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第二章 黒髪好きの男

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『魔性』
 これほど自分を的確に表している言葉は他にないだろう。和田浩二(わだこうじ)は常々そう思っていた。
 彼の周りには常に女性がいた。物心がついたころからずっとそうだった。ごくごく普通の中流家庭で育ち、小学校から高校まで変わらず公立に通い、成績は平均程度で部活など熱心に取り組んだこともない。たしかに容姿や顔立ちは整っていたがそれでも特別目を引くほどではなく、どこまでも平凡なステータスしか持ち合わせていなかった。
 きっと雰囲気やオーラが特殊なのだろう。彼はそう結論づけていた。ちょっとした話術や気づかいで相手の心に釘を打つように印象づけ、じっと見透かすように意識を向ける。それだけで相手は勝手に好意を抱き、心を許し、そして身体を捧げてくれた。
 彼はこの生まれ持った才能を使い飄々と過ごしていた。性欲が有り余る中学生のころは学年問わず『魔性』を振りかざした。後輩や同級性との歳相応な恋愛はもちろん、先輩のお姉様たちに取り入って主導権を委ねて愉しんだ。同時に片手以上の人数を相手と付き合ったり、放課後の空き教室や体育倉庫、トイレの個室でセックスをしたこともあれば、新任の教師や教育実習生さえ手篭めにした。まだまだ未成熟な女生徒たちを相手にしていた彼には、成長しきった女のアダルトな身体が好きでたまらなかった。
 高校生になるとさらにエスカレートし、恋人がいる女生徒だけを狙い、横取りし、何組ものカップルを破局に追いやった。彼氏のことを想い続ける女を振り向かせ、女の悦びを教え、徹底的に堕とし、飽きたら捨てるということを繰り返した。当然恨みを買うようなことも多かったが、飽きた女を差し出すことで穏便に事を済ませた。高校を卒業するころ、すでに彼は異性を玩具やペットのように見ることしかできず、同時に真っ当な恋愛を楽しむことができなくなっていた。
 そんな彼も大学に進学すると落ち着くようになった。自分から仕掛けることはほとんどなくなり、寄ってくる女性の中で自分が決めた合格ラインを超えている相手しか手を出さなくなった。
 次の四月で彼は大学二回生となる。長い春休みも三月後半になるとやることもなくなり時間を持て余していたが、この日は少し違った。セックスフレンド(相手がどう思っているかは彼の知るところではない)が上京してくる妹を紹介してくれるらしい。
 少し早めに待ち合わせ場所に到着し、タバコを吹かした。空になったセブンスターの箱を開けては閉め、開けては閉め、せわしなく待つ。
「浩二ー!」
 数本のタバコを吸い終わるころ、大きな声、耳に障るキンキンとした声で呼ばれた。やや染ムラのある茶色のショートヘアー、少々きつい顔立ちだが雰囲気からは愛嬌が感じられる。肩や腕が露出していて見ているだけで寒くなってしまいそうで、短いスカートから見える脚は黒いストッキングによってむちむちと引き締められていた。
 半年前、ゼミの合同の飲み会で言い寄ってきた女だった。外見はぎりぎり合格、騒がしい性格は不合格。しかしそのときは黒髪で、とても綺麗だった。だから浩二はその日のうちにラブホテルに連れ込み、何度かセックスをして手に入れた。それからはたまに会って寝ている、それだけの関係。その程度で恋人のように振る舞う彼女に浩二は辟易していた。
「……へぇ」
 そんな彼女の隣りに佇む妹と思しき相手を見て、浩二は声を漏らした。肩を少し超えるぐらいに伸びた黒い髪。季節感に合った、腕や脚をしっかりと覆ったおとなしい服装。チラチラと伏目がちにこちらをうかがっている。
 やはり姉妹、目元と輪郭など顔の造りは似ていたが、雰囲気はまるで対照的だった。
「遅いぞ、絵美(えみ)」
「ごめんね、電車が遅れてたの」
 ぺろりと舌を出して悪びれる。どうせ化粧か何かで遅れたのだろう。そんな仕草に少々苛立ちながらも、絵美の妹――本命に目を向けた。
「この子が妹さん?」
「そう、妹の真美(まみ)」
「真美です、よろしくお願いします……」
 後半は尻すぼみになり、いまいち聞き取れなかった。見た目のとおり、消極的で引っ込み思案な性格のようだった。
 悪くないな。浩二の評価が上がっていく。絵美はその騒がしい性格が好きではなかったが、似た外見だろう妹には期待していた。するとどうだ、このおとなしい性格。外見、中身は合格、加えて姉妹に共通した綺麗な黒い髪。ふわふわとして触り心地の良さそうな髪質。手入れが行き届いていないのか少々艶が足りないところはマイナスだったが、それでも十分に合格圏内だった。
 この感覚はひさしぶりだった。いい女がいるぞと『魔性』がざわざわと騒いでいる。
「よろしく、真美ちゃん」
「は、はい……」
 にこりと微笑みかけると、真美はそれだけでぼっと顔を赤らめた。その様子から男慣れしていないことがわかり、めんどうだなと浩二は内心毒づいた。処女性は求めていないので、男を知っているほうが楽で良かった。しかし真美は異性に対してまったく免疫を持っていない。男友達もいないのだろう、こんな相手は慎重にやらないと拒絶されてしまう。
