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第二話 妻問

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 朝早く起きて、日課である乾布摩擦をしていると、生垣の方から男の呻き声が聞こえた。声のした方に行ってみると、大勢の男達が家の周りを囲んでいた。何事かと思って尋ねてみると、「かぐや姫だと思ったら、糞ジジイの裸が見えたから気分が悪くなった」との事だ。どうせ、「かぐや!かぐや!かぐや!かぐやぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!」等とほざいているやつだろう。ざまあみろ。
 どうやら昨日の宴会のせいで、娘の噂が広まった様だ。まだ幼い子供から今にも死にそうな爺さん、ボロ切れを着た賤民から唐風の服を着た貴族まで、大八島の男共が勢揃いしたのではないか、という位集まっている。昼間は人の目がある為に、門や生垣の隙間から覗いていたが、どうやら夜になると理性や常識というものはきれいさっぱり消えてしまうらしく、寝る間も惜しんで、生垣に穴を空けてまで覗いていt「キャー!!!」どうやら婆さんが風呂を覗かれたらしい。ちなみに、この男たちの様子を見た人が「よばひ(夜這ひ・呼ばひ)」という言葉を創ったらしい。だじゃr掛詞って面白いね。
 覗くだけでは飽き足らず、どうにかしてかぐや姫の御尊顔を拝見しようと、痺れを切らした輩が直談判をしてきた。
「お義父さん、どうか娘さんを僕に下さい!!!!」
「お前にお義父さんと言われる筋合いはない。早く出て行け」
男なら一回言ってみたいこの台詞。男の威厳の塊だ。美しい。
 何人かは、悔し紛れに「こんな事に時間を使うのは馬鹿らしい」と泣きながら帰って行ったが、それでも貴族のドラ息子達はなかなか帰ってくれなかった。十七条の憲法に「朝早くから仕事しろ」と書いてあるけど大丈夫なのかね。まあ、下級官吏が頑張ってるから大丈夫だろうが。
 十日も経てば皆諦めてくれるだろう、という希望的観測も虚しく、五人の猛者がまだいらっしゃった。しかも、その五人とは

石作の宮樣
庫持の宮樣
右大臣阿部御主人公
大納言大伴御行公
中納言石上麻呂足公

である。まさか皇族や上達部の方々がいらっしゃるとは夢にも思わなかったが、この方々は色好みで有名であるから当然の事か……
 さて、この方々はただの付き纏いではないらしく、飯も食わない程に思い悩み、真冬だろうが、真夏だろうが、何度もうちを訪ねている。その度に自分の想いを歌にしたためるも、うちの娘は見らずに破り捨てるものだから、返ってこちらが同情してしまう。
 普通の人間なら諦めるだろうが、この方々は「かぐや姫はツンデレだ可愛い」という事しか頭にないらしく、度々儂を訪ねてきては、「親戚になりませんか」いう趣旨の事を言って来るが、儂が婆さんと頑張って出来た子供ではないので、こちらが娘の代わりに許可するわけにもいかない。
 とは言うものの、この方々は夜も眠れないらしく酷いくまが出来ており、又、かぐや姫との結婚を願って、家の前で祝詞や念仏を唱えているのを見ると、無下にも出来ないのが人情というものである。


