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三発の壁ドン/ポンズ

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三発の壁ドン/ポンズ



「それで、先輩は、クリスマスはどうするんですか?」
 クリスマス一週間前、僕がこたつの中で蜜柑の皮を美しく剥こうと躍起になっていると、彼女が番茶をすすりながらそんなことを聞いてきた。僕は少し考えてからこう答えた。
「ん? そうだな……彼女と家デート、かな……」
「いっ、家? ここでですか?」
「うん」
「ってか、先輩、彼女さんいたんですね……」
「失礼な。仮にも大学生なんだから彼女の一人や二人くらい……できた!」
 自信作だ。美しい放射状の幾何学模様のようになった蜜柑の皮を僕がじっくり眺めていると、彼女は僕の蜜柑を奪って食べ始めた。
「あ、こらっ」
「ふーんだっ! 先輩は皮でも舐めててください!」
「なんでちょっと怒ってるんだよ……」
「怒ってません!」
 彼女はしかめっ面のまま顔を膨らせた。彼女のボブカットと相まってニンニクみたいに見えたので、「ニンニクみたいな顔になってるよ」と言うと、彼女は「先輩の馬鹿」と一言だけ言って黙り込んだ。彼女は同じ部活動やサークルに所属しているわけではないのに、僕のことを『先輩』と呼ぶ。彼女曰く、そっちの方が呼びやすいらしい。
「そういう君は? 今年のクリスマスは週末だからね……友達と遊んだりしないの?」
「わ……私は……その……私も、家で、二人っきりで……」
「へぇ、恋人がいたのか」
「か、仮にも大学生ですから!」
 彼女が口をひきつらせてドヤ顔をするので、僕はふーん、と一言だけ言ってこたつから出てカーテンを閉めた。僕の下宿は安いアパートなので部屋の気密性が低く、夜になるにつれて部屋の気温も寒くなる。少しでもマシなように分厚いカーテンを取り付けたのだが焼け石に水と言ったところだ。
「あ、雪だ」
「ほんとですか? 初雪ですね!」
 彼女はこたつから這い出てくると、背伸びをしながら窓の外を覗き込んだ。雪はどんどん激しくなっていく。
「初雪にしてはちょっとハードだな」
「ですね……明日、積もりますかね?」
「この調子だと積もりそうだな」
「積もったら、雪合戦しましょうよ!」
「雪合戦て……・また懐かしいものを……」
 雪を見て興奮している彼女を見ながら僕は微笑んだ。百五十センチも無い身長に、童顔、ほんの少し舌足らずな声に、控えめな胸……初対面でこの子を大学生と思う人は殆どいないだろう。僕の周りにいるような、似合いもしないのに髪の毛を染め、パーマを当てている頭の悪そうな女の子とは別の生物のように思えてしまう。
「へへへへ……先輩に全力でぶつけてやります!」
「中に石いれるのは無しな」
 あどけなく笑う彼女は、その手の趣味のある奴ならすぐに惚れてしまいそうだった……そして残念なことに、僕はその手の趣味の人だ。だが、大学には人が多い。この子を可愛いと思うのは僕だけではなかったのだろう。しかしこの子も彼氏の前では女になるんだろうな、と思うと無性にイライラした。
「……・先輩? どうかしたんですか?」
「いや、この世の不条理について少しね……」
「カミュですか?」
「いや、そんな真面目なもんじゃないよ」
 生きると言うことは、不条理に満ちている。