 今回は上玉なのだ、逃すわけにはいかない。
「どうする? どこ行く?」
「今日はこの辺のこと、真美に教えてあげたいの。この子も、私たちと同じ大学に通うの。浩二と同じ学部よ」
「そうなんだ。なら四月から俺の後輩になるんだね」
「は、はい。そうです」
「じゃあ適当に回ろうか」
「賛成!」
 絵美は妹の前にもかかわらず、飛びつくように浩二の手をつかんだ。つんと鼻を突き刺すような香水に、浩二は顔をしかめてしまいそうになる。そして気づく、この香りは以前、気まぐれで買い与えた香水だった。
 つくづく面倒な奴。浩二の心中に毒が溜まっていく。が、そんなことよりも今は本命の相手をすることが先決だ。
「ほら、真美ちゃんも隣りに来て」
「え……あ、はいっ」
 ぽかんとした様子。しかしすぐに浩二の隣りに立った。こちらの市販のシャンプーの香り。あまり自分を魅せることに興味がないのだろう、その素朴さも悪くない、評価はプラスだった。
「じゃあ、行こうか」
「……はい」
「よーし、行こ行こー!」
 とにかく今は自分という存在を覚えさせる必要がある。うつむきながら歩く真美に意識を向け、あれこれ話しかけてくる絵美には適当に相槌を返した。

「ふぅん、絵美は共学で、真美ちゃんは私立に行ってたんだ」
「そうなの。しかも中学校からエスカレーターでそのまま。ずーっと女子高だから、彼氏は一人もできなくって」
「お、お姉ちゃん……」
 慌てて止めようとしたが遅すぎた。知り合ったばかりの男性に恋愛事情を知られ、真美は恥ずかしさのあまり黙ってしまい、オレンジジュースをごきゅごきゅと飲み干した。
 大学近辺の紹介も終わり、三人は休憩と親睦を深めるために手近なカフェに入った。ようやく真美に近づける機会。浩二は慎重に言葉を選ぶ。
「四月からは浩二と同じ学部……いいなぁ、羨ましい」
「おいおい。学生の本分は勉強だぞ?」
「そうだけどさー。あーあ、私もがんばってそっちに入れば良かったなー」
 スコーンを齧りながら絵美は答える。ただでさえ鬱陶しいのだ、同じ行動範囲にいられたらたまったものではない。絵美は『関係した女』の中では隠し方が下手で、いつボロが出てしまうか冷や冷やしているのだ。
 そんな二人のやりとりに真美はクスクスと笑った。
「あ、ようやく笑ったね、真美ちゃん」
「ごめんなさい、おかしくって」
「もっと笑いなよ。そのほうが可愛いよ」
 その言葉にぴきりと固まる真美。やりすぎたと思ったところに絵美が茶々を入れ、どうにか空気が戻った。もっと慎重にしないと駄目だな。絵美にからかわれる真美を見ながらこの場は引くことにした。
 それからカフェを出て、大学構内を案内しているうちにすっかり日は落ちていた。
「わー、こんな時間。ねぇ浩二、晩ご飯どこかで食べていかない?」
「ああ、そうだな」
 この言葉を待っていた。真美との距離を一気に詰め、『魔性』を浴びせるチャンスだった。自分から言い出しても良かったが、姉である絵美から言うほうが真美も安心するだろう、そんな算段だった。
 ここからあとは、有無も言わさず推し進めるだけ。
「せっかく大人が三人もいるんだから、飲みに行こうか」
「いいねー。私、駅前の居酒屋ならクーポン持ってるよ」
「あの、私まだ未成年……」
「やばそうだったらちゃんと止めるからさ……ダメかな?」
「大丈夫大丈夫。どうせ大学に入ったら飲む機会が増えるんだもん。練習だと思えばいいよ」
 真美の説得が大変だと思っていたが、タイミング良く絵美が後押しをしてくれた。そうなればあとは簡単である。
「なら、行きます……ほんとに、止めてくださいね?」
 じぃっと、上目遣いでお願いをする真美。その仕草に浩二はムラムラとしてしまう。最初のころから比べるとかなり打ち解けていた。目を合わせて話せるようになり、笑顔も増えた。頼りになるお兄さん、といった印象を持たれていることが感じられた。このまま現状維持で付き合い続ければ、きっと本当の兄妹のように親しくなれるだろう。が、浩二はそんな関係は求めていない。自分が求めている好意に変えるには、あと数手、詰める必要があった。
 

 平日ということもあって居酒屋は空いていた。すぐに四人がけのテーブルに案内され、絵美が手前から奥に入り、真美が絵美と隣り合うように通路側、浩二は絵美と向かい合うように座った。
 フードメニューの注文もそこそこに、まずは乾杯。程良くアルコールも回ったところで浩二は行動を起こす。
「真美ちゃんって、女子高に通ってたんだっけ?」
「はい、中学校のころからそのままです」
 様子は変わらないが、口調は少しトーンが上がり語尾はかすかに間延びしていた。意識ははっきりとしているようなので、そこまで弱くはないことがわかった。
「大学生になったら、彼氏、作れるといいねぇ」
 顔を赤くし、ふらふらと饒舌に話す絵美。これはいつものことで、実はそれほど酔っていないことを浩二は知っている。
「私たち姉妹はさー、ほら、胸がそれほど大きくないからさぁ。セックスアピールが弱いのよねぇ」
「おい、絵美。酔い過ぎじゃないか?」
