【インタールード】
パイドパイパーと名乗るようになったのは、あの日、大事な人を失ってからだった。
どれだけ強くあったとしても、守れないものがあることをラスト・ホリデイはあの時、ジョニーを下して最後の一人となった日に強く思い知ったのだった。
とあるマンションの一室にラスト・ホリデイが足を踏み入れる。彼がパイドパイパーの為に用意した一室だ。
玄関を踏み越え短い廊下を抜け、突き当りの扉を開けてリビングルームへと足を踏み入れる。
四人は既に到着済みのようだった。
L字に並べられたソファには男性が二人、一人はアコースティックギターを鼻歌交じりに爪弾き、もう一方は彼の音を浸りながら、テーブルに並べられた軽食を味わっていた。ソファのすぐ隣のキッチンルームでは、軽食を作った女性の姿が見られる。そして窓の外のバルコニーに、最後の一人が気怠そうに街の景色を眺めているようだった。
「突然なのに集まってくれてすまない」
「ラスト・ホリデイ!」
キッチンの奥にいた女性は高い声で彼を呼ぶと、パタパタと嬉しそうに彼に駆け寄った。随分と化粧に気合を入れてきたのだろう。髪型はウォーターフォールに編み込まれ、白いワンピースと朱色のカーディガンで着飾られていた。
「悪いね、レディバード、待ったかな?」
レディバードと呼ばれた女性、音桐笙子(おとぎり しょうこ)は首を振って、彼に柔和な笑みを返した。
「全然、むしろ丁度簡単につまめるものを作ったところだったから良かったわ」
「ほんと、いつ食べてもショウコの食事は良いね、ラスト・ホリデイ、君も食べなよ」
ソファで先に食事を初めている青年、響谷結弦(ひびたに ゆずる)はそう言ってアボカドクリームとサーモンの乗ったクラッカーをひとかじりする。彼の姿に笙子は腰に手を当て、呆れた表情を浮かべる。
「ユズルさん、皆が集まってから食べましょうって言ったのに」
「仕方ないだろ、横にはタケルのギター、目の前にはショウコの料理、我慢しろっていうほうが無理なもんだよ」
「嬉しいことを言ってくれるが、少し待つことを覚えるべきだと思うぞ、ユズル」
そう言ってタケルと呼ばれた男は、ギターを置くと立ち上がって振り向いた。リビングに入って間もないラスト・ホリデイに目を向けると、いよいよなんだな、と彼は言った。
「ああ、パープル・アップル。いよいよだよ、レディバードも、メトロポリスも、ここまでついて来てくれて本当に感謝する」
「……本当に、始めるんですか?」
不安そうにそう尋ねる笙子の頬に手をやって、ラスト・ホリデイはすまない、と言った。頬を朱に染めながら、それでもやはり不安げな表情を笙子は浮かべている。
「メトロポリス、【カーニバル】のスケジュールは出来ているか?」
メトロポリスこと結弦は頷く。
「あとは、俺達が暴れるだけだ。いわゆるヘイト集めってやつだね」
「大抵は俺達三人で事足りる。それに、今回に限っては四人目もいるしな」
四人は窓の外の少女の姿に目を向けた。
彼女は室内の四人の視線に気づき、バルコニーからリビングへと戻ってくる。一瞬、窓の外から入り込んだ風が四人の顔を撫でた。春にしては少し冷たい風だった。
「レディバードさん、怖い顔しないでよ。別にラスト・ホリデイを取る気なんてさらさら無いからさ」
「そういうことじゃないわ、ジョニーについていた貴方がどうして今更になって、こちら側にやってきたのかが私には分からないの。ねえ、|レモンドロップス《、、、、、、、、》」
彼女は口に含んでいたキャンディバーを指で摘んで取り出し、ぺろりと舌を出して笑ってみせる。レモンドロップス。元オーパーツであり、ジョニーの側近だった黄色いテレキャスターのプレイヤー。
「私とラスト・ホリデイとの利害が一致した。それだけのことよ。ジョニーに言われたわけでもないわ。何より、彼から直々にクビを言い渡されて、事実上のフリーだもの」
「でも!」
「レディバード、落ち着いてくれ。彼女の言っている通りだ。レモンドロップスとジョニーの関係は既に切れている。それに、今回キーとなる人物を使える状態にしてくれたのも、彼女のお陰だ」
「それって……」笙子の言葉に、ラスト・ホリデイは頷く。
「古都原鳴海、週末のロストマン。プライベート・キングダムを一瞬見たと思われる人物だ。そして、彼が現れたことで、我々の求めていた楽曲の最終節は埋まった」
「そんなわけで、よろしくね、レディバード」
笙子は目を細めてレモンドロップスを強く睨むと、キッチンの奥へと再び戻っていってしまった。そんな彼女の姿を見送ってから、こわいこわい、と健と結弦は再び食事を始める。
「ただ、ラスト・ホリデイ、彼は少し危険よ?」
「確かに彼はムーンマーガレットと共にレーベルを設立して、力をつけ始めている。確かに厄介ではあるかもしれない」
「そういうことじゃないの」レモンドロップスは首を振る。
「彼は、このモッシュピットでどこまでもイレギュラーな人物だから、もしかすると、私達の予想とは別の方向に話を向けてしまう可能性があるのよ」
「君は随分と彼の事を気に入っているんだね、レモンドロップス」
「まあね」
そう言ってレモンドロップスは傍のソファに腰掛けると、表情の翳る二人そっちのけで食事をつまみ始める。
ラスト・ホリデイは、バルコニーに出ると下に広がる街の全景を眺めながら、あの日自分が失った彼女の顔を脳裏に浮かべる。
「もうすぐだよ、もうすぐで、僕の望んだ最強に手が届く」
ジョニーは忘れろと言った。しがみついても誰も幸福にはなれないと。
だが、ここまでやってくることができた。もう少しで、ジョニーですら届かなかった領域に足を踏み入れることができる。
そうしてようやく、望みが叶う。
目指すは、プライベート・キングダム。
望むのは、最強の証。
――モッシュピットを葬り去れるほどの、強さ。
四月を境に、プレイヤーの間では一つのプロジェクトの噂が囁かれるようになった。
名称だけで、詳細も、実行日すら知る者のいない謎のイベント。
【カーニバル】
・
フェンスに囲まれた屋上の中で、晴原遥は鼻歌交じりに自分のベースを弾いている。
濃いブルーのボディに、特殊な形状とピックアップ、四つのつまみとトグルスイッチが一つ。ヘッドには左右に二つづつ取り付けられたペグと、その中央には横文字でメーカー名が印字されていた。
それは、何よりも彼が求めた楽器の名前だった。
――リッケンバッカー
彼女の相棒の音を聴きながら、遥は鼻歌を歌う。
久しぶりに会った彼、古都原鳴海は元気だろうか、戻って、無事勝つことができただろうか、できただろうな。きっと泥だらけでかっこ悪くて、でもなんとなくカッコ良い、そんな勝ち方だったんだろうな。そんな気がするのだ。
「また来る、か……」
でも、あの時の約束は、きっと果たせないだろう、と遥は思っていた。
何故なら、きっと次会う時は、ここではなくモッシュピットになるだろうから。
「ごめんね、多分、今度ボクと会う時はね……」
――ボクが世界を滅ぼす時だと思うんだ。
四弦の音が鳴る。
深くて、よく伸びる低音が一つ、たった一人の屋上の空間に、寂しく響いた。