「あの……ユカリさん、ど、どうしたんですか?」
教室の窓からは夕日が望み、しかも放課後、女幼馴染と二人っきり。これは何かのフラグ――だと思いたかった。胸ぐらを捕まれ、睨まれているこの状況がなければの話だが。
「あんた、あんたね、いくらパンツが好きだからって、こーゆーのは良くないんじゃない?」
ユカリはそういうと、オレの胸ぐらを掴んでいた左手を離し、ユニフォームのポケットから一枚の写真を取り出した。
机の上に無造作に置かれた写真を見て、オレは興奮した。
写真に写っていたのは、どうみてもパンツ。どこからどうみてもパンツ。しかも、太もも、ヒップライン、食い込み、なんと高画質なパンチラ写真なんだろう……。
全てにおいて完璧。誰のパンチラだかは分からないが、本当に素晴らしい。撮影角度も完璧だし、どうなっているんだこの写真は。と言うか、これ盗撮写真なんじゃ?
そんな謎なパンチラ写真を眺めつつ、リビドーに飲まれかかってきたオレを制するように、ユカリが耳に顔を近づけ、大声で言った。
「これ撮ったのあんたなんでしょ!!」
えっ。と呆然とするオレをよそに顔を遠のけユカリは続けた。
「こんな写真撮るのあんたくらいでしょ……しかも、これお気に入りのパンツだったのに……最低」
「ま、待ってくれ」
なによぉ。と明らかにユカリは涙目になっていた。可愛い。すごくいい。「イイネ」をつけちゃうくらいすごく……いや、そんな冗談を言っている場合ではない。というか、この写真のパンツ主はユカリだったのか。ほう、それは興味深いですね。
「こんな写真など誰が撮るものか。こんなのを撮るのはパンチラ好きの鏡にもおけん。こんなことをするのはただの犯罪者だ」
涙目のユカリと、困惑するオレの間に妙な沈黙が流れる。どうするのこれ、さすがに女の子に泣かれるとか初めて過ぎてどうすればいいのかわからないの。こんな時、どんな顔をしていいのかわからないの。
「……本当?」
手で涙を拭き、ユカリがオレに確認を入れてきたので、力強く「ああ」と肯定した。
しかしこの写真よく撮れている。最近不作のオレには有りがたき幸せ。
「あの……ユカリさん」
「なによお……」
ぬ、まだ涙目なのか。でも仕方ない、欲しいものは欲しい。
「この写真、僕に譲ってくれませんか?」
あくまで礼儀正しく、あくまで低姿勢で。
そして極めつけは土下座で。
さあ、そのパンチラ写真をオレに恵んで…その瞬間、平手がどこからともなく現れ、オレの頬を貫いた。
◇
次の日、ユカリの右ストレートで興奮覚めたオレは、あの盗撮写真について調べることにした。
「……ってなわけで、どうやら校内で女子のパンチラ写真が裏で取引されているらしい」
昨日、殴られた後、地面に頭がめり込むほどに正座をしながら誤り、なんとかユカリから盗撮写真を手に入れた経緯が聞けた。
部活終わりに、部活の男子後輩達が更衣室裏で何やら集まっていたので早く帰れと注意しようとしたところ、いろいろあってそのパンチラ写真を見つけ、それを持っていた男子ラクロス部員たちは……合掌。
その後輩が言うには「お金を出してとある人から買った。先輩にフルボッコにされた今でも誰からは買ったか言えない。これ以上にひどい事になるから」と言っていたそうだ。
「ゆ、許せません!」
その話を聞いたカワサキくんが叫んだ。三人しかしかいない、空っぽの教室が振動するほどの大声で。
「……れも……許せない……」
どうやらショウゴも許せないらしい。もちろん、オレもそんな不届き者は許せないが、あの出来のいいパンチラ写真を見てしまっただけに、なんとも言えないもどかしさが心の中に生まれていた。
「それで、ユカリ氏は!?」
今日のカワサキくんはやばいかもしれない。いつもは錆びたナイフなカワサキくんだが、今日は違う、獲物を狙うライオンのギバ、そのくらいの勢いがある。
「えっと、今日は学校を休んでるよ。やっぱりなんだかんだでショックだったみたい」
