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第四十一話 半端者が背負うもの

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『……ふん。「神門」か…』
 意識が一度ぷっつり途切れたかと思えば、次の瞬間目の前に広がったのは一面真っ白な空間。どこまでも地平線まで続く純白の世界。
 見覚えがある。そして聞き覚えがある声が不機嫌そうに鼻を鳴らす。
 それは俺自身の声、そして俺自身の姿。
 鏡映しのような『神門守羽』の片割れが、そこに居た。
「またお前、俺を呼んだな」
 おそらくは精神世界の一種なんだろうと適当に予想して、俺は対面に立つ俺―――ええいややこしいな。
『「僕」のことは、まあ適当にミカドとでも呼んでおけばいいさ。僕はお前を守羽と呼ぶからさ』
 筒抜けになっている俺の心を読まれ、何事か言い返してやろうかと思ったが、やめた。意味がない、どうせお互いに同じ存在なんだから。言い合うだけ不毛というものだ。
 ヤツは、ミカドは前に会った時よりも、少しだけ白んで見えた。周囲の白に輪郭が溶け込んでいるような、そんな奇妙な存在感。
『落とされそうになってた意識をこっちに引っ張ってきただけだ。あまり時間は取れない。作戦会議と行こうぜ守羽』
 ミカドは余計なことは言わず、急いているように本題をいきなり話し始めた。
「作戦会議だ?」
『四門に関してだ。お前苦戦してんだろ、もうちょい力を巧く使えよ下手くそめ。潜在能力だけで言えば、この身体は四門にも陽向にも遅れは取らないはずだぞ』
 むっとしながらも、その言葉には頷かざるを得ない。
 力の自覚をし出してからはよくわかる。妖精と退魔師の力を半々に継いだこの身体は、出力こそそれぞれ減衰してはいるがバリエーションには富んでいる。
 ちゃんと使いこなすことが出来れば、四門を相手にしても互角に闘えるのは知っていた。
 だが、戦闘に意識を集中し切れていないのには理由がある。四門の憎しみの根源であるらしき、その姓名。
「神門ってのはなんだよ。知らないぞ、俺は」
 四門という家は、本来であればその神門という家柄の者を守護する近衛のような家系の人間であることは知っている。その知識は引き出せた。
 だが、その肝心の神門に覚えが無い。
 ミカドはこめかみをぐりぐりと親指で押しながら、渋面を作る。
『「神門守羽」が知っている情報はお前と僕とで全部だ。だから必要な時には、僕がお前に本来持っていた知識を返すことで思い出せただろ。それが出来ないってことは単純な話、知らないってことだ。実際僕も知らない。自らが「神門」の姓を名乗っておきながらな』
「…父さんが言ってたな。退魔師としての『陽向』の姓を棄てた時に、ある人から譲り受けた『神門』の姓を新たに名乗ることにした、って」
 陽向家を裏切り、姓を棄てた。そして新しく神門を手に入れた。そして…、
『親父は、「神門」が果たすべきであった役目を放棄した。その役目ってのが、「神へ至る門」だとか言われてる龍脈から流れる莫大な力の管理掌握。神門家にはその門の力を解放して使う権限があるんだろ?親父はその権限を「神門」の姓を譲り受けた時に得たってことだ』
 そもそもが、四門が言うところによれば父さんが本家神門の人間からその権限を奪い取ったとか言っていたのも気になる部分だ。あのイカれた女の言動をどこまで信じられるかわかったものでもないが。
『ともかくだ、細々した所はあとで親父を問い詰めて聞き出せ!神門についての情報も、できるだけ四門から引き出しておけ、僕達の今後に関わる重大な話だぞ』
「わかってるっつの」
 わからないことだらけで、思わず苛立ち紛れに頭を掻く。すると対面のミカドも同じようにガリガリと頭を掻いていた。本当に鏡のようで気味が悪い。
『もうそろそろ限界だ、意識を体に押し戻す。やる気出せよ守羽』
「言われるまでもねえよ。アイツは俺が倒す」
 そんな俺の返事に、一拍置いてミカドは俺から顔を逸らす。
