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電話クダサイ今スグニ

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 「わたしも、驚いて振り返りました」
「僕も、振り返りました」
「私も驚いて、振り返りましたね」
……



 「皆さん驚いて振り返られるという、ウチが本当にオススメする商品です。本日ご紹介するのは……こちら!」
甲高く叫びまくる彼の声を背後に聴きながら、俺は受話器から漏れ出す来週以降の予定を零さず手帳に書き留める。
「ええ、ええ。十三時。そして十五時。はい。十七時からスタジオが使えなくなるので」
「さらにはこんなゴミ! こういうゴミは皆さん、カーペットに引っ付いて取れずに苦労していませんか?」
「待ってください……それは……ええ、しかし、どうしても搬入して頂かないと……」
俺だって幾多の修羅場をくぐり抜けてきたという一端の自負は持っている。こんな所でボロを出して、たまるか。
「ええ、ですから、そうです。絶対に。ここは譲れないのです。」
収録中のスタジオに響くのは、受像機を突き抜けんばかりに「もう一台」追加するあいつの声だけではなかった。マイクの拾わないさざ波のような機械音と、2カメを操作している平井の息遣い、そして俺の声。俺は少しでも声を低く、張り上げることの無いように努めていた。

 あいつの部屋と俺の部屋はドア一枚を隔てただけだった。俺の部屋には同僚がふたりいるが、あいつの部屋には他に誰もいない。それでもあいつは、あの日から何ひとつ変わらない。
 二十四年だか二十五年だかも昔の話。薄暗い佐世保の喫茶店の隅っこで、今よりずっと低い、ずっと小さい声で、ぼそぼそと話しはじめた。
「佐世保帰ってきて、久しぶりに親父の顔見て、やっぱり俺、何にも言えなかった。今はまだ良いかも知れないよ。でも、十年もしてみりゃ、ウチみたいなちっさいカメラ屋なんて、すぐにデカいとこに潰されちまう」
親父も分かってんだ、と言いながら、あいつはグラスを口まで持っていくが、それまでだった。あとからあとから込み上げてくる思いは、あいつが水を飲むことを許さないようで……
「こんな所でカメラ屋構えてても、とっくにシラけてんだよな」
俺は何も言えなかった。

 俺もあいつも、佐世保の高校から大阪の大学に入って、そのまま就職したのだった。あいつはそのまま大阪で大手の電機会社に入って、営業二課の課長まで登り詰めたあと、希望通り海外事業部に転属され、どこだかの国にいるという知らせを最後に俺には行方がわからなくなっていた。俺は地元に帰ることを決めてはいたものの、実家を継ぐ気にもなれず、信金に就職していた。
 あいつは日本に帰ってくるなり、俺の実家に電話を入れて、俺と話がしたいと言ってきた。突然のことで俺には意味が分からなかったが、とにかく言われるがままに手帳に予定を書き込んだ。やっぱり俺も、シラけていたんだ。
 「起業しようと、思ってんだ。」
さして飲んでもいないお冷やが強引に注ぎ足され、あいつがグラスを引き寄せると少しこぼれた。それでも構わず、あいつは続けた。
「カメラ屋は……親父が閉めるまで、好きにさせとくさ」
「起業って……何するんだよ」
「通販だよ」
「通販?」
「通信販売だ」
「そんな……佐世保でカメラ屋で」
「だからだよ。……佐世保でカメラ屋で、親父にだって、今からどうこうしろよなんて、言えねえよ……言えねえから、俺が、少しでも売ってやるしか無えんだよ」
あいつは俯いていた。頬が震えていた。必死に涙を堪えている姿に、やはり何も言えなかった。
 俺は、追加でコーヒーを二つ頼んだ。片方には、ミルクを付けてやるように言った。



 時々、創業時の社員の集合写真を見に、あいつの部屋へ行く。あいつは大体モニターを見ながら難しい顔をしているが、俺が来たと分かると、いくらか柔らかな表情になる。高田が真ん中に、そして俺が隣に。逆側にいるのは、入社して始めてベータカムを触り始め、今ではカメラセンターの主任になった平井である。
 そして、俺はここに来るたび、もうひとりの人物に思いを馳せる。写ってくださいよ、という声も聞かずに自らはシャッターを切る役目を担った、「高田カメラ」の主人、あいつの親父さんだ。集合写真と並んで掛けられている親父さんの遺影に手を合わせて、行ってきます、とひとこと言って、俺と高田はスタジオに向かう。



 「わたしも、驚いて振り返りました」
「僕も、振り返りました」
「私も驚いて、振り返りましたね」
「皆さん驚いて振り返られるという、ウチが本当にオススメする商品です。本日ご紹介するのは……こちら!」
甲高く叫びまくる彼の声を背後に聴きながら、俺はやっぱり受話器から漏れ出す来週以降の予定を零さず手帳に書き留める。これからも俺は、あいつとやっていくのだから。
「ジャパネットが打ち出すこのお値段! まさに、安さ爆発です!」

 「社長、面白いこと言うじゃない」と、俺はあいつの方へ振り返った。
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