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第四十話 方位を司る者

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 住宅街を大きく東に移動すると、古びたプレハブ小屋やら錆び付いたコンテナやら埃だらけの三角屋根の建物やらといったものが大小様々に数を連ねて固まった一帯がある。
 倉庫街と呼ばれるその場所は、かつて何に使われていたのかもわからぬまま今は一切手を付けられず無人の地帯を維持していた。時折施錠を破壊して中に住み込むホームレスもいたりするが、基本的にこの場所に人が寄り付くことはほぼ無い。
 俺に対する皮肉のつもりか、四門のヤツは前回静音さんを拉致して来たこの場所を根城にしているらしい。ふざけた女だ。
 距離が近付いたおかげか、俺でもヤツの気配を掴めるようになってきた。一際大きな倉庫の中に、四門はいる。
 迷いなく真っ直ぐそこへ向かいながら、俺は最初にヤツと会った時に向けられた憎悪と殺意を思い出す。
 四門は俺という存在に対し異常なまでに憎しみを抱いている。半端者だの雑種だの、今思えばヤツが俺へ向けて放った言葉の意味は理解できる。
 だが、妖精と退魔師の混血である俺に四門という人間がどうして敵意を向けて来るのかがわからない。
 その疑問は、ヤツに直接ぶつけるしかないだろう。
 巨大な倉庫の両開きの扉の前に立ち、がたついた扉の隙間に手を差し込む。その重量と錆び付き具合からしてとても普通の人間一人で開けられるものではなさそうだったが、“倍加”を巡らせた俺にとっては造作もないことだ。
 多少乱暴に、片手で扉の片側を思い切り開く。ガガガガンッ!!と立て付けの悪い扉が音を立てて端へ吹き飛んだ。
 内部の状況を確認するより速く、俺は首を僅かに傾けて眉間に迫った白刃を回避した。
「…ハッ、その程度には対応できるようになったかー?カス野郎」
 奥から聞こえる不快そうな声に、視線は刃へ向けたまま応じる。
「おかげさまでな。なんとか本来の力は何割か『返して』もらった」
 刃は何もない空間から出現し、柄から後ろが無かった。ヤツのお得意とする、『門』を繋げ空間を超える能力で手元の短刀を刀身だけ俺へ飛ばしたのだろう。その証明に、最奥に置いてある古びた事務机の上に腰掛ける四門がこちらへ向けている短刀の刃は根元から消えていた。
「テメエの方こそ、由音に折られた腕はもう大丈夫なのかよ?」
 栗色の三つ編みを下げた、見た目二十代前半程度に見える女が、色気もへったくれもない無地の半袖Tシャツにズボンで何故か真夏なのにスプリングコートを肩から羽織っている。
 刀身を戻した短刀を握る、前回の戦いで折れたはずの右腕はもう完治しているようだったが、だとしたらヤツも普通じゃない。この短期間で単純骨折とはいえ完治するはずがない。
 短刀を握ったままぷらぷらと右手を振る四門は、へらっと笑って、
「この通りよ。…不思議そーなツラしてんなぁ神門。あ?気になるか?これだけ早く怪我を治せた理由がよ」
「…別に。どうせまた四肢まとめて叩き折るんだ、関係ねえよ」
 一歩前に出て、倉庫内へ入る。
「東はなー、健康なんだよ神門」
「…?」
 突然の発言に疑問符を浮かべるが、歩む足は止めない。
「だから、東方は健康運を表すんだっつの。風水とか知らねーの?」
「占いだの風水だの、そういうのあんま信じないタチなんでな」
「そりゃーいけねーなぁ」
 油断しているのか、四門は事務机の上に腰を落ち着けたまま動こうとしない。天井を仰ぎ呑気に何かを語っている間にも、俺は一歩一歩と四門への距離を埋めていく。
「いけねぇ、特にてめーみたいな退魔を担う一族の人間ならな。それが例え半分しか継げてねー木っ端なクソザコ退魔師だったとしても、それは蔑ろにしちゃーダメだ」
「…何を言ってんだテメエ」
