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31 掃除の日

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   31 掃除の日

 第三兵課の〈掃除〉が行われるのはひさびさらしかったが、つい先月、二課の掃除があったばかりだという話だ。
 教団は極めておざなりだ。いや、極めて厳密だというべきだろうか。自分達の仕事である悪魔・違法魔女や吸血鬼を狩りはするが、それ以外の脅威に関しては一切関知しないのだ。
 おまけにこの〈掃除〉は、抜き打ちという触れ込みだが、もちろん一部の人間には事前に話が通っている。というか、こたびの調査は〈ドロウレイス地下巡邏団〉――盗賊ギルドが要請したものだという噂だ。彼らにはなにか、いぶり出したいターゲットがいるらしい。
 加えて、三課の存在意義を確立させる示威行為という側面もあった。
 二課の討伐対象である悪魔は、常に都市のあちこちが〈向こう側(シェイズ)〉に繋がり、そこから湧き出てくる。きっと無制限なのだろう。端的に言えば不毛ともとれる終わらない戦いを続け、住民の盾として存在し続けることができるのだ。
 しかし、三課はちがう。吸血鬼の数には限りがある。
 帝国から流入する吸血鬼はおおよそ膨大な数に昇るだろう――ここには太陽を隠す天蓋があるのだから――それでも、彼らを狩りつくしてしまうのではないかという恐れは常にあった。伝説に名高い、竜を狩りつくした一課のように解体されてしまうのではないかと。そうなれば教団としても兵力の大幅な減少は避けられない。
 だから、自ら吸血鬼をどこからか調達してきて狩らせるという、いわゆる自作自演が行われているのではないか、との噂は、古くからあった。それには隠密・権謀術数に長けた、黒い外套の四課が携っているというはなしだ。
 とはいえ、彼らが自分達を守護してくれているありがたい存在であることは変わらないので、酒場でちらりと話す以外には、教団不要論はあまり、この都市においては聞かれなかった――おおっぴらに話せば四課が異端の罪で人知れずどこぞへ連れて行き、拷問にかけるという伝説もあることだし。
 ぞろぞろと聖チャールズ広場を横断する二課の白い狩人たちの中に、マザーズボウ隊長の姿があった。足元まで延びた莫大な量の銀髪ですぐ分かる。にやにやと、不気味な笑みを浮かべている。
 俺に気づいて声をかけてきた人物がいた。ラモン局長だ。
「あ、ヴァーレインじゃない! わたしたちの活躍を見に来たのかな? だけど一般人は近寄っちゃだめだよ! 吸血鬼さんたちにぱくりといかれるぜ!」
「そういう局長はどうなんですか?」
「おっと、まだこの秘密を話すほど親密な仲じゃなかったかな? わたしの心臓には聖霊機構が入っている。かつて二課を志願してね。だけど残念ながら、適合率が低くてガントレットすら形成されなかったんだ。下手すると拒絶反応でそのままくばってもおかしかない感じだったんだけど、幸い安定してね! こうして不老の体を手に入れて、技術屋としてがんばってみんなの体をいじくってるってわけさ!」
 局長は見た目は二十代後半といったところだが、さらに歳を重ねているのだろう。とはいえ、彼女の口調はかなり子供じみていた。すこしばかり遠くへ探検に出かけるときの、わくわくした感じの。
「今回は三課のみんなのモニタリングがおもな任務だね。人知れず教団の狩人たちは、日々バージョンアップを続けているのさ。特に着目すべきはマザーズボウだ。彼の意欲はすばらしい! 前回、ハンティングの様子を観察させてもらったけど、狂喜乱舞って感じだよ! 吸血鬼よろしく倒した相手の喉を噛み切って血肉をがぶ飲みさ!」
 聞いてるだけで気分が悪くなりそうだった。
「もともと三課の狩人は吸血病患者の出す〈におい〉を探知できるようになっているんだけど、マザーズボウはそれを感じた瞬間、特別な高揚が発生するんだよね! 吸血鬼の血に対してほとんど麻薬的な……」
「局長、ここにいたのでありますか」
 前髪を短く切りそろえた女性がやって来て、言った。アニーが使っていたのと同じライフル〈ブルーム〉を携えている。これがそう呼ばれるようになった理由の一つが、〈掃除〉に使われていたからだという。
「ああ、ブレイド副長、ごめんごめん、ちょっと友人がいてね、同じ絵描き繋がりでね」
「なるほど、彼も麻薬常習者でありますか」
 俺はやんわりとそれを否定して、自己紹介する。相手も頭を下げて、
「わたくしは当管区の第八階層遊撃隊副長、シンディ・ブレイドであります。以後お見知りおきを。といっても本作戦で死ぬかも知れないのでありますが」
「そんな危険な作戦には見えないけれど」
「常に死の危険は存在しているのであります。ヴァーレイン君も明日には死んでるかも、すべては無常でありますゆえ」
「かもね」
「それより局長、そろそろ〈掃除〉が始まるのですが」
「ああ、そうだったそうだった。見てなブレイド副長、マザーズボウにあの高揚をもたらしてる因子を特定し、三課のみんなに組み込んでやるぜ! よし、いざ行かん!」
 言いながらラモン局長は走っていった。
「あれは隊長の性格というか彼がイカれてるだけだと思うのでありますが」
 などとぶつぶつ言いながら副長は、誰か死ぬだろうな、誰が死ぬだろうな、と漏らして去っていった。
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