「お水、もらったほうがいい?」
「大丈夫、だいじょーぶだから」
 言い寄られたときもこうだった。何かと性的な話題を振っては自分だけが楽しむという酒癖。浩二はこの状態の絵美を作りたかった。真美にそういった話題を振るには自分からではいけない。下心以前に、男性に対して警戒してしまうからだ。なので、どうしても絵美を利用するしかなかった。
「でもねぇ、真美、可愛いからすぐ彼氏できると思うなー」
「やめてよぉ、もうっ」
「脚がね、私と違ってすらってしてるの。綺麗なのよぉ」
「へぇ。真美ちゃんの彼氏になる人、羨ましいなぁ」
「も、もう! やめてくださいよ!」
 良い感じに崩れてきている。アルコールの効果もあって真美は今、かなり無防備な状態だった。もう頃合いだろう、浩二はずっと抑えていた『魔性』を解き放つことにした。
「でも真美ちゃん、本当に可愛いよ。俺だったら放っておかないなぁ」
「え、そんな、困ります……」
「はは、冗談じゃないよ?」
「え、それ私困るんだけどー」
 非難する絵美を無視し、真美に意識を向け続ける。と、ここで浩二に運が巡ってきた。絵美が化粧を直してくると言って席を立ったのだ。
浩二と真美、二人きり。ここは勝負所だった。
「まったく、絵美はあいかわらず言いたい放題だな」
「すみません……お姉ちゃんったら……」
「まあそんなところが絵美のいいところだけどね。それよりさ……もっと真美ちゃんのこと、知りたいな」
「わ、私のこと、ですか?」
「そう、君のこと。真美のこと、もっと知りたい」
「えっ?」
「あ……今、呼び捨てにしちゃった?」
「いえ、特に気にしませんから……」
「なら、真美って呼んでもいい?」
 真美はうつむきながら、はい、と小さくつぶやいた。距離が詰まっていくことが体感できた。もう少し踏み込んでも大丈夫だろう。わずかな感触を頼りに進んでいく。
「じゃあ真美。彼氏……いや、男には興味ある?」
 呼び捨てだけでなく、少し態度を崩し気味に言い放った。怖がっている様子はない。近い。ようやく手の届く距離まで近づいた。
「よくわかりません……」
「女子高とかじゃ、そんな話題で持ちきりなんじゃないの?」
「そういう話しをしているグループもありましたが……私は……」
「ああ、ごめん。そうだね、そんな話し、嫌いそうだよね。ごめん。なら、彼氏にしたい男性のタイプとかは?」
「えっと……」
 こきゅり、こきゅり。真美は喉を潤すようにカクテルを飲んだ。これで二杯目。意識ははっきりとしている。ここで真美は急変した。目には強い意思が宿り、明らかに警戒していた。態度が変わった男への危機感なのだろうが、これは浩二にとっては嬉しい行動だった。ようやく心が露呈したのだ、付け入る隙が広がっただけにすぎなかった。
「和田さんって」
「浩二でいいよ」
「……和田さんって、お姉ちゃんと、どんな関係なんですか?」
「どうって、どんな関係に見える?」
「わかりません。だから、訊いているんです」
「うーん。たぶん、真美が想像しているような関係ではないよ」
 ぼかし気味に答える。決して嘘をついているわけではない。真美はおそらく恋人同士と思っているのだろう。だが浩二はセックスフレンド、それ以上それ以下もない。
「お姉ちゃん、黒髪だったんです。とても綺麗な、長い黒髪だったんです」
 この答えに業を煮やしたのか、真美はまくし立てるに言う。
「私はそんなお姉ちゃんの髪が好きでした。お姉ちゃんも自慢の髪だと言っていました。私もいずれ、お姉ちゃんのように髪を伸ばしたいなと思っていました。ですが、今日会ったら……茶色に染まっていて、髪も短かった。私はすごくショックでした」
 言葉尻が震えている。感極まった真美に、浩二の心は弾んでしまう。どう化けるのだろう、楽しみでしかたがなかった。
「彼氏に言われてそうした。そう聞きました。和田さん、あなたではないのですか、恋人というのは」
 たしかに、そう命令したのは浩二だった。黒髪が好きな彼は最後の戯れとして黒髪を染めさせたり、髪型を変えさせたりするのだ。真美の言うとおり、絵美はとても綺麗な黒髪だった。しかし何度も抱き、すっかり虜になったところで飽きてしまった。だから茶色のショートヘアーを勧めた。それが好みだと言うだけで絵美は疑うことなくそうした。
 大学内で噂にならないよう、どの女にも自分との関係は秘密にするよう釘を刺していたが、妹に言っているとは想定外だった。
「それに、今日はお姉ちゃんから彼氏を紹介すると言われました。あなたのことです、和田さん。どうなんですか?」
 そこに今までの真美はいなかった。びくびくおどおどしていた最初の姿はなく、はっきりと敵意を向けられていた。姉をこの男から守りたい、そんな気迫が感じられた。浩二はこの思わぬ反撃に、獅子が噛みついてきた小動物とじゃれ合うような嗜虐心を感じた。
「うーん、やっぱりそう思われてるのかぁ」
 軽く頭を掻き、わざとらしく肩をすくめる。
「真美、俺はね、絵美の彼氏になった覚えはないんだ」
「……どういうことですか?」
「たしかに、髪を切ったり染めたりしたのは、俺の影響かもしれない。そんなことを言ったかもしれない……覚えていないけどね。でもそれは、一人の友人として言っただけだ」
