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rap6. 轟鎚鬼の寵姫

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 釜倉の西、織田原にほど近い一角にある朽ちた寺社。
 陽が傾きかけているとはいえ、まだ日中と呼ばれる時間にもかかわらず、手入れされていない木々が鬱蒼と生い茂るそこはやけに薄暗い。陽光を遮る木の葉は本来の緑より幾分色褪せ、不吉な気配が漂うよう。
 さながら妖魔の巣と言わんばかりのその寺社には、しかし蠢くものの気配はない。鶴陵の支配する釜倉に近いということもあったが、このあたりにはまだ小さな下級妖魔がぽつぽつと織田原の群れから抜け出している。そのような界隈で、これほど人の近寄りがたい雰囲気を醸し出す寺に、一匹の妖魔も住み着かないのはむしろ不自然である。不自然が顕然としているからには、当然にして理由があった。
 寺に至る道の壁、交差する道の角、電柱の裏と、至るところに人除けの符が張ってある。人除けの施しの内に妖魔除けの結界があり、さらにその内には一度踏み込んだものを逃さない強力な無間の結界が施されていた。無間の結界は寺社へと至る道を回廊へと変質させ、取り込んだ者を出口のない迷路に誘った。
 三重の結界の中心に寺社は昏昏と沈み、その存在を世界に秘匿している。
 外から見る限りひっそりとした寺社だったが、一度その境内に踏み込めば濃密な存在感が鼻についた。不吉、あるいは不浄。そんなモノの気配だ。それとは別にねっとりと絡みつくその空気には微かに人の臭いがした。その中に、誘惑的な、扇情的な、生き物の匂いがほんの微かに混じっている。
 境内の中央に鎮座する細い道は寺の本道に続いていたが、その生き物の匂いは小道を右手に折れたところの蔵の中から漂っていた。二階建ての蔵の中はいっそう暗く、暗闇が立ち込めている。
 蔵はほとんど伽藍堂のように何も物はなかったが、その暗闇に男と妖魔がいた。男は腹にでっぷりと脂肪を蓄え、暗闇よりなお暗い黒の狩衣を身に付けている。エセ陰陽師、矢部彦麻呂。パチンコで知った陰陽師キャラクターの名を騙り、式者を自称する中年の男だ。くつくつと笑いながら醜悪な顔を歪め、縄に吊られた雌の妖魔を眺めていた。
 雌の妖魔は蔵の梁に吊られていた。茶屋辻模様、藍色の着物ははだけられ、上半身が露出している。背中に一本、肩幅よりもやや長い竹を通され、そこに彼女の肘が引っかけられるように縄で留められていた。左手首は腰のあたりで縄に結ばれ、お腹を経由して右手首と繋がれている。緊縛は彼女の身体を反らすように施され、その胸を強調していた。膨らんだ乳房が身体の震えで小刻みに揺れている。その胸の頂点には乳首を挟み込むようにそれぞれ二つのローターがテープで無造作に接着されている。竹の中央には縄が結ばれ、これが梁へとかけられ彼女を吊り上げていた。梁にかかった縄は再び下へと伸び、尻から彼女の股に通され、その秘所と菊門に突き刺さった黒いバイブの根元を固定している。股ぐらから下腹部まで到達した縄は彼女の細い腰を一周し、尻を突き出す格好で吊るように再び梁へと結びつけられていた。
 足首も竹と縄で拘束されて肩幅程度に広げられ、閉じることは叶わない。そのために彼女のしなやかな脚と秘所、臀部が惜しげもなく男の前に晒されていた。また足はかろうじて床に届く程度で吊るされていおり、少しでも気を抜けばギチギチと縄が身体に食い込んだ。下手に動けば挿入された二本のバイブがさらにめり込みそうで、彼女はほとんど身動きすることができなかった。
 彼女、織田原のゴウキが寵姫、ユウ姫はひどく淫靡な責め苦の最中にいた。
 彼女の足元には注射器、塗り薬、経口薬の媚薬がいくつも散乱し、それらは惜しげもなく彼女に投薬されていた。頬は紅潮し、陶器のように白い体は朱を帯び始めていた。屹立した乳頭と肉芽は刺激を求めてじくじくと熱を持ち、潤んだ秘所から垂れる愛液は腿を伝った。彼女の綺麗な形の瞳だけが、その体の反応と乖離して不安と怯えに染まっている。
