【5月9日 午前08時17分】
【5月9日 午前08時17分】
インターホンが鳴った。
「警察です、お話が」
拓真はふらふらと玄関に向かい、鍵を開けた。昨晩、風呂にも入らず、なにも食べず、一睡もできなかった彼のなりを見て、玄関先に立つ警察を名乗る男二人組は一瞬顔を歪めた。
「なんですか」
表情のない拓真が言うと、男二人ははっと我に返り、ひとつ咳払いをした。
「昨晩、第一公園で殺人事件が発生しています。被害者は....」
「父です」
「....ご存知でしたか」
男二人は顔を見合わせ、こくり、と頷き合った。
「その容疑者ですが....」
拓真はトイレに置いてきた銃と気絶させたガラの悪い男を思い出していた。もう捕まったのだろうか。容疑を否認していたりするのだろうか。
「篠田拓真さん、あなたが第一容疑者として挙がっています」
「え?」
拓真は困惑した。あんなに分かりやすく犯人が父の死体の目の前に落ちていたと言うのに。なにを言っているのだろう、この男は。突然の意味不明な展開に軽い貧血を起こし膝から崩れ落ちそうになったが、壁につかまって堪えながらもう一度聞き直す。
「俺が、やったってことですか?」
男二人はもう、被害者の息子を見る目ではなく、加害者を見る冷めきった目で彼のことを見ていた。
「篠田拓真、さん、先日魔法使いになったという事ですが」
「....ええ、はい、魔法使いです」
そういうことか。魔法使いという称号だけでこんなにも人生は不利になるんだ。つくづく嫌になる。
「そして動機になり得るものがもうひとつ。あなたの父、被害者の篠田卓郎の側に○○製薬の新薬が散らばっていました」
「それが?」
「それを奪おうとして、魔法使いのあなたが実の父を殺した、と」
「なんで俺が....」
「話は署で聞きます」
「ご同行、願えますか」
反抗する気力すら残っていなかった。この世界は狂っている。そう思いながら拓真はパトカーに乗った。男達がなにやら無線で話している。「容疑者を..」とか「ほぼ間違いないでしょう..」とか、とても物騒な科白が聞こえてくる。なにも聞こえないふりをして、拓真は俯いていた。涙は出なかった。もういちいち悲しむのも面倒だった。自分は魔法使いだからしかたがない、誰のせいでもない。そう言い聞かせながらパトカーに揺られること数十分。助手席の男に「降りろ」と促され、拓真は自分でドアを開けてパトカーから降りた。もうこの男達は自分に敬語を使う事はないだろう。そう思った。
警察署に入るのははじめてかもしれない、と考えながら男立ちに乱暴に導かれて中に入る。行く場所は大体分かっている。取調室だろう。取調室なんて入ったことがない。テレビ・ドラマの中でしか見たことがない。でも今はテレビ・ドラマなんて観てないし、悪い夢を見ているわけでもない。自分は今、そのテレビ・ドラマの中でしか見たことがないような場所に連れていかれて「お前がやったんだろう!?」だとか「吐け!」とか叫びながら刑事が自分の胸ぐらをつかんだりするんだろう。
夢であってくれ。拓真は唇を強く噛み締めて夢から醒めようとする。ぶち、と音を立てて唇が切れる。血が流れる。痛い。これは夢ではない。
夢ではない。