「|占卜《せんぼく》、占星、…月や太陽、星。空の配置くらいは覚えとかねーとなぁ」
「始める前に訊きたいことがある。テメエが俺を殺そうとする理由だ。それくらい知らなきゃ、こっちも気持ちが悪い」
 わけのわからないことを語る四門の声に重ねるようにして、俺も話し掛ける。四門の眼球がぎょろりと動いて俺を視界に入れた。
「…てめーら陽向の退魔師はよぉ、陰陽師の由来を基盤にして軸をおく。そして、その中には位置や配置によって術式の効力を発揮・増幅・強化させるものがある。五芒星の頂点に根源の元素をそれぞれ配置する五行思想なんざまさにそれだ」
「話聞いてんのか、四門…ッ!」
 一方的に勝手な話を続ける四門に苛立ちを覚えさらに前へ進んだ時、首元付近の空間が開いてそこから短刀が薙がれた。バックステップで避けたが、危うく頸動脈を掻っ捌かれるところだった。
「あたしもそうなんだよ」
 振った短刀を戻して、四門が机から降りる。面倒臭そうに、左手をコートの内側へ入れた。
「ただ、こっちは方角を基盤基軸とした|四方《よも》の家系。あたしの場合はさらにそこから八方位、八卦へ派生させたがな…」
 内側から抜き身の短刀を引き抜き、肩に掛かっていたコートを地に落とす。だらりと下げた両手の短刀が、薄闇の倉庫内で鈍く光を放つ。
「東方には『健康』。南東方には『富』と吉報の意。よって絶え間なく続く成長、増長、エネルギーの増幅を意味する。さらに北東方の『知識』。これらを兼ね合わせれば、骨折の完治なんぞ数日あれば容易い」
 右手を持ち上げ、四門が空間に門を開き距離を越えた刺突を振るう。直前で感知して体ごと左方へ移動する。
 眼前に身を沈み込ませ迫る四門の姿が映った。左手の短刀の振り上げ。
 ガギィッ!
「わかるか神門。あたしは四門…四方の門より流るる力を管理し掌握し、扱いこなす家系の人間だ。故に方角の意味を、情報を、汲み上げ具現し操ることが出来るのさ!」
「くっ…!」
 かろうじて寸前で水を掻き集めて凝縮させ水の盾を生み出し斬撃を防御する。ただ、四門の力が異常に強い。これも前回と同じ、何か細工を施して身体能力を向上させている。
「てめーを殺す理由だったか?簡単なことさ。てめーが、てめーらが!お気楽にのうのうと『神門』の姓を名乗ってっからだよぉ!!」
 水の盾ごと大きく弾かれ、放たれた蹴りが胴体を打つ。衝撃に押され数歩後ずさったところへ両側から空間を開く門が出現する。急速に“倍加”を引き上げ左右からの立て続けな斬撃に対処するが追い付かない。
「四の方角を守護する四門のお役目を、てめーらが奪ったんだ。あの人を、本当の『神門』を冠する守り人を座から引き摺り落として、その上で『神門』の役目を引き継ぐこともせずにいるてめーらをどうして許せるってんだ!」
 両手の拳が斬撃の重みに耐え切れず裂けて血を噴く。思わず両手を引っ込めてさらに四門から距離を取る。
「なんのことだか、さっぱりわからねえが…!とにかく今はどうでもいい!」
 両手足を踏ん張り、意識を集中する。大気に満ちる精霊に声なき声で語り掛け、微弱な力を束ねて纏め練り上げる。
「テメエの事情も、神門の姓だかもどうでもいい。今必要なのは、俺がテメエを倒すに足る理由だけだ」
 静音さんに手を出した。由音に手を出した。これから先もヤツは同じことをする、それだけは間違いない事実だ。
 その事実さえあれば、俺は小難しいことを考えずに四門という敵をぶっ飛ばすことは出来る。今はそれで充分だ。
 戦闘態勢を整えた俺を見て、汚物を見るような眼で睨む鋭い眼光が二つ。
「…そうかい。そういえば、まだ名乗りが済んでなかったな」
 カキン、と。両手の刃を打ち鳴らして四門は両手を持ち上げて二刀を構える。
「四門家現当主、|四門《しもん》|操謳《みさお》。四門としての座、お役目、存在意義。その全てをてめーらから奪い返す」
(相手が人間だろうが関係ねえ、覚悟は決めた…決めたはずだ!せめてそれくらいは足らせてみせる!!)
