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火蜥蜴売り

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   8 火蜥蜴売り

 映画館が閉鎖されることとなった。所有者が死んだらしくその親族が整理をしていて初めてこの場所の運営に気づいたという。かなり違法な建築だったそうで即刻取り壊しとなった。完全な金食い虫である道楽だったようだ。三日後その前を通るともう更地になっていた。その一週間後来ると更地は湖となっていて周辺の地区が水没していた。釣り人たちがいたが糸を垂らすのではなく竿を担いで立っているだけだ。なぜそうするのか尋ねると、「どうせ釣れないだろうから」という答え。それでも彼らは釣り人だ。
 竿すら持っていない釣り人がいた。レインコートを着た黒眼鏡の女性で、火蜥蜴売りの■■■■・■・■と名乗った。彼女は自分は先輩だと言った。つまり、以前映画館で働いていた人だ。
「この映画館が取り壊しとは非常に寂しい。やる気がなくてやめたあたしが言うのもなんだけど」
「今仕事はしていないんですか、その、」
「火蜥蜴売り?」
「ええ」
「火蜥蜴が捕まらないんだよね。暑い日の幹線道路に良く出るんだけど政府は事故が起こったから高架への立ち入りを禁止したんだ。仕方ないから郊外へ行くんだけどほとんど死んでいる。哀しいね。だから今工場での働き口を見つけた。良ければあんたも一緒にどう?」
 私はそこで働くことにした。
 翌日、先輩の案内でガード下の地下商店街にやって来た。こんな場所に工場があるのか不安だったがそれは外れのほうにあった。工場といっても十五畳ほどの部屋に六人ほどの作業員が横に並んでいるだけだ。作業機械もなにもなく空いたテナントにそのままやって来ただけという様子だ。私は軍服のまま、先輩は薄汚れたレインコートのまま列に加わった。
 作業服の若い男性がダンボールを抱えてやって来た。中には細長い金属の棒が無数に入っている。それを彼は列の先頭にいた老人に渡す。老人はそれを床に打ち付けた。
 鈍い金属音がした。
 老人が隣の青年に渡す。彼は同じように床に打ちつける。
 それを先輩と私も含めて全員やり終える。最後尾にいた先輩が「これはどうすればいいんですか」と聞くと、作業服の男性が「そこらへんに適当に置いといて」と言った。これがどうやら一工程のようだ。どうも何の意味もないような気がしたが、打ち消した。その後、ひたすら金属棒を全員が床に打ちつけるだけの時間。
 箱が空になると「お疲れ様です」と作業服の男性が言って、全員に日当を配った。時給に換算するとだいぶ悪くない額だ。彼は空箱を担いで「明日も同じ時間に」と告げて帰って行った。
 帰り道先輩が言う「どうもこれは良くない気がするぞ」私は頷いた。「あんたもそう思う? やめる?」「やめようかと」「じゃあ明日言おうか」「ええ」
 ということで翌日、仕事が始まる前に我々は、この仕事は無為に思えてならないので退職したいと言った。
「そうか。棒を打ち下ろすのが無為だと感じたのか?」我々はそうだと応えた。「じゃあ、やらなくてもいいよ。だけど給金は出す」ということでその日の仕事が始まった。
 我々は列の最後にただ並んでいた。金属音だけが響く。疲れたので座っていいかと聞くといいと言われる。やはり無為な気がするのでどこかで時間を潰していていいか、と聞くと、かまわないと言われる。
 作業員のうちふたりが、我々と同じ意見を抱いたようで、我々は近所にあった映画館へ入り時間を過ごした。昼間から舶来のブルーフィルムをやっていた。我々が戻るととっくに作業は終わっていた。これなら楽なので続けようと決意するが、翌日、作業服の男性は、ダンボール箱を持って工場へやって来ると我々に給金を渡し、今日で廃業すると告げた。
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