「そうですか……しかし本当に許せない。パンチラというのは肉眼で見てこそだというのに、カメラなどという現代兵器を屈ししてパンツの中を盗撮、しかもそれを自身の観賞用ではなく、生徒に、う、売るなど、外道、いや人間ではない。そんな奴はこの僕が殲滅してやる、クソ、しかもあのユカリ氏のパンツを盗撮するなど、死ねばいい。氏ねじゃなく、死んでしまえばいい」
ショウゴ程ではないが、無口なカワサキくんだが、今日は本当によく喋る。正直、パンチラ盗撮魔と同じくらい気持ち悪い。いや、気持ち悪いのは前からだけど――しかし今日のカワサキくんはすごい。
それに比べてショウゴは……いや、やっぱりショウゴもいつもと明らかに違う。座りながら震えている。怒りが度を越し震えているのか、それか、まだ見ぬユカリのパンチラを見られた挙句に盗撮されてしまったという悔しさで体を震わせているのか、正直なところなにが理由で震えているのか分からないが、ものすごく震えていた。
「で、だな」黒板の前に立っているオレは二人の顔を確認して。「オレはこの盗撮魔を捕まえようと思うんだ。どうだろう? オレはユカリや、まだ見ぬ女生徒のパンチラを守るためにも、こいつを殲滅しようと思うのだけど」
空気が重い。やっぱりダメだったか……そう思っていると、二人の拍手が聞こえてきた。
小さな拍手だったが、オレにはそれがとても力強く聞こえた。
◇
ともかく何をすればいいのか話し合った結果、パンチラ写真の流失ルートを調べないとどうしようもないので、実際にパンチラ写真を持っていたという男子生徒達に話を訊きたかったのだが、今はそれはかなわない。どうやらユカリに本当にフルボッコにされたらしく、全員全治一週間ほどの怪我を追っただけではなく、ユカリの鬼フェイスにビビったのか不登校児となってしまったからだ。
手がかりは一切ないし、しかも、パンチラ写真売ってる奴しらない? なんて気軽に聞ける友達もいない。八方塞がりとはこういうことだ。
昼食を食べながら、どう動こうかやなんでいた時、ユカリが教室に入ってきた。
席についたユカリの近くに行き、ユカリに話しかけたが、何も喋ってくれなかったので、伝えたかったことだけは伝えようと思い、オレは口を開けた。
「……返事をしてくれなくてもいい。だけどこれだけは聞いてくれ。……この間はごめん。だからと言っちゃあれだけどオレ、盗撮魔を見つけることにしたから。オレ絶対学校の女子のパンチラを守ってみせるよ! ……うん、なんかごめんな」
ユカリの席から自分の席に戻ろうと、回れ右をして前に進もうした時、ユカリに裾を捕まれ、ぐっとユカリの近くまで寄せられ、またオレの耳元で、今度は小声で言った。
「……別に許すつもりはないけど協力はする。あと、昨日休んだのはお腹が痛かったから。別にショックとかそういうのじゃない。後、別に……」
ん? とオレが聞き直すと、なんでもないと、こんどは突き飛ばされた。可愛いところもあるじゃないか。
そんな訳で放課後、いつものように三人で集まった。
もちろん、集まってもパンチラ報告会はやらない。今日の報告会は『パンチラ盗撮魔についての情報を手に入れたか、入れてないか』だ。
なんせ今日の会議は三人だけではなく、もう一人、ユカリがいるしな。
「で、タカシ。こいつら何?」
ユカリをノリで呼んでしまったが、これはヤバイんじゃないか?
この間はオレに夢中で、後の二人に気づく前に、二人が逃げたこともあり、気づいていなかっただろうが、今回は面と向かっている。
「んと……その強力なスケットってやつだよ、スケット」
「あっそ、ふーん……強力ねえ。そこのイケメンくんは結構有名だし、そこのカワサキってやつ、アレでしょヲタでしょ? それがな強力スケットねえ……。しかもスケットってことは、あの写真を撮られたってことをこの二人に話したんだ……ふーん」
ぬぬ、この二人意外と名前が広いのか? 一応、こいつら初対面なはずだぞ。まあ、ユカリのことは前々から話してるからこの二人が知っているのは当たり前だが、なぜユカリはこの二人の名前を知っているんだ?