 矢部は彼女の物欲しさと不安を混じらせた表情を愉快気に覗き込み、おもむろに手元のスイッチに手を伸ばした。カチリと音がすると、彼女の胸に付けられたローターが震え始めた。
「……っ」
 彼女が轡を噛む。否応なく苛む甘い刺激に、じくりと性的な熱を呼び起こす。
 胸から伝えられるもどかしい快楽が、彼女の本能を引きずりだそうとする。媚びるような甘い声が出そうになる。
 カチリ。また別のスイッチの音。
 菊門に入れられたバイブが振動する。重くゆっくりとした振動が、下腹部までごりごり響く。バイブはその身をくねらせ、彼女の内蔵をこね始めた。
 そしてさらにスイッチが入れられる。秘所に挿れられたバイブが蠢く。彼女のナカを無理矢理押し広げていた太い幹の部分が激しく振動を始める。子宮口にあてがわれたその先端部分が、ぐりぐりと円周描くように回転し始める。
「ふぐぅっ!?  ふ、ん、んんんんー!!」
 予想外に大きな刺激に、彼女の瞳が見開く。秘所のバイブがその身をぐねぐねと蠢かすと、縄で連結された菊座を責める張り型がその動きに連動した。下半身を不規則に責める二つのバイブから逃れるように彼女はその身をよじる。が、吊られた状態では男を誘うように尻をふることしかできなかった。
 ブブブブブと重低音が下腹部から響いてくる。膣道と子宮全体を刺激する振動が、耐え難い快楽を強制する。いくつもの薬で敏感になった胸とその先から、いっそ服従したくなるような性感が絶え間なく送られてくる。歯が折れそうなほど噛み締めた轡から、唾液がとろりと零れ落ちた。
「ふー、んー! んんぅ……!」
 無駄だと分かっているのに、彼女は声を荒げて拘束を振りほどこうとした。そうでもしなければ、投薬された体がすぐに屈服してしまいだった。縄は暴れた分だけ彼女の華奢な体に食い込み、さらなる痛みと悦楽を強制する。
 暴れる体力もなくなると、彼女にとって最悪の時間が訪れる。陰惨な辱めの快楽に降伏する時が躙り寄る。妖魔、それも妖姫である彼女が、人間のオモチャで気をやる屈辱は筆舌に尽くしがたい。不可避の絶頂が近づくにつれ、深い絶望感と無力感が同時に押し寄せてくる。
 悔しさのあまり目尻に涙が浮かんだ。彼女の気持ちを無遠慮に蹂躙する性玩具が、無慈悲にその体を弄ぶ。いやいやをするように力なく降った頭が、彼女の艶やかな長髪を振り乱した。
「ふぐ……! やぅっ……! ううぅ!!!」
 小刻みな痙攣と共に、彼女は力なく絶頂を迎えた。何度か腰をひくつかせ、ぽたぽたと愛液が滴った。虚脱感に従うまま全体重を縄に預ける。
 けれどもちろん辱めは一度の絶頂では終わらない。秘所の尻穴に突っ込まれたバイブは彼女の体を悦ばせようと蠢動し続けているし、胸のローターも休む様子などない。子宮ごと膣を振るわすバイブは、収縮を繰り返すそこを嘲笑うように責め続けている。
 カチカチカチ、と矢部が手元のスイッチを操作する音がした。胸に付けられたローターがさらに振動を激しくする。乳房の先端から全体を震わせるような刺激が快楽に変わって彼女を襲う。
「ん、んんぅ……」
 苦しげに呻く彼女をみて、矢部はニタニタ気色の悪い笑みを作った。
 絶頂の余韻を残した体を二本のバイブが容赦なく責め立てる。さきほどと何一つ刺激は変わらないが、暴力的なまでに激しい振動が何よりも効果的に女を苛むことを、彼女自身がよく知っている。矢部に捉えられてからの数日間、彼女の体はそのことを十分に思い知らされてきた。意思や慣れ、疲労など何も関係ない。クスリを打たれ、膣をこね回しながら子宮を揺さぶられれば、歯を噛みしめようが泣き叫ぼうが無様に絶頂を重ねてしまう。捕らえられた初日に、彼女は思い知らされている。
