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最終話「終列車」

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 世界はいつも狭くて、いつも広くて。
 オレはこの世の中に産み落とされた、パンチラが好きで、好きでたまらない、ただの高校二年生だった。あの時までは。



「ミカちゃん……ごめん」
 オレのその言葉を待っていたかのように、屋上に冷たい北風が吹いた。
「……どうしてですか……」
 と今にも泣き崩れそうなミカちゃん。
「どうして……か……」
 理由なんて無い。ミカちゃんとは付き合えない。ただそれだけのことだ。多分、その方がミカちゃんに取っては都合がいいだろう。
「……理由を……教えてく……ださい……」
 オレより頭一つ身長の低いミカちゃんの頭を見ながら、オレは言った。
「……好きじゃないからかな」
 嘘だ。オレは愛してるとまでは言わないが、目の前に立っているこの子……ミカちゃんに好意を抱いている。パンチラを見るがためとか、そういう理由じゃあない。
 好きなのだ。オレはミカちゃんが好きだ。
「……そう……ですか……」
 掛ける言葉が見つからない。
 自分から招いた自体なのは、オレが一番良く分かっている。最低な野郎だってのも、オレが一番良く分かっている。
 でも、これ以上何かを喋ろうとすると、本音が飛び出してきそうで怖かった。
「……先輩……今まで、つきまとって……ごめんなさい……」
「……ミカちゃん」
「……は……い?」
 俯いたままのミカちゃんがどんな表情をしているのか、オレには分からない。でも、声から察するに泣いているのだろう。
「ごめんな」
「先輩が謝らないでくださいよ……辛くなる……らけです……」
 ろれつが回っていないよ。と言いたいが、そんなことをいう資格はオレには無い。
「ミカちゃん……こんなことになって……こんなこと言うのも……あれなんだけど……」
「……はい?」
「オレは君を解放するためにロングスカート愛好会をぶっ潰そうと思う。だから協力してくれないか?」
 オレはミカちゃんの純情な恋心を巧みに操ったアイツらを許せない。
 オレはミカちゃんの純情な恋心を裏切ったオレを許さない。
 だからオレは、オレのすべてを賭けてアイツらをぶっ潰す。
「……先輩の頼みを……断れるわけないじゃないですか……」
 そう言いながら、ミカちゃんはオレの顔を見て、小さく笑った。目元に残る涙が頬を貫きながら。



 小さい頃、オレには特別な“何か”があって、他人とは違うと思っていた。
 今、オレには特別な“何か”が無くて、他人とは違うと知った。
 だからなんだ。オレは決意したのだ。戦うと。

 夏休み前、オレは――違うな、オレじゃなく、パンチラ同好会に所属している、あの二人のおかげで、オレを陥れた写真部をぶっ潰すことが出来た。
 あの二人には、その時の借りがあるままだが……まあ、今回は、今回だけはオレ一人だけで、この決着を付けないといけない。
 別に誰かが困っているわけじゃない。
 禁止令が出た時、戸惑いに戸惑った生徒たちも、今は諦めなのか、なんなのか分からないが、そのままの制服自体を、おしゃれだと思い始めたらしく、最近では「なんであんなダサイ格好してたんだろうな?」なんて声も聞こえてくるくらいだ。
 困っているとしたら、デフォルトスカートのおかげでパンチラを拝めなくなったオレら「パンチラ同好会」の奴らくらいだろう。
 だから、今回は完全に私利私欲のための戦いだ。因縁を解決するとか、誰かに対して何かをするとか、そういうのじゃない。オレは、オレだけ――いや、ミカちゃんのために、アイツらを潰す。
 潰せるかどうか――なんてのは、実際にそれをやってみないと分からない。だがいい。それでいい。最低限、オレと言う傷跡を残し、アイツらの名前が表に出すだけでいい。
 ……たとえ、それが刹那に起きる夢物語のような物だったとしても。



「……ミカちゃんありがとう」
 告白を断ったのに普通に顔を見せ合うというのは、こんなにも気まずくて甘酸っぱいものなのかと、思いながら、オレはミカちゃんから放送室の鍵を受け取った。
「先輩……本当に、本当にやるんですか?」
「やるよー。超やるよー!」
「……先輩……あの、わたしも――」
「ダメ、絶対! ミカちゃんは、教室で普通に授業を受けてるだけでいいから」
「でも、先輩、リーチかかってるんですよね……退学の」
 リーチと言う言葉に苦笑しながらオレは答えた。
「大丈夫だよ。大丈夫。ミカちゃんが、気にすることじゃないから。じゃ、これありがとう!」
 オレはそう言い残し、体を百八十度回転させて前へ踏み出した。
 後ろに居るミカちゃんが気になったが、振り向いたらオレは一生前には進めないヤツになりそうだったので、振り返らずに、前へ、前へと進んだ。

