2001年4月26日、渋谷を舞台にこの日一日限りのイベントが開かれた。この本はその時に参加者が購入する、いわばパスポートの役割を果たしていたものだ。
ぱらぱらとページをめくると、様々な場所の写真集なのだろうか、ガード下の湿った黴臭い路地や、緑の金網が背景になった一角が写っているのだ。とはいえ、そうした風景の中に「何か」が写っているということは無く、あくまでも風景を撮った写真なのである。写真は全部で十六枚あり、そこからしばらくはノートになっている。
イベントの名は「写真の場所殺人事件」。イベント前日に渋谷のある古書店で新品のこの本を買い、当日発生する殺人事件を追いかけるためのナビゲーションに用いるのである。殺人事件は本当に行われているのか定かでは無いが(と言いながらも大きな騒動になっていないあたり、精巧なひとつの演劇的行為なのではないか、という推測を私は立てている)、写真の現場ではその日のある時にある人が殺されるのである。同時多発的に発生することもある。
もちろん犯人はいる。その犯人を追うなり、待ち伏せるなりして捕まえればそのプレイヤーがイベントの「勝者」となるのである。
しかし、このイベントの一筋縄ではいかないところは、誰もが加害者になることができ、また被害者になり得る、ということなのである。それは同時にこのゲームの最大の魅力である。
話によれば、この年の参加者は十六人であったため、用意された「殺人現場」は十六カ所、撮られた写真も十六枚だった。この本を売っている古書店の店主が主催者であり最初の「犯人」として、この十六カ所のいずれかに近づくことでイベントは始まる。参加者は参加者で「犯人」を探すため、「殺人現場」に赴く必要がある。そうして「加害者候補」と「被害者候補」が接近したときに、ゲームの歯車は廻り始めるのである。
この店主、相当な手練らしく、「第一の殺人」を見事にやってのけたという。さらに店主は完全犯罪を目指すために第二、第三の現場をまわっていったのである。もちろん、参加者同士で(おそらくは制約を受けた上での)殺し合いが行なわれることもあるはずだ。しかしやたらめったらに起こる訳では無い。なぜなら参加者は皆私服であり、通行人に紛れているからである(もちろん、参加者同士、顔は知らされない)。誰かが誰かを殺すことがあれば、加害者はその時点から「犯人」一派となる。
※ しかしここで註をつけるならば、犯人同士はグルになることができない。なぜなら彼等は最初から互いの顔を知らないし、店主側も自分以外の参加者は探偵役だと思っているからである。
イベント終了の条件として、(1)店主が全員を殺し、「完全犯罪」が達成される、(2)店主以外の誰かが他の全員を殺し、「完全犯罪」が達成される、(3)犯人役が全員逮捕される、の三つがある。
(2)(3)のどちらかの条件によってイベントが終了した場合は、古書店の店主から希少なミステリ小説が商品として贈られるという取り決めだったらしい。
読書家たちが行った、大人の推理ゲーム。本書はいわば、「兵どもの夢の跡」なのである。
書誌情報
著者:不明(主催者の古書店店主だとするのが妥当であろう)
出版社:古書銀鱗堂
出版年:平成十三年
定価:二千五百円(イベント参加費含む)
江口眼鏡の購入価格:百円