むかしむかーし、あるところに竹取の翁という爺さんがいたらしい。「分け入つても分け入つても青い山」という俳句が似つかわしい程に緑が生い茂った山で、竹を取っては色んな物を作ってボロ儲けしていた。その爺さんの名前は讃岐の造。まあ、俺のことなんだが。ところで、俺みたいな年寄りが何故こんなに有名になったかってのを今から話そうと思う。
あの日、俺はいつもの様に竹藪の中に向かっていた。竹を取るのは、年寄りには辛い仕事ではあるが、山姥の様な婆さんと朝っぱらからイチャイチャする気にはならないし、そもそも生計を立てる為には老骨に鞭打って働かなければ生きていけない。肩腰膝、辛い痛みに耐えながら働いていると、いつの間にか夕方になっていた。ただでさえ暗い竹藪が、夕方にはもう夜の様に暗くなる。早く帰らねば……。家の方へ向かって歩いていると、急に辺りが明るくなった。
「なんじゃ。物の怪でも現れたか」
鉈を持って身構えていたが、どうやら物の怪の類ではないらしい。どうやら竹が光っているようだ。不思議に思い近づいて見てみると筒の中が光っていた。取り敢えず斬ってみよう。
「ふんっ!!」
股引が盛大に破れたが、そんな事がどうでもよくなる位衝撃的なものがそこにはあった。なんと――幼女が竹の中に鎮坐なさっておられた。
「幼女バンザーイ!バンザーイ!!バンザーイ!!!」
万歳三唱する程興奮した。だって三寸位(ちなみに臨戦状態の息子よりも大きい)の幼女がちょこんと坐ってるんだぜ。
「私めがいつも朝晩視姦し申し上げていた竹の中にいらっしゃいましたから分かりました。貴女様は神様が私めに賜りなさったのでしょうありがたや。ありがたや」
もう、興奮しすぎて使い慣れない敬語を使って仕舞った。兎に角、明日からはお参りしていない神仏にもお祈りしよう。
さてと、まずはこの娘を連れてかえらねば。
この不思議な幼女を連れて帰った頃には、満月が夜空を登っていた。
「婆さん、帰ったぞ」
「お爺さん、遅かったじゃないですか。心配していましたよ。あなた、お風呂、ご飯、それとも……わ・た・し」
……いい歳してその台詞はキツイ。
「ところで婆さん、仕事に行ったら幼女を見つけたんだが」
俺が抱いている幼女に気付いた婆さんは悲鳴を上げた。
「キャー!!このケダモノ!!幼女を拉致監禁して調教して××――」
「落ち着け婆さん。この娘はな……」
一通り説明して誤解はとけたが、俺って今まで犯罪者だと思われてたのだろうか。あれ?目の前が霞んできた。
何はともあれこの娘を育てる事に決めた。本当に可愛らしい娘だ。まだ幼いので、竹を使って籠を作りその中で育てた。手に職とは良く言ったものだ。
娘を見つけてからは不思議な事が起きる様になった。
その一 竹を切ると、その節々から黄金が出てくる。面白いほど出てくるので調子に乗って竹を切りまくったら、禿山になって仕舞った。財産だけなら従三位くらいはあるから生活に困りはしなかったが。
その二 娘が三ヶ月で大人になった。始めは驚いたが、この娘は神様からの賜り物なので当然の理だろう。
そういう訳で娘の成人式を盛大に執り行ったが、娘に欲情しそうな程美しかった。こんなに美しい娘が悪い奴の餌食にならない様に部屋から一歩も出さなかった。断じて引きこもりではない、箱入り娘だ。娘が居るだけで家は明るくなった。これは、雰囲気が明るくなったという意味だけでなく、本当に光を発しているのだ。まるで御来光を発した弥勒菩薩の様である。娘を見るだけで心が満たされた。どんなに嫌な事(一条三位と名乗る麻呂に横領されたり、狐に化かされたり)があっても、娘を思い出すと自然に怒りが収まった。
そう言えば、娘に名前を付けていなかったな。どうしようか。
「婆さん。娘の名前はどうしようか」
「そうですねぇ……思いつきませんねぇ」
「うーむ……夕顔はどうだろうか」
「なんか、彼氏の元カノの生霊に殺されそうな名前ですね」
「それでは、紫の上はどうだ」
「それは、ロリコンに拉致監禁されそうな名前ですね」
「これはどうだ……いぬたき!!」
「…………もう止めてください」
どうやら俺にはネーミングセンスが無いらしい。そこで悪友である三室戸斎部の秋田という神官を呼び寄せた。秋田は神官の癖に女を何人も娶り、肉を食べまくっている豪奢な野郎だが、それを除けばまるで聖人君子の様な奴だ。
「秋田、うちの娘の名前を付けてくれ。それもとびっきり可愛い名前をな」
「うーん、そうだな……」
秋田は娘をみると少し首を捻ってこう言った。
「どうやらこの娘からは只ならぬものを感じるのだが、詳しく教えてくれないか」
「実はな、この娘は竹の中云々」
俺はありのままを話した。
「成る程、それでは『なよ竹のかぐや姫』はどうだ」
「そりゃあ素晴らしい名前だ。名前が決まった祝いをしようじゃないか」
俺たちは三日三晩、酒を飲んだり、踊ったりして遊んだ。騒ぎを聞きつけた連中も巻き込んでの宴会だったので、後片付けが大変だったがこんなに騒いだのは初めてなので清々しい気分であった。
まだこの時は、あんなに大変な事が起きるとは思っていなかった。