第三章 仕組まれた出会い
慣れない大学生活に春はあっという間に過ぎ去り、季節は夏。上半期の試験が終わり長い夏休みが訪れた。
佳弥は初めての夏休みを自堕落に過ごしていた。この日も昨夜の夜更かしが祟って正午過ぎに目を覚ました。そしてパジャマのままでブランチ、あとはベッドでごろごろと寝転がり、枕元の携帯電話をちらりと見ては視線を外し、またちらりと見る。そんなことを繰り返していた。
まったく震えない携帯電話に苛立ちさえ覚えていた。と言うのも、一雄が実家に帰っていてもう何日も会っていなかったのだ。佳弥も帰省する予定は立てていたが、一雄と時期がずれてしまいすれ違いになっていた。
魅せる相手がいないとなると頑張る気も起きず、こんな日々。仰向けになってぼんやりと天井を眺める。部屋はカーテンの隙間から光りが差し込み、暗くも明るくもない。眠気はなく頭はすっきりとしている。携帯電話は変わらず静かにしていて寂しい。独りきりの部屋で生まれたこの感情、休みが始まってから何度目か覚えていない。どうして男の子はメールの返信が遅いのだろう。そう思っていても何通も送るのは迷惑だろうし、それにみっともない。我慢するしかなかった。
こんなとき、佳弥は目を閉じて一雄との情事を思い出す。暗い部屋の中、一雄の手が身体中を這い回り、その動きの一つ一つに反応してしまう。指が、吐息が、唇が肌をくすぐる。しばらくすると生温かな唾液が塗りつけられ、舌が首元や鎖骨、乳首をべろべろと舐め回される。
指は胸、腰、脚を伝って降りていき、最後に向かうのは秘部。肉厚なひだをこじ開けられ、二本、入った。上下、前後に動き、肉壁を指の腹でぐりぐりと擦られ、あまりの快感に狂ってしまいそうになる。愛液も大量に分泌されているのか、ぐちゃぐちゃと音が聞こえとても恥ずかしい。
しばらくすると交代。暗闇の中、手探りでペニスを見つけて触れる。あまりの熱さに驚いて手を引いてしまうが、ゆっくりと触り、握る。びくびくと脈打つそれを上下に擦る。彼の低いくぐもった声が聞こえる。ぺろり、ぺろりと舌先で舐めるとどんどんトーンが上がっていく。ペニス全体がぬるぬるになったところで竿までぱくりと咥える。しっかりと唇で挟んで上下に動かすとじゅぽじゅぽと下品な音が響く。断続的に吐かれる甲高い嬌声を聞くだけで興奮してしまう。
お互いの興奮が最高潮に達したところでいよいよ挿入。脚を開き、一雄を待つ。姿は見えない、荒い息が近づいてくる。避妊具がつけられたペニス、亀頭が触れると震えてしまう。ゆっくり、ゆっくりと沈んでいく。入る、入っていく。すべてを飲み込んだ。一雄が動く。何度も動き、打ちつける。程なくして引き抜かれ、苦しげな一雄の声を聞こえて終わり。
その後はお互い後処理をしてからピロートーク。手を繋ぎ、抱き合い、キスをして、どちらかが眠るまでおしゃべりをする。
「ふぅ、ん」
そんないつもの情事を思い出していると、手が胸に触れていた。乳首はすでに硬い。爪の先で引っ掻くと電流がぴりぴりと走る。すでに秘部は愛液を漏らし、ショーツと張りついて感触が悪かった。
ここで手を止めた。もともと佳弥は自慰が好きではなかった。最中はもちろん気分が良い、けれど終わったあとの虚しさが嫌だった。こんなとき一雄がいれば……と考えてしまう。もちろん身体だけが目当てではない。ちゃんとデートもしたい。けれどご無沙汰ということも事実。
そんなとき、メールが入った。一雄からのメールだと思い飛びついたが、違った。
『ひさしぶり。元気してる?』
同じ学部の友人からだった。頻繁に連絡を取り合っているわけでもなかったが、それでも一雄に紹介したこともあるので比較的仲の良い相手だった。
『元気だよー。でも最近は暇で暇で』
『そうなんだ。私もずっと暇してる。もし良かったら、今日の晩御飯いっしょに食べない?』
唐突なお誘い。けれどひさしぶりに予定らしい予定が入った。もちろん断るわけがない、すぐにメールを返した。
友人からのメール。その差出人には『真美ちゃん』と表示されていた。
佳弥は待ち合わせ場所の駅前にいた。誰かと会うのはひさしぶり。普段以上に気合いを入れていた。まず服装は一雄とのデート用にと奮発して買った、グレーが基調のキャミソールに黒色の膝丈スカート。上から真っ白なドレスシャツを羽織っている。いつもは比較的可愛らしい服を好んでいたが、あえてシックに揃えていた。メイクもパウダー、ファンデーションを塗り、しているのかしていないのかわからないぐらいのナチュラルメイク。これから会う友人は同性だが、それでも見栄え良くしたいと思っていた。
すでに夕方なので帰宅ラッシュの時間帯。駅から出てくるサラリーマンや男子学生はちらりと佳弥を見て、通り過ぎて行く。こうして見られることには慣れていたが、気分が良いものではなかった。佳弥は自分の容姿の良さに多少自覚はあるものの、誇らしくも思っていなかった。
多くの赤の他人よりも、ただ一人の恋人に見てほしい。それが佳弥の信念だった。
「あ、佳弥っ」
名前を呼ばれた。振り返ると友人――真美がいた。
「ひさしぶりーっ。元気だった?」
「うん。佳弥も元気そうで良かった」
と言っても数週間ぶりの再会。それでも暇にしていた佳弥には感動が大きかったが、そんな感動もあっという間に消えてしまうような驚きがあった。
「髪、染めたんだ」
「うん……どう、かな」
夏休み入る前は墨を落としたような黒い髪、けれど重量感はなくふわふわで柔らかな髪質だった。しかし今はほんのりと赤みがかっている。他に目を引く変化としては外見。初夏でも長袖やロングスカートの控えめな服装はそこになく、七分丈のジーンズに英語のロゴが入った赤いシャツ。髪の色と相まってとてもワイルドな印象だった。