 まだ内側に眠る力の存在を自覚しながら、俺は今出せる手札を全て出してこの敵を倒すべく走り出す。
(あっちと、こっちと…あと、あそこか。三か所だな)
 四門と守羽が交戦を開始した倉庫を遠目に眺めて、廃屋の屋根に腰を下ろした由音が“憑依”を用いて周囲を警戒する。
 すると、倉庫を取り囲うように奇妙な力の波動を感じ取った。あれは前回四門と戦った時と同じ、配置されていた植木鉢や水で満たされたバケツから感じた気配。
 より鋭敏にさせた感覚で探れば、三つの波動は倉庫を中心として東の方角に位置しているのがわかった。
 前回の戦闘から鑑みるに、あれはおそらく四門の肉体なり能力なりを強化しているものの正体。それを破壊したことで前は四門が分かり易く弱体化したのを思い出す。
 となれば今回もそれを破壊しない手は無い。守羽には四門との戦闘中に動きを見せた他の連中の牽制に当たってくれと頼まれていたが、今はその動きというのも特に見えない。ならば自分は直接的に介入できなくても出来るだけ守羽の援護をするのが最善だ。
「やめておけ」
「…チッ」
 屋根に座っていた由音が動き出そうと足に力を込めた時、背後から掛けられた声に舌打ちを鳴らす。
「またお前かよ、陽向日昏!」
 不貞腐れたように由音が背後の相手に怒鳴ると、音も無く現れたダークスーツの男が微かに笑う気配がした。
「すまないな、また俺だ」
「いつから居た?全然気づかなかったぞクソッ」
「陽向の隠形術だ。気配や姿を消せる術式だが、悪霊任せの魔に寄った人外性質では退魔師の術が見破れないのも仕方無いこと。我らの家はその方面に特化した一族だからな」
 相変わらず言っていることは由音にはわからなかったが、とりあえず陽向の気配が自分では掴めないことはわかった。
 あっさり背中を取られたことに歯噛みしながらも、由音はゆっくりと屋根の上で立ち上がる。
「で、今度は何の用だよ、陽向!」
「特に今は無い。だがこれからの君の動き次第ではそれも変わって来る」
 言外に、四門への妨害をするのであれば放置できないという意思を伝えて来る日昏に対し、由音は背中を向けたままヘッと笑う。首だけ捻って背後の日昏に顔を向けて、
「邪魔、すんなよ」
 漆黒に染まった両眼を細めて見せた。全身から邪気が湯気のように立ち昇る。
「それは俺の台詞だ。放っておけ、あれは血統同士の戦いだ。四門と、|陽向《みかど》のな」
「あ?」
「四門というのは、我ら陽向と同じく特殊な家柄の一族でな。四方の門…すなわち方位とそれに連なる力の流れを管轄する家系だ。龍脈とも呼ばれているものだな」
 いきなりのよくわからない説明に目を点にする由音にも構わず、まるで時間潰しのように日昏は勝手に続ける。
「だが、四方の門を護る四門の一族の本来の役割はそれではない。四方位の流れを管理することで、その中央へ至る経路を塞ぐ。すなわち中枢への浸食を阻み防ぐこと、それが四門家の成すべき使命なんだよ」
「…ぜんっぜん意味わかんねえんだけど、それってあの女が守羽を狙うのとなんか関係あんのか!?」
「ああ、関係ある。話半分で適当に聞いておけ。どの道君があの二人の戦いに介入しようとする以上、俺が止めねばならない。まだ君は俺に勝てる段階には遠い。まあ、十回やれば一度くらいは勝ち目はあるかもしれないが」
 余裕の面持ちで彼我の差を語る日昏に反論したくなったが、確かに今はこの退魔師には勝てる気がしない。考えなしに吐き出しかけた言葉をぐっと飲み込んで。由音は自分自身を落ち着かせる。
 そもそも、由音はここに戦うことを優先して来たわけじゃない。守羽に命じられたことを思い出した上で、日昏の発言を思い返す。
