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44 出発

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   44 出発

 それから一週間くらいして、都市当局はあの竜が安全であると宣言し、マトロック管区長の提案どおり観光資源化されることとなった。すでにエンゼルストンから観光客の一団が来て、周囲を取り囲んでいる。帝都から調査団も来て、この貴重な竜の複製を日夜検分している。ラモン局長がなんどか無許可でメスを入れようとして、衛兵に取り押さえられるのを俺は見た。
 そんなこんなで、夏が終わりに近づいた。
 俺はそろそろ、この都市を離れようかと考え始めていた。北へ向かおう。これから寒くなるだろうけど、その前に大陸中央にある首都ボンファイアへたどり着きたい。アンゼリカ一世が竜を駆逐した後、極北のウィンターハースから遷都が行われ、今日では常に蒸気で温められた、技術の粋を集めた都と化しているそうだ。
 その旨をシャーロットに伝えると、「では、ここを発つ日まで私は修行」とつぶやき、全力疾走でどこかへ向かった。

 俺は集合住宅を引き払った。これからは野宿をすることになるだろうけど、この汚らしい部屋よりはかなりマシに思えた。
 それから挨拶回りをだらだらとこなした。
 帰っていたデイヴィス司祭、巡邏団のアニーやジャズ、教団のパトリックやフレデリカ、ラモン局長、マーリン、そのほか挨拶回り中にいきなり話しかけてきた知らない人々に。
 出発前にいくつかの出来事があった。フォガティがいきなり通行人を切りつけて、「処置」をされたという。条件付けがなんらかの方法で無効になっていたということだ。どうなったのかは知らない。
 リリィ・ゼロは牢から脱走し、どこかへと消えた。また反帝国活動に手を染めるとは俺には思えなかったが、それにしたって彼女がイカれてるのは明確だからまあ安心はできない。
 キーファーは俺より先に旅立った。俺とは逆に南、カルムフォルドまで足を伸ばすと言っていた。またどこかで会うこともあるかもしれない。あるいは、一生会わずにお互い野垂れ死にかも。

 俺は入城したのとは逆の出入り口で、また長ったるい手続きを済ませ――金に余裕がなかったのでワイロは控えめにせざるを得なかったから――都市の北に広がる草原に、踏み出した。
 観光客に囲まれた竜を尻目にしばらく歩いて、都市が地平線の当たりまで遠ざかったころ、眼前にシャーロットが現れた。
「先輩、まだすべきことをしていません」
「そうかも。だけど俺は別にかまわないよ。あの都市は通過点にすぎない。あるいはすべてがそうなんだろう」
「通過するのも一苦労の、豪雨が眼前に広がる、それを知っていますか?」
「豪雨?」
 彼女は右手に魔法銃を、左手に黒い竜の傘を構えた。
「我々〈奏者〉の激突、それこそが因果をぶち抜く、豪雨です」
「つまり?」
「私、シャーロット・デンジャーフィールドは」彼女は傘を俺に向けた。「貴方、ウィリアム・ヴァーレインに決闘を申し込みます」
「理由が分からないな」
「〈奏者〉が戦えば、世界が応える。それこそ、私がさらに跳躍する翼、手がかり足がかり。そして先輩にとっても。先輩の目的はお姉さんを探すこと。そして私の目標は」
 とたんに寒気がした。彼女と最初に出会ったときそうだったように、雨の匂いがした。太陽がいつしか雲に覆われている。
「竜になること」
 霧雨が降り注いでいる。それは翼を持っていた。さっきすれ違った置物じゃない、〈奏者〉を導く、因果の化身だった。
 そいつが地鳴りのような音で啼いた瞬間、シャーロットは彩色の魔力を炸裂させた。
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