秘めた浪費願望をくすぐる巧みな罠だったのです。

 ダンカン社は多様で効果的な宣伝活動によって一大隆盛を誇り、長らくその繁栄を誇っていましたがやがて没落してゆきます。ダンカン社のその後について補足しますと、元飼い犬に手を噛まれるようなかたちで「yo-yo」商標を剥奪され、その勢いを失ってしまいます。ムーブメントは過ぎ去って、一時期全米80パーセントの販売シェアを誇ったダンカン社の歴史は65年後半には幕を閉じたそうです。ダンカンの商標自体はナントカという会社が権利を継ぎ、歴史あるブランド名だけは残りました。ハイパーヨーヨーの多くの商品にもダンカンロゴが記載してあったと記憶しています。
 知名度というのは販売戦略には欠かせない要因であり、ダンカンロゴはヨーヨーという「商品」にとってなくてはならないお墨付きだったんですね。それは日本でも有効だったかどうかは知りませんが、だからこそ残っているんでしょう。日本の若い世代には「ハイパーヨーヨー」が耳慣れたブランドですね。「玩具」としてみればブランド名なんか蛇に付けた足みたいなもので、構造が「ヨーヨー」であればそれで良しかなと思うんですが。それは薀蓄を語るとき以外に無用の長物であります。

 全ての企業活動は金儲けが第一義であるのは紛れもない事実ですが、達人級のヨーヨー演技を目にしたときのなんだかよくわからない高揚はなにものに代えがたい感動として記憶に残ります。「よしじゃあ俺も」と言って手頃なヨーヨーをおもちゃ屋さんに買い求めても、あなたは企業に騙されたわけでもなければ、馬鹿な衝動に突き動かされたと悔やむこともないのです。すべては流行にのせられたまでのこと。それで多くの人びとと同じ楽しみを共有できたのならそれで良しとしましょう。経営者が笑っているなんて考え出したらきりがありません。

 質問というか、相談内容からはとくべつな後悔を感じられない、傍観者然とした淡白な気配が漂っておりました。昔からの付き合いの友人と思い出話を咲かそうといった郷愁も伝わってきませんし、なんという無駄遣いをしたんだといったどうしようもない悲愴も感じることはできません。これを期に経済流通に関した専門的な勉強を志してみてはいかがでしょうか。私が出来るアドバイスといえばそれくらいのものです。

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 ちなみに私はようやく手に入れたステルスレイダーでアラウンドザワールドに挑戦したとき、勢い余って自らの額を割ってしまった苦い経験を持つ元スピナーなんですが、それきり遠心力の脅威に怯え、一日も遊ばないうちにヨーヨー恐怖症に陥ってしまいました。一方放置していたレイダーはいつの間にか私の姉により彼女の知人に売り払われていました。
 その事実を知らされ、切ないって感情はこういう気持ちのことをいうのだろうな、と呆然としている私の肩にポン、と手が乗りました。姉が優しい笑顔で「泣いてもいいわよ」と声をかけたのです。今日だけは許すからと。何言ってるんだこのひと、と思いましたが口には出しませんでした。黙っていると姉はうんうんと無言で頷き、やがて静かに自分の部屋へ戻ってゆきました。まあ、私のヨーヨーに関する思い出話といったらこれくらいです。
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