 次の日、僕が雪まみれになって講義室に行くと、僕の数少ない友達である江崎が僕の方を見て手を振っていた。
「江崎、なんか久しぶりだな」
「お前……なんでそんな雪まみれに……」
「いや、ちょっと転んでね」
 まさかあの娘と本当に雪合戦をしていたとは言えない。二人で雪まみれになりながら大学までの坂道を下ってきたところなのだ。僕が雪を払い落としていると、江崎の後ろに座っていた化粧の濃い女子があからさまに嫌そうな顔をしていた。心の中でファッキンビッチが豚とやってろ、と思いながら僕は江崎の隣に腰を落ち着けた。
「最近講義で見なかったが……何をしていたんだ? バイトか?」
「まあな。でもそろそろ出席日数がヤバい」
 江崎はニヤリと笑った。僕は溜息をつきながら鞄から筆箱とルーズリーフを出した。
「江崎、お前はクリスマスどうするんだ?」
「何だ? 宅飲みか? だめだぞ、先約がいる」
「お前も女か……」
 テニスサークルに所属している江崎は男の僕から見ても整った顔立ちをしているし、気さくで話しやすい雰囲気をしているので、さぞかしモテることだろう。文芸部の幽霊部員の僕とはほぼ対局の存在と言って良い。
「お前こそ、あの小学生みたいな後輩とはどうなったんだ」
「彼氏がいるらしい……昨日知った」
「ほう、お前みたいなロリコンがこの大学にもう一人いるとは……」
「ロリコンとはなんだ失敬な。僕は年下好きなんだ」
 僕が憤慨すると、彼は分かった分かったと言わんばかりに両手を前に突き出した。幼げな容姿の女の子を好む男をひとくくりにロリコンと言う世の阿呆共に言いたいのは、年下好きというジャンルが存在すると言うことだ。年下好きとロリコンは天と地ほどの差がある……現に、僕は騒がしい小学生やひねた中学生は苦手なのだ。
「しかし、隣の部屋にタイプの女の子が越してきたとお前が言い出すからどんな子かと思ったらだな……」
「いや、可愛いだろうあれは」
「俺の食指は動かないな」
 彼が馬鹿にしたような声を出したので、何か言い返そうと思ったが、僕は思い直して拳を膝の上に置いた。文化の違う相手に自らの価値観を納得させようとしても無駄と言うものだ。僕は彼に納得させるのをあきらめ、嘆息した。
「誘ってみなかったのか?」
「いや、彼女がクリスマスはどうするのか、と聞くから、見栄を張って『彼女と家デート』と答えてしまった」
「ははっ、馬鹿だなぁ……」
「馬鹿とは何だ。この年まで童貞とか思われたくなかったんだ……いずれにせよ彼氏がいるのだから無駄だっただろう」
 彼女の彼氏か……どんな奴だろう。彼女は以前、「真面目で、優しい人」がタイプだと言っていた。不真面目で自堕落な僕はとんでもないカテゴリーミステイクだ。
「しかし彼氏がいるのにお前の部屋にずけずけ入ってくるとは、おかしいと思わないか?」
「いや、彼女はいい意味でも悪い意味でもちょっと頭がおかしいからな」
「まぁ、でも、付き合ってる女がいるって言ってるのに、その子を家に入れているお前も不自然だな」
「その通りだ……」
 その不自然さに気づかないのも彼女らしいところだ。僕は溜息をついた。
「しかし、テストの度にお前に世話になっているからな。女を紹介してやらんこともないが……」
「ほんとか」
「でもお前の趣味に合う女は知り合いにはいないな」
「だよなぁ……」
 僕は頭を抱え込んだ。そんな馬鹿な話をして時間を無駄にしている間に教授が講義室に入ってきた。杖をついて非常にゆっくりとした速度で歩く癖に、授業開始時間にはきっちり間に合うのだ……やはり不条理だ。