それに香り、いや、匂い。ずっと市販のシャンプーの香りしかしなかった真美が、香水を使っている。けれど香水というものはそれを使う本人に合っているほど感じない、というのが佳弥の持論。それでいくと、真美の香水はまったく合っていない。匂いだけが先走り、使用者よりも存在感が大きかった。
「綺麗だよ、いいと思う」
と言ったものの、佳弥はそれほど良いとは思っていなかった。赤い髪も、がらりと変わった外見も、ちぐはぐな匂いも、しっくりとしなかった。
真美に案内されたところは雰囲気の良いレストランだった。佳弥はまったく慣れていなかったので終始緊張していたが真美は手慣れたもので、てきぱきとコースをオーダーした。
すべて真美に任せてしまい佳弥は内心冷や冷やとしていたが、出された料理はどれもおいしく、しかも学生に優しい料金だった。
「はぁあ、おいしかったぁ」
食前酒のシェリー、食後酒のリキュールに少し酔ってしまったのか、佳弥はとても良い気分だった。肌にまとわりつく湿気た夜の空気もまるで気にならないぐらい、佳弥は満足していた。
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「ああいうところってよく行くの? 慣れてるみたいだったけど」
「たまに行くぐらいだよ。それより、ちょっといいところ知ってるから、良かったら行かない?」
「どんなところ?」
「ショットバー。チャージ料もないから高くないよ」
真美の誘いに乗って着いたショットバーは、やはり先入観の通り敷居の高そうな店構えだった。扉を開けると数席のカウンターと三人掛けの丸テーブルが二つ。邪魔にならない程度に音楽が流れ、棚という棚には酒瓶が詰められている。「いらっしゃいませ」と小さな声で言ったマスターはとても若く、白髪の老紳士をイメージしていた佳弥には拍子抜けだった。
「ここもよく来るの?」
「ううん、ここは初めて。教えてもらったの」
目の前でシェーカーが振られ、カクテルが出される。それを一口飲むと、オレンジの味わいが喉をするすると降りていき、お腹の中でかっとアルコールが膨らんだ。
店内の雰囲気にも馴染んできたのか、頬が緩んでうっとりとしてしまっていた。真美を見ると、その顔は普段と同じで変わっていない。それにしても真美は顔に出ないタイプだなと佳弥は思った。先ほどのディナーでは食前酒や食後酒に加え、コースの間にもロゼワインを飲んでいた。アルコールに強いという一面が新鮮だった。
「ねえねえ真美ちゃん」
落ち着いたところで、気になっていたことを訊くことにした。先ほどのディナーといい、このショットバーといい、それ以上に髪や服装のイメージチェンジ。何か大きなきっかけがないことには発生しないような変化。
「彼氏、できた?」
この変化に、佳弥は男しか考えられなかった。真美は驚いたようにぱちくりと目を瞬いた。
「え、え? 何で、いきなり?」
「夏休み入る前とずいぶん印象変わったから、もしかしたらって思って」
真美は追加の注文をした。佳弥もそれと同じものを注文した。今度はグラスに酒瓶が傾けられ混ざり合う。差し出されたカクテルはミントの爽やかな口当たりだった。
「彼氏、じゃ、ないよ……」
ぽつぽつと真美は答える。
「とても頼りになる……私のことをわかってくれる、知ってくれている……素敵なお兄さん、かな」
頬が赤く染まっていた。息も荒い。ただ答えただけの彼女がとてもエロティックに感じられた。けれど、コクリ。カクテルを一口飲むとそんな雰囲気は霧散し、元に戻った。
「佳弥はどうなの? 木下くんとは」
「最近? んー、今は実家に帰ってるから会ってない、かな。毎日メールはしてるけどね」
「そうなんだ。あいかわらず仲いいね」
「そうだよっ、三ヶ月過ぎたけど、まだマンネリって感じでもないし」
「二人共、お似合いだよね」
それから二人はおしゃべりを楽しんだ。恋愛のことはもちろん、勉強や将来のこと。佳弥はとても楽しかった。しかし、二杯目のカクテルを飲んでいる途中、まるで電池が切れたように動きが止まった。
「どうしたの?」
「なんでだろう……すごく眠い」
佳弥の視界はぐにゃぐにゃに曲がっていた。猛烈な眠気。かつて経験したことがないぐらいの眠気で、とても我慢できるものではなかった。
「大丈夫?」
「うん、だいじょうぶ……おかしいなぁ、そんなに酔ってないはずなのに……うう、あ……」
その言葉を最後に、佳弥はカウンターに突っ伏してすうすうと寝息を立て始めた。真美は慌てて佳弥を揺すったが起きる気配はまったくない。そんな二人を前にして、マスターは携帯電話で話しをしていた。それは一言二言ですぐに切られ、素知らぬ顔で二人を見つめていた。
そして程なくして、店の扉が開かれた。
「おー、この子だよ、この子。よくやった、真美」
新たな客は浩二だった。突然の頼れるお兄さんの登場に真美は声が出なかった。が、次の瞬間には身体に変化が起こった。無意識に体温が上がり、乳首はぴんぴんに張り、股間はうっすらと濡れ始めていた。
浩二は勝手に昂ぶっている真美を無視して、佳弥に近づいた。髪を撫で、一束すくってその香りを楽しむ。まるで子供が新しいオモチャを手に入れたような、うきうきとしている様子だった。
「おいおい浩二。よくやったのは俺のほうだろ? あの薬、最近手に入りにくいんだぜ?」
「そうだったな。悪い悪い」
浩二は財布からクリップで留められた一万円札の束を抜き取り、マスターに渡した。十枚以上は留まっているそれに真美は驚いてしまう。
「ちゃんと朝まで起きないからな。うまくやれよ」
「俺がヘマするわけないだろ?」
真美は二人のやりとりに薄ら寒さを感じていた。浩二から受けた指示は、佳弥とこの店でお酒を飲むこと、それ以上のことは何も知らない。浩二が来ることも、マスターと浩二が知り合いだということも知らなかった。
だが、交わされたやりとりの意味や内容はわかってしまった。犯罪の臭いがする。しかもこの二人は罪に対する意識がない!
