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6 〈過客〉の礼拝堂~懐中時計

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   6 〈過客〉の礼拝堂~懐中時計

 はぐれ魔女はアニー・スティグマと名乗った。俺も自分の身の上を浅く語る。話題は帝都の思い出だ。
「ソルシャードじゃ天蓋がないんだろ?」
「まあね」
「広々としてるってのはいいじゃないか」
「こっちより蒸気が濃いよ。馬鹿みたいな量の車が走ってるし、でかい建造物がひしめき合ってる」
「機械の巨人が街中を歩いてんだろ?」どうやら帝国軍巡回兵の搭乗する〈ストゥージー(クグツ)〉のことだ。
「あいつらはうるさくてかなわないね。まあ巨人ってよりノッポってとこかな」
「あっちのやつらは口調が堅苦しいって印象だったけど、ヴァーレインはそうでもないね」
「俺は母親がこっちの出なんで、帝国訛りも半分なんだよ。そのせいだろな」
「こっからどうすんだい?」
「地図作りでとりあえず食いつなぐさ」
「なるほど。都市をぶらつく先輩としてアドバイスするなら、あんまり暗いとこへ行っちゃあだめさ。暗がりの奥には〈向こう側〉の扉が開いてる。灯の近くを歩くんだ、兄弟」
「留意しとこうか」
 アニーもまともとは言いがたかった。夜半、吸血鬼の話題になったとき、「あいつらの肉を食ってみたいんだけど三課に頼んだら売っちゃくんないかね」と言う。三課は〈教団〉の中でも吸血鬼を狩り被害者の死体を焼く兵課だ。
「試しに言ってみるってのはどうかな、無理と思うけど」俺は適当に言った。
「やつらは死ぬとすぐ灰になるから」笑いながら言う、「生で食うのが一番良さそうだね、生きてるうちに肉を削いでさ」
「人間の肉はそうウマくないって言うよ」
「あいつらはもう人間じゃない。それに自分で食わなきゃ、ウマいかどうか分かんないさ」
 その後寝て起きるとアニーはいなかった。長椅子の上に錆びた懐中時計が置かれている。市衛兵が、腰に下げてる軍刀につけているやつだ――やつらは交代の時間が一秒でも過ぎたら絶対に仕事をしないと言われてる。かっぱらったのか拾ったのか知らないが俺への贈り物のつもりらしい。「ヴァーレインへ 贈り物だ 時間厳守 また会おう兄弟 アニー・スティグマ」と書かれた紙片が。こんなものを携帯して衛兵に職務質問されればこそ泥扱いされかねないが、せっかくの贈り物だ、懐にしまった。時計の正確さを信じるならどうやら朝が来たらしい。俺は相変わらず読書を続けているデイヴィス司祭に礼を言うと、彼にもらったリンゴを齧りながら歩きだした。
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