「かぐや姫よ、大事な話があります。ちょっと来てください」
「はい、なんでしょうか」
目の前に坐るかぐや姫を見つめ、意を決して告げる。
「もう気付いているでしょうが……貴女は儂と婆さんの子供ではございません」
かぐや姫はゆっくりと頷き答える。
「ええ、私もそのことには薄々気付いておりました。親娘(おやこ)にしては歳が離れておりましたから」
「そうか、気付いておりましたか……儂と婆さんはずっと子供が出来ませんでした。このまま二人で寂しく死を迎えようと思っておりました。ですが、あの満月の夜、貴女を竹の中から見つけたのです。神樣か仏樣が私どもを憐れみになって、姿を変えて現れたのだと思い、今まで大切に育ててきました。ですからどうか儂の言うことを聞いて下さいませんか」
「どうぞ、おっしゃって下さい。血はつながっていないとはいえ、親娘でございますから。何でも致しましょう」
「そうか、ありがたいものだ」
思わず頬が緩む。
「儂も婆さんも、もう七十を過ぎ、お迎えが近づいております。もしかしたら、今日か明日にも貴女は独りになるかもしれない。ですから、どうか儂が生きておるうちに結婚してはいただけませんか」
かぐや姫は困ったような顔をして言う。
「どうして、私が結婚などせねばならぬのでしょうか」
「貴女は神樣や仏樣の生まれ変わりとはいっても、人間の姿をしております。いつかは結婚せねばなりません。貴女を想って熱心に訪ねて来る人々の中から相手を見つければ良いのです。」
「そうはいっても、あの人達は下心を持って近づいているのかもしれません。もし、結婚しても、浮気などされたら後悔するでしょう。どれほど位の高い人とは雖も、私への想いが本物かどうかは分かりません。」
「確かにおっしゃる通りです。ですが、どの様な方を望んでおられるのですか。あの方々の想いは並々ならぬものであると思いますが」
さっさとあの方々の内の誰かと結婚してくれればそれなりの位が貰えるのに……
「どの方も熱心に訪ねて来ますが、それだけでは分かりません。私が今欲しいものを持って来て下さった方こそが最も相応しいと思います。ですから皆さんにこのことをお伝え下さい」
「それは分かり易くていいですね」
早く結婚相手を決めてくれないと外戚に成れないじゃないか。くそったれ。
「何かおっしゃいましたか」
「い、いえ、な、何も」
「あっ、そう」


 夕方になると暇なのか例の五人が集まる。一人は笛を吹き、一人は歌を詠み、一人は歌をうたい、一人は口笛を吹き、一人は扇で拍子をとっている。傍から見ればふざけている様にしか見えないが、本人達は真面目である。娘の伝言をこの奇異な集団に伝えねばならぬ。
「どうも皆樣今日もお揃いで。この様なむさ苦しい場所に毎日毎日お出で頂いて誠にありがとうございます」
「返事があるとは珍しい」
「今日はですね、皆様に嬉しい知らせがございます」
「それは一体」
「私がかぐや姫に『儂も老い先が短いから、例の五人の方々からお一人選んで嫁いだらどうだろうか』と申し上げたところ、『皆様、私への熱意は素晴らしい方でございますが、どなたにしようか決めかねています。ですから、私の欲しいものを手に入れて下さった方に決めようと思います』と仰ったので、これなら遺恨も残さず、且つ、穏便にお相手を決める事が出来ると思いまして、皆様にご報告に参ったのです」
 五人の方々も「それは良い考えだ」と賛成したので、姫にご報告。
「皆様方も了承されましたので、具体的な内容を教えて下さい」
「では、先ず、石作の皇子にはお釈迦樣がお使いになった石鉢を持ってきて貰いましょう」
天竺まで行くのは大変そうだ。
「次に、東の海に蓬莱という山があり、そこには白銀の根で地面に立ち、黄金の幹で真っ直ぐと伸び、白い宝石の木の実をつける木があるといいます。庫持の皇子には、それを一枝採ってきて貰いましょう」
蓬莱の仙人に会って不老不死の薬を貰いたいものだ。
「右大臣の阿部さんには、唐土(もろこし)にあるという絶対に燃えない火鼠の皮衣を持って来て貰いましょう」
唐土だから偽物を掴まされそうだ。
「大伴の大納言には、龍の首にあると謂う、五色に光る珠を獲って来て貰いましょう」
逆鱗に触れたら大変な目に遭うだろう。
「最後に、石上の中納言には、燕の子安貝を採って来て貰いましょう」
燕の巣食べたいなあ。
「果たして本当に出来るのでしょうか。この国には無い物もありますぞ。あの人達にこの様な無理難題を言って、聞いてくれるものか」
「私の事を本当に想っていてくれるのなら、これぐらい簡単な事でしょう」
我が娘ながら本当に恐ろしいものだ。まさに鬼畜である。
「それでは伝えてきます」
外に向かい五人それぞれにかぐや姫の望むものを伝える。
「姫の望むものを手に入れましたら、ここに見せに来て下さい。」
一呼吸置いて高らかに宣言する。
「それでは第一回かぐや姫杯開始!!」
……
「なんということだ。二度と来ないでくれと直接言われた方がまだましだ」
五人の上達部は、皆生気を抜かれた様な足取りで歩いて行った。
2

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