「おい、陽向!」
「なんだい、東雲の」
「お前、四門に手を貸して守羽をやっつけるつもりはないんだな!?」
「言わなかったか?俺の狙いは守羽の父親であって守羽ではない。半分人外とはいえ、彼は俺の弟分のようなものだからな。父親の罪を子供にまで着せるつもりもない」
「そうか!」
 そうなれば話は簡単だ。日昏は守羽を狙うつもりも四門に加担するつもりもない、ただ由音が守羽に手を貸すとなれば、二人きりの決闘を邪魔することになり日昏は由音を止めなければならなくなる。
 つまり由音が何もしなければ、目の前の脅威は一歩たりとも踏み込むことはしない。
 守羽が一人で闘っているのを指を咥えて見ているだけしか出来ないというのは悔しくもあるが、この場で日昏と睨めっこを続けるのが最も事態をこじらせずに済む方法であると認め、頭をがりがりと掻きながら立ち上がったばかりの屋根にどっかりと座り直す。両目と全身から渦巻く邪気の黒色が引いて行く。
「…話を戻すか。さっき話した四門の使命だが、それは今果たされていない。果たすべき相手がいない、というのが正しいか」
「ふうん」
 たいして興味も無さそうに、背中を向けて二人が闘っている倉庫を見つめている由音に、日昏は苦笑混じりに肩を竦める。
「君を守羽の右腕と見込んで話しているのだがな、今後関わっていくつもりなのであれば、多少は知っておいた方がいいと思うが」
 よく聞こえるようにわざと声を張った放った言葉に、背中を向ける由音の耳がぴくりと動いたのを確認して日昏は話を再開させる。
「使命とは四つの門の中心点、それを守護する者に仕え|邪《よこしま》な思惑を持つ者達を払い除けることだ。四方位の真ん中、流れが集束するその一点に何があるかわかるか?」
「知らん!四方向から流れが集まってくるんだから力が水溜りみたいになってんじゃねえの?」
 適当に言ったことだが、日昏は少しばかり驚いた表情で由音の背中を見た。
「…面白いな、君は。当たらずも遠からずだ。四方位から一点に集う力というのは合っている。ただ、そこには集まった膨大な力をさらに管理掌握する門がある。それを制御する一族もな」
 屋根の上を一歩二歩と進んで、日昏も由音が見ている先を眺める。外からではわからないが、今頃あの倉庫内では四門と守羽が闘いを続けているはずだ。
「その力は極めて高純度で、自在に操ることが出来れば、それは人にして人を超えた莫大な力を手にすることと同義。故にその門を管理する一族はこう呼ばれたそうだ…『神へ至る門の|守人《もりびと》』とな」
「…っ、それって」
 由音が何かに気付き、顔を上げて日昏を振り返る。日昏はその視線を受けて、どう表現したらいいのかわからない表情をしていた。
「それが『神門』の一族。『四門』とは、中心点である神に等しい力を強力な門によって抑え付けている彼らを補佐し、付き従う献身の家だ。…だからこそ、四門は……操謳はその尽くすべき相手を失ったことに憤っているのさ」
 どこか憐憫や同情を思わせる複雑な感情を乗せた瞳で、日昏は最後に自らの友であった者の姿を想起させながら、小さく呟く。
「旭は陽向を棄て神門と成ったが、成さねばならぬ役目を全う出来てはいないからな」
 それは、理解したいのにすることができない、想いの通じ合わない相手への言い知れない寂寥感を漂わせる声音だった。
119, 118

  

(四門……四門!おそらく知ってる、この姓を俺は知っている)