『……もしかしたら、あの女とも敵として対立する以外の方法もあるかもしれないがな』
 自信も確証も無いのが声音でわかるほどの小さな呟きを、同じ存在の内にある俺が聞き逃すはずが無かった。
 前回と同じく、またしても純白の世界が明度を落として暗くなっていく。互いの姿が見えなくなって、暗闇の奥から最後に、
『妖精の力、退魔師の力。それ以外にも僅かに継承されている力がこの身にはある。使いどころは守羽、お前に全部任せるからな』
 無責任な力の管理者の声が届いて、共有していた精神の世界は閉ざされた。



      ------
「ッ!」
 霞んでいた視界が明瞭になり、意識がはっきりとする。
 ミカドとの対話を終えて、俺は眼前で二刀に刃を押し付けている四門の鋭い視線を間近で受け止めた。
「あ?まだ意識あったか」
 しかしそんなことはお構いなしとばかりに、四門は眉間に押し付けた短刀を離して振り被る。簡単に殺すつもりがないのか、そのまま眉間を貫くことはしなかった。
 それが四門にとっての失敗だった。
 見開いた両目の先にある、短刀を振り被っている四門の手首が爆炎に呑まれる。
「んなっ!?」
 突然爆発し弾かれた手首に引かれるまま数歩下がった四門を追うように、踵で叩いた倉庫の壁面から金属の柱が伸びて腹に沈み込む。勢いそのままに金属柱が四門を倉庫中央まで吹き飛ばした。
「ぶっ、けはっ!……け、妖精種の力か。面倒な野郎だ」
 口の端から流れた血液を手の甲で拭い、爆炎に焼かれても手放すことをしなかった短刀を構え直す。
(五大元素の力、使い方…だんだん分かってきたぞ。あとは…)
 四門から解放されて壁からゆらりと数歩前に出た俺は、自分の内側を巡る力の在処を手探りで求める。
 いつの間にか、俺の周囲には揺らめく熱気に炙られて地面に薄っすらと円陣が広がっていた。等間隔に五つ、光点が浮かび上がる。
 木火土金水、大気に満ちる五大の属性が、そこに宿る精霊が力を貸してくれている。
「聞きたいこと、答えてもらいたいことが増えた。…答えてもらうぞ、四門!!」
 片手に“倍加”を循環させ握り締め、もう片手を軽く開いて元素を掌握する。脳内で現状扱える退魔の術式を構築させていく。
「ハッ、粋がるんじゃねえよ半端者。神門にも陽向にも、人間にも妖精にも成り切れてねえ|蝙蝠《コウモリ》野郎が得意気に吠えんじゃねえ!!」
 人から離れ、人外の力を増幅させながら宣言した俺の口上に、買い言葉のように四門が歯を剥いて怒声を返した。
 牛面と馬面の人外が、屋根に降り立ち端的に質問をぶつけた時、それを受けた二人もまた同じタイミングで口を開いた。
「別件だ」
「忙しいんだよ!」
 日昏は無関心そうに、由音はすっくと立ち上がり怒鳴り散らすように。
 神門守羽への負担をこれ以上増やさない為にと、そう意味を込めて返事をした。
「ああ?別件?忙しいだぁ…!?」
 対して馬の頭に人の身を持つ人外が、まるでチンピラのように眉間に皺を寄せながら威圧してくる。
「…ふん」
 牛面の人外は、それを放って視線を由音や日昏ではなく、その向こうにある倉庫へ移した。
「そこだな、『鬼殺し』は」
 二人にはまるで興味が無いとでも言わんばかりに体ごと向き直った人外へ、カツンと必要以上に屋根を叩いて大きな靴音を響かせた日昏が前に出る。
「獄卒の成り上がり、牛頭馬頭か。酒呑童子の刺客だな。去れ、彼はいずれお前達とも決着をつける日が来るだろうが、それは今じゃない」
「それを決めるのも、貴様ではない」
 一目で相手がただの人間ではないことを理解した牛頭も、日昏の言葉を一蹴して隣の馬頭に視線で促す。
「ケッ、邪魔立てすんなら容赦はしねえさ。テメエら叩き潰して野郎に会いに行く」
 背中に背負っていた巨大な金棒を片手で軽々と持ち上げ、馬頭が構える。
「そりゃこっちのセリフだっつうの!あいつの邪魔は誰にもさせねえ!そこの退魔師にも、鬼共にもなあっ!」
 ゴゥッ!!と由音の内側から噴き出した邪気が渦を巻く。瞳を漆黒に染め上げ、人外と渡り合うに足る力を魂魄から汲み上げていく。
