6、男湯、女湯どっちに入ったかは別として
右近が自らを「俺」呼ばわりし始めたのはちょうど高校生になった頃。
立川女史はその時のことを振り返って言う。
「ホント急に俺って言い始めて、性格も開けっぴろげになったんだよ」
右近、そうなる前君はどれほど大人しやかだったんだろうね。
「それまでは大人しいわけじゃないけど、物静かで冷静な雰囲気だった」
少なくとも男子の部屋で服を脱ぎ散らかし、風呂に入って喘ぐなんてことはなかったんだね。何でああなったのやら。
「あ、あと髭も私の記憶にはなかったかな」
そりゃ普通女子は生えませんもの。
「でも高校生だし生えて当然よね。似合うから女子の間でもあの髭が結構人気あるし」
立川女史、ご存じないでしょうが右近は女子で、髭生えなくて当然なのです。
本来であればあなたのようになよやかな骨格で、透き通るティーンのスベ肌があって、男子の目を釘付けにする素敵なおっぱいがあるはずなのです。
なのにどうして……。
因みに僕はそれでも右近が好きだけど。
「そう言えば、長瀬先輩。そうだ、彼への男色行為が学校で明らかになってからかも。桐王君が変わっちゃたの」
へえ~、右近が男色ねぇ。
右近が……。
「えええええええ?」
「や、やだ、どうしたのブー君。急に食べるの止まってる」
「あ、ああ、いえ何でもないです」
KFCというのは手に鶏の肉塊を持ち、お口で骨と肉を選別しながら頂く少々ファイティングなご飯。だから今まで言葉を発する暇がなかったのです。
しかし思うところは多々あるわけで……。
「立川女史、右近はその、そっち系なので?」
「一部ではバイとまで言われてる。でも私は気にしない。それに桐王君、こんな僕でも好きでいられるかって私に言ったの。だから私は今も彼が好き。片思いなんだけどね」
右近が男色。おまけに一部ではバイキャラ扱い。
世間様が見る右近の人物像は実にあっぱれ。そりゃ彼女が女子だなんて誰も思うまい。
僕としては右近が長瀬先輩なる男子のことを本当に好きであるのが事実なら……。
作戦を練らないとだめだ。そしてその先輩とやらをよく知らなければ。
だって僕は右近のことが好きなんだから。
長瀬先輩さん……。果たしてこの人はどんな男子なんだろう。
「どうなるんだろうな、これからあの二人」
……。
「長瀬先輩って竹を割った感じの人だし、ゲイとか認めないような気がするんだよね」
僕だって断じて認めない。
右近が好きになっていいのはこの僕だけ。躊躇いなくヌードを晒せる僕がいるのに、他の男子へ心を許していい訳ないでしょ。
君の剃刀だって僕が買ってる。ピザだって多めに注文してる。ママに頼むカレーだって最近君の分を考えて量を増やしたんだ。こっそり。
故に、ここまでして思う君が他の男子を好きになるだなんて僕は絶対認めない。
認めないよ。
たとえピザを野菜扱いし、ダイエットコークでカロリーがオフになったとしてもだ。
何だかよく解らんがそうなんだ。そうですとも。
ちょ、ちょっと僕、今、色んな意味で胸がいっぱい。キ、キツキツ……。
「ど、どうしたのブー君。今度は目、潤んでるよ」
「な、何でもないです。お、お肉が喉に……、グフッ」
これは決してやけ食いなんかではなく、正当なる栄養摂取です。
そんなことよい立川女史、残念だがあなたの恋は実らない。
だけど安心し欲しい。約束しよう僕がきっと右近と幸せにすると。
だからいつかあなたが真実を知るその時まで、どうか今を満喫していてください。
アーメン。
そして僕はメロンソーダで喉の肉を流し込む。
「はあ、久々のKFCは何だか重いな。ブー君足りないだろうから私のあげるよ。さ~て、ダイエットも兼ねて近くの銭湯で汗流しに行こう。じゃぁまたね」
銭湯? まさかあの妖精と? いやいや待て、今女史はあれを持っていないはず。
右近じゃあるまいし学校へ持ってなんか来ませんよこの方は。
それよりも立川女史、差し出たことかもしれませんが、素敵なおっぱいのためにどうかそれ以上痩せないで下さい。勿体のうございます。
などという心の声は店を出て行く彼女の耳には所詮届かない。
その後心地よい満腹感を抱えてお僕がKFCを出たとき、ほっこり薄紅に頬を染めた二人の女子に出くわした。
一人はツヤツヤの長い髪を結わった立川女史。
もう一人は頭にタオルをおっさん巻した右近、君だ。
「おっす、ブーちゃん。偶然彼女と銭湯で会ったんだ」
つづく