 十二月二十四日。
 先週末に降った雪は残って欲しいと彼女が願っていたのに溶けてしまった。そして来ないで欲しいと僕が願ったクリスマスは来てしまった。不条理だ。
 僕は近くの商店街の洋菓子店で、閉店ギリギリで安くなっていたホールケーキを買い、自分の安いノートパソコンの前に置いた。パソコンには某ツインテールの後輩の女の子の画像を表示し、周りにこの間ローソンで買ったぬいぐるみやクリアファイルなどのグッズを並べた。
「今年も君と一緒か……ある意味家デートだと言える」
 ふと自分が呟いたことがおかしくって、自分で少し笑ったが、一気に虚しさがこみ上げてきた。僕はデジカメでツインテールの女の子一色になった自分の机を撮影した。ケーキの上に乗ったチョコレートに砂糖で書かれたMerry X'masの文字が眩しくて、僕は目を細めた。見ているとあまりにも虚しくて仕方が無かったので、机の上を片付けた。
 ホールケーキを四分割し、そのうちの一つを晩ご飯の代わりに食べた。甘すぎて気分が悪くなってきたので、インスタントコーヒーを淹れて飲んだ。心地良い苦みと酸味が口の中に広がって、いくらかマシな気分になった。
「一人では食べきれないな……」
 ラップをかけて冷蔵庫の中に突っ込みながら、明日あの子が来た時にあげよう、と思った。だが、今日、今まさに、隣の部屋で、彼氏といい感じになっているというのに、明日この部屋に来るだろうか。彼女なら平然とした顔で来そうだから怖い。
 僕は毛布を膝に掛けてベッドの上に座り、壁にもたれ掛かった。ひんやりとした壁が心地よかった。リモコンに手を伸ばしチャンネルを回すと、フィギュアスケートの女子ショートプログラムの生中継をやっていたのでとりあえず見ることにした。名前も聞いたことない外国人の女子選手が氷の上を幾何学模様を描きながら回っている。美しい。
「っ……、あっ……」
 この音楽も聴いたことがないクラシックだったが、美しい。幾何学的な物やクラシック音楽など、精密に構成された物は美しい。……僕も女の子との甘ったるい生活に夢を見て期待するのは止めて、幾何学模様のような真面目で清潔な生活を送るべきなのかも知れない。
「ん……あっ!」
 ……今、何か聞こえたよな。僕は全身に鳥肌が立つのを感じた。嫌な予感がする。僕はテレビの電源を落とし、息を殺して自分がもたれ掛かっている壁に耳を当てた。
「ぁ……んっ……あんっ!」
 一瞬脳が理解を拒絶した。聴覚が麻痺したのだと思いたかった。僕の脳髄が震えた様に感じた。信じたくなかった。
「はあっ、あぅ……んっ!」
 僅かに木が軋むような音と、可愛らしくておぞましい声が、薄い壁を通して聞こえていた。僕のよく知っている、あの子の声が、溺れるような喘ぎ声を上げていた。
「まじかよ……」
 ネットスラングで、ギシアンという言葉があるが、本当にギシギシアンアンと聞こえる物だとは思わなかった。しかも初めて聞いたのがまさか自分の想い人のものだとは……信じたくないくらい不条理だ。そしてさらに不条理なことに僕は興奮のあまりもよおしていた。ひねくれた物の考え方で常に人生に文句をうだうだ言っている僕も男だったということなのか。――こんなことを言ったところで自分を正当化出来るわけではないが、正直、もう我慢出来ない。
 僕は枕元にあったティッシュ箱に手をのばし、二枚つかみ取った。声をおかずにするというのは初めての経験だったが、これまでにないほどに興奮した。
「あっ……せんぱっ、い……らめっ!」
 彼女が明らかに先輩という声を上げるのを聞いて、僕は遂に果てた。ティッシュの上に吐きだされたそれを凝視しながら、僕は徐々に興奮が冷めて、また虚しさがこみ上げていくのを感じた。
「ふぅ……何やってるんだ、俺」
 ティッシュをゴミ箱に投げ入れながら、僕は深い溜息をついた。彼女の彼氏というのは年上だったのか。彼女は理系で、趣味で実験をするようなサークルに入っていると言っていたので、その先輩だろうか。悔しい。羨ましい。くそっ。僕はどうせこうやって一人で用を足している方がお似合いなのだ。
 僕は自暴自棄になって毛布にくるまって無理に目を閉じたが、彼女の声が耳の奥で反響していて、眠気は起きなかった。悔しさで死にたくなってきた。
 その時だった。

 ――ドンッ

 隣の彼女の部屋から壁を殴打する音が聞こえてきた。僕はびっくりして飛び起きた。なんだなんだ。僕は再度壁に耳を当てたが、何も聞こえなかった。
「なんでだよ……」
 疑問と不快感がふつふつとわき上がってきた。今僕は目を閉じて自己嫌悪に浸っていた。音楽も聴いてないしテレビもつけてないし、聖夜を性夜にもしていなかった。近隣住民を怒らせるような迷惑行為は何一つしていなかった。それなのに、何故、よりにもよって彼女に壁ドンをされなければならないのだ。壁ドンをしたいのは俺の方だろう。
 最初は驚いて何にもリアクションがとれなかったが、どんどん怒りがこみ上げてきて、僕も壁を殴ってやろうと思い、拳を固めた。
「ん、待てよ……?」
 彼女のことだから、彼氏とのお楽しみの途中に躓いて壁に体をぶつけてしまったとかでは無いだろうか。彼女なら十二分にあり得る……が、それにしても彼女がお楽しみ中だというのには腹が立つ。堂々とギシアンされたのだから、一発くらい殴っても罪は無いはずだ。僕は再び拳を固めたが、また迷いでゆるめてしまった。
 もうあの子には彼氏がいるのだから嫌われたっていいはずなのに……僕は、こんなことをしたら彼女に嫌われてしまうのではないだろうか、と迷っていた。
「いいはずなんだけど……でもなぁ……」
 初めて彼女に出会った時のことを思い出した。あの舌足らずな声で「引っ越しの挨拶です」と言いながら、彼女の地元の名産品であるりんごを差し出し、僕に笑顔を向けてきた彼女を見た時、僕は彼女一目惚れした。
 それから、寂しがり屋の彼女を何度か晩ご飯に誘い、仲良くなっていった。趣味のことや、勉強のことや、故郷のこと……彼女とは色んな話をした。なのに、僕は彼女が好きだということは伝えることが出来なかった。
 家が隣で、ほぼ毎晩出会っていたのだから、きっかけならいくらでも合ったはずなのに、素直に彼女に好意を伝えられなかった自分が悪いのだ。彼女にだって彼女の大学生活がある。彼氏の一人や二人、いても全くおかしくないのだ。――中途半端なまま彼女に想いを寄せているくらいなら、いっそ断ち切ってしまった方が美しい。そうだ、その方が美しい。
 僕は今度こそ拳をきっちりと固め、振りかぶって体重を掛けて壁を殴打した。

