【5月9日 午後06時41分】
「もう、俺にはなにが正しいのか分からない」
拓真は言った。
章は口を開こうとしない。
「魔法使いは悪なのか」
拓真は言った。
章は口を開こうとしない。
街灯はジジ、と音を立てて二人を照らしていた。
「........俺はもう五人、いや六人だったかな?殺してるんだ。なにも怖くない。俺は今からあの部屋にいる男を殺す。お前の父親を殺した男を、殺す」
章はゆっくりと口を開き、ゆっくりと、決意のこもった声色で言った。
「お前が、あの男に復讐したいと思うのなら、俺はお前にその権利を譲る。でもな、お前はまだ誰も殺しちゃいない。誰も不幸にしていない。俺が代わりにお前の恨みを晴らす。俺は魔法使いをコケにした人間を許さない。この世界から根絶してやる」
拓真は何も言えなかった。何を言っていいかわからなかった。もちろんあの男は憎い。けれど、自分にあの男を殺す権利はあるのだろうか。自分は魔法使いだ、このまま影に隠れてひっそりと生き、限界が来ればひっそりと死ぬ。それでいいんじゃないのか、とも思っていた。
「俺は....俺はどうしたらいいんだ」
尻餅をついたままの拓真が両手で顔を覆いながら言った。静かな叫びだった。
「....お前はとんでもない力を持ってる。それだけは分かる」
「....力?....なんの」
「分からない、それがどういう力なのか、そしてどこに向けるべき力なのかも分からない。でもな、お前、"どうしたらいい"なんて訊くな。お前は魔法使いだ、孤独なんだ、誰もどうしたらいいか教えちゃくれない。自分で決めろ。全部、全部だ」
それを聞いて、拓真はゆっくりと立ち上がった。
「....俺はあの男が....憎い。そうだ、俺はあの男を許さない」
「ん、じゃあ、どうする?」
「俺がやる。でも殺しはしない」
「へえ、殺さないときたか」
「死ぬより痛い目に遭わせてやる」
「サディスティックだな」
「ああ、サディスティックだ」