七日目
2月13日。
起きて朝食を取った後すぐに瞑想を始め、それは正午の鐘が鳴るまで行われた。
まずい、仮面ライダーを見忘れていた。それほどに集中していたのか…。
それは置いておいて、そろそろ作戦を実行しよう。
まずは…、長谷川からだな。
特に情報もないし、当たり障りなく貰える可能性が高い。
問題は、どうやって話を持ちかけるかだ。
「明日、チョコくれない?」
といきなり言ってしまっては、貰えるどころか徹底的に引かれてしまうだろう。
ここはこう行くべきだ。
「明日の時間割、なんだっけ?」
本当は、月曜日の日程なぞ熟知している。
しかし、こういった平凡な内容のメールなら、相手も警戒心無しに接してくれるはずだ。
するとここで返事が来た。
「ごめーん、私も今から友達に聞こうとしてたとこなんだー。」
…まぁ、馬鹿で有名な長谷川のことだけはある。
もう一年経とうとしてるのに未だに時間割を覚えていないとは。
だが、何も問題はない。
「まじ?じゃあ別のやつに聞くわ。
あ、そういえばさ、明日のバレンタインって誰かにやるの?」
我ながら秀作だ。全く違和感が無い。
「やるよー。みんなに配るよ!」
来た。一番楽なパターン。こっちから出ずとも向こうから来てくれた。
「おぉありがたい。楽しみにしてるわ。」
よし、第一ミッションクリア!
早速笹原に報告をした。
「よくやった。ちなみに遠藤は三人のノルマを既に達成している。」
流石は遠藤だ。
遠藤は俺等のグループ内では群を抜く童顔イケメンだ。
そういうのが好きな女子から絶大な支持をうけていて、毎年チョコも沢山貰っていたらしい。
俺等のグループに入らずともチョコは貰えるはずなのだが、自分を過信せず努力している姿はなんとも健気だ。
それはさておき、残っている任務に取りかかろう。
次は持木だ。
俺は早速新規メールを開いて文字を打ち始めた。
「明日のチョコ、俺の分だけじゃなくて他のやつらに配ってくれないかな。」
…なんて聞けないな。あんまりにも図々しい。
ここは責任転嫁するか。
「俺等のグループの奴らがチョコ欲しいって聞かないんだよ。」
これで行けるか?実際あいつら欲しがってるんだし、悪いことではない。
「悪いけど、あいつらの分も作ってくれないかな?」
と今の文に付け足して、送信ボタンを押した。
するとすぐに返事は返ってきた。
「前にも言ったけど、先生がその日は持ってきちゃ駄目って…。」
分かってる。それぐらい分かってるさ。
「明日じゃなくていいんだ。明後日の15日にお願い。」
と俺は返した。
我ながら名案だ。これならば問題ないはずだ。
「んー。ならいいけど、手作りじゃなくてチロルチョコでもいいのかな。」
そう来たか。
でもまあ、貰えないよりはマシだろう。
「ありがとう。あいつらに伝えとくよ。」
「うん。じゃあね。」
よし、これでミッション二つ目もクリアだ。
また笹原に報告しよう。
「チロルチョコ…。義理チョコの代名詞だな。しかし義理である以上、価値に上も下もない。
お返しは100円のお菓子で済むのだから、何よりも良いパターンだ。素晴らしい。」
なるほど。確かに、高価な物であればあるほどこちらも値の張った物を返さなければならない。
手作りだったなら、尚更何を返せばいいのか分からなくなってしまう。
本命でなければみな同じなのだから、チロルチョコが一番良いというわけか。
逆転の発想。否、これまでの常識がおかしかっただけなのだ。
常識をも覆す者、笹原…。やはり俺はこの男についていって、間違いではないようだ。
それにしても…。
持木のやつ、俺にだけ凝った手作りチョコをくれるなんて。
馴染みのよしみというやつか。笹原といい他のメンバーといい、これは良い人脈を持ったものだ。
しかし浮かれている暇は無い。最後のミッションが残っている。
それも最後にして最大の難関。
誰かに本命を渡すつもりの佐々木から義理を貰うというミッション。
この場合は…、どう対処すればいいのだろうか。
とりあえずこう送ろう。
「佐々木って、明日誰かにやったりするの?」
長谷川と同じ手は通じない。
佐々木は学年トップクラスの成績の持ち主。
下手な芝居はすぐに見透かされてしまうだろう。
ここはストレートに行った方が無難だと俺は推測した。
おっとバイブが鳴った。返事だ。
「あげるけど…。なんで?」
この程度の返答は予測していた。というより、計画通りだ。
このまま、「俺も欲しい→みんな欲しがってる」の流れで任務完了だ。
思っていたよりも楽に終われそうである。
「俺も貰いたいなー…なんてね。」
少し遠慮がちな感じで催促してみる。
こうすれば、芝居であり本音という絶妙なラインで聞く事が出来る。
OKが出るかは分からないが、少しだけでも確率は上がるというものだ。
優越感に浸っていると、佐々木からメールが返ってきた。
「うん。あげるよ。」
ほら。
二文字という最短ルートでの承諾。
きっとこの作戦が利いたのだろう。
さて、次のステップに移ろう。
「ありがとう!実はさ、俺等のグループの奴らも欲しいって」
そこまで打ったところで、佐々木からまた続けてメールが来た。
「後冬くんだけにあげる。」
今のところはな。
さあ早くメールの続きを。
って。
佐々木って本命やるんじゃなかったのか?
「おい、佐々木が誰かに本命やるって話、嘘だったのか!?」
居ても経ってもいられず、持木にメールを送った。
「本当だよ。サキちゃんが言ってたんだもん。」
サキとは佐々木の名前。母親が再婚したせいで「ささきさき」というややこしい名前になってしまった。
それはいいとして、わけが分からない。
「どういうこと?」
と佐々木に送った。
その後5分ほどしてから、返事は返ってきた。
「付きあって下さい。」
…なるほど。なるほどな。
まずい、頭が回らない。結局どういうことなんだ。
笹原に報告だ。失敗した。みんなの分を稼げなかった。
「笹原、駄目だった。」
それを送って少しスッキリしたが、よく分からないこの不安感は消えない。
きっと悪いことは起こらないのだろう。だけど、よく分からないのだ。
しかし、その時返ってきた笹原のメールは意外な物だった。
「よし、みんな作戦完了だな。上出来だ。」