「俺も守羽の邪魔をするつもりは無い、と言っただろうに。…あの鬼共はどうあっても『鬼殺し』への用を済ませたいらしいな」
 ならば、と日昏は臨戦態勢でいつでも飛び掛からんと身構えている由音と自然に肩を並べ、
「それを止めるのが今の俺の役目だ。目的が一致したな?東雲の」
 少し面白そうに口の端を吊り上げた日昏の表情を横目でちらと睨み、すぐさま正面に向け直して頷いた。
「協力タッグプレイってか!別にいいけど裏切んなよ!?」
「君はやりやすくて実にいいな。任せておけ、人外退治は我ら『陽向』のお役目だ」
 完全に対立の意思を見せた人間二人を前に、牛頭も背中から刺叉を取り出してヒュヒュンと手に馴染ませるように振り回す。
「あの人間、おそらく退魔の血筋だ。ヒナタと言う名、覚えがある」
「悪霊憑きの人間も、前よか少し人外寄りになってるみてえだぞ。簡単にゃあいきそうにねえ。|褌《ふんどし》締め直していくぜ牛頭!」
「無論だ、お前こそ気を抜くなよ馬頭」
「ヘッ、承知よ!」
 人という域から少し足を踏み外した人間種二人と、大鬼の臣下たる実力を持ち合わせた鬼性種二体とが競い合うように攻防を開始した。



      -----
「風水を利用した地形地物の方位、方角の意味と象徴を具現化させた強化術」
 四門の空間を越えた攻撃や斬撃を躱し防ぎながら火球や水刃を撃ち飛ばす守羽が、解明し終えた相手の戦術を明かす。
「それがお前の使ってる術式の正体だな、やっとわかった」
「随分と時間が掛かったじゃねえか、半端なクズ退魔師崩れが」
 本来の力の何割かを取り戻した守羽に、四門は攻めあぐねていた。それどころかすでに数発の拳打と五大属性の具現化攻撃を受けており傷と流血が目立つようになっている。
 それは守羽の側も同じことで、短刀による空間攻撃に加え強化された身体能力から繰り出される体術に叩かれ体はボロボロだった。
「東の方向に、三つの妙な気を感じた。あれはお前が配置した方位の象徴だ」
 乱れた息を整えながら、守羽は手中に火と水、足裏から地面を通して土と金の属性を練り上げながら時間稼ぎついでの答え合わせを続ける。
「東方は万物を照らす太陽の昇る方角、よってこれには調和や発展、健康などの意味が含まれる。南東方には吉報、富の継続、絶え間の無い成長の意味がある。…つまりは好循環する上向きのエネルギー、その意を組み上げてお前は健康や発展を上昇させ向上させる術式を構築してやがったんだ。その人間離れした身体能力はその恩恵ってわけだな」
 おそらくは傷の治療にも同様の術式が使われていたはずだ。それをもって腕の骨折を完治させたのだろう。健康運の風水方位を操れば人間の自己治癒能力も飛躍的に上げることは可能。
「それともう一つ…北東方。知識を表す方角だ。北東の意味を掛け合わせることで知識を混合させ、方位の理解度を深めた。循環する絶え間ない風水エネルギーをさらに効率よく運用させる為の方策だ…!」
 前回は同じような屋内を戦域として由音と共に四門と激闘を繰り広げたが、そこでも同じように術式展開の策を密かに展開させていた。その証拠に、由音が感じ取ったその術式の根源を成すものの破壊が四門弱体化の決定的要因となっていたのだから。
 致命傷を狙い空間跳躍して飛んでくる短刀の刃を回避し四門へ向けて駆け出しながら両手を大きく打ち合わせる。
 それぞれの手の内にあった火球と水球が衝突し打ち消し合い、瞬間蒸発と共に白煙が倉庫内に立ち込める。
 単純な目眩ましだが、これで充分意味がある。
 四門の家系由来の『四つの門』による空間操作の攻撃は座標を固定しなければならない故に、視認できなければ使えない。
 つまり白煙で視界を封じた今、『四門』は使用不可能。たとえ使ったところでろくに座標認識もできずに開いた門はあらぬ場所へ繋がってしまう。
「この倉庫を中心点として、お前はこの周辺地域に領域を敷いている。これも一種の結界ってやつか?この場所を基点に東の方角にはお前が手ずから細工をしたそれぞれの方位を象徴する『何か』が配置されてるはず!前回みたいになぁっ!!」