「あの、和田さん……」
ようやく友人にしてしまったことの罪の重さを感じた。結局、自分がやったことは姉がしたことと同じだ。好きな男のために自分を捧げた姉とやっていることが変わりない。
まだ間に合うかもしれない、助けることができるかもしれない。真美は勇気を奮い立たせ、言葉を発した。
「ん、ああ、真美か。悪い、また今度遊んでやるよ」
「あの、あのっ」
「なんだよ、今から忙しくなるんだ。マスターに相手してもらえよ。悪くないらしいぜ?」
「ち、ちが」
「いつもお下がりばかりだけど、真美ちゃんみたいな可愛い子だったら大歓迎だよ」
「違います!」
止まらない、止められない。浩二はぐったりとする佳弥を抱きかかえ、今にも店から出ようとしている。真美は浩二と店の扉の前に立った。通さない、そんな強い意思で立ちはだかった。
「なあ、真美」
けれど浩二はそんなことは気にしない。名前を言うだけ。ただそれだけで真美は終わってしまった。友人のためにと振り絞っていた勇気はあっさりと消えて、浩二への忠誠で動けなくなってしまった。
「ここのマスターには世話になってるんだ。真美、マスターに抱かれろ」
たった一言。すれ違いざまに言った。それだけ。目すら合わせず、他の男と寝ること命令をするだけだった。
「タクシー呼ぶか?」
「前につけてる。じゃあな」
出て行った。頼りになるお兄さんが友人を連れていった。どうなってしまうかなんて想像するに容易い。ふつふつと後悔が込み上げる。
無理だった、逆らえなかった。大切な友人を捧げてしまった。罪悪感が真美に積もっていく。同時に、佳弥への嫉妬も生まれていた。姉と同じで、自分以外の女を触れてほしくなかった。
「うち、明日休みだからさ。待ってるね」
「…………」
最後に囁かれた浩二の言葉が、いつまでも頭の中に響いていた。
浩二は帰宅すると佳弥をベッドに寝かせて、じっくりと眺めた。ほしかった女、初めて見かけたときからずっとほしかった女が今、自分のベッドの上にいる。自然と笑みがこぼれてしまう。
顔を寄せるとすうすうと寝息が聞こえた。ほんの少し、あと少し顔を落とすだけでキスができてしまう距離。すうぅと鼻で空気を吸い込み、彼女がまとう香りを楽しむ。実に良い香りだ。おそらくお手製の香りなのだろう。心地の良い甘さだ。
ここに来るまでの間、この香りで理性がどうにかなりそうだった。パブロフの犬のように、これだけで興奮するようになってしまうかもしれないとまで思った。
佳弥の服に手をかけた。まずドレスシャツ。汗が染み込んだそれは、ほんの少しだけ肌に張りついていた。もともとぴっちりと身体のラインに合ったサイズだったので脱がすのに一苦労だった。次にキャミソール。肩紐をずらし、上に、上にと引っ張るとそれはあっさりと脱げ、フリルのついたピンクのブラジャーと対面した。思わず触れてしまいそうになったが、苦渋を飲む思いで我慢をする。そしてスカート。ホックを外し、下げる。こちらもピンクのショーツがあらわになった。
下着姿で眠る彼女。見惚れた黒髪が白いシーツに散っていてそのコントラストに目を奪われた。潤いのある肌とピンクの下着も眼福だった。
そのピンク色にも手がかかった。フロントホックのブラジャーを外し、ショーツをためらいなく引きずり下ろす。ようやく裸体の佳弥と出会えた。見た目以上に大きい乳房に官能的なくびれの腰、意外にも丸くて小さなお尻と、すらりと伸びる中にも肉づきのある脚。ムダ毛はなく、股間にひっそりと茂っているだけ。そこから雌のフェロモンがツンと鼻を惑わす。
まるで芸術品のようだ。これまで浩二は多くの女の身体を見てきたが、これほど極上の女はそういなかった。真美のような発展途上の身体を食い散らかすのも良かったが、やはり佳弥の完成形には及ばない。かつて女教師に手を出していたときの興奮が蘇るようだった。
唇が、いや、全身が誘っているようだ。すでに興奮状態の怒張を刺して欲望をぶちまけてやりたかったが、まだ楽しむときではないと自制する。そう、まだ、早いのだ。
浩二は身体が冷えないようにと佳弥に布団をかけ、脱がせた服を洗濯機に入れる。そして自分も服を脱ぎ、佳弥の隣りに潜った。
佳弥は目を覚ました。ぼんやりとした意識は多くの違和感を置き去りにしていた。視界がはっきりとしない。目をごしごしと掻いてはっきりさせると、その瞬間、いくつもの情報が飛び込んできた。
いつもと違う天井。白い壁紙は同じだったが、全体がうっすらと黄色がかっている。ベッドは自分の香りがなく、タバコの臭いが染みついていて眉をしかめてしまう。
そして、自分自身。服を着ていない、真っ裸だ。シーツと掛け布団の感触が肌を通っていく。
「うそ、うそぉ……!」
真美とショットバーにいたことは覚えていた。けれどそこからの記憶がまるでない。あの時から今までが繋がらない。身体を起こし、知らない部屋を見渡した。かなり広い。一人暮らしをするには広すぎる部屋。家具やその配置はまるで見覚えがない。明らかに知らない誰かの部屋だった。
「ヒッ」
不意に手に当たった、誰かの手。恐る恐る見ると、知らない男――浩二がいて、同じく裸だった。一雄とは違、引き締まった身体。とてもがっちりとしている。そして、ペニス。力ない状態だったが間違いなく一雄よりも大きい。
驚きのあまり呼吸がかすれたような声を出してしまい、その声に浩二も目を覚ました。
「ああ……おはよう、一ノ瀬さん」
「え、あ、ア」
なぜ名前を知っているのか。なぜ隣りで、しかも裸で眠っているのか。すべてがわからなかった。
「ごめん、ちょっと後ろ向いててくれる?」
「あ、は、はいっ」
言われてすぐに目を逸らすが、しっかりと脳に焼きついてしまった。父親と一雄を除けば初めて見た異性の身体。浩二の身体はそのどちらとも違い、とても野性的で触れれば火傷してしまいそうな気がした。
(ドキドキ、する……変な気分……)
ワイルドな異性が隣にいるためか、まだ混乱しているのか。『魔性』の効果だったのかもしれない。佳弥は妙な高揚を起こしていた。
「もうこっちを見てもいいよ」
「ええっと、あの……」
慌てふためく佳弥の相手をせず、ジーンズを履いただけの浩二はキッチンに向かい、コンロに火を点ける。その間に佳弥はシーツを巻きつけて身体を隠した。
「体調とか大丈夫? 痛いところとかない?」
「大丈夫です……どうして、私の名前を?」
「悪いと思ったんだけど、名前や住所がわかるもの、見せてもらったよ」
昨日の夜、道でうずくまっている佳弥を見つけた。相当酔っているようで立つこともままならない様子だった。声をかけてもほとんど反応がない。一人にしておくのは危険だと思い、荷物を探って住所を確認したが詳しい場所まではわからなかった。放っておくわけにもいかないので連れて帰ってきた――浩二はこれまでのことを話した。
