ひょうたんのライフは/ひょうたん
「興味や好奇心は有限である」
これは私、ひょうたんの恩師の言葉である。
当時まだ若かった(とはいえ数年前だが)私は「何言ってんだこのタコ助」と思いながらも、その言葉について説明してもらった。
↓ 説明はじまり
例えば、何か習い事を始めるとする。サッカーやカルタなど、自分のまったくの未知のジャンルが好ましい。
そのときの興味と経験を数値にしてみると、こう。
興味:8000
経験:0
わかりやすくするために、興味の上限を8000にしている。別に万だろうと億だろうと何でもいい。とにかく、最初の数値は高いものだ。
まずは独学でやってみるだろう、そのままずっと独学も良し、経験者に教えを乞うも良し。有料のセミナーみたいなものに参加するのも全然アリ。
すると、経験の数値がグングンと上がっていくだろう。実力が向上していく自分の姿に酔って「俺sugeeeeeee!」なんて思っちゃうかもしれない。
この初期~中期あたりの成長期のときは、興味の数値は下がらない。成長する自分に興奮し、ある種のランナーズハイの状態らしい。
なら興味が下がり始めるのは、いつか? 例として挙げると、停滞期に差し掛かったときだ。
わざわざ言う必要はないだろうけど、停滞期とはこれまで成長が止まって、グラフにすると横ばい状態になっている期間である。
このとき、さしたる成長もしないのにムキになって続けてしまうと、興味の数値が下がり始める。嫌気が刺す、と言ってもいいかもしれない。
そしてそのままゼロになってしまうと、ゲームオーバー。ロックマンで言うところのティウンティウン。
さらに厄介なことは、一度落ちた興味や好奇心の回復は難しい。これは一時的に離れて時間を空けることで、多少の回復が望めるらしい(魔女の宅急便でも言ってたよね)。
↑ 説明おわり
本当はもっとわかりやすく説明してもらったのだが、当時の私はまったく興味がなかったため、いまいち詳細は覚えていない。
さて、いい加減企画の趣旨に合った話しをすると……もったいぶらずに言ってしまうと、今まさに私がそんな時期っぽいのだ。
「塔から脱出するゲーム2」が完結したあたりから、思ったように文章が書けない。もともとサクサク書けていたわけではないけれど、それにしたってちょっとひどい。どうもうまく書けない。
小説ってやつは、もともと成長が見えにくい媒体だ。「成長したね」なんて言われたことはないし、少なくとも誰かが誰かに言っているところを見たこともない。
自分としては、多少の変化はある“つもり”だけど、それが確証にならないうちは自信にも繋がらない。
……ティウンティウンに近い状態な気がする。
基本的にやりたくないことはやらない、という人間なので、ここであっさり丸投げしてしまうという選択もあるのだが、ここでちょっと考えたい。
私は一度、創作の興味がゼロになってリタイアしている。大学のサークルでいろいろあって、それまで4年(6年だったかもしれない。覚えてない)続けていた創作をあっさりと辞めた、という過去があった。
それから3年(4年だったかもしれない。覚えてない)が経ち、新都社でデビューして今日に至る……というわけ。
新都社で小説を再び書き始めて、私はすごく嬉しかった。それにとても楽しい。書くのはもちろん、読むことさえ嫌だったのに、また小説を買って読むようになった。
どうやら私の興味は空白の期間で回復していたらしい。しかし、明日から創作を辞めたとして、同じように3年後回復するかと言えば、確証はない。仮に回復という確証があったとしても、辞めたくない。もう文字、言葉、文章から離れたくない。
いろいろ長くなっちゃったけど、最後に抱負を言っておこう。
消極的に思われるかもしれないけれど、本人的にはとても前向きな抱負なのです。
2013年の抱負「創作を続けたい」