 そう。前回もそれはあった。同じ方角に、同じ意味で。
 植物を植えた植木鉢と、水で満たされたバケツが。
 その二つを由音が蹴り砕いたことが、勝利へと繋がったことを思い返す。
 気とはすなわち木。さらに木を増長させる為に必要なのは水と土。これら象徴物を適切な方位と位置に据えることで風水の効力は発現する。
 四門は陽向家がお得意とする五行思想まで取り込んで八卦の術式を構築していたんだ。
「随分と自分のお家に誇りを持ってたみてえだが、そのわりによその技術を組み込んで我がもの面で使ってやがるテメエはなんなんだよっ!」
 爪先から妖精の力を通し地中の精霊の力を整えて射出する。同時に俺自身もロケットスタートで飛び出す。
 白煙を突き破っていくつもの太い鉄柱が飛来してくるのを、まるで魚を解体するかの如く二振りの短刀で斬り裂いてバラバラにしながら四門は血の混じった唾を飛ばして背後に回り込んだ俺の速度に追い付く。
「本来の四方位操作だけなら楽だったんだが、それが八つともなると力の制御が面倒でなあ!てめーらんトコの五行法は配置循環をスムーズにするには打ってつけだったのさッ!!」
 地中から引き抜いた金行と土行を圧縮させた切れ味の鈍い小太刀を振り回して四門の斬撃を受け流し、剣戟の隙間を縫って突き出した左手でヤツの胸倉を掴む。そのまま背後に倒れ込むようにしながら膝を曲げた片足を四門の腹に当て、呼気を合わせて一気に押し出す。
 不恰好な巴投げは四門の体を倉庫の天井近くまで浮かせた。
 それを見届け、俺は背中を地面に着けたまま右手で地面にベヂンッと触れる。
 地面から倉庫の壁面、壁面から天井まで力の流れを伝導させる。操るのは屋根を支えている天井の鉄骨。
 五大属性を操れる妖精種の力なら、たとえ人工的に加工された物体だろうが大元の五つの元素のいずれかが関与していれば操作出来る。
(陽向家は五行思想を基盤として意味や現象を発動していたらしいが、その理屈からすれば妖精の力も馴染まない道理は無い!)
 意識の奥底から引き出す。陰陽師として古来から伝えられてきた『陽向』の家系が脈々と受け継いてきた退魔の記憶と経験。そこへ妖精の持つ力を混ぜ合わせる。共に根源には五行が携わっている、二つの力に特段大きな差異が発生するはずがない。
 天井で精密に汲み上げられていた鉄骨が干渉を受けてギシリと軋む。やがて強引に不可視の剛力で歪められたかのように次々と鉄骨が捩り曲がり矛先を定めて固定される。
 さながらそれは放たれる間際の引き絞られた矢のように。
「な、てめッ……!!」
 身動きの取れない空中で、それでも『四門』の力で門を開き俺へ刃を跳ばそうと構えていた四門が頭上の動きを感知して絶句する。
 普通の人間なら間違いなく即死だ。だが、お前なら。
「お前ならこれくらい、『かなり痛い』レベルで済むのかもな」
 力を流し込んで操っていた右手をぐっと握る。
 それが発動の合図だ。
「てめーなんぞに、クソッ…てめー、この半端野郎がああァああああああああああああああああああああ!!!」
「“|金剛《こんごう》|改式《かいしき》・|鉄華墜《てっかつい》!”」
 ガギョッ!!と何か硬質なものが無理矢理引き千切られたような音がそこかしこで鳴り。
 次いで響き渡る、鋼鉄の矢が射放たれる無数の異音。
 広い倉庫内の屋根全域から、中央の四門を撃ち落とす数えきれないほどの尖った鉄骨の群れが押し寄せ、四門を巻き込んで地面に突き刺さる。
 我先にと続々と降り注ぐ鉄の矢群の中で、四門の悲鳴とも怒声とも取れる絶叫は鼓膜を痛めるほどの金属音に呑み込まれて消えていった。
122, 121

  




      -----
 無数の鉄骨が地に落ちた一人の人間目掛けて殺到した。
 天井の全てから射出された鉄の矢が一ヶ所に集い突き立ったそこは、まるで鈍色の花が咲いたように鋭利な鉄の柱が満遍なく均等な角度で広がっている。
 その只中に、満身創痍の四門はいた。
「…流石だな。やっぱ生きてたか」
 痛む体で歩み寄る。
 四門は無数の鉄骨の隙間に埋もれるようにして横たわっていた。