 男性器を模した張り型が延々と性器をピストンし続ける機械が、そのことを彼女の体に刻み込んだ玩具だった。妖魔でも有り得ない速度で性器を抉られ、気が遠くなるほど子宮口をノックされ、何時間も休みなく犯され続けた。初めこそ抵抗したが、すぐに抵抗がどれほど無意味なことかを痛感し、結局彼女は気絶するまで性的絶頂を強いられることになった。気絶した後は、さらにクスリを打たれ、矢部の中出しレイプが始まる。彼女にとっては最低なことに犯されている最中に目覚めることが多いため、再度失神するまでレイプは続いた。
 そして今もまたその過程の最中にある。秘所をほじくり回すバイブが、全身に甘い痺れを届けている。何もかも投げ出したくなるような性的絶頂に誘惑される。子宮を揺さぶられ、我慢して我慢して、その末に無力さを思い知らされるような絶頂は、どうしようもなく惨めで、そして背徳的な快楽に満ちていた。
 下半身を苛む甘い刺激に、たまらず腰が跳ねそうになる。もう無理だと思ってぎゅうっと膣を締めると、ゴツゴツしたバイブとその幹に付けられた丸い突起物が肉襞にめり込んでたまらなく気持ち良かった。
「ふぐううううううううううう!!!!」
 深く長い絶頂が訪れる。何も考えられなくなり、体を反らせて思い切り絶頂の甘さを味わう。収縮を繰り返す膣に、バイブの責め苦は容赦なく続く。
「ふぎぃ!? あ、っぐ……うう……」
 彼女の瞳から光が失われていく。快楽に溶けていく目が、虚空だけを映していた。
 
 その後三時間、彼女は一時の休みもなく辱められ続けた。足元には愛液と潮の混じった水たまりができ、口からはだらしなく涎が垂れている。バイブの動きにあわせて腰を振り、時折体を震わせて気をやっている。何十回目かの絶頂の後、彼女は糸の切れた人形のように意識を失った。
「くくく……もう終わりかァ。情けねぇなァ」
 矢部は彼女から轡を外し、縄吊りの拘束を解いた。どさりと床に横たえ、バイブを二本とも抜き取ると、しばしその美しい肢体を眺めた。折れそうなほど細い四肢に腰、それとは不相応なほど肉付きの良い胸と尻。つい先程まで快楽に蕩けていた端正な顔。何度見てもしゃぶりつくすには最高級の素材だった。
 矢部は彼女の細い首筋に注射し、指で膣内に薬を塗布すると、狩衣を脱ぎ捨て、うつ伏せの彼女の腿にのしかかった。腕と足は変わらず竹と縄で拘束されているため、仮に今目を覚ましたとしても、ほとんど彼女は身動きすることができない。
 内腿に尻、濡れた秘所と、小さな背中、うなじに首と、舐めるように彼女の体を眺め、矢部は彼女の手首ほどもある太さのペニスを秘所に当てた。高くエラが張っており、長さは平均なそれよりずっと長い。
 気絶して無抵抗な彼女の秘所に、ずぶりとその肉棒を沈める。内部は先ほどまで責められていたせいで十分ぬかるみ、すぐに最奥まで亀頭は達した。
 彼女の尻に腹の肉を打ち付けるように矢部はピストン運動を始めた。太く長いペニスが彼女のナカをごりごり抉り、何回目かで下腹部の違和感に彼女は目を覚ます。
「……なっ……!? あ、あ、あ……! ひっ、ん……!」
 覚醒した途端体に流れ込む快楽に目を回す。状況理解より先に、バイブより太いペニスでナカを掻き回されている快感が襲ってくる。投薬されて異常に敏感になった体は、従順に矢部から与えられる快楽に従った。特に子宮を押し潰すように突き上げてやると、彼女は「ひんっ」「あんっ」などと黄色い声で悦んだ。
 矢部は彼女の意識が朦朧としていることがわかると、その極太のペニスでねっちりレイプすることに決めた。ゆっくり深く出し入れしてやると、彼女はたまらず甘い声で鳴いた。奥まで挿入して、ぐちぐちと子宮口を小突く。Gスポットに肉棒をゆっくり何度も往復させて擦り付ける。そうやって今にも絶頂しそうな体をねちねちと嬲り始めた。
「あ……あん……いやぁ……」
 うわごとのように言葉を零す彼女はもはや正気を保ってはいないらしい。ペニスを引き抜く。一瞬切なそうに顔を向けた妖姫に、再びゆっくりと奥まで挿入する。
「ふぁああ……」
 ひときわ甘ったるい声がした。
「なんだァ? わしのモノで満足させられたいかァ?」
「…………」