当然それらはすべて嘘であるが、佳弥は浩二の言葉を鵜呑みにした。記憶がないのだから反論ができない。酒に失敗してこともなくはないからだ。
しかし、裸である理由はそこになかった。考え得る限り最悪なことしか想像できない。
「あの、服は……?」
「洗濯してる……その、汚れてたし」
「あっ……ごめんなさい……」
「構わないけど……目は閉じてたから……って、信じられないか……」
「い、いえっ」
ただ見たいがために脱がされたと思っていた。けれど違った。おそらく粗相をした自分を介抱してくれたのだろう、それなのに善意を疑ってしまった。自己嫌悪が佳弥を襲う。
「コーヒー作っておくから、シャワーでも浴びたら?」
浩二から彼のドレスシャツを渡され、シャワーを勧められた。身体中が汗だらけで心地が悪かったので、素直に甘えることにした。
佳弥はシャツで身体を隠し、足早に浴室に向かった。浴室に入り、シャワーの音が聞こえ始めたところで浩二はタバコに火をつけ、ひとまず安心した。目が覚めた瞬間に疑われ騒がれることが何より心配だったが、杞憂だった。相手は自分の失敗ということを疑っていないし、介抱してくれた恩人という大きなアドバンテージを得ることができた。
多少強気に行っても問題ないだろう、コーヒーを作りながら考えた。
「ありがとうございました……」
シャツを着た佳弥がおずおずと浴室から出てきた。上半身と秘部を隠すことはできたが、脚は露出している。スカートとは違った開放感があまりに恥ずかしかった。
「はい、コーヒー。熱いから気をつけてね。悪いんだけど、ベッドに座ってくれる? クッションとかなくってさ」
コーヒーを受け取り、ベッドに腰かける。そして一口。じんわりと苦味が口の中に広がる。浩二もその隣りに座った。
「学生証も見させてもらったんだけど、一ノ瀬さんも近くの大学に通っているんだね。俺もそこなんだよ、しかも同じ学部」
「そうなんですか?」
「今年の新入生なんだね。俺は二回生。先輩になるのかな」
今後、大学内ですれ違う可能性もある。それを考えるだけで佳弥は憂鬱になってしまった。
コーヒーを飲み干し、カップを浩二に返した。ようやく冷静になれた。そのクリアな思考で真っ先に考えた。確認しなければならない、身体を許してしまったのかどうか、つまり、この名前も知らない男とセックスをしてしまったのかどうかを。
介抱されたのは大変ありがたいことだし、迷惑もかけてしまったと自覚している。しかしそれ以上のことはまた別の話しである。佳弥は愛する人以外に肌を許すような軽い思想を持ち合わせていない。
「あの、昨日のことなんですが……」
「昨日?」
「その、私と、ええと」
「言い忘れてたね、和田、和田浩二」
「私と和田さんって……」
佳弥の言葉の意味を察し、浩二はいよいよかと身構えた。ここですべてが決まる。どんな些細なミスも許されない。
少し黙って、考えるふりをする。そして演技がかったように頭をこりこりと掻き、答える。
「ごめん……ほんとに悪いと思っている」
もちろん浩二は何もしていない。けれど佳弥をどん底に叩き落すには十分な一言だった。佳弥は沈んだ気分の中、一雄の顔、恋人の姿が浮かんだ。裏切ってしまった。そんな感情が彼女を追い詰める。手や唇はわなわなと震え、涙で視界が滲んでいた。
佳弥は一雄への謝罪しか考えることができなかった。一雄しか知らなかった身体が、記憶のないうちに他の男を知ってしまった。澄んだ水が張ったグラスに一塊の泥が落ちたように汚れてしまった気がした。どんな顔をして一雄に会えばいいんだろう。
佳弥は自分を責め続けた。そんな佳弥を浩二が逃がすわけがない。
「一ノ瀬さんだって、その気だったんだ」
「う、うそ」
「潰れて寝ていたと思ったら、突然起きて……寝かせようと思ったんだけどキス、されて……断っても、それでもやめてくれないから……俺、我慢できなかったんだ」
「そんな……」
「覚えていないの? 見かけによらず、大胆なんだね」
「嘘、ウソ……!」
「嘘じゃないよ。俺も、断わるべきだったんだ……でも、一ノ瀬さんみたいな可愛い子に、それも裸で迫られたら断れないよ」
浩二は『魔性』を佳弥に向けていた。相手の心に作用するものなので、精神的に弱っている状態ほど有効なのだ。今がまさにそのとき、畳みかけるチャンスだった。
「一ノ瀬さんって……彼氏、いる?」
真美を通して彼氏がいることぐらい知っていた。けれど敢えて訊いた。この返答一つでどれだけ罪悪感にさいなまれているかがわかるからだ。
案の定、佳弥は返答に困ってしまった。自分と一雄に正直になるか、それともささやかな保身を行なうか。
「いえ、いないです……彼氏なんていないです」
佳弥は保身を選んだ。たとえ見知らぬ相手、記憶がない状態であっても、恋人がいるにもかかわらず股を開くような女と思われたくなかった。一雄には何度も心の中で謝った。しかし後悔は拭えなかった。
佳弥にとっては身を切る思いの選択。けれど浩二には予想どおりの答えだった。たとえ無意味な保身でも、結局そこに逃げてしまうのだ。追い求めた女の心を塗り潰せたような気がして、歪みそうになった口元を慌てて抑えた。
「ああ、良かったよ。彼氏がいたら、かわいそうだからね」
沈んでいくのが手に取るようにわかる。言葉をちらつかせるだけで勝手に落ち込んでくれる。これで無防備な状態ができあがった。あとは優しく傷つけるだけ。
「ところでさ、昨日言ってたことって本当?」
「……言ってたこと?」
「またヤらせてくれるって話し。酔いが覚めたら、ちゃんとした状態で、抱かせてくれるって言っていたじゃないか」
ぎしり。佳弥に寄る。
「え、そんなこと」
ぎしりぎしり。寄っていく。佳弥は後ろへ、後ろへと逃げていくが、すぐにベッドの端となり逃げ場がなくなった。立って逃げればいい、大声を張り上げてもいい。けれどできなかった。
ついに捕まった。浩二に両手首をつかまれた。振り解こうとするが、逃げられない。
「言ってた。たしかに言ってたよ」
「やめ、やめてください……」
「本当に覚えていないんだね」
顔を覗き込まれた。目が逸らせない。佳弥はこの絶対絶命の状況で、浩二の目に見入ってしまっていた。なぜか不思議な魅力を感じ、動けなかった。
「一ノ瀬さん」
言葉が身体に吸い込まれる。自分の名前がこれほど身体に染み渡ったことがあっただろうか。もっと聞きたい、囁かれたい、名前呼んでほしい。どんどんと浩二の存在が大きくなっていく。
「だめです……お願い、離れて」
「佳弥」
抱き締められた。一雄とは違う身体。硬い胸板、筋肉。タバコの臭いがする吐息。そして、名前。知らない身体の中で佳弥の鼓動は早くなっていく。
「その、困ります……」
「一回ヤったんだ、もう何度したって同じだろ?」
「そういう問題じゃあ……」
「我慢できないんだ」
顔をつかまれ、キスをされた。無精ひげがチクチクと当たって痛かった。タバコの味なのか唾液が苦い。
(うそ、気持ちいい……!)