 じっと、真美の目を見つめる。真美は逸らすことができず、二人は目を合わせた。
浩二の体内では、『魔性』が早く出せ、あの女に浴びせろと煮立っていた。
「なら、お姉ちゃんとは」
「単なる友達だよ。でも」
 目を細める。口の端を吊り上げ、ニタリと笑う。
「肉体関係は持ったことはあるよ」
「……っ!」
 ひゅうと、真美の吸い込んだ空気が鳴いた。信じられない、そんな表情をしている。驚きのあまり警戒が解けていた。もちろん、それを見逃すような浩二ではない。
「恋人以外の相手とそんな関係になるとか、真美には信じられない話しかもしれない。でも、大学生にもなれば立派な大人だ、自己責任で行動するなんて当たり前さ」
「で、でも……」
「俺と絵美がそんな関係ってだけのことさ。ああでも、絵美は俺以外にセックスフレンドはいないみたいだよ」
「せ、セック……!」
 真美は言葉を詰まらせた。まとっていた敵意は霧散し、元の小動物に戻っていた。壁を取り除き、感情を膨らませ、それを破って生身の真美と対面することができた。今が最も無防備な状態。あとは最後の詰めだけだ。
「なあ、真美」
 そっと真美の手を取った。真美はその手を払えない。目を丸くして、浩二を見つめている。伝わる動揺、感情。経験から言えば『魔性』が全身に広がっている頃合い。もう時間の問題だった。
「俺さ……真美のこと、すごく心配なんだ」
「え……?」
「真美はすごくピュアな気持ちなんだと思う。初体験は心から愛した人に捧げるもの、そう考えてるだろう? でも周りの男たちはそんなことはどうだっていい。純粋なだけじゃあ、馬鹿な男に純潔を散らされてしまうよ?」
「そんなこと……」
「ほら、そんなところが心配なんだよ」
 繋いだ手を引き寄せる。真美は抵抗できない。すりすりと手を撫でる。そこはすべすべとした肌、柔らかな手のひら。
「俺なら真美のこと、大切にしてやれる。優しく、抱いてあげるよ」
 囁く。それはさながら悪魔の言葉。けれど真美には違う。浩二の言葉は優しく残酷に真美の心を揺らし、次の瞬間には遅効性の毒のようにじわじわと蝕んでいく。
 これで、終わり。最後の詰めも終わった。あとは浸透した『魔性』に委ねるだけ。
「和田さん、私……」
 真美の返事。その途中で、浩二は手を離した。
「な、なんで……?」
「おかえり。お前遅すぎ」
「ただいまー。いつもより念入りに直してたら遅くなっちゃった……て、あれ? どしたの二人共」
 普段よりも厚めの化粧をした絵美が戻ってきた。先ほどまでの二人のやりとりを知らない絵美は、二人の間に流れる不自然な空気に首を傾げる。
「わ、わたし、トイレっ」
真美は席を立ち、逃げるように店の奥へ走っていった。そんな妹を、絵美はさらに不思議そうに眺めていた。
「あの子どうしたの?」
「ちょっとな。なあ、こっち座れよ」
 浩二の言葉に絵美は二つ返事で座った。それも言われてもいないのにぴっちりと密着する。そんなペットのように懐く絵美の下半身に向かって手を伸ばした。
「……ちょっと、ここはダメだって」
 スカートの上から脚を撫でる浩二の手を押さえようとするが、それでも止まらない。さわさわと、薄いストッキングの上から肉厚な脚を撫でる。弾力のある脚は嫌いではなかったが、すらりとしているらしい真美の脚のほうに興味があった。
「最近ヤってないよな。溜まってるんじゃないか?」
「否定はしないけどさ……でも、ここは……」
「店の隅だから気づかれないさ」
 背中から手を回し、自分から遠いほうの胸をつかむ。言っていたように、簡単に手に収まってしまうような小さなサイズ。わずかな弾力で押し返すそこを下着越しにぐに、ぐにっと力任せに握ると、絵美は顔をしかめて喘ぐ。痛みの中で性感を見出し、それを全身に巡らせていた。
 浩二は手を緩めない。服の上、下着の上から的確に乳首を探し、そこを引っ掻いた。
「ちょっとぉ」
「気持ちいいんだろ? お前ここ弱いからな」
「これ以上は、んんっ、はぁン!」
「あまり声出すとバレるぞ。口を塞げ」
「そっちは、ダメ、あ、アァアアア!」
 左手は胸を、右手は秘部を責める。ストッキング、ショーツの上からでも濡れていることがわかった。股間の突起をピンポイントに狙い、ごりごりと押し潰す。ただでさえ敏感なそこが乱暴に扱われている。身を裂くような痛さが下半身を中心に暴れ回るが、すぐに悦びへとすり替わる。
 浩二が言っていたとおり、絵美は長らく男に抱かれていなかった。浩二の恋人と自称する彼女は、彼以外に身体を許さない。つまり浩二が相手をしない限り、絵美は欲求を満たすことができないのだ。
 相手の発情さえもコントロールする。これも『魔性』の一つだった。
「黙れって言ってるだろ」
「でも、アア、アアだめ、もうずっと、ほしくって……!」
「飢えてやがって。下も涎だらけじゃないか」
「ひ、ひぃっ」
 がくがくと震え始める絵美。ほどなく絶頂に達するだろうが、もうここらが潮時だった。もっと苛め、焦らし、このあとの交渉を円滑に進められるようにしたかったが、真美がいつ戻ってくるかもわからないし、これ以上は店員に気づかれる恐れもある。