 距離を詰め、あるいは離されながら俺は意識の深層へ深く潜る。『四門』という名の知識を、本来所有していたはずの記憶を今現在俺が押し付けた違う誰かから掻っ攫う。
 いつもならこんな強引な手は使えないはずだが、今は出来ると確信できる。
 四門の口から直々に聞かされた知識の一端。それを頼りに記憶の引き出しをひっくり返して探し出す。
 『四門』ーーー四方より集う龍脈の加護を得て黄龍より天上へ昇る門を死守する一族。
(四つの方位…すなわち東西南北の方角にそれぞれ存在する力の流れ…龍脈。それらの流れを堰き止める門を管理し掌握する家系)
 巨大な氷山から少しずつ溶け出す水のように、膨大な情報量から必要なものを切り崩して理解していく。四門とはつまり、
「方位を司る者…ッ!」
 ガギンッッ、と一際高い音を立てて、両手の水と火の剣が砕けて四散する。五大元素を固めて形にしただけの見せかけの武器ではヤツの短刀にすら及ばない。
「知ってたか?いや、思い出したか。知ってんぜ、てめーのこともな。そんな身の上のクセして、生意気に人外騒動や異能騒ぎに巻き込まれないように普通の人間を装ってたんだろ。ご丁寧に自分がただの人間である思い込みに加え記憶と力を封印してまでな!ほんとてめーらはクズばっかだなぁ!!」
「っ!」
 右脚を地面に叩きつけ、足元から土の壁を出現させる。いくつもの斬撃を受けて土壁が一瞬で粉砕された。
「神門守羽は自己の存在から逃げ、神門旭は血統を食い荒らし逃げ続けたクソ野郎!なんだっててめーらみたいなのに神門が引き継がれなきゃなんねーんだ、っつうの!!」
 既に常人を大きく超えたその力は人外にも匹敵し、振るった短刀からは圧縮された斬撃が飛んでくる始末。
 さらにヤツは門を繋いで多方向から斬撃を飛ばす。
「はああああああ!!」
 土と金の属性を抽出し全面を覆う檻を形成する。地面より数センチ間隔で周囲から垂直に伸びた鉄格子が頭上で結合する。自身を守る防衛手段として自ら檻の内側に引き籠ったはいいが、四門の強力な斬撃の前には時間稼ぎすら難しい。
 僅かな時間でさらに記憶を引き出す。だが…、
(出て来ねえ!神門だと……?そんなもん俺はおろか『僕』だって知らねえぞ!)
 陽向、四門、古くから多くの人々によって願われ続けてきた異能の一族。役目を担った血筋の存在はある程度知っているのはなんとなく理解していた。だが、いくら深く意識を傾けても『神門』というワードには何も引っ掛かるものがない。
 となれば簡単な話、思い込みによって封じている知識を総動員してもその知識が存在していないということ。神門守羽そのものが『神門』という姓の真なる意味を『本当に知らない』ということだ。
 冷や汗が滲むが、思案に暮れる時間は無い。
 鉄格子が切断され、斬撃が飛来する。工場の床を斬り砕き守羽のいた付近を吹き飛ばした。
「くっそ!」
 回避と防御を繰り返して数ヵ所の斬り傷を浅く最低限に留めて踏み込む。大きく跳躍し、体を空中で何回転もさせて力を溜め込み右の踵を振り落とす。
「力の流れが集束されるその一点、『神へ至る門』を管理する『神門』のお家に仕え、命を賭して尽くすのがあたしら『四門』のお役目、存在意義だった!」
 空振り。確実に捉えたと思っていたのに、直撃の寸前に四門の姿が裂けた空間に呑み込まれて消えた。
 門による自身の瞬間移動。前に一度見たはずなのに同じ手を使われた。
「今その神門は、その力は!てめーの親父に全て奪われたッ!何を企んでやがる、てめーらは、陽向旭はァッ!!」
 背後から空間を超越する門を開いて出現した四門に対応しきれず顎先を蹴り上げられ、胸倉を掴まれ壁際まで押し出し叩きつけられる。