けれど、とても心地良かった。一雄とは味わったことのないキスだった。少しかさついた唇と、割って入ってくる舌、それらが佳弥の身体を突き抜けていく。
酔いしれた。浩二の舌は佳弥の口内、頬の裏や歯茎、そして舌を丹念につつき、舐め上げる。丁寧で、時には荒々しい。このキスと比べると一雄の舌はただ暴れているだけ。雲泥の差だった。
「ああ、やぁ」
「気持ちいいだろ? 女を気持ち良くさせることには自信があるんだよ」
佳弥は抵抗することをやめた。浩二に身を委ね、キスを受け入れた。入ってくる舌を迎えるように突き出した。頭では拒絶しようと働きかけているが、自分の中で膨らむ本能は浩二を求めていた。
「……いい顔だな」
「ふぇ、あ」
恍惚な顔で涎を垂らしていた。慌てて拭うが、身体の火照りはまるで収まらない。佳弥の変わっていく身体と思考に流されっぱなしだった。
浩二は成功を確信していた。『魔性』はしっかりと効果が出ている。完全に心が傾いているのがわかった。あとは最後の詰め。今のままでは相手の意思はない。襲われたと言われてしまうと否定ができない。相手の、佳弥の意思が必要だった。
ベッドの真ん中まで運び、押し倒す。四つん這いで相手の膝を割り、これからの行為を意識させる。
「佳弥」
声のトーンを低めに、それこそ相手に刷り込ませるように囁く。佳弥と目が合った。『魔性』に毒された特有の、潤んだ瞳になっている。それよりもベッドに広がる黒髪があまりに扇情的で襲ってしまいたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。
「今日だけでいいんだ……駄目か?」
じっと見つめる。このあとの返事ですべてが、決まる。
「嫌なら、すぐに離れるよ……佳弥は俺のこと、どうかな?」
「和田さん……」
佳弥は揺れていた。一雄を裏切りたくない気持ちと、介抱してくれた浩二への感謝。いや、違う。これから浩二がしてくれるだろう行為への期待。キスだけであれほど甘美なものなのだ、そこから先のことは想像の外。その一方、見知らぬ相手とそういった行為をすることの恐怖、不安と、恋人を裏切ることへの罪悪感。
記憶にはないが、すでに関係を結んでしまっている。まだ間に合うと思い引き返すのか、もう戻れないと割り切ってしまうか。選択が迫られていた。
佳弥は悩んだ。浩二を見つめたまま、悩んだ。二人の間に、数分の時間が流れる。
そして、佳弥は言った。言ってしまった。
「……昨日からのこと、二人だけの秘密にしてくれますか?」
浩二は、待っていた。この返事を。
「もちろん、二人だけの秘密さ」
「本当に、今日だけ、ですよね?」
その言葉の一つ一つに興奮し、股間が爆発しそうだった。しかしまだ、まだだ。
「今日だけさ。これで、すっぱりと忘れるよ」
浩二は焦らされるような思いだった。このあとの言葉はとっくに予想できている。まだか、まだか。待つ、待ち焦がれる。
「……わかりました」
佳弥の目が閉じられる。
「今日だけ、ですからね……」
全身から力が抜け、ベッドに身体を預けた。
堕ちた。ようやく手に入った。初めて見たときから数ヶ月経っていた。真美を佳弥の友人となるよう仕向けさせ、マスターには高い金を払って眠らせ、ようやくここまで来た。
もちろん今日だけで終わらせるはずがない。そのための火つけとして、まずは自分の身体なしではいられないようにしなければならない。
「……あのっ」
「ん、なに?」
「手、繋いでもらえませんか? その、恐くって……」
佳弥の手が浩二の手を求め、ふらふらと宙をさまよっていた。
「それじゃあ、愉しませてやれないだろう?」
「あ、あぁ」
浩二はその手に応えなかった。佳弥が伸ばした手を無視し、ぐにぐにと胸を揉む。大きく柔らかい。真美とは違い、成長を促すような楽しさではなくすでに完成された女のそれを堪能する。手を動かすたびに形が変わる。浩二は昨夜脱がしたときに気づいていたが、これは嬉しい誤算だった。ここまで見事な巨乳とは思ってもいなかった。
シャツの上からでも乳首が勃起していることが見えた。こりこりと指で引っ掻き、弾いた。その度に佳弥は喘ぎ、身体をぴくんぴくんと震わせる。その様子から、すでにある程度性感は開発されていることがわかった。つまりそれは彼氏から教え込まれているということ。浩二はそこに苛立ちや不快感を覚えることはない。むしろ逆で、感謝しているぐらいだった。教え込まれているということは、比較対象があるということ。今日一日で彼氏を超えてしまえば強い印象を残すことができるのだ。
「あの、部屋を暗くして下さい……」
「佳弥の姿を目に焼きつけたいんだ。今日だけなんだから」
今日だけ。それは魔法の言葉のように佳弥の心を寛大にする。佳弥は今まで明るい空間でしかセックスをしたことがなかった。相手の顔が見えない暗い部屋、一雄にはそんな空間で抱かれていた。今日は初めて明るい部屋でセックスをすることになる。恥ずかしくてたまらなかったが、今日だけだからと自分に言い聞かせた。
「ほら、もっと声、聞かせてよ」
「……あぁ、ン」
「ここは防音がしっかりされているんだ。だから遠慮しなくてもいいよ」
「でも、はずかし、ヒ、ひいっ」
首元へのキス。今までに感じたことのないような甘い痺れ。浩二から受ける愛撫はどれもこれも初体験の感覚だった。
(こいつ、けっこう感じやすいな)
キスや愛撫の反応から、浩二は佳弥が自分でさえ知らない性感の高さに気づいた。浩二のテクニックが女を骨抜きにするなんてめずらしいことではなかったが、佳弥はそれを差し引いても感じやすい体質だった。
(自分では気づいていないみたいだな。いつも彼氏とは中途半端なセックスしかしていないんだろう)
佳弥の唇に吸いつく。今度は舌を入れるよりも早く佳弥の舌がこちらに伸びてきて、迎えると激しく絡みついてきた。佳弥は浩二の首に腕を巻きつけ、歓迎し、要求する。もっと、もっと、と。
「ほら、飲んで」
「んっ、じゅる……んきゅ」
垂らした唾液を受け止め、飲み干す。あれだけ不快だった苦さはもう気にならなかった。
浩二はシャツの裾から見え隠れする脚が気になっていた。良い肉づきをしている脚。決して太くはない、けれどエロティックにむっちりとしている脚。
「ひゃっ、そんなところ……!」
脚に触れ、指でその弾力を楽しんだ。胸とは違った柔らかさ。押しただけ返してくる張り。なんて理想的な脚なのだろう。だが何度撫でても喘ぎ声は聞こえない。佳弥はおろおろとしている。どうやらここは未開拓らしく、反応に困っているようだった。たっぷりと快楽を刻み込んでやりたかったが、今日は処女地を荒らすよりもまず、他人の所有地を塗り潰すことが先決だった。
「それ、皺になるから脱いでもらってもいいかな?」
「ご、ごめんなさい」