それよりも、何か話を誤魔化さないとヤバイ。確かにパンチラ写真の件をこの二人に言ったけど、それをご本人から指摘されたヤバイ。
「と、ともかく、この二人が協力してくれるって言ってるんだから、協力してもらう? ね? ね?」
やばい、非常にやばい、どうするよ、この空気……。と、そんな重苦しい空気を切り裂くようにカワサキくんが咳払いを一つし、話を切り出した。
「……で、タカシ氏。なにか情報はつかめましたか?」
助かったようで助かってないが……まあいい、話を誤魔化すためにも話をするしかない。
「んー、ダメだった。学校をうろついたり、盗撮されたであろうポイントに行ったりもしたけど、カメラを置いてあった後すらなかったよ」
またもや沈黙。どうするんだ。犯人見つけるとか意気込んだわりには、このていたらく……なんか情けないな。
そんな雰囲気をぶち壊すように「やっぱり、先生とかに言ったほうがいいかな?」とユカリがふざけたことを言ったので、オレとカワサキくんがハモリながら「ダメだ(です)!」とユカリの発言にかぶせるように言った。
カワサキくんとオレの息があまりにもぴったりすぎて、自分でもびっくりしたが、ユカリはもう完全に引きながら。「でもさー、生徒、しかも、友達居ないあんた達がどーのこーのしても無理があると思うのよ。やっぱり、こういうのは先生に言ったほうが断然いいと思うんだよね」
こ、この女は……この女は、それがどういうことだか分かってて言ってるのか! 仕方ない、説教してやろう。説教するしかないだろ、常識的に考えて。
「ダメだユカリ」静かに怒っているオレは続けた。「お前、先生に言うって言うことがどういうことだか分かっているのか? 先生に言うってことはな、盗撮された写真も先生に見せないと行けないってことなんだぞ! 幼馴染のオレに見られるならまだしも、あんな油ギッシュな数学のユワサとかにも見られることになるかもしれないんだぞ! そういうことを考えてるのか? ああぁ?」
言ってやった。久々に声をはったので喉がすこしばかり痛む。
そんな名演説を前にユカリは、なにいってんの、あんた? という顔をして言った。
「いやー、まあ、そうかもしんないけどさ、そういうのは女の先生に見せればいい話じゃない?」
「えっと、あっ、と、うんと……確かにそうかもしれない……ね」
おいおい、なに言っちゃってるの、オレ! どさくさに紛れてユカリのパンチラ写真を押収するためにも、その写真を先生に引き渡すとかそういうのはダメだろ。いや、別にパンチラ写真が欲しいんじゃなくて、パンチラが見たいだけであって、パンチラ写真なんて外道だから欲しくないけど、でも、パンチラって言うのはもう神の領域、と言うかあの写真は、神のパンチラと言ってもおかしくないくらい完璧なパンチラだったわけで。
誰か、誰でもいい、カワサキくん、ショウゴ! この分かっていない女にいっちょ喝を入れてやってくれ! と目線で助け舟を出すが、二人共目を合わせてくれることはなかった。
「っても、先生に言ったとしても証拠がないんから信じてもらえるか微妙なんだけどね」
え、聞こえなかったことにしたい言葉が今聞こえてきた気がする。
「えっ、いまなんつった?」
「んと、だから証拠がないから……」
「ユ、ユカリ氏も、もしかして……」
女性と話すのが苦手なカワサキくんがユカリに話しかけた。まさかと思うが、カワサキ、てめえも……。
「な、なによ、キモオタ……あの写真ならもう……」
そう、ユカリが言った通りだった。
何を思ったのか知らないが、盗撮写真を見つけたユカリは、オレに相談した後、写真を家に持って帰り、父親のライターでその写真を燃やしてしまったらしい。
絶望という名の落胆が、男子三人を突き抜ける稲妻のように走った。
終わった。全てが終わった。クソ、ゆるせねえ、ゆるせねえぞ、盗撮魔。絶対に燻り出してやる。写真を焼いたライターの業火で……。
カワサキくんとショウゴもやはり同じ気持だったのだろう、二人共目が血走っていた。やるしかない、絶対にだ。