29 シャーロットの過去~ストームキープの鐘
ストームキープは狂える竜の呪いによって、もともと嵐の多い都市だった。八百年前、元凶の竜は討たれたが、その霊はいまだに定期的な大嵐をこの天守へもたらしているという。
久方ぶりに大規模な魔術的嵐が都市を襲ったとき、呪いが再び活性化したと都市当局は考え、冒険者たちに調査を依頼した。シャーロットは〈霧の竜〉からの助言で、都市の地下に眠る竜の屍がその発生源であることを把握していた。ストームキープの盗賊ギルドは半ば独占的な密輸業者で、彼らは偶然掘り当てた竜の体を売りさばくことで、一儲けしようという愚行に出たのだ。
この騒動の裏には〈化石竜師団〉が潜んでいた。
彼らの名は俺も知っている。帝都における武装蜂起未遂事件も、彼らの扇動によるものだという噂が、真しやかに囁かれている。彼らにとって現在の皇帝家は〈簒奪者〉に他ならない。真に帝国を支配するべきは、竜と混沌であると考えているのだ。彼らが恐ろしいのは、その思想が統一されてないという点だ。革命を武力によって成立させようという者、ただたんにすべて破壊しようというテロリスト、無政府主義者、反皇帝家などさまざまなイデオロギーの者の寄り合いだ。
シャーロットはこの事件は隠密術の鍛錬として利用する事にしたらしく、ギルド団員を尾行し、隠し道を抜け、竜骸の保管場所を秘密裏に制圧したが、〈化石竜師団〉の屍術師(ネクロマンサー)、〈仮面のヘル〉の手によって狂える嵐の竜が蘇ってしまう。シャーロットは苦闘の末、竜の羽を切り落とし、最後は〈霧の竜〉の力によって因果の糸を断ち切られ竜は骨に還った(後半はどうも作り話くさく、パトリックも半信半疑で話していた)。
その結果、シャーロットは英雄となる機会を与えられたが、名も知れぬ冒険者のしたこととして欲しいと都市当局へ伝え、謝礼として竜の羽から作られた魔傘、そして古くから魔術的嵐に晒されたがゆえに力を持つようになった、ストームキープ大鐘楼の鐘から作られた銃を託され、都市をあとにした。
「これはどこまで本当の話?」俺はシャーロットとパトリック双方に聞いた。
【少なくともシャーロット氏ご本人はすべて真実と信じてる】とパトリック。
「白昼の虹のように本当のことばかりです」シャーロットは答えた。
俺は少し驚いた、彼女が始めてちゃんと俺の目を見ながら発言したのだ。
「先輩は私の過去を理解したのでやっと整ったかと」
「え?」
【彼女はどうやら、他者に対して】【まずは自分を理解するような基礎知識を身につけてくれないと】【永遠にちゃんと話せないと考えているっぽい】
そんなのを期待していたら、それこそ永遠に話せず一生を終えることになるじゃないか。
【オレはすごく疲れたので帰るよ】【ヴァーレイン氏、貴君は意外といいやつっぽいのにことあるたびにオレの手を借りようとしてるな】【意外と遠慮ねえな】【まあそれでもいいやつな方なんだろうけどさ】
ぶつぶつと思念を放ちつつパトリックは立ち去った。
「ようやく前準備が整ったところで……先輩も私の試練に立ち会えるかと」
「そうしたいって俺は言ってないから」なにか面倒事の予感がした。
「先輩も〈奏者〉のひとりとして、この都市で起こる出来事に供えた方がいいです」
俺が〈奏者〉? 具体的に何が起こる? と尋ねると、
「豪雨です」シャーロットはそれだけ、力強く言った。「豪雨がこの都市に注ぐ」