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 電車に乗っていると、時間をもてあまして困る。目の前でつり革をにぎっているチャラい男のように、iPodでも聞けばいいと思うだろうがそれはダメだ。音楽が嫌いなわけではないのだがトラウマがあって積極的に音楽を楽しめない。思えば僕はコンプレックスの塊で、その人生はトラウマの連続だった。いったいどこで間違ったのだろう。今だって大学とバイト先と家を往復するだけの毎日。三年だというのにどんな仕事に就きたいかすら決まっていない。このままではニートまっしぐらのお先真っ暗だ。彼女いない歴=年齢の童貞という業まで背負っている。これというのもすべてトラウマのせいである。そのくせ名前だけはキラキラネームといかないまでも、名前負け必至の大層なのがついている。金子翔。それが僕の名前だ。ふりがなが"しょう"ではなく"かける"なのが唯一の救いだ。そんなことを考えていたらふいに睡魔が襲ってきた。どうせやることもないのだからこのまま眠ってしまうのもいいだろう。電車の揺れは時に規則的に、時に不規則に僕を夢の中にいざなう。このリズム、なんて言ったっけ。たしか……。
 


 電車ゆらゆらガタンゴトン
揺れてゆらゆらガタンゴトン
降りる駅が過ぎても
気がつかないほど
心地よいリズムでガタンゴトン
電車が停まって
ゲコゲコゲコという蛙の鳴き声で
目が覚めた。



 あわてて電車を降りると、どうもずいぶん田舎まで来てしまったようだ。暗闇の中からゲコゲコゲコと蛙の鳴き声が聞こえてくる。十匹か、二十匹はいるだろう。ここはなんという駅だろうかと見ると驚いた。

「鉄塔下」

 鉄塔下は僕の家がある駅だ。つまり乗り過ごしたと思ったら、ちゃんと着いていたのだ。でも、この暗さと蛙の鳴き声はなんなのだろう。まるで知らない土地に来たみたいだった。自動改札がなくなっているのにも驚いたが、もっと驚いたのは駅の前のぬかるみだ。昔、この辺りは土地が低いせいで、大雨が降るとくるぶしまで浸かる広大な水たまりができたものだった。しかしそれは僕が小学生までのこと。今は整地されてすっかり様変わりしているはずなのだが。どうしたことだろう。何かが変だ。
 さらに駅前につぶれてしまったはずの古い映画館がある。通りすぎながら貼ってあるポスターを横目でうかがう。千と千尋の神隠しのポスターだ。これってたしか10年ぐらい前の映画じゃなかったか。まさか電車でうたた寝しているうちにタイムスリップしたとでもいうのか。B級映画でもそんな超展開はめったにお目にかかれない。きっとこれは夢だ。たちの悪い悪夢だ。
いつまでたっても目が覚めないどころか、次々と十年前にしか存在しないオーパーツを発見してしまう。ここのおもちゃ屋は2002年に焼失してしまった。友達の家だったので、怖くて母親から詳細を聞けなかった。落ち着いてから聞いた話で友達も家族も無事だったことを知った。心底ほっとした憶えがある。この後、友達は引っ越してしまい疎遠になった。そういえばこれがトラウマで僕は友達が作れなくなっていく。いやなことを思い出してしまった。自分の知っている場所が少しの変化で大きな違和感を感じてしまう。夢なら早く覚めてくれ。駅前の大通りを直進し左に折れて一本裏道に入る。ここをまっすぐ進んだところに僕の家はある。まだ二階建てだったころの我が家。うちの公営団地は今は建て替えられて七階建てになっている。恐る恐る呼び鈴を鳴らす。本当にタイムスリップしたのだとしたら、いったい誰が出るのだろう。
「はーい。今出ます。」
そう言いながら出てきた少年は、幼いながらにおもかげを見てとることができた。まぎれもない子供の頃の自分自身である。
「お父さん?」
どうやら僕の顔はよほど若いころの父に似ていたらしい。しかし、一回りも歳をとって見られてうれしいはずもない。子供の頃の自分の目は節穴だったと思うことにした。
 僕は金子翔少年の目を盗んでは家の中を物色しはじめた。まず確認しなければならないことがある。今日の新聞を持ってくるように金子翔少年に頼んだ。しばらくして少年が無邪気に新聞を持ってきた。鈴木宗男代議士「アイヌ民族はまったく同化」と発言。という大見出しの記事が目に付いた。古新聞を見つけて懐かしむような感覚に陥るが、ここではすべて現在進行形で起こっていることなのだ。日付を注視すると2001年7月3日と書かれている。やはり10年前にタイムスリップしてしまったということか。まだ信じたくない僕は2階に上がり、金子翔少年の部屋に入り机の中を調べてみた。一番大きな引き出しの中は学校関係のプリントや冊子しか入っていなかった。僕はこんなに優等生だっただろうか。
 その時「ただいま。」と低い声がした。聞き覚えのある声よりかは少し若い声だが、間違いなく父親の声だ。まずい本物が帰ってきた。少年は混乱している。無理もない。僕だってまだ半信半疑なんだから。とにかく父親が2階に上がってくる前に逃げなくては。
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