00.プロローグ
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今はもう忘れ去られた昔
イルヴァの地に十の文明の残骸が埋もれ
レム・イドの傷跡が癒えぬまま迎えた十一紀、
最も多くを破壊し生み出したと語られる時代
シエラ・テールの物語。
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ひと月の雨が降り終えた後、辺境の地カルーンの森が姿を変えた。
奇妙な光の霧に覆われた森は急速に根を広げ、人の住めない生体を作り出した。
東の大陸、ヴィンデールの森から始まったこの異変は、すぐにカルーンの民の生きる土地を奪い、多くの難民がノースティリスに流れ込んだ。
西方国の皇子は、この現象をイム・イドの災厄であると説き、異形の森とその民の根絶を唱えた。
ヴィンデールの民エレアは、やがて憎しみを避けるように人間の土地から離れていったが、対立の溝はうまらず、掃討戦は、今にも始まろうとしていた。
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まもなく夜の明ける頃だった。
ノースティリスに向かう商船クイーン・セドナの貨物にまぎれ込み眠っていたエーヴィヒは、突然、悲鳴のような轟音に起こされた。
「ん……なんだ?」
嵐だろうか。やけに辺りが騒がしい。エーヴィヒは隣にいたイーリスに目をやった。信じられないが、こんな騒がしい中でも彼女は呑気にすやすやと眠っていた。
「おいおい……マジかよ。こいつはいったいどんだけ睡眠欲強いだ……」
エーヴィヒはしばらくイーリスの横顔を見ながら呆れていたが、その間も状況は悪化するばかりだった。木材の裂ける音、船体をゆさぶる波の振動、帆を食い千切る風の唸り、まるで悪魔がもたらしたような突風の中で、年老いた水夫が神を呪って呟いた。
「エーテルの風だ」
……そして、船が二度目の悲鳴をあげた。
波の重壁が何もかもを押しつぶし、人々が祈る間もなく、クイーン・セドナは夜の海にのまれていった。