これぐらいでいいだろうと手を止めると、絵美は物欲しげな顔を浩二に向けた。
「おわり……? どうしよう、我慢できない……」
「エロい顔してるぜ?」
 顔は酔っているので赤いままだったが、脚はもじもじと擦り合わせて、ハァー、ハァーと一回が長い呼吸を繰り返している。
上出来だ、しっかり躾けた身体には火が灯っている。
「ところで、真美ちゃんだけどさ。可愛いよな」
「え? んー、そうね。身内の私が言うのも何だけど、垢抜けないところがいいよね」
「今夜、真美ちゃんはどこに泊まるんだ?」
「今夜というか、どうせ同じ大学に通うんだから、ルームシェアするの」
 と言ったところで絵美は気づいた。浩二から滲み出るサディズム。背中に寒気が走り、鳥肌が立ち、冷や汗が流れた。
 まさか。まさかそんなことを。浩二が考えていることをわかってしまい、絵美は動揺を隠せない。
「なあ、絵美。ちょっと頼みがあるんだ」
 心の距離は詰まった。次は物理的な距離を詰める必要がある。そのためには周りから崩していけばいい。浩二は懐いたペットにお願いごとを囁いた。
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 浩二の言葉は真美の心に深く刺さっていた。トイレから戻ると浩二には何事もなかったように振舞われ、こそこそと様子をうかがうも何の反応もなし。呼び方も「真美ちゃん」に戻り、あの不穏な雰囲気とふてぶてしさすら感じた態度もなかった。そんな素っ気ない浩二が余計に真美の中に残り続けることになった。
 肉体関係、セックスフレンド。現実感のない言葉を聞いた。それに手。まだ温もりが残っているような気がした。
『俺なら真美のこと、大切にしてやれる。優しく、抱いてあげるよ』
 また響いた浩二の言葉。ずっとこの言葉が頭の中で繰り返されている。心がもやもやとしている。いったいどんな感情が生まれようとしているのか、真美にはわからなかった。
 シャワーを浴びてもすっきりせず、酒の酔いも手伝い足元が浮いてしまうような、ゆらゆらとした気分で姉のいるリビングへ向かう。絵美はベッドに寝転がって携帯電話をいじっていた。真美はその隣りに敷かれた来客用と思われる布団に横になった。
 きっとあの男はこの布団を使っていない。ベッドで姉といっしょに寝ているのだろう。どんなことをしているのだろうか。姉はどんな愛され方をされているのだろうか。そもそも、ちゃんと愛されているのだろうか。ぐるぐると思考は回る。
「疲れた?」
「うん、ちょっとだけ。でも大丈夫だよ」
「ふふ、良かった」
 何気ない姉との会話。とてもひさしぶりだった。地元から出てきてずっと緊張の連続だったので、ようやく一息つけたような気がした。
 照明が落とされる。オレンジ色に光る豆電球はとても優しい輝きだった。
「……真美」
「なあに、お姉ちゃん」
「大学合格、おめでとう」
「ど、どうしたの急に……照れるよ」
「電話では言ったけど、直接言ってなかったなぁって思ってね。ふふ、おめでとう」
「……ありがとう」
 真美は照れを越して恥ずかしくなってしまい、枕に顔を埋めた。それから二人は他愛のない話しを交わした。二人が離れ離れになり、時間を共有できていなかったころの話しをすることで、空いた時間を埋めようとしていた。
「真美。今日は、いっしょに寝ない?」
 疲労と酔いからまぶたが重くなり始めたときだった。絵美のこの言葉に真美の目は覚めた。
「いいけど……どうして?」
「昔はよくやったじゃない。ひさしぶりだから、さ」
 言われて思い出した。お互い中学生に上がるまでは同じ部屋でいっしょに寝ていた。おしゃべりが楽しくて、つい夜更かししてしまったこともあった。中学生になってからはそれぞれ自分の部屋を持つようになり、そのときからそんな機会はなくなっていた。
 懐かしいなぁ。真美はいそいそとベッドに入った。そこは姉の体温で温まっていて心地良かった。
「ふふ、ひさしぶりね」
「そうだね」
 わくわくしていた。けれど眠気はそれを妨害する。四月からのこと、浩二のこと。いろいろと考える必要があったが、まるで頭が回らない。
「ねえ、真美」
「……ん?」
「浩二……和田さんのこと、どう思う?」
 真美は浩二とのやりとりを絵美には言っていない。もちろん浩二が絵美に抱く感情なんて言えるはずもない。ためらっていた。言うべきか、言わないべきか。それよりもまず、どう答えれば良いか。
「……いい人とは思う。でもよくわからない」
 朦朧とした意識の中、答えた。それは真美の素直な答えだった。あまり男性と接点のない真美の目にも、浩二の容姿は魅力的に感じられた。どこか危なげな雰囲気があるものの物腰はとても柔らかく、細かいところまで気配りができる親切な人。けれど嫌煙家である真美は、浩二の身体に染みついたタバコの臭いだけは受け入れることができそうになかった。
 真美の意識は今にも眠り落ちてしまいそうだった。だから真美は気づかなかった。眠気でぼやける視界では、悲しそうな絵美の顔がはっきりと映らなかった。
「真美。ごめんね」