 作戦決行予定の昼休みまでかなりの時間がある。厳密には一時間ほどなのだが。
 教室に戻ってもいいことはなさそうだったので、オレは隠れた大便の名所として有名な校舎裏の便所で一人携帯を開きその時を待つことに。
 ショウゴとカワサキくんに、一報を入れるべきなんだろうか? だが、オレがそれを伝えれば……彼らにも巻き沿いがくらう。
 ンー……でも、でっかい花火を上げる前には事前通達をするものだしなー……。
 三〇十分ほど悩んだ挙句に、オレは二人に『これから大きな花火を上げるから、耳の穴掃除して待ってろよ!』という、意味不明なメールを送りつけておいた。
 もうすぐ時間だ。昼休み前に放送委員が昼休みの校内放送を始める前に、放送室を占拠しなければ。

 放送室の扉は思ったよりも重く、頑丈そうだった。これなら敵襲にも耐えられるだろう。
 放送室の鍵は、オレがミカちゃんから渡された……違う、奪った鍵と、あとは職員室にある予備用の鍵の系二本。
 中から鍵を掛けても、その予備の鍵で開けられてしまうのは目に見えていたので、扉の横に鎮座する棚を倒し、扉が開かないように工夫した。
 放送室がスタンドアローンになったことを確認し、マイク系統の電源以外の機器をONにする。
 さすが学校の備品。どれもこれも動作バッチリじゃないか。事前に調べておかないと使い方全然分からなかったよ。
 そんな事を思いつつ、マイクの前で瞑想していると、どこからとも無く、昼休みの始まりを告げるチャイムが聞こえてきた。
 ……さぁ、始めようか。

『……もしもし? 誰?』
「オレです、生徒会長。タカシです」
『おぉ、パンチラ同好会のタカシ君か。どうした?』
「今日は生徒会長に折り入ってお話がありまして」
『あー、この間の続き? いいよ、んで、何を訊きたいのかな?』
「ロングスカート愛好会ってなんですか?」
『いきなり革新的な話だね。いいよ、教えてあげる……って言っても名前のままなんだけどね』
「名前のまま?」
『そう、名前のまま。あの汚らしい生足を隠すためのスカートを折って上げる女子高生達を見て、タカシ君、君はどう思う?』
「……どうって言われても……」
『われわれはね、生足というのは自ら見せるものじゃなく、ふとした瞬間にスカートからこぼれ落ちるもの……だと考えているんだよ』
「……はぁ」
『でもねぇ、タカシ君。世の中っていうのは不思議で、流行ってないものはとことんダサイ。……と、いう認識になってしまっていてね、今の女子高生達は、中々われわれの美学を理解してくれなくてね。……あ、話がそれたが、われわれロングスカート愛好会は……まぁ、そういうフェチズムを持った人間が集まって出来た組織なんだよ』
「そこまで言うのなら、随分と大きい組織なんですね?」
『そうだね。かなり大きい。でも、全国の女子高生よりかは少ないかな』
「そうなんですか……では話を変え――」
『なんか随分と変な話を訊いてくるけど、なんか企んでるの?』
「……話を変えますね。今回の禁止令を含む騒動は、ロングスカート愛好会たちが裏で手を引いていたということなんですか?」
『そうだよ。写真部の一件から、禁止令に至るまで、そのすべてが、俺の計画した計画通りに進められた。というか、進められた。君たち、パンチラ同好会のおかげでね』
「……そうですか」
『副会長には迷惑をかけたが、これもスカートの丈を解放するための仕方のないことだったんだよ……我が校の優秀な写真部も犠牲になってしまったが……』
「副会長、写真部の人達も、そのロングスカート愛好会の奴らだったんですか?」
『その通りだよ、タカシくん! 俺は君という存在――違うな、パンチラ同好会という存在を知って、それを利用した計画を立て、そしてその計画は……実った。ほら、タカシくん、今の我が校の女生徒達のスカートの丈を見てみろ。ロングとまではいかないが、これはこれでいいものじゃないか!』
「……そうだったんですか。それで写真部の部長は……」
『あぁ、写真部部長の彼は、ロングスカートが普及する未来を据えて、この学校を去っていった。……彼のおかげで今回ここまでこれたわけだし』
「未来? 未来ってどういうことですか!?』
『この間のテレビの報道あっただろ? あのあとから少しずつだが同じこうなことをし始めた学校が多くなってきたのを知っているかい?』
「知りません」
『あのテレビの報道も、他の学校で起きている同じような禁止令も、全部、われわれロングスカート愛好会の人間がやっていることだ。勿論、俺みたいな学生じゃ対処出来無い所は大人の力によって動かされているわけだがな』
「じゃあ、先生の中にも、愛好会のヤツは居るってことですか?」
『ああ、いっぱいいるよ。この学校の校長もロングスカート愛好会の人間だしな』
「そうだったんですか……」
『ようするにだね、われわれは――んまあ、計画を考えたのは俺なんだけど。んで、そのわれわれであり、俺は、この学校で施工した禁止令をトリガーにして、日本中の女子高生のスカートの丈を長くしようと企んだわけだが、これがこれがうまく行っちゃってね。ありがとう、タカシくん!」
「……それはそれは、おめで――」
『あ、ちょっと待っててくれ……。えっ? なんです……えっ? ……タカシくん。今、君は、どこにいて、なにをしているんだい……?』
「生徒会長、あなたが今、聞いた通りですよ」