佳弥は上半身を起こし、慌ててボタンを外していく。脱いだシャツで胸元から秘部までを隠していたが、浩二はそれを剥ぎ取る。佳弥は両手で隠そうとするが、すぐに手を下ろした。覚悟は決まった、そう感じ取れた。
重力にも負けない見事な乳房。吸いつき、握り締めてやりたい。そんな衝動に駆られるが、ひとまずそれはあとのお楽しみ。いい加減自分が気持ち良くなりたかった。
「結局昨日してもらえなかったこと、してもらおうかな」
浩二はジーンズ、そしてトランクスを脱ぎ捨て胡座をかき、佳弥と向かいった。
(これ……すごい……)
佳弥は浩二の怒張をまじまじと見入ってしまった。普段の一雄との行為では暗闇の中なので見えていない。幼い頃、父親と入浴したときは力なく萎れていた。つまり勃起したペニスとは初めての対面だった。
「してよ、フェラチオ」
「えっ?」
「上手いって言ってたじゃないか」
もちろん浩二の捏造であるが、記憶のない佳弥はいちいちそれを信じてしまう。それ以上に、浩二に肌を晒すこと、自分を捧げることにためらいがなくなり始めていた。
顔を股間に近づけ、手でゆっくりと触れた。びくびくと手の中で脈打っている。
(一雄のよりも大きい……それに、この匂い……)
恋人のモノよりも太く、大きく、立派だった。そこから醸し出る濃厚な男のフェロモンに思わず唾を飲んでしまう。
「……ちゅ」
熱い亀頭にキスをした。そして一雄と同じようにキスの雨を降らす。ぷるぷるの唇を、ぷつり、ぷつりとマッサージを施すように肉棒に押しつける。全体に満遍なくキスをしたあとは、舌。べろりべろりと這わし、ペニスを唾液でコーティングしていく。
一雄ならとっくに喘ぎ声を漏らしている。しかし浩二は平然とフェラチオをする佳弥を眺めていた。単純に快楽への慣れの差ではあったが、佳弥はなぜ喘がないのか、という疑問と、満足してもらっていないのでは、という不安を感じてしまった。
「あぁ、む」
大きく口を広げ、咥えた。入った。やはり一雄よりも太く、すでに顎が痛かった。
「んん、んふぅ……ん。ン」
それでもゆっくりと顔をストロークさせる。舌もねっとりと動かして刺激を与え、大きいそれを受け入れるために限界まで飲み込む。嘔吐感や口の端から垂れる唾液がとても不快で、佳弥はこれよりも深いフェラチオをしたことがない。が、それでも浩二の表情は少しも変えなかった。
浩二はフェラチオが上手な女は他に何人も知っていた。身近な女だと、真美と比べても佳弥のフェラチオは遥かに拙い。けれど浩二は満足していた。苦しそうな表情、悔しそうな表情、一生懸命な表情。そんな佳弥がたまらなく可愛いかった。
「ほら、脚をこっちに」
「え、え、え?」
寝転がり、佳弥に命令をする。指示を理解できずに動けない佳弥の脚を無理やり引っ張り、シックスナインの体勢にさせた。
「こ、これ恥ずかしいです……!」
秘部を晒している、しかも相手の目の前に。そして自分の前にはそそり立つ相手の性器。知識にはあった。これはフェラチオとクンニリングスを同時に行う体位。けれど知識だけで未経験だった。
秘部には生温かい吐息が当たっている。見られたくないところを至近距離で見られていると思うと、恥ずかしさのあまり顔から火が出る想いだった。
「ん、やったことない? なら初体験だね」
「ひ、いいいいいっ」
浩二は佳弥の秘部に顔を埋めた。愛液をすすり、肉ビラを舌でなぞり、くにくにと舌先が這う。まるで触手のような生物に下半身が丸呑みにされているような感覚に、脳が溶けてしまいそうだった。
「佳弥、続けて」
「は、ふぁい」
勢い良く咥え込む。が、浩二の舌技があまりに絶妙で続かなかった。
(え、そんな、中に……!)
舌は膣の入り口に侵入していた。指とは違う感触が広がる。けれど奥までは届かず、半端な位置を刺激されてもどかしかった。
「……さっきから止まってるんだけど?」
「きもち、よすぎて……でき、ないです……」
膣内から出た舌はそのまま肉芽をぴんぴんと弾いた。痛いほどに勃起したそこは、舌からの愛撫を身体中に伝えた。
(そこ、そこはっ、だめ、ダメ!)
浩二は自分の快楽よりも、まずは佳弥の絶頂させてしまおうと考えた。フェラチオが止まっているのは余裕をなくしている証拠なのだから。
くちゅ、ぐちゅ。ちうううぅ。クンニリングスが激しくなっていく。佳弥の声、身体の反応も大きくなっていった。
「ファ、あああ、はひいいいいっ」
だらしない喘ぎ声が漏れる。浩二はやめない。さらに激しくつつき、吸いつき、舐めて、責める。
「ひい、や、わださ、イ、ふぎいいいいいいい!」
クリトリスを責めれば責めるほど、佳弥の声量が上がっていく。舐めることはもちろん、ぱくりと口の中に入れ、甘噛みも加えて、最後の責めと言わんばかりに蹂躙する。
ただでさえ過敏な部位、しかも浩二ほど女を悦ばせることに長けた男が、ごく普通のセックスに興じてきた佳弥を愛撫しているのだ。佳弥の性感はひとたまりもない。
「あ、ア、アッ!」
びくんっ! 佳弥は達した。あまりの快楽、大きすぎる快楽。ぷつりと意識が切れかかってしまう。全身の力が抜け、浩二の身体に崩れ落ちた。目の前にはがちがちになっている肉棒。フェラチオをしていたことなど忘れてしまっていた。
「イったみたいだね、佳弥」
「頭の中、まっしろ……死ぬかと思った……」
「俺、うまいだろ?」
こくりと頷く佳弥。これほど大きく激しい快感、絶頂は初めてだった。一雄との行為で絶頂を達することはほとんどなく、たまにあっても身体が少し震える程度。
(すごい……まるで魔法みたい……)
浩二からは佳弥の様子が見えない。けれど気だるげな様子やペニスに当たる吐息からしっかりと感じていることがわかった。
佳弥を押しのけ、ベッドに寝かせた。そして佳弥の下半身の前で座り、正常位となる。秘部は愛液と唾液でどろどろ、とっくに準備ができていた。
「じゃあ入れるよ」
(ああ、来る……)
佳弥は待ち焦がれていた。いつしか、早く浩二を受け入れたいとまで思っていた。恋人よりも太く長いペニスを入れられたらどうなってしまうのか。快楽を追う貪欲な雌になっていた。
(私、セックスしちゃうんだ……)
秘部に熱い塊が当たる。すぐそこには浩二の顔。
佳弥はこの瞬間、一雄のことを忘れていた。
「ああ、あつい、あついのが、あるぅ」
「ほら、いくよ」
ぬっ
亀頭が入った。
「ヒッ」
ぬぬぬぬぬっ
そのままなめらかに入っていく。あっという間に亀頭が子宮まで届き、ノックした。
「ああ、ふかい、ふかいぃ、ふぅううう、あああ!」
(なにこれなにこれなにこれ、うそ、し、しし、しんじゃぅ!)
一雄よりも太く、長い竿。大きな亀頭。膣内をみっちり満たされ、充腹感に視界がチカチカと光る。これほどの快楽、刺激は想像以上、それどころか生まれて初めてだった。
(くっ、これは……!)
