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30 暗殺の秘術

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   30 暗殺の秘術

 ことあるたびに衛兵のマリオットを見かけるようになった。
「この前のはどういったつもり?」と俺が聞くと、
「『縁は異なもの味なもの』……へっへっへ。局長と絵の話をしたか? 仲良くすればさらに何かを回してくれるかも知れんぜ」
「だけど違法だろ?」
「オレらに小遣いを寄越さない限りはそうだな、『魚心あれば……』」
「なにやら変てこな事柄に俺を巻き込もうってんじゃないだろうね?」
 と言うと、彼は図星なのかまた笑って去っていった。
 不自然な男だ。常に暗がりから現れて、気づけばそこにいる。

 あるとき情報屋のロバートからの伝令があった。
 見知らぬ物乞いから、彼が会いたいそうなので前と同じく十三番交差点へ来て欲しいと伝えられ、俺はそうすることにした。
 相変わらず蒸気で煙るそこへ来ると、すでに彼はいた。
「二回もあんたに会えるってことは」蒸気越しのぼんやりした影に俺は話しかけた。「相当幸運って考えていいのかい、あるいはあんたに随分気に入られたかな?」
「いいや」ロバートは相変わらずいかめしい顔で告げる。「前と同じだ。お前の因果がわたしに近い将来、なにか害をなそうとしている。だからしかたなく、そうならないよう伝えに来たのだ」
 だとしてもそれは俺の責任じゃないと言いかけるが、彼がこの話をとっとと終わらせたがっているのは明らかだったので、俺は無言で先を促した。
「やはりだ……妙な影がお前にちらついている。二つだ。一つはお前と同じくらい大きく、因果を絡め取る嵐じみた存在だ。もうひとつは得体が知れぬ幽霊のようななにかだ。前に会ったときは感じなかったが……こんなことは初めてだ。やむを得ん、わたしはこの都市を去ろうと思う。南へ向かう。これ以上かき乱されたら我が安楽が台無しだからな」
 そして彼は、暫くの間俺にこの場所へ留まるか、北上し、自分に近寄らないよう要請した。
「お前が飛行船の魔女をここで待つならいいだろう。だが、帝国へは立ち入らぬことだ。そうしたら、ただではおかないぞ」
「脅しかい、そりゃ」俺はつとめて平静に言おうとしたが、できたかどうかはわからない。
「そういうことになるだろうな。分かるな? わたしと戦おうとしても無駄だぞ、こちらには悪魔と、運命が付いているのだからな」
 俺はどうにも面白くなかったが、この情報屋の申し出を無言で承諾した。
 彼は苛立ちもあらわにきびすを返し、蒸気の中へ去ろうとする。
 次の瞬間、彼の黒い影が崩れ落ちるのを見た。背後にはもうひとつの影……

 気づいたとき俺は、彼方にドロウレイス城塞を臨む砂浜に立っていた。
 あたりは群青に染まっている。黄昏時か、夜明け前かは判然としない。
 ひんやりとした空気の中、背後から声がした。
「いい教訓だな……盗んではいけないものがあるってこった。へっへっへっ」
 振り返ると、マリオットが立っていた。
「ロバートを殺したのはあんたか?」
「そうだ」いつもの調子でにやにやと笑って彼は言った。「やつは俺を『得体の知れぬ幽霊』と呼んだが、それで言えば漸く成仏できそうだな。まあ、家に帰るってこった」
「記憶が戻ったのかい」
「お前のお陰だな」彼は砂の上に腰掛けて、話し始める。「オレはザザの秘術師だった。人の記憶や、無意識、ひいてはそれらが巻き起こすうねり、運命。縁って言ってもいいだろうな。そういうのを商売道具にしてんのさ。やつもそうだった」
 ロバートは秘術師ギルドの協定に背き、脱走し、追っ手を殺し、ドロウレイスに潜伏していたのだという。
 そこで、刺客としてマリオットが差し向けられたが、一筋縄ではいかなかった。元来優れた術者だったロバートは、心臓に悪魔を憑かせ、卓越した予知の力を身につけていたからだ。それまで送り込んだ刺客は、かつてアニーと俺がジャズを捕らえた一件と同じく、台本があるかのように返り討ちにあっていたのだ。
「やつを討とうとすればその未来を読まれる。ならどうすりゃいいか? 因果から外れりゃいい。オレはすべてを一旦捨て、別人としてここに潜伏したんだ。記憶を取り戻す鍵はロバートの因果と設定した。お前がやつと接触したあとオレに近づいたんで、作戦決行のスイッチが入ったってこったな」
 ロバートは、マリオットが完全に記憶と因果を取り戻さなかったので、その暗殺計画を読むことはできなかったが、都市内に漠然と不安を覚えた彼は、その発生源を確認するため俺に再度接触した。その隙をついてマリオットは近づき、己を取り戻し、魔法の短刀にものを言わせたのだ。
「かなり不確定なプランだったな。だが、断片さえありゃあいいのさ。お前とオレ、やつっていう因果の断片が用意されれば、あとは必然ってこった。やつはお前に感じたオレの残像を確かめるため、また接触してくるだろうと思ったしな。
 さて、オレは帰るさ。次の任務が待ってる、この仮面は終わりだ――マリオットは消える。この記憶もな。『知らぬが仏』、そうすりゃ『地獄で仏』さ」
 その声が消えてしまうと、あとはただ静寂だけ、ただ海の向こうから遠雷が聞こえるだけだ……
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