 ――ドンッ

 鈍い音が部屋全体に響き渡った。
 憑き物が落ちたかのような開放感で、僕は思わず身震いした。
「終わった――」
 そうだ、終わったんだ。この約九ヶ月の間、過ごした彼女との日々が、終わったんだ。今すぐ寝よう。今寝たら確実に彼女のことを忘れることが出来る。僕は何故か妙に清々しい気持ちになり、電気を消し、布団に潜り込んだ。目から何かこぼれた気がしたが、無視した。
 僕は意識を閉じ、眠りにつこうとして全身の力を抜いた。寝よう。もう俺なんか寝たまま一生起きなくてもいいんだ――。
「……あれ? 誰だよ……?」
 少しうとうとしかけた途端、玄関のチャイムが鳴る音がした。なんだよ、寝ようと思ったのに。僕は体をゆっくり起こし、玄関のドアを開けた。
「……っ、なんで?」
「せ、せんぱい……」
 寒さに震えながら立っている彼女がそこにいた。



 寒いのでとりあえず中に入れてあげた。彼女は泣きはらしたように赤い目をしていた。
「先輩……彼女さん、は?」
「すまん、あれはウソだ……見栄をはったんだ」
「っ! なんでそんな!」
「ごめん」
 あっけにとられたような表情をしている彼女を見て、僕も真顔で謝ってしまった。だってこの年で童貞とか思われたくなかった、と正直には言えなかった。ん? 待てよ? 僕はお湯を沸かしながら彼女に質問した。
「で、君の彼氏は?」
「そっ……その……」
「何て?」
「あの……私も……見栄を張って……」
「は? 何で?」
「だ、だって! 先輩が、『大学生だから』って……!」
 彼女は泣きそうな顔で焦って言い訳していたが、逆に僕はほっとしていた。なんだ……彼女も独りだったのか。僕はブラックの飲めない彼女のためにミルクコーヒーを淹れてあげると、彼女はふーふーと息を吹きかけながらそれを啜っていた。
「お互い、見栄を張ったってことだよね……馬鹿だなぁ」
「馬鹿でしたね……」
 溜息をついている僕を見て、彼女は初めて笑った。じゃあさっきギシギシアンアン聞こえてきたのは何だったのだろうか、とか、あの壁ドンはどういう意味でやったのだろう、とか思ったが、聞いてあげないことにした。これもお互いに全く同じことをしていたということなのだろう。つくづくお互い馬鹿だ。
「ケーキ食べる?」
「あるんですか?」
 僕が冷蔵庫から四分の三残ったホールケーキを出すと、彼女は嬉しそうな声を上げた。
「な、なんで、こんな大っきいのが!」
「ミスった」
 まさか二次元キャラのために買ったとは言えなかった。
「ミスってこんなの買わないでしょ……でも私が食べてあげます!」
「全部食べるの?」
「ぜ、全部は無理ですけど……」
 口ごもる彼女を見て、僕は笑った。四分の一を切り分けてお皿に載せてフォークをつけた出してやると、彼女は嬉しそうにケーキを食べ始めた。
 僕は自分のブラックコーヒーを口に含みながら、彼女の隣に座ってこたつの中に足を突っ込んだ。いつもは向かいに座るけど、今日はこちらにした、いや、しなければならないと思った。
「な、なんですか?」
「寒いからな」
「そ、そうですね」
 彼女は少し緊張した声を出しながらも、ケーキを食べ続けていた。僕はそんな彼女の姿を黙って見ながら、コーヒーを啜った。ほどよい苦みと酸味が僕の精神を落ち着けてくれた。すると、今度は彼女がケーキを食べる手を止め、僕の方にすり寄ってきた。
「何?」
「さ、寒いですから!」
「そうだな」
 僕が彼女の顔をじっと見ていると、彼女は顔を赤らめて向こうを向いてしまった。――思えば、こんな瞬間が僕らの間に何度合ったことだろうか。分かっていたから期待してしまっていたんだ。僕は自分と彼女の馬鹿さ加減に一人で笑いながら、彼女の顔を掴んでこちらへ無理矢理向けた。