 何とも言えない空虚感の中、オレは携帯電話を二つに折った。
 放送室のドアが誰かによって叩かれている。
 ドンドンドンと、リズムよく、だがノックにはない力強さがそこにはある。
 かすかだが、外で誰かが叫んでいるような声も聞こえる。多分、男の先生だろう。
 生徒会長が昼休みになるたびに、生徒会室および生徒会長室に篭ることは結構有名な話しだ。だから、オレはそれを利用した。
 生徒会室及び、生徒会長室のスピーカーをオフにしつつ、の全校放送は中々ファンキーな行為だったと自分でも思う。
 そうだったのか。ミカちゃんが知っていた真実にの上にはさらなる真実があって、オレは、オレ達パンチラ同好会は、ロングスカート愛好会という組織の手のひらで踊らされていただけの、哀れな道化師だったのか。
 このまま、この放送室で生き絶えることも考えたが、そんなことをしても他人に迷惑をかけるだけだったので、オレは棚をずらし、放送室の扉を開放した。



 あの後、オレがどうなったのかなんて言う野暮な話は、茶碗の中にナン粒お米が入るかと同じくらいどーでもいいので割愛させてもらう。
 結局、オレがやったことは、あの学校からロングスカート愛好会を排除したくらいで、他のことはなにも出来なかった。
 あの後、ミカちゃんがどうなったのか――なんて話は全く分からないし、調べる気にもならなかった。
 あの後、パンチラ同好会の二人がどうなったのか――全く分からないし、連絡してヘタなことが起きるのも嫌なので、調べる気にもならなかった。
 あの後、ロングスカート愛好会の生徒会長がどうなったのか――知らないし、調べる気にもならなかった。
 結局、ミカちゃんはロングスカート愛好会から開放されたのだろうか? オレのやった、一斉一台の賭けが成功したかくらいは調べれば良かったと思いつつ、オレはジャリをいっぱいに盛った一輪車を引く。
「おい、タカシ! 腰に力が入ってねーぞ! そんなことやってると腰を痛めるぞ!」
「……うぃっす、親方……」
「声がちいせえ!」
「ウィッス、親方!!」
 仕事という物は誰かがやらないと始まらない。だから、オレは仕事をする。居場所を奪われた場所にはいつまでもいれない。
 ふっと視線を建設現場横の道路に移すと、女子高生が一人、こちらに向かって歩いてきた。
「こんちゃ、タカシさん」
「やぁ、どうしたの? 親方に用事?」
「お母さんがねからお父さんに伝言があるってメールが来てて」
「あー、親方携帯持ってないしねぇ、待ってて今呼んでく――」
「いいんです! 仕事の邪魔するとお父さん、すごく怒るんで伝言伝えておいてもらえますか?」
 と親方の娘さんはポケットから携帯を取り出して、メールを読みながらオレに親方への伝言を伝え帰っていった。
 夕日に向かって歩いて行く長いスカートを履いた娘さんを見つめながら、忘れかけていた「あの時みたあの娘達のパンチラ」を思い出していた。
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G.E. 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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