5 〈過客〉の礼拝堂~はぐれ魔女アニー
礼拝堂に入ると奥の長椅子に一人の人物がもたれかかっている。
着ているのは〈公社〉の魔女達と同じフードつきのローブだが、先程の司祭の服と同じでボロボロだ。当て布をしているが、それすらほつれ、砂埃と煤に塗れ、もとは黒らしいが灰色だ。すぐ脇には魔女たちが使う〈ブルーム(箒)〉と呼ばれるライフルが置かれている。異様なのは体じゅうに巻かれた赤い布だ――これも汚れて、所々黒い染みがついている――頭部の左半分が隠され、左手も同様だ。隠されてないほうの、灰色の右目がこちらを見た。「久しぶりじゃないか、兄弟」
歩み寄りながら俺は、「会ったことない」と答えた。
「我々は同じところから来て同じところへ向かうじゃない」
「そちらの教義じゃそうなってるわけ?」
「いや、私の中でだけそうなってるって話さ。とにかく親しみを込めた言い回しだよ。こっちに来たらどうだい、兄弟よ」
俺はそうした。それで気づいたが、彼女からは埃の臭いと同時に鉄、血の臭いも色濃くした。
「あんたは魔女なのか?」
「〈はぐれ魔女〉さ。今じゃ単なるこそ泥みたいなもんだよ」こそ泥みたいなもん、それがこの都市にいったいどれだけの数潜んでいるのか。ともかくその一人というわけだ。
「具体的にはさっきの司祭、デイヴィスってんだけどあいつよろしく供え物くすねたり人様の財布や薬を煙館や地下鉄で拝借したり」
「ずっとそうしているわけ?」俺は相手の隣に腰掛けた。
「だいぶね」
「よく捕まらないな」
「私の力のおかげでね。痛い思いはするけど」と言うと魔女は手の赤い布をずらしてみせる。手の甲には血の染みと、直りかけた傷跡がある。「ここに来る途中追いはぎがいてね。相手してやったんだがこっちは無傷さ」
「怪我してるじゃないか」
「これのお陰で無傷だったんだよ。私はあらかじめ自分にふりかかる災いを、こうやって傷で理解できるのさ。だから追いはぎがいきなり銃をぶっ放すのが分かってたんで、やられる前に『掃除』してやったよ」〈ブルーム〉を軽く叩いて言った。「そのたびに服を血だらけにすんのも嫌だから、〈教団〉に倣って赤い布を巻いてるのさ。知ってるかい兄弟、あいつらの軍服が臙脂色なのは血を浴びてもいいように、さ。敵のか味方のか分かんないけどね」
狩人達が攻撃を許可されているのは討伐対象である怪異だけだが、仲間達は例外で、その体内にある〈聖霊〉が悪魔に穢され、心身ともに化物になった場合、始末しなくてはならない。可能なら本人による自決が求められる。
「同士討ちよりゃ私やあんたみたく一人のほうがずっといいのさ」と魔女は言う。「少なくとも仲間の血は浴びなくてすむんだから。だからって量が減るわけじゃないけど」