――あれ、母さん―?
母さん――
―まて、母さんが生きてるハズは――
「って、おい、何してんだよ」
朝っぱらから軽快としかいえない小さな爆発音とコゲ臭い匂いを部屋中に漂わせていた。
(しかも、亡くなった母さんのエプロンまで出しやがって…!)
「……脱げよ、そのエプロン脱げよ」
怒ってはいるが、静かに言い放つ。
その迫力に負けてか、リアノはエプロンを脱ぎ、折りたたんで幾に渡す。
そして、台所から去っていく。
エプロンを受け取って怒りが収まった幾の横をリアノが通り過ぎる。
そんなことを気にせずに幾はエプロンをただただ見つめていた。
思いに浸っていた幾だが、火にかけられたフライパンから小さな爆発音が「ポンッ!」と鳴る。
それで思い出から現実に引き戻される。
「な…、これ全部俺が片付けるのかよ!?」
黙々と朝食をとる二人。
幾が最後の一口を食べ終わって食器を持っていく。
リアノはまだ食べている。
昨日みたいに聞き出しに入る。
「んで、今朝なにしてたんだね?」
口いっぱいに含んで、頬を膨らませながらモゴモゴと口を開く。
ぽろぽろと開く口からパン屑が落ちる。
見ちゃ居られないと、目をそらす。
「ひゃい、うぇっとれすへ…」
無理に喋ろうとしているのでほおばっている物が落ちそうになる。
「飲み込んでからにしろ、それじゃ汚れる」
そう言われ、口に手を当てモゴモゴとし、少しずつ飲み込んでいく。
最後に飲み込んだ物がのどに引っかかって、出された麦茶で飲み流す。
「ぷぱっ!もう!食べてるときに話しかける幾さんが悪いのですよ!?」
などと怒るが、迫力が無い。
つまらなさそうな目でリアノを見ている。
それに気が付いたのか、多少顔を赤くしながら言う。
「あ、はい…、えっと、朝食をと…」
どうやったら爆発とかするのだろうか。
幾は先ほどの目のままでリアノを見続ける。
一瞬ニッコリと笑ったかのように見えたが、急に険しくなる。
そのまま食器を片付けて「ガシャン!」と大きな音をわざと立て、シンクに置く。
戻ってきて、座ったかと思うと怒りをぶつける。
「アホか!できないならできないでやるな!火事になったらどうするんだよ!?」
「俺はそれで死ねるのなら嬉しいが、他人に迷惑をかけては死にたくねぇ!」
「そ・れ・にだ!なんでリアノが母さんのエプロンしてんだよ!そこが一番はらたつわ!」
罵倒を全部受け止めたのはいいが、もはや最初の罵倒で涙目になっている。
とにかく「すみません、すみません、すみません」と謝る事しかできていない。
その後、リアノはその場から動く事ができず、収まりの行かなくなった幾はその席を外れる。
黒猫にエサを与えに行っている。
「…今日から家空けるから付いて来い」
突然の言い出しだった。
さっきの事もあるからどうにも話し辛いらしい。
顔を上げないリアノに向かって「もう怒ってねーから」と声をかけるが、返事が無い。
おかしく思った幾はリアノの両肩を持ち、引く。
「起きろ」
リアノは泣きつかれたのか、寝ていた。
呆れた顔をしながらも、必死に起こそうとする。
ガクガクと揺さぶる。
頬を往復ビンタ。
顔に水ブっかけ。
…起きない。
何かを思いついたかのように、ぬれたタオルをもってきた。
それを半分に折りたたみ、寝ているリアノの顔の上に乗せる。
すると…。
「うわぁあぁぁ!?」
起きた。
「ニャー」
籠に入った黒猫が泣く。
慣れているかのように電車の細かな揺れも気にしていない。
リアノのあの格好はさすがにマズいので母のを着せてやった。
(…似すぎなんだよ)
そうなのだ、なぜかリアノは幾の母ににているらしいの事。
幾は外を眺めながらのんびりしていた。
リアノは黒い本を取り出し、なにかの勉強をしている。
が、飽きてしまったらしく、執拗に幾に話し相手を迫る。
「…墓参りだ」
「え?」
「墓参りだ、両親の」
沈黙が流れる。
これから墓参りに行く事をしらない自分が情けない。
それに墓参りに行く人の事を考えない行動。
どうかと思う。
しゅん、と小さくなってしまった。
それを見た幾は「仕方ない」とでも言いたげな顔で話をしだす。
「まぁ、聞いても面白くないが…、両親は殺された、俺の目の前で」
ハァ…。
そうため息をつく幾の横顔をリアノは見つめていた。
「まぁ、強盗だな。父さんは手足を縛られて、犯される母さんを強制的に見せられていたよ」
不意にリアノの方へ向き直り、
「ま、俺もだけどな」
そう付け加える。
おぞましさを感じたリアノはそれ以上聞くまいと耳にぎゅっと手を押し当てた。
「え…、はい、お一人さまのお食事を用意ですか?できますよ」
受付の女性がニッコリと営業スマイルを見せる。
そして、紙切れを出し、
「この部分になりますね…、すみませんが、追加料金のほうを…」
幾はサイフを取り出し、提示された金額を払う。
そしてチェックインを済ますと部屋の方へ案内される。
部屋に着き、簡単な説明をするかしないか聞かれたが、断りチップを渡す。
そして黒猫が入っている籠のドアを開けて部屋にだしてやる。
「んで、今日はこの旅館に泊まって、明日墓参りに行く」
リアノに向かって話す。
「あ、は、はい、わかりました」
「いっただっきま~す♪」
「ん」
「ニャー」
運ばれてきた料理を食べる食べる。
リアノは遠慮無しに食べる食べる。
「…お前、よくかんで食べろよ」
その食べっぷりと来たら呆れるほどの強引さ。
ぽろぽろとこぼす始末。
女らしさが欠けすぎている。
案の定ノドにつまらせ苦しそうにもがく。
幾は呆れながらも水の入ったコップを渡す。
「んぁあ!死ぬかと思いました…」
コップになみなみと注がれていた水は一気に無くなっていた。
死神は死ぬものだろうか…?
「おい、もう寝るぞ、床の準備くらい自分でしてくれよな?」
夜空を見上げているリアノに向かってそう言う。
「あ、はーい」
幾は淡々と床の準備をしおわる。
勝手がわからないらしく、手こずるリアノの手伝いを結局している。
準備ができて、やっと就寝。
幾は黒猫に対して言う。
「音狐、そろそろ寝ろよ?」
その声に反応した黒猫の音狐は幾の掛け布団の上で丸くなる。
「あれ、音狐って言うんですね、猫ちゃん」
「ん、あぁ、まぁな」
「ま、もう寝るぞ」
コクリとリアノは頷き、まぶたを閉じながら言う。
「おやすみなさい」
そして夜は深け、眠りにつく。