「ごはっ!!」
 肺が押されて口から空気が漏れ出る。胸倉を掴んだまま器用に指に挟んだ短刀の刃を首筋に当てる。もう片方の短刀は眉間に向けられた。チクリと痛みが走り、切っ先が眉間に食い込み血が細く垂れていく。
 抵抗しようとするより先に、ずいと四門の顔面が迫る。目と鼻の先で、憎悪と疑念に満ちた双眸が俺を睨み上げていた。
「神へ至らんとする莫大な龍脈の力、配置と方位の関係を最大限利用して封じ続けて来たその力の放出や解放は門の開閉権限がある『神門』にしかできねえ。それを本家本元から奪ったのが陽向旭だ!何に使うつもりなのかを聞き出した上で嬲り殺しにしてやらぁ…!!」
「く、う…」
 さほど強烈な衝撃を受けたわけでもないのに、四門の言葉を聞いていく内に頭痛が酷くなり呼吸が辛くなる。意識が落ちるーーーいや、これは。



      -----
「やはり旭は来ないようだな」
 未だ強く用心警戒している由音と顔を合わせたまま、屋根の上で日昏は諦めたように座り込む。手のジェスチャーで由音にも座るよう促すが、ケッとそっぽを向くだけで警戒心を引っ込めようとはしない。信用できない自分を相手にして、まあ打倒な判断だとは思う。
 息子の危機、あるいは日昏の出現に応じてその重い腰を上げるかもと思ったが、どうやら見当外れに終わったらしい。そもそもこんな程度で出て来るようであれば、とっくに前から動いていてもおかしくはない。
(近頃動き出した妖精連中の動きに気を張っていて動くに動けんといったところか。妖精界全体を敵に回した大物だからな、妖精も安易に逃がすつもりもないだろ。『突貫同盟』とかいうかつて旭を中心に結成された面子が集まっているのも、それに対処する為の戦力か)
 確認した時に処理しておくべきかどうか悩みどころではあったが、そうなればこちらも手負いは覚悟の上で挑まなければならない。
 仮にもたった数人で妖精の城を陥落させ妖精女王候補の一人を攫ってきた逸話は伊達ではない。未だ妖精界及び人外情勢に語られる戦力集中一点突破、同盟の名に相応しき突貫の『黒鳥作戦』なるものを敢行した彼らのことは一部の人外間では一種の伝説と化してすらいる。
 一人たりとも余裕を残して倒せる相手ではない。
「……む」
 その時、何かに反応を示して顔を上げた日昏に、何を勘違いしたか由音が両手を構えて腰を落とす。
「なんだコラァ!あ?やんのかアァ!?」
「…東雲。俺が何故ここにいるのかは説明したな」
 ゆっくりと立ち上がり、尻に付いた埃を払いながら日昏はふうと息を吐く。
「あの二人の闘いを邪魔させないためだろ!」
「そうだ。そして面倒なことにだが…」
 絶賛戦闘中の倉庫を一瞥してから、立てた親指で自分の背後を指した。
「邪魔者が、来たらし」
 い、と最後まで言い終える手前で、由音と日昏が乗っていた屋根の反対側の端にドバンッ!!と大重量から来る着地の衝撃で屋根を破壊しながら二つの影が落ちてきた。
「うわ」
 その二つの影を目を凝らして見、そして覚えのあるシルエットに由音は露骨に嫌そうな顔をした。
 一つは頭の右側に凹凸のある湾曲した角を、もう一つは左側にゴツゴツした太枝のような角を生やした人外。
 それぞれが牛の面、馬の面の被り物のような頭部をした人間に近い体を持ったーーー鬼。
 |酒呑《しゅてん》|童子《どうじ》の側近である牛頭・馬頭がそれぞれの獲物を背中に背負って、静かに身構える二人を睥睨して、言った。
「『鬼殺し』は、どこだ」
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