 表情がかすかに陰ったところをみるに、無言の肯定というわけではないらしい。まだ妖姫としてのプライドが無意識に残っていたようだ。けれど何も言い返せなかった時点でそんなものの脆さは十分伺えた。躊躇う彼女の秘所をグチョグチョとペニスで小突くと、彼女は観念したように顔を伏せた。
 矢部は思い切り腰を振り、わざと卑猥な音を立てて彼女を蹂躙し始めた。肉のぶつかる音に粘液の水音が響く。
「ああ……イ……や……ああ! イぅ……イッく……あっあっあっ!」
 ペニスが往復する度、彼女の肉癖が矢部を締め付けた。
「くははぁ、良いぞぉ! 貴様は実に良い性処理用便器だなァ!」
 本来なら彼女の逆鱗に触れるような言葉ももはや届いてはいないらしい。矢部に犯されるまま、嬌声をあげて悦んでいる。
「出すぞ。出すぞ出すぞ出すぞおお!」
 鼻息荒く矢部がピストンを繰り返す。彼女の子宮を押しつぶし、獣のようにペニスを打ち付けている。幾度もその肉壷を蹂躙し、絡みつく肉ひだと最奥の肉壁の感触を味わい尽くす。
「あ、ひっ、んん! ああ……! ひ、あ、あっ! あああっ!!!」
 彼女が耐え兼ねたように鳴くと、矢部は鈴口を子宮口にぴったり押し付け、その内部に精液を吐き出した。流れ込む精液に連られるように、彼女も体を震わせる。矢部がペニスを引き抜くと彼女の秘所から濃厚な白濁液が流れ出た。妖姫を征服したような快感がふつふつと湧き上がる。
 ぐったりとして未だ絶頂の余韻に浸る妖姫、その脚を持ってくるりと仰向けにする。腰を持ち上げ、精液の滴る秘所に再度矢部はペニスを突き入れた。
「ひぐ、あぅ……」
「まさか一度で終わるなどとは思っておらんよなァ?」
「いや……。いやぁ……! ……あっあっ……!」
 精魂尽きて力ない妖姫の声を、下卑た笑いがかき消した。その日もそれまでと同じように、彼女が気を失うまでレイプは続いた。

◆◆◆

 矢部が蔵から出ると、陽は既に落ち、寺社はいっそう暗く闇夜に溶けていた。
 蔵の戸を閉じ、注意深く周囲の様子を伺うも、取り立てて変わった様子はない。湿った空気がまとわりつき、そして妖魔も人をも寄せ付けぬ独特の静寂があった。
 今は月も雲に隠れて照らし出すことはない。この世界に唯一息する妖魔と式者からさえ隔絶されたその空間は、異世界めいた静けさが澱んでいた。
 のしのしと寺へ向かおうとした矢先、
「得難い静謐さねぇ」
 その声の後で、初めてその存在に気がついた。
 瞬間、死と隣り合う場でなお奔放に振舞う矢部にさえ、全身の毛が逆立つようなおぞましさが駆け抜けた。直感する。声の主は、気分次第で容易に自分を殺しうるものだと。
 反射的に目を見開いて声の方へと振り向いた。
 寺社の小道が外界へと続く先、入口のところに一人の女がいた。少女と言えなくもない容貌だ。顔立ちは整っているがまだ少し幼い印象を受ける。漆喰のような光沢を持つ長髪は幽玄な雰囲気を醸し出し、人形のように綺麗な瞳には無邪気さがあった。濃緑のショートジャケットに黒のパンツ姿は、どこかに買い物に出かける女子大生のようだ。
 無防備とか、能天気とか、そんな言葉が似合いそうな女だった。どこにでもいる『普通の』大学生。それが、それらの印象が、この状況と致命的に矛盾する。
 三重の結界を壊すでもなく解呪するでもなく悠々と突破し、仮にも式者である矢部から完全に気配を消し、そして何よりここで待っていた。
 そう、待っていたのだ。それが余りにも不自然過ぎる。
               、、、、、、、、、、、、、、
 待っていたとしたら、矢部の『行為』が終わるのを待っていたことになるのだから。
「鶴陵……?」
 他に思い当たる者はいない。結界をすり抜けるほど高位の式者は、全国にも片手の指を折る程度しかいないのだ。
「うふふ、ご明察。最近の性犯罪者はいくらか頭もキレるのね」
 女の曖昧な肯定に、矢部はいくらか緊張を和らげた。どうやらこの得体の知れない女は敵というわけではないらしい。矢部の行っていた行為は普通の式者ならば吐き気を催すほどおぞましい。まともな式者ならば会話など一言も交わさず殺しうる。それを容認するなど同業者か友好関係を持ちたい者しか有り得ない。
