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45 演奏

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   45 演奏

 強烈な風が吹いている。すぐに吹き飛ばされそうだ。
 霧雨と、草と土と小石が顔中にぶち当たってくる。
 そして、シャーロット自身も傘を振るいぶつかってきた。
 俺は手元に火球を作り出し炸裂させた。
 殺すつもりでやった。時間がなさすぎたし、相手が本気だったのはその冷たい魔力から分かっていたので。
 空気が弾け、双方吹き飛ばされた。俺が体勢を立て直す前に彼女が銃をぶっ放すのが分かった。三発だ。
 〈始原の人々(アルファ)〉の杖に魔力を込め、気流を作り出して弾く。やはりこれは俺が持つには惜しいくらいの逸品だ。手の中で毎秒爆発するようにエーテルが炸裂する。魔法を使うのがダルくないのはいいことだ――ある程度の出力までは。
 とにかく、こちらから攻めなくてはいけなかった。理想的なのはシャーロットの魔法具二つを破壊することだが、お互い無傷で済まそうとしたら俺は死ぬだろう。
 俺はひどく冷静な自分に気づいた。頭も体も芯から冷えているようだ。久々に命がかかった戦いだ。だけどなんでこんなことしてるんだろうって気分、面倒なので地平線の彼方へ走り出したいって気分。
 俺はシャーロットに向かって、膨大な火の魔力を練りながら突進した。とにかく強力な一撃だ。生半可な攻撃ではシャーロットを包む冷たいエーテルをぶち壊せない。
 杖に集中する高熱で辺りの水滴が片っ端から蒸発し、大量の蒸気となって舞い上がる。
 シャーロットは避けようとしない。こちらを睨み付けているだけだ。
 俺の放った〈業火〉が彼女を包んだが、次の瞬間、煙のように消えうせた。それは、霧の像に描かれた分身だった。
 背後だ。
 振り返る前に、俺は諦念のような感嘆を覚えた。姿だけでなく、体内の膨大な魔力の場所すらずらして認識させたのだ。正直に言って、いったいどうすればそうなるのか分からない。やろうとしたこともないから。
 彼女の声が聞こえた。
「先輩、死ぬかもしれませんが、がんばってください」
 振り向きざまに見たシャーロットは竜のように見えた――少なくとも力だけならもう人間のそれじゃないし。
 次の瞬間、俺の体は空に向かって吹き飛ばされていた。見る見るうちに地表が遠ざかり、シャーロットも置物の竜もドロウレイスも単なる点に変わり消える。
 城砦の南の海峡とその向こうの南方大陸を臨んだあたりで、俺は背中から何かに突っ込んだ。それは黒い飛行船だった。
「ものすごく困ってるようだねウィル。これは手を貸さないといけないかな。たぶんそうだろうと思うけど」
 声に振り返れば、魔女がそこに佇んでいた。
「弟の死合を高みの見物かい」
「そう、常にいたよ。君の上を飛んでたんだ。気づかなかったようだけど、あの子が気づかせてくれたんだ。こうして突っ込まされなきゃ気づかないよね。で、ここからが本番だよね。たぶんそうなんだと思う」
 眼下にものすごい数の光が見えた。シャーロットの魔法かと思ったが違う。目に焼きついた残像のような、さまざまな色の光だ。それらが人々と、その進むべき運命であることを俺は知っていた。
 一秒ごと、あるいはそれに満たない時間ごとに、運命が分岐し、選ばれなかった光の筋は消えていく。しかし、即座に新たな運命の分岐が出現する。狩人が悪魔を撃つ。商人が客に声をかける。旅人が曲がり角を曲がる。司祭が祈りを捧げる。悪漢が相手を剣で突き刺す。占い師が香を焚く。料理人が野菜を刻む。詩人が歌を奏でる。魔導師が杖をかざす。
 あの動かない竜の周りにもいくつもの光が筋になって、残像を残し消えていく。草原を横切る旅人や、鳥や獣の光も見える。
 はるか上空を見上げると、そこにも人でないなにか巨大な光が、いくつもの太陽のように膨大な光を纏い、揺らいでいるのが見えた。
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