 絵美は真美の背中に腕を回した。そして引き寄せる反動で近づき、抱き締めた。その瞬間に真美の意識は覚醒したが反応は遅く、二人の唇が重なるには十分すぎる時間だった。
「……んむっ」
 抵抗する真美、しかし逃さないよう、手に力が入る。絞めつけ、ちゅうちゅうと唇を吸う。
「おねえ、ちゃ」
「んん、真美ぃ」
「やめ、やっ……」
 必死に抵抗するもその力は弱い。どうしても姉には逆らうことができず、真美のファーストキスは奪われた。舌が歯を舐めて、奥に伸ばされる。わずかな隙間から侵入されようとしたとき、真美は反射的に歯を閉じた。
「あっ、いたっ」
「……ご、ごめんっ」
「もう、痛いじゃない」
 と言う絵美に痛がっている様子はない。真美は恐怖で奥歯がカチカチと鳴っていた。怖い。親しいはずの姉に、真美は恐怖を感じていた。
「どうして、こんなことするの……?」
「……私、浩二には逆らえないの」
 言っている意味はわからない。けれど異常な事態であることはわかってしまった。この状況もそうだったが、それ以上に姉の様子。目が普通ではない、焦点が合っていない。自分ではない、どこか遠くを見ているようだった。あの男を見ているのだろうか。考えたくもないことが頭にちらついた。
「ああもっと、もっとやらないと」
 ふらふらと、パジャマのボタンに指がかかった。身体を捻って抵抗してもあっという間に組み伏せられる。頭では、おかしいこと、異常なことはわかっている。しかし振り払えない。身体が、動かない。
「そうよ、そう。そのまま、おとなしくしてて」
 ボタンがぷつり、ぷつりと外されていく。
「やめて、やめてよぉ……」
 絵美は止まらない。ボタンはすべて外され、開かれてしまった。パジャマの下にブラジャーはなく、肌が、胸があらわになった。
「綺麗な肌……うっとりしちゃう」
「う、あっ」
 絵美は真美の肩を噛んだ。褒めたばかりのその肌を、あむあむと甘噛みをした。痛くはないが、その行為に恐怖とくすぐったさでザワザワと鳥肌が立ってしまう。
「いい子ね、真美」
 口を離す。歯形が赤く残り、ぺっとりと唾液がついていた。その痕を癒すように舌が這う。ちろ、ちろり。生温かい舌先が肌を犯していく。
 次に絵美の目に入ったのが、真美の慎ましい胸。小さくも桃色の乳首がつんと張った、乳房。
「私よりも胸、小さいんだね」
「やめてよぉ……ひゃん!」
 絵美の手がやわやわと肉の丘を撫でる。小ぶりな分感度がいいのか、その動き一つ一つに反応する。ぴんと突起を弾くと、全身が飛び跳ねるように真美は身体を震わせた。
「くすぐったい?」
「わか、わかんないよ!」
「すごく感じやすいようだけど……真美って、オナニーしたことある?」
「…………っ」
「へえ、するんだ」
 何も言えなかった。それは肯定と同義。ずっと異性とは縁のない生活を送っていた真美だったが、興味がないわけではなかった。むしろ憧れていた。まだ見ぬ恋人と結ばれ、関係を結ぶ。自分の身体を捧げて、相手の求めることに応えて、愛を分かち合う。もちろん体験したことはないので肝心のシーンのイメージができず、性的快感もわかるはずがない。そんな霧の立ち込める妄想だったが、夜な夜な自分を慰めていた。
 そのことを絵美に言い当てられ、真美は姉に対して形容しがたい苛立ちを覚えた。
「誰を考えるの? 芸能人? もしかしてお父さん?」
「やめて……!」
「バイブとかローターとか使ったりする? ……そもそもこの二つが何のことか知ってる?」
「やめてよ!」
 ついに拒絶した。肩をつかみ、横になぎ倒す。怒りと恐怖で震える手ではとてもボタンを留めれそうになかったので、自分自身を抱き締めて晒された上半身を隠した。
「少しは開発できているようね」
 精一杯の拒絶は少しも届いていなかった。どうすることもできない、真美の心が折れかかった、そのとき。部屋の扉の鍵が開く音がした。旋錠された鍵が開かれたのだ。
「だ、誰か、入ってきた……!」
「大丈夫よ。私たちの知ってる人よ」
 足音が近づいてくる。照明がつけられた。
 浩二だった。
「わ、和田さん……!」
「おー、始まってる始まってる」
シャワー浴びる? 面倒だ、さっさとシたい。二人は言葉を交わす。
「何なの……これ、これは何なの!」
 声を張り上げると、浩二はヒュウと口笛を吹き、茶化す。絵美は今にも泣きそうな表情を真美に向けていた。
「浩二から、真美とやりたいってお願いされたの……」
「やり、やりたいって……」
「ああ、セックスだよ」
「…………!」
 急騰する頭。血が上りすぎて言葉が出なかった。真美が想うセックスは浩二が考えるようなコミュニケーションではない、もっと高尚な意思の疎通、気持ちの伝導なのだ。
 怒りのあまり酸欠になってしまいそうだった。それは浩二に対して、それと姉に対しても。
「お姉ちゃん、それで、いいの?」
「嫌よ……たとえ妹でも、許せない。浩二を、誰にも渡したくない」
「だったら!」
「言ったじゃない。逆らえないの……愛想つかされたら私、どうすればいいの?」
 言い知れぬ恐怖を感じていた。姉はこの男しか重要視していない。この男から離れたくない一心で関係のない妹を捧げようとしているのだ。自分の気持ちを我慢してまで!