浩二は焦っていた。佳弥の膣は今まで経験したことのないような快感を叩きつけてきたのだ。抱いた女は数知れない、けれど間違いなく佳弥の身体が一番だった。相性が良かった。浩二と佳弥は身体の相性があまりに良かった。お互いがお互いを補うように、快楽を増幅させていた。
「あ、あのあの、あの、ゴム、ゴムつけて、ゴムっ」
快感に浸っていた佳弥は急に冷静になった。気づいたのだ、浩二が避妊具をつけていないことに。
「昨日もつけてなかっただろ? ちゃんと外に出すよ」
「おねが、怖い、こわいっ」
「だから、大丈夫だって」
「あヒ、くひいいいっ」
腰を打ちつけ、黙らせる。ぐちゅ、ぐちゅ。あまりに濡れていて、よどみなく動く。だがあまり動きすぎるとすぐに達してしまいそうで、スパンの大きくピストンを開始する。こんな小細工、いつ以来だろうか。射精を遅らせようとしている自分が滑稽だった。
「アア、ふぁああ、いいよぉ、いいよお!」
「どうだ、佳弥。彼氏と俺と、どちらがいい?」
「へっ……?」
彼氏はいないと言ったはずなのに。そんな疑問は注がれ続ける快感にかき消された。
一雄か、浩二か。彼氏か、見知らぬ相手か。そんな選択肢が支配する。答えは出ていた。しかし、その答えを口にすることをためらっていた。
「ああん、アアウ、や、あああっ」
「答えろよ、佳弥、ほら、ほら!」
「あ、あうう、はうううう」
口にしてしまったら戻れないような気がした。
「答えないと、止めるぞ?」
口にしてしまったら。
それでも。
「……です」
「ん? なんだ?」
「和田さん、です。和田さんのほうが、いいです!」
今、この瞬間の快楽を手放したくなかった。言った、言ってしまった。佳弥は本心からの答えを言ってしまった。
「ああ、よく言った!」
動きを早める。ばつんばつんと腰同士が当たる音がする。打ちつけられる股間と動きで揺れる胸に痛みが走る。しかし快感が大きい、大きすぎる。腰を打ち付けられる痛み、胸の痛みでさえ、脳から滑り落ちていくようだった。
「わださん、イク、また、イっちゃう!」
「イけよ! お、俺も、ぐっ」
最後の一突き。びぐん。佳弥の身体が弓なりに震えた。ぎゅうぎゅうと膣がペニスを絞めつける。浩二は射精の寸前で引き抜き、自分でも驚くぐらい大量で、糸が引くぐらいに濃厚な精液を佳弥の腹部から胸元に噴き出した。
「はー、はぁー、熱いよぉ……」
(すごくいっぱい……それにこんなきつい匂いは……初めて……)
ぐったりとベッドに沈む佳弥。激しいセックスの反動で身体は動きそうになかった。けれど身体に降りかかった大量の精液の温度と匂いに股間が疼きだしていた。
「ちょっと待ってろ」
ティッシュで散らばった精液をつかみ取る。余韻が残っているのか、肌に触れるたびにぴくんぴくんと、佳弥の身体は脈動した。
佳弥は、浩二に抱き締められたいと思った。温もりを感じたかった。けれどピーピーと耳障りな電子音がそれを妨害した。
「……服、乾いたよ」
洗濯機の音だったらしい。それはつまり、もうこの部屋から出られる、ということ。
「……どうした?」
佳弥は動けなかった。浩二はそんな佳弥の様子を見て、あえて尋ねた。無理やり身体を起こすが佳弥に余力は残っておらず、倒れるように浩二に身体を預けた。
身体をもたれかけるだけ。浩二の手が背中に回ることはなかった。
「服、着せようか?」
「いえ、大丈夫です……」
浩二と出会ったばかりのとき、つまりつい先ほどまでなら、すぐに服を着て部屋から出ていたことだろう。それなのに、今は、信じがたい感情でいっぱいだった。
(離れたくない……)
それは寂しさではない、快感を求めているだけ。一度味わった快感を、もっと、もっともっと得たいと思ってしまっている。
ぎゅ。気づけば浩二を抱き締めていた。
「……シャワー、浴びに行こうか」
浩二の囁きに、佳弥は無言で頷いた。
それから二人は交わり続けた。
「んあ、ハッ、そこ、そこっ、おく、オクッ」
「ハァ、中、すげぇ擦れる……!」
絶頂を迎えるわけでなく、射精が行われるわけでもない。コミュニケーションのように挿入し、動かし、体位を変え、感じ合った。今は後背位で佳弥の背中にぽたぽたと汗を落としながら腰を振っていた。突くたびにさらさらと揺れる黒髪が艶かしく、いつまでも興奮が治まらなかった。
「お前、こっちとかどうなんだ?」
ずぷりと最奥まで差し込み、垂れた愛液で濡らした指で肛門をくりくりといじる。さすがに佳弥はぞっとした。そこが性交に使えるということを知らないわけではないが、それはあまりに異常な行為。肉欲で満たされていた脳が急激に冷えた。
「だ、だめ! そこはいやっ」
「さすがにやってないか。ハハ、意外といけるかもしれないぞ?」
「イヤ、イヤ! お願い、やめて!」
くり、くり。愛液を塗り、こねる。何も本気で言っているわけではない、少し苛めてみたくなっただけ。しかし嫌がりながらも時おり甘い声を漏らし、肛門をひくひくとさせている様子から素質はあるなと感じていた。
こちらの処女を頂くのは良いかもしれない。浩二はそれほどアナルに興味があるわけではなかったが、佳弥のアナルなら味わってみたいと思った。
「あっ、ダメ、早く、動いて……!」
「ケツの穴をいじられて興奮したか?」
「違うの、お腹の中、すごく切なくって……!」
ぱくぱくと咀嚼するように絞めつけてきている。そこにペニスがあるだけでずっと止まっているのだ、我慢できるはずがなかった。
動きを再開する。小刻みに動き、亀頭で何度も子宮を打つ。手は乳房をぐにぐにと揉み潰し、小さな快感を積み上げていく。
「あん、それイイ……あ、あっ、来る、来てるっ」
「こんなイかされ方は初めてだろ? それとも物足りないか?」
「なに、これ……ンッ、イく、あ、ア……ひっ」
ぶる、ブルッ。まるで尿意から解放されたときのような寒気と震え。鳥肌も立っていた。こんな絶頂は初めてだった。それにまだ余力が残っているのでイった直後でもペニスがほしかった。
次はどんなことを教えてくれるのだろう。気づかないうちに佳弥は浩二の虜となりつつあり、快楽の基準が塗り変わり始めていた。
汗や体液で身体がべとべとになれば、二人はいっしょにシャワーを浴びていた。当然ただ洗い流すだけではない、そこでも二人は求め合った。
「んんちゅ、んんっ」
仁王立ちになった浩二のペニスを、佳弥は跪いてフェラチオをしている。最初のころの、大きさに不慣れでぎこちない動きだったそれとは違い、佳弥は順応して喉奥までスムーズに出し入れをしていた。
「そんな短時間でうまくなって……っ、たまらないな」
「……ぅん、それじゃあ、私が、す、すごくえっちな女の子みたいじゃないですか……」
ちゃんと反論してフェラチオに戻る。だがペニスを頬張り、手でしこしことしごいている間、佳弥は空いた手を秘部に置き、ぬるぬるになったそこを指で擦っていた。
「フェラしながらオナニーだなんて、やっぱりえっちな女の子じゃないか」
「んっ……その、我慢できなくって……」
「認めてしまえよ。自分はえっちな女の子なんだって」
「うう……」
擦るほど、フェラチオに熱を出すほど、秘部はじんじんと疼いていた。指では物足りない。もっと太く長く硬いものを求めていた。それでも自分で淫乱だなんて認めたくなかった。
「ほら、立って。壁に手をつけてお尻を突き出すんだ」
さすがに苛めすぎたなと、浩二は佳弥に助け船を出した。佳弥はほしかったものがもらえる、それだけで頬が熱くなった。もはや浩二と交わることや裸体を見せることに疑問も恥じらいもなかった。
浩二の手が突き出されたお尻に添えられる。そして秘部目がけて、股間の怒張を突き刺した。
ぐにっ。
「あァ――」
(角度、角度がすごい……!)