「な、な○△×□◇!?」
「言葉になってないぞ」
「せ、先輩?」
 彼女が不思議そうな顔で僕を見つめていた。白くて柔らかい頬に赤みがさしている。目はまだ充血したままだ。僕は彼女の頭に手を乗せ、撫でるように手を落とした。
「あのさ、割と大事な話をしたいんだけど……」
「き、奇遇ですね……私も、話があります」
「君から先に言う?」
「いえ、先輩からどうぞ……」
 彼女の声はどんどん尻すぼみになって、視線が落ちていった。さて、先攻を頂いたが、何て言おうか……僕が言葉に詰まって、コーヒーをまた飲みながら迷っていると、彼女が口を開いた。
「先輩、あの、私……」
「何?」
「先輩のことが、その、ずっと……好きだったんです」
 彼女は下を向いて目をつぶったまま言い切った。なんだよ、先に言わせてくれるんじゃなかったのかよ、と思ったが、しびれを切らしてフライングをしてしまう辺りが彼女らしいと言えば彼女らしい。それがおかしくて、僕が一人でクスリと笑い声を漏らすと、彼女が焦ったような声を出した……彼女は泣いていた。
「あの、その、こんな、こと言って、ほんと……ごめんなさい! でも、ほんとに、ずっと、好きで……」
「ねぇ」
「初めて会った時からずっと優しくしてもらってて! それで、いつの間にかずっと先輩のこと考えてて!」
「ちょっと」
「こないだ彼女がいるって聞いて……悔しくって……さっきも、ずっと、泣いてて……!」
「ちょっと黙ろうか」
「ふぇ?……むぐっ!」
 彼女の口を僕は片手で塞いだ。彼女の涙が僕の手の甲を伝って床に落ちた。僕はあれだけ迷っていたのに自分でも驚くほど落ち着いた声で返事をした。
「僕も、君が好きだ……って言いたかったんだけどフライングされちゃったね」
「ご、ごめんなさい」
 謝る彼女に僕は笑いかけた。
 やっと言えた。ずっと言わなきゃならなかったことを、僕はやっと言えたんだ。彼女は泣き顔のまま、僕の胸に顔をすりつけてきた。
「ちょっ、何処で拭いてるんだよ……」
「すいません」
 彼女は顔を押しつけたま謝った。謝る気は無いみたいだった。
「初めて会った時から好きだった、って言ったらちょっとひく?」
「いえ、嬉しいです……むふふ」
「今の声ちょっとひいたわ」
「むぅ」
 彼女が怒ったような声を上げるのを聞いて、僕は彼女を抱き寄せた。二人の体温が混ざり合い、部屋の寒さを忘れさせてくれた。
「……ぎゅっ、ってして下さい」
 彼女が小声で言ったので、僕が少し強めに抱きしめると、彼女は身をよじるようにして上を向き、僕の顔を見た。
「お互い、ほんと、馬鹿だったね。最初から二人で過ごしてれば良かった」
「でもそれだと、いつもの夜と同じですけどね」
「そうかな?」
「だって、夜に集まって、何か食べて、それで喋って……」
「今日は、違う――」
 自分でも寒気がするほどクサいセリフを吐きながら、僕は彼女にキスをした。
「――だろ?」
「……ですね」


 はい、そこでみなさんも壁ドン!



(おわり)



【あとがき】
 『壁ドン』をテーマに書いてみました。文芸秋の三題囃に続き楽しく書かせて頂きました。企画を考えて下さった方々に感謝しております。
 総字数8065字、執筆時間4時間12分です……ネタが思いつかなくて妙に時間かかった上にルールの字数を大幅に飛び越しました。「軽く読める」を個人的な目標にしていた割にはかなり長いものになりましたが、最後まで読んで下さった方ありがとうございます。そしてイライラさせてすいませんでした。私も今読み返して超イライラしました。リア充マジホビロン!
 それでは皆さん、メリー・アンチ・クリスマス!
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