 途中からは無数の鉄骨に遮られて姿が見えなかったが、それまでは四門は凄まじい速度で撃ち出された鉄骨を迎撃していた。ただ如何せん、あの重量物があの物量で押し寄せてくればいくら常人を越えた身体性能で強化していても限界は来る。掠っただけでも骨が粉砕しそうな鉄骨の勢いに押しやられ、ついに四門は地に縫い止められた。
「……ぶっ、げぼぁっ…!こ、の…てめ……」
 俺の呟きを受けて、勢いよく起き上がろうとして吐血し、血をだらだらと流しながらも殺気立ち昇る怒りの形相で俺を睨む。
 決着はついたはずなのに、俺はその視線に身を竦ませてしまう。突き刺さる眼力が俺の肌に感じるはずのない痛みを与えてくる。
「四門、もう諦めろ。お前に父さんは殺させない」
 鉄骨の猛攻によって全身を打ちのめされたはずだが、意外にも見たところ致命的な怪我は無いようだ。粉砕骨折、内臓破裂くらいならありそうだが、この四門をしてその程度は致命傷とは呼べないだろう。
「息の根、止めもせずに……勝った気になってんじゃねーよ……バカが…!そういうトコも、てめーは半端だ」
「お前の家系は四方の力を管理し、その中枢…莫大な力が集う『神門』の管理者に仕える一族だったな」
 四門の言葉を無視して、俺は必要な情報を引き出させることに集中する。そうでなければ、俺は自覚し過ぎている自身の半端さに嫌気が差して何もする気が起きなくなってしまいそうだった。
「そして、その『神門』の権限を姓名ごと俺の父親が奪った。お前の言い分はそうだったはずだ。奪われたっていう本家『神門』の人間はどうした」
「死んだ」
 はっきりと、喉に詰まった血液を吐き出しながら四門は言った。
「てめーの親父は、なあ…神門の当主をブチ殺して、強引に力を掻っ攫って…消え失せやがった。……オイ、てめー。知ってっか?」
「…なにが」
 父さんが人を殺していたということ。真偽のほどは不明だがとにかく少なからずショックを受けた俺へ、仰向けに倒れたまま動けずにいる四門が話し掛ける。
「あたしや、てめーみたいな特異家系の人間、はな。…血族としての縛りが利いてる」
「縛り?」
「一族へ裏切りや謀反を、起こさせない為の…首輪さ。産まれた時から洗脳教育をされっから、普通はんなこた、考えるわけもねーんだが……念には念を、ってヤツか。あたしも四門家を裏切るつもりなんざねーが…たとえそうしようとしても、なんらかの矯正力が働く、ようになってる」
「…………」
 引き出す、脳から意識から、記憶と知識を引き摺り出す。
 多くの人々から願い望まれ、やがて実際に力を持つようにまでなった家系の人間は、その身に先天的な異能を有した状態で産まれて来る。それは俺に流れる退魔の力であったり、四門のような力の管理者としての資質だったりする。
 その者達は、人々に望まれるがままにその力を正しく使いお家の使命を全うしなければならない。それは宿命と言い換えても過言ではない。特異家系に産まれた者の生存理由は、ほぼ大半がそこにある。
 故にこそ、裏切りなど言語道断。そもそもがそんな事態に至らないようにその内に流れる血には抵抗を無力化する術式が封されている。
 そこまでを『僕』から引き渡してもらって『思い出した』。そうしてようやく疑問が浮上する。
 父さんは陽向を裏切ったと言っていた。だがそれは、ただ単純に陽向家から出奔したなどといった話ではない。
「てめーの親父は、…どーやったのか知らねーが、特異家系としての『陽向』から完全に縁を切った。さらに…その上で『神門』として成り上がり、やがった」
「―――家系の…移籍だと?」
 特異家系のしがらみはもはや呪いのレベルだ。普通に考えて断ち切れるものではない。
 だが父さんは『陽向』の鎖を振り解き、枷を破壊して陽向家から心身共に離脱することに成功した。
 これだけでも信じ難いが、さらに不思議なのはそのあとだ。ようやく家の縛りから解放されただろうに、さらにその身を別の特異家系の束縛に投じた。これが本当なら今の父さんは『神門』の家系に囚われていることになる。
 なんの為に?