 真美は理解してしまった。姉は、この男に狂わされている。
「やだ、私、ぜったいにやだ……!」
「ごめん、ごめんね……」
 絵美は真美を離し、ベッドに腰かける浩二に身体を寄せる。逃げ出したかったがおそらく無理だろう、浩二がじっと見ているのだ。逃さないように、そして値踏みをするように。
 ぎゅっと、さらに身体を抱き締める力を入れる。もう自分を守るのは自分しかいなかった。


「こらこら絵美。真美ちゃん、怖がってるだろ?」
「んん、でもぉ」
「まずは歩み寄るんだ。ほら、脱げよ」
 浩二の言葉に、絵美はパジャマを脱いだ。上、下。ショーツも脱いであっという間に全裸になった。姉の裸体を最後に見たのがいつかは覚えていなかったが、女の身体になっていた。決して良いスタイルではないが、肉づきのある腰や脚からは男を欲情させるいやらしい色香が感じられた。
「ねぇ、浩二も」
「ああ」
 絵美に応えるように、浩二も一枚、一枚と服を脱いでいく。
「ほら、見てごらん。これが男の人の身体だよ」
 浩二はベッドに脚を投げ出すように座り、真美と向かい合った。幼いころ父親と風呂に入ったことはあった。学校で保険体育も勉強した。しかし、自分に近い年齢の男性の裸体は初めてだった。がっちりとした肩。筋肉質な胸板。無駄な肉のない腹。当たり前だったが自分の身体とはまったく造りが違った。その最たるものが、股間の怒張。目を逸らせなかった。太く、赤黒く、脈打っている。
実物のオスがそこにある。真美は浩二の身体に釘づけだった。
「あら、興味津々?」
「そ、そんなこと!」
「あまりからかってやるなよ。ほら、絵美。シてくれよ」
「うん、わかった……あっ」
 絵美は浩二の隣りに座り、股間に顔を落とし、咥えた。真美からはペニスを頬張る絵美の横顔がはっきり見えた。
「んぷっ、んんっ」
 くぐもった声、水気のある音。それが静かな部屋に響く。
「ああ、そんな……」
 その光景に真美は固まってしまい、意思とは関係なくフェラチオを視界に入れていた。頬をすぼめ、吸いつき、じゅるじゅると音を立てている。今日知り合ったばかりの男のそれを口で奉仕している姉。その姉の頭を撫でる浩二はペットを可愛がっているような、同じ人間として対等に扱っているようには見えなかった。
(口であんなことするんだ……)
 姉のフェラチオ。見たくない光景だった。それなのにもっと知りたいと思う自分がいた。フェラチオという行為がどんなものであるか、知識では知っていた。が、これほどまでに熱烈で、下品な行為だとは想像もできなかった。好奇心が恐怖、緊張を抑圧し、興味が湧き始めていた。
「んっぷ、どう、浩二ぃ」
「あー、いいな。もっと奥まで入れてくれ」
「ふぁい、んぶ」
 絵美の懸命な奉仕に浩二の気持ち良さそうな顔と声。それらが真美の身体を昂らせる。ちりちりと、下半身が熱くなっていく。普段の自慰とはまったく違う。心の表面だけを刺激するような興奮ではない、身体の奥から熱くなっていくような、本質的な興奮だった。
 もしここに二人がいなければすぐに自慰を始めたことだろう。股間の奥、子宮がきゅんきゅんと疼いていた。
「もういい。十分興奮した」
 絵美が離れると、口とペニスの間にねっとりと唾液の糸が伸びる。絵美の顔は高揚していて、一目で飢えていることがわかった。
「真美も、する?」
 熱心に見入っていたのか、声をかけられてもすぐには反応できなかった。我に返った瞬間、強く首を振って拒絶する。けれどそんな様子に絵美はクスクスと、浩二はニヤニヤと笑う。
「どうしたのぉ? 興奮してるんじゃないの?」
 絵美は真美ににじり寄り、しっかりと身体を守っていた腕をつかんで無理やり開いた。肌が浩二に晒されてしまう、必死に抵抗するが絵美の力にはびくともしなかった。
「そんなに乳首硬くしちゃって。いやらしい子ね」
「し、してない、なってない……」
「強情だな、真美ちゃんは。下も見てやれよ」
 浩二の言葉に、真美は上半身を諦めて下半身を守ろうとした。けれどそんな抵抗も絵美に通じず、呆気なくパジャマを奪われてしまう。
「ほう……」
 浩二は感嘆の声を漏らした。絵美が言っていたとおり、真美の脚は細い。男を惑わすような魅力はなかったが少女的な魅力が感じられた。そして両脚の間にある白いショーツ。すぐに両手で覆われてしまったが、たしかに見えた。黒々の茂る陰毛が透けて見えるほど、ぐっしょりと濡れていた。
「隠しても無駄よ。そんなに濡らしちゃって」
「俺たちを見て出来上がったのかな?」
 ほとんど裸に近い状態。最後の抵抗と言わんばかりに二人を睨む真美。けれど否定はできなかった。さっきから身体が熱くて仕方がなかった。二人の言うとおり、興奮している。そしてそのことを真美は自覚していた。
「真美ったら、見てるだけでそんなになっちゃうなんて」
「やっぱり姉妹、淫乱だな。素質がありそうだ」
「なら真美も天国に連れていってもらえるわね。ふふふ」
 二人の言葉が胸に刺さる。どれも図星だからだ。無視することも否定することもできず、すべてを受けて止めてしまう。
(そうだよ、もう我慢できない……どうしよう、今触られたら、振り払えない……)
 限界だった。未知の体験の恐怖よりも、身体の火照りを沈めてかった。それが姉を狂わせた男だろうと構わないとまで考えるほど、冷静な判断ができなくなっていた。
 そんな様子の真美を察し、浩二は最良の選択を行なう。
「まあ嫌がっている子を相手にする趣味はないな」
 それに驚いたのは真美。ずっと向いていた視線が外され、絵美に向う。浩二は絵美をベッドに押しつけ、お尻が突き上がる体勢にさせた。
「え、わ、私?」
「真美ちゃんがだめなら、今夜俺は誰とヤればいいんだ? お前しかいないだろ?」
「……嬉しい」
 完全な代用。けれど絵美の声や表情は心から嬉しがっているようだった。
「見とけよ真美。今から、お前のお姉ちゃんとセックスをするぞ」
「……お姉ちゃん」
「大丈夫よ真美。ちゃんと見て、あああああーっ」
 ぐちゅっ。言葉の途中で、入れた。真美の目には絵美と浩二が密着したようにしか見えなかった。だが、今まで知ることのできなかったセックスが目の前で行われているのだ。
「あー、あー……入ったぁ、おちんぽ、入ったぁ」
「がばがばだな……もっと締めろよ」
 ぎりぎりと尻たぶをつかむと絵美はその痛みに眉を曲げる。全身の筋肉が強張り、膣内がきゅぅうと引き締まった。
「それでいい。じゃあ、やるぞ」
 最初からはげしく腰を打ちつける。ぱんぱんと、ぬちゅぬちゅと、セックスの音が部屋中に響き渡る。喘ぎ、顔を歪ませ、目を白黒と、口をぱくぱくと開閉させて快楽に酔いしれる絵美。
「ヒィー、ひい、ハヒィ、いいのぉ、おまんこ、気持ちイイ!」
「ひさしぶりの男はどうだ? 答えろよ、淫乱っ」
「いいのぉ、すごく、すっごくぅ、お腹が、満たされ、てっ、あ、ああ、アアアー!」
 動物のように鳴く絵美。初めて見る姉の雌の一面に、真美は驚き、動揺、悲しみというものはなく、異常な感情を抱いていた。
羨ましい。
 本当なら姉がいるポジションに自分がいた。未知の経験をできていたはずなのに。浩二に後ろから突かれる様を想像する。初めてのときは痛いと聞いたことがある。本当に痛いのだろうか。案外、姉のように乱れてしまうかもしれない。どれほどの快楽なのだろう。自慰の何倍の気持ち良さなのだろうか。
 真美は異常な状態だった。浩二とのセックスが善行だと思い込もうとしていた。
「あっ……」
 気づけば涎を垂らし、口の周りがべとべとだった。知らない間に指がショーツの上から円を描いて弄っていた。
(アア、気持ちイイ……!)
