【5月9日 午後01時48分】
【5月9日 午後01時48分】
拓真は取調室にいた。今にも壊れそうな音を立てる椅子に深く座り、ギィギィと音を立てながら、時々右膝で机を蹴り上げる。机が揺れる。過度のストレスと刑事達に対する不信感、憎悪などから彼はもう心身共に限界だった。歯ぎしりの音がすこしずつ大きくなっていた。
三時間ほど前から始まった取り調べで、拓真は『○○製薬の新薬を父から譲渡してもらおうとした』という事実以外は総て本当のことを話した。刑事達はたちまち困惑し「被害者の供述と全く違うことを言っている」だの「こいつは魔法使いだぞ、信じるべきではない」だの、下らない会話が聞こえてきて、ぶつけようのない怒りを抑えながら拓真は言った。
「そいつと、被害者と話させてください。そいつは被害者でもなんでもない」
刑事達は戸惑いながらも、拓真を面会室のような場所へ連れていき、被害者を名乗る金髪の、眉毛がない、耳に大きなピアスがついているガラの悪い男と対面させた。
「こいつだ!こいつが俺が気絶してる間にトイレの中であのオッサンを殺して逃げたんだ!」
ガラス戸の向こうでのうのうと嘘を吐く男を本気で殴ってやろうと思ったが、今、拓真と男の間にはぶ厚いガラス戸が一枚。拓真は拳を握り、ただ黙って最後まで男の話を聞くことにした。
「俺がオッサンからクスリを受け取ろうとしたらこいつがいきなりドアの鍵をこじ開けて俺を気絶させたんだ、俺が気絶してる間にオッサンは死んでた!こいつがやったんだ!」
なにを言う気にもならなかった。男はまだなにか叫んでいたが、もう聞く気にはならなかった。数分が経った。まだ男は叫んでいる。途切れることなく嘘を吐いている。拓真は耐え切れなくなった。机をドン、と両手で叩き付け立ち上がる。監視の刑事達がびく、と体を揺らす。一番大きく体を揺らしたのは拓真の目の前の男だった。
「な..なんだよ!なんだよお前!!」
男も負けじと左手で机を叩いて立ち上がる。右腕には包帯が巻かれていた。拓真はぶらん、と力なく伸びきっている男の右腕を見つめながら黙っている。
男は既に目を泳がせていた。拓真が魔法使いでなければ既にこの男が犯人と断定されているだろう。刑事達は周りでヒソヒソと話しはじめる。
「その右手、どうしたんですか」
「..?はあ?これはお前がやったんだろうが!」
「そうだな、お前の持っていた銃を使えなくする為に俺がやった」
「なにが言いてえのお前、バカなのか?おい!」
ガラス戸の向こうで男が吠えている。
「刑事さん、現場に銃があっただろ」
「あ、ええ?ああ、あったな。被害者の篠田卓郎の所持品だ」
「はぁ?あれはこいつのですよ。あれで父さんを殺したんだ、こいつが」
「あれは被害者、篠田卓郎の所持品だ」
「なにを言ってるんだ、だから..」
「篠田卓郎の所持品だ」
「......?」
ガラス戸の向こうで男がニヤリと笑う。
「お前、魔法使いなんだろ....?ヘタなウソつかない方がいいぜ」
「何言って....」
遮るように拓真の後ろに立っていた刑事が言う。
「時間だ。面会は終了」
「な....は?」
まただ。魔法使いってだけで、父親を殺した犯人を暴くこともできない。と、いうか、普通あの現場を見ればこの男が犯人だとすぐに分かるはずだ。あらかた、この男の親かなにかが警察に金を払って免罪されているのだろう。しかし、それでもは父親を殺した真犯人は誰になるのだろうか。バカバカしくてもうなにも考えられなかった。
面会室から付き添って歩いていた刑事が唐突に口を開く。
「篠田拓真、君の疑いが晴れた」
「......?え、じゃあ犯人は」
「あとは我々に任せろ、真犯人は必ず見つけ出す」
「いや、だから犯人はあの」
「あとは我々に任せろ、真犯人は必ず見つけ出す」
この刑事、突然RPGの村人Aのような喋り方をし始めた。ああ、そういうことか。そういうことだ。この事件はうやむやになって消える。ひっそりと。父が殺されたという事件はなかったことになる。魔法使いである拓真の発言による力は弱い。そもそも魔法使いの発言になど誰も耳を貸さない。そして加害者は確実に警察を買収している。よっぽどいいとこの子供だったんだろう。
「....犯人はあいつです、あの男です」
「あとは我々に任せろ、真犯人は必ず見つけ出す」
「金を受け取ってるのか」
「あとは我々に任せろ、真犯人は必ず見つけ出す」
「......もういい、はやく家に帰してくれ」