「どういうことだよ…」
 さっぱり意味がわからない。大体父さんは何故『陽向』から決別した?裏切るに足る理由があったのだとしても、そこからさらに別の血族に乗り換える必要性が見えない。
 ただの裏切りじゃない、これは過程だ。
 自分の生まれ育った家を棄て、それでも先に進まなければならない『何か』があった。
(父さん…あんた一体…っ)
 居ても立ってもいられず、俺は荒い息と吐血を繰り返す四門に背を向けて倉庫の出口へ足を向ける。
「オイ待て……クソが、だから半端に、残して行くなって…言ってんだろーがッ!!」
 鉄骨の一本に折れかけの左手の指を掛けて上半身を半ば強引に起き上がらせた四門の声が背後から聞こえる。
「はっ、はあ……|殺《や》れよ。あたしは生きてる限り意味を求める。生きる意味だ。……てめーの親父と違って、こちとら『四門』に誇りを掲げてる。役目を、取り戻すまで…あたしはッ」
「それだけの怪我なら、いくら自己治癒能力を引き上げようが完治までにはそれなりの時間が掛かるはずだ」
 四門への攻撃に使ったせいで鉄骨の組み上げが緩くなってきた天井が、崩れる一歩手前となっていることを不気味に擦れる金属音で知らせてくれる。
「その間に、俺も真相を暴く。もし本当に父さんが本家神門の人間を殺したのだとしたら、もうお前の役目とやらは続けられない。そしたらまた俺は父さんを狙うお前と闘うことになるだろう。次も無事お前に勝つことが出来たら、その時殺す」
 パラ、と頭上から鉄骨の欠片や粉塵が落ちて来る。崩壊はすぐだ。
 その前に俺は両足から力を伝え、地中の属性を抽出する。閉じた瞼の裏に描いたイメージに沿って、鉄骨に埋もれる四門の周辺の地面が盛り上がって巨大な数本の柱となって崩れ始めていた天井を支える。これでしばらくは保つはずだ。
「それまでおとなしく療養してろ。『神門』の件も含め、お前も俺も完全に当事者だからな…。事の次第がはっきりわかってからでも、話の続きは遅くない」
 自身の家の役目を全うせんとして仕えるべき『神門』を探し求めた四門も、この件に関しては被害者と言えなくもない。全ての事情を知っている張本人様は家にいるはずだから、今夜の内に無理矢理にでも聞き出した方がよさそうだ。
 当初の目的であった、打倒四門は達成された。色々考えたが、こうして生きたまま無力化できた以上、無理に命まで奪うこともないと判断した。
「んだと、てめー…オイ待て!…ふっざけんなァああああああああ!!!」
 生きたまま見逃されるのが屈辱なのか、喉が裂けるほどのけたたましい声を上げて獣のように叫ぶ女を一瞥だけして、今度こそ俺は崩壊手前の倉庫から外へ出る。
 ……人と妖精、神門に陽向。
 様々な要素が交わる渦中ど真ん中に位置する俺に、加えて人の命まで背負うだけの余裕はないんだ。
 少なくとも、今はまだ。
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