 小粒なクリトリスを弄り、灼けるような刺激に溺れていく。静かに自慰に耽る真美に、浩二は腰を動かしたままほくそ笑んだ。これが狙いだった。先ほどまでの状況なら、どれだけ抵抗されても股を開くことはできる。しかし強姦まがいなことは征服したとは言いがたい。最後の一線は相手に委ねる。これが浩二の征服の方法だった。
 玩具同然の姉とセックスをして、手に入れた妹の自慰を眺める。日中、初めて出会った三人がその夜に乱交まがいな行為に興じている。普通ならありえないことでも浩二なら、『魔性』の男ならそれを可能にしてしまうのだ。
「絵美、イく、イくぞ……」
「ひ、ひぃ、はひぃ!」
 絵美に言葉は届いていなかった。最初から返事なんて期待していない。浩二は構わず昇り詰める。
「う、ぐお」
 低いうめき声のあと、ペニスを引き抜いて黄色がかった精液を肛門、お尻の曲線から背中、後ろ髪まで白濁液で汚した。
 腰を支えていた手を離すと、絵美はベッドに沈んだ。呆けた顔で、ぜいぜいと呼吸をするばかり。精液の温度と臭いで興奮しているようにも見えた。
「こいつ、イった直後はいつもこうなんだよな。それで寝ちまうから後始末が面倒なんだよ」
 悪態をついて真美を見る。浩二の視線に気づき、自慰に耽っていた手を後ろに隠した。
「涎、出てるよ?」
 そう言われて唾液を垂らしていることを思い出し、慌てて拭った。大量に垂らしていたらしく、手の甲がグショグショになってしまった。
「どうだった? 俺たちのセックス」
「……さい、ていです」
 かろうじて理性が残っていた。その理性が浩二を拒絶した。それでも息は荒く肌は上気していて、ほんの少し傾くだけで壊れかねない状態だった。
「一応訊いておくけど、する? しない?」
「しません……帰ってください……」
 浩二は真美に触れない。真美が自ら折れてしまうまで待つと決めていた。なのでさっさと服を着て、帰った。
 ようやく姉妹だけになった。真美は気だるい身体に鞭打ち、ティッシュを数枚抜き取って放心状態の姉の背中を拭いた。初めて行う精液の処理に勝手がわからず、焼いたトーストにつけたバターのように引き伸ばしてしまう。何枚も何枚も使い、どうにか拭き取った。
 手の中のティッシュの束。精液が染みこんで質量を増していた。何を思ったのか、それを鼻に近づけ、嗅いだ。青臭い、けれど不思議と嫌な気はしなかった。
「……っ!」
 我に返った真美はすぐにゴミ箱に捨てた。
 気を失ったように眠る姉。明らかに混乱している自分。静かな部屋には薄いタバコの残り香。あの男がここにいた証が宙に舞っていた。

 四月になり、二年目の大学生活が始まった。長期休暇でずれてしまった生活リズムはなかなか戻らず、浩二は構内のベンチに座り気だるそうにタバコを吹かしていた。
ふと、特設されたプレハブの教科書販売ブースが目についた。人が多い。特にこの時期は新入生もいるので、全体的にフレッシュな雰囲気があった。
 そこから目に飛び込んできた、腰まで届く黒髪。毛先までしっかりと手入れがされているのか、空気の動きや身体のちょっとした動きに合わせてさらさらと揺れている。次に整った顔つきと凛とした表情。
「……へぇ」
 ごくり。生唾を飲んだ。
「良い、良いなぁ」
 ニタリ。気づけば笑っていた。服の上からでもわかるスタイルの良さ。すっと背筋が伸び、それによって豊かな胸がカーディガンを盛り上げる。腰の位置も高い。スカートの中にはさぞかし美しい脚があることだろう。もちろん顔も合格点。何より黒髪だ。長さ、艶、質量感。すべてが完璧だった。休暇中に処女を頂いたセックスフレンドの妹が霞んでしまうほど、極上な女だった。
 ほしい。あれがほしい。さてどうしてやろう。物欲が駆り立てられる。当面の問題は接点をどうすればいいか、ということ。相手は新入生、回生も年齢も違うとなかなか接点を作りにくい。寄ってくる分には好きにできる。適当にあしらうことにもできるし、被害者顔もできる。しかし自分から動くとなるとリスクを伴う。大学生活はあと二年も残っているのだ、あまり大事にはしたくない。
 そう言えば、あのセックスフレンドの妹が今年入学すると言っていた。これは利用できる。浩二はさっそく呼び出しのメールを送った。

8, 7

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