「くははは、お褒めに預かり恐悦至極。して、かの鶴陵の巫女様が何用でございましょう?」
 彼女の瞳がまっすぐ矢部を捉えると、心臓を鷲掴みにされているような心地がした。彼女はどうやら敵対者ではない。だが敵対者ではないからと言って、殺されない保証などどこにもない。戯れにでも殺されそうな気がした。無論、矢部とて抗う術がないわけではないが、交戦は可能な限り控えたかった。
「あなた、ホウキとケンキの飼っている妖姫のことはご存知かしら?」
「……ええ、それはもちろん」
「アレみたいに――、」彼女は蔵に目をやる「――好きにしたい?」
「……ははは。そりゃあもう」
「そう。じゃあ交渉なんだけれど、明日妖鬼が釜倉に攻めてくるみたいだから、ホウキの方を殺してくれないかしら? ケンキはこちらで対処するから考えなくて結構よ。報奨はお金がいくらかと、二匹の妖姫がいるホウキの屋敷位置情報の提供、それにあなたが関わっている妖魔の雌を売買するネットワークを式者の倫理委員会の捜査対象から外すわ」
「かはは、こりゃあ恐ろしい……。こちらのこともお見通しとは。いや鶴陵様ならば千里眼の類程度あると思ってしかるべきということですかのう。くふ、ご依頼受けますとも。受けなければどうなることやら」
「あら? 死ぬだけよ。苦しませないわ」
「くはは、さようで。いや実にお優しい。して、鬼殺しの際に一つ巫女様の護符を陳情させていただきたいのですが」
「言ってみなさい」
「馬鹿でかい円柱状の結界を張る符をお一つ。神奈河を覆うこの馬鹿でかい『何か』ほど大きいものじゃなくて良いのです。せいぜい500m直径くらいのもので」
「……ま、良いでしょう」
「有り難や、ではこちらに」
 鶴陵は矢部から受け取った白紙の符に術式を展開すると、瞬きの後にそれを符に封じ込めた。受け渡された符に宿る魔力、洗練された符術、結界の規模、そのどれもが矢部に畏怖を芽生えさせるに十分な代物だった。矢部自身、その体を呪術の贄に捧げて以来、百年以上に渡って人外のモノとして生きてきたが、眼前の巫女は人のままその領分を軽々と逸脱していた。
「それじゃあ、あとはうまくやってね」
「ははぁ、承りました」
 慇懃に礼を返すと、矢部が顔をあげた時には巫女の姿はいつの間にか消失していた。
 瞳をぱちくり、矢部はあたりを見回したがどこにもその姿はない。
「……ぐふ、くはは。いやはや恐ろしい。ホウキを殺せなければわしが殺されるのう……。しかし鬼殺しとは、やれやれ骨が折れる。かの鬼とわしではちょうど同い年くらいではないかのう。ひひ、下手をしたらホウキに殺されかねん。はて、助っ人などおったかの……?」
 狩衣の袖から通信機を取り出し、数少ない知り合いの式者の連絡先を探した。その内の一件に、彼は通信を送る。数回のコールの後、ハスキーな女の声が返ってきた。
『……よう、じじい。生きてやがったか』
「久しいな、ラウレッタ。今はエセシスターやってるんだっけか? オシメはとれたか?」
『ついに耄碌したか? いつの話をしてやがるくそじじい。それに私はお前と違って正式な聖職者だ。分かったらとっとと用件を言いやがれ』
「なに、簡単な仕事の話だ。鬼殺し、やるだろう?」
『……ケンキか?』
「いや、横濱の掃除道具の方だの」
『けっ、面白くもねぇ巫山戯た言い回しだよ。いつだ?』
「明日」
『おいおい大概にしろよ、時間がねぇぞ』
「気にするな、そんなものはいつでもない。報酬は札束3本だ」
『チッ……。いいさ、やるよ』
「ふむ、ではまた詳細は追って連絡しようぞ」
 通信を切り、矢部はのしのしと寺の本堂へと向かった。
「さてはて……鬼殺しか、くくくく。なんだァ、存外に血が滾るのう」
 ニタリと、陰陽師の顔が醜悪に歪んだ。

【残り16日】
30, 29

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