ほしかったものがやってきた。しかも立ったまま、後ろからの挿入。今までにない挿入感と擦れ方。佳弥はまた新たな味を知った。
「いっぱい、いっぱいに、なってる……!」
「ん、どこがだ?」
「どこって、お腹の、下……」
「それじゃあわからないな。ちゃんと言えよ」
ずるっ。ペニスが少し引き抜かれた。
「だ、ダメぇ、入れてぇ……」
「どこにだ?」
「意地悪しないでぇ……」
ずるり。ペニスが後ろに下がっていく。腰を突き出して追いかけようとするものの、浩二の手がそれを妨害する。
「……おまんこぉ」
言わなければ、抜かれる。佳弥の羞恥心がぷつりと切れた。
「おまんこに、お、おちんちん、ほしいのぉ……」
初めて淫語を口にした。それは佳弥が思っていたよりも恥ずかしいことではなかった。どうして今まで嫌がっていたんだろうと、不思議に思うぐらいだった。
毒され、恋人から自分に傾き、ごろごろと転がり始めている。ニタリ。佳弥から見えない浩二の顔が悪く笑った。
「ちゃんと言えたね。ほら、ご褒美だ」
「アヒィ!」
じゅるっ。半分まで抜けたペニスが最奥まで戻った。勢い良く入ったペニスを一身に受け、浴室の中に嬌声を響かせた。
「ほら、佳弥のおまんこの中、どうなってる?」
「おちんちんがぁ、ごり、ごりって擦れてぇ……おまんこ、すごく疼いちゃってます……クリトリスにもぉ、指、ほしいです……」
一度タガが外れてしまうと、もうそれを抑止するものは残っていない。佳弥はこのあとも淫語を口にし続けた。
「あああ、もっと、もっとぉ!」
日は落ち、夜になっていた。二人は食事も摂らず、シャワーか仮眠かセックス、そのどれかしかしていなかった。
佳弥は浩二のペニスによがり狂っていた。もう何度受け入れたか、どれほど精液を浴びたのか記憶になかった。ただ間違いなく、快楽の基準が浩二になっていた。
何度目かの正常位。理性をなくした佳弥の表情、そして余裕のない浩二の表情。二人の顔が向かい合い、高みに登っていく。
「ははっ、最初に比べて、ずいぶん素直になったじゃないか」
「おまんこ、気持ちいいの……! もっと、おちんちんほしいのっ」
「それだけでいいのか?」
「ううん、ザーメン、たっくさん、出して……! 私、お口で、受け止めるからぁ!」
「……そんな言葉まで使うようになったか」
がしりと乳房をつかむ。佳弥の顔は痛みで歪んだが、与えられる悦びにすぐにだらしなく垂れた。その瞬間、膣肉が浩二を絞めつける。
佳弥にもう何度目かわからない絶頂が訪れようとしていた。
「う、ぐっ。すげぇ、キツい……もう、出る……」
「は、激しく、激しく、イって、イってえええええ!」
「ぐ、出すぞ、口開けろ!」
佳弥は大きく口を開けた。浩二はペニスを引き抜き、佳弥の口内めがけて射精した。暴れて発射された精液は口だけでなく、べっとりと顔を汚した。
「はぁ、ふぁあ……顔、べとべと」
こくり。口内に溜まった精液を飲み干し、顔に降りかかったそれを指ですくい、口に入れていく。飲み慣れているわけではない、今日が初めてだった。身体に出された精液を舐めているうちに慣れてしまい、むしろ後処理をティッシュではなく口と指でするようになっていた。
浩二はその姿に興奮し、達したばかりの肉棒を再び硬くした。
「元気になってる……でもこれで帰らないと」
挿入される前に、佳弥はあらかじめこれで最後だと言っていた。しかし、言った本人は胸を握り潰されるような寂しさを感じていた。
「……綺麗にしておきますね」
ぱくりとペニスを咥え、自分の愛液と尿道に残った精液が舐め取った。
「いろいろ、お世話になりました……」
最後にシャワーを浴び、乾いた服を着て、玄関で佳弥は頭を下げた。
佳弥はずっと浩二とのセックスのことを思い出していた。特に自分でも信じられないぐらいに乱れたことに顔を赤らめた。
「こちらこそ、ありがとう」
浩二は佳弥の頭を撫でた。そんなつもりではない、わかっているはずなのに佳弥の体温が上がっていく。
顔を上げると目が合った。恥ずかしい。しかし、逸らせない。
「……佳弥」
「んっ」
そっとキスを交わした。先ほどまでの貪るようなキスではない、触れるだけの優しいキス。離れる。自然と目が潤んでいた。離れたくない、やめてほしくない。たとえ会ったとしても、もうこんな機会がないだろう男にそんな感情を向けていた。
「ほら、早く帰らないと」
浩二は佳弥の気持ちぐらいわかっている。けれど今日はここまで。快楽は十分すぎるほどに刷り込むができた。あとは一人にして、考えさせて、気づかせるだけ。誰が一番なのか、ということを。
「本当に、ありがとうございました……さようなら」
後ろ髪をひかれるとはまさにこのこと。佳弥はしぶしぶと、出て行った。
「……ククク」
浩二はタバコを咥え、火をつける。くちゃくちゃに乱れたベッドに戻り、サイドテーブルの引き出しを開けた。そこには女性物の腕時計。佳弥の物だ。こっそりと隠し、忘れさせたのだ。
次回の接点もある。すべてが順調すぎた。
「ふふふ、ハハハハハハハ」
噛み殺し切れない笑いが、静かに、部屋に響いた。