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第二十一話 四門の怨嗟

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(っ…!)
短刀が守羽の首元へ流れるのを目撃しながら、由音は一秒に満たぬ時間の中で念じた。

深く深く、さらに深く。“憑依”をさらに深く。
“再生”もさらに展開、内よりの浸食と外よりの致命傷を並行して処理。
“憑依”による浸食速度をさらに凌駕する“再生”にて拮抗。
頸部及び腹部への裂傷、完治所要時間三秒。行動可能状態までであれば0.二秒。
浸食速度上昇、意識に僅かナ混濁。行動にハ支障無し。
|致命復帰《リヴァイブ》、|打倒再開《リスポーン》、|行動開始《リスタート》。
…ひさビサにほンきをダすか。

錆びついた歯車に油を差すように、由音は自分より死にやすい守羽の危機を前にコンマ数秒で力を引き上げる決意をした。



いきなり横合いから飛び出した拳によって、俺の殺害にばかり意識が向いていた四門の頬が殴り飛ばされた。
「ん、な…!?」
(…東雲!)
わけがわからぬ表情で殴られた四門とは逆に、俺はすぐさまそれが東雲の仕業だと気付いた。
凄まじい速度で傷を完治させ、足首が捻り潰れるほどの力で踏み込み飛び出した東雲が、瞳に昏い色を乗せたまま鋭く四門の吹き飛ぶ先を見る。
無理矢理な負担を掛けた足首が瞬時に“再生”し、空中で体勢を立て直そうとしていた四門へと飛び掛かる。
「クソが…悪霊憑きの霊媒者風情が…ッ」
顔面を狙って突き込んだ拳を避け、その腕に短刀を振り下ろす。
今まで包丁で野菜を輪切りにするように軽々と斬り落としてきた腕が、今度ばかりは皮膚と肉を少し裂く程度で止まる。
「チッ!」
少し斬られただけの腕を引き戻すついでに四門の首に五指を引っ掛け空中で振り回して地面へ叩きつける。
背中を打ち据えて息を吐き出す四門へ、着地するより前に全身を回転させて遠心力を充分の乗せた踵落としを見舞う。
四門はそれを仰向けに倒れたまま交差させた短刀で受け止める。
直後に発生したクレーターにより、四門の体が地面に大きく沈み込んだ。
衝撃で砕け散った地面の破片を避けながら、俺はその様子をただ見ていた。
まだ完全ではないが、本気を出し掛けている。
かつて力に呑み込まれて人間という性質を失いかけたトラウマを持つ東雲が。あそこまで力を引き上げているのは俺も久しぶりに見る。
防御に回した二刀の上に踵を乗せ、その一点だけで姿勢を維持し体重をかけている東雲が僅かに濁った眼球でぎょろりと四門を見下ろす。
「このバケモンがよー…!ったく、人外退治は『ヒナタ』んとこの領分だっつーのに!」
忌々しくそう吐き捨て、横倒しで東雲の一撃を押さえたまま衝撃で震える両腕に短刀を握ったまま左足を地面に振り下ろす。
左足は地面に触れる前に現れた門に吸い込まれ、同時に東雲の頭上に発生した門から飛び出した。
脳天を蹴り下ろされ意識が一瞬そっちに向いた隙を見逃さず、短刀で踵を受け流した四門が両足を屈めて体を丸め、一息で両足を突き出しドロップキックで東雲を突き飛ばした。
「てめーに用はねーんだよ、余興は終いだ」
クレーターから跳び上がった四門が短刀を構え、開いた二つの門を通じて斬撃を浴びせる。
「っ、…!」
背後から迫る刺突、正面からの袈裟斬り、横薙ぎの一閃。四門の言う四つの門を使って、まったく認識外の位置や方向から対応不可能な攻撃が連続する。
だが、それらを東雲は紙一重のところで反応して回避あるいは手足を使って防御する。
「人外の感度を使って…『門』の発生点を直前で察知してんな!」
俺にはわからなかったが、どうやら四門は東雲が何をしたのか看破したらしい。
とにかく、東雲一人に任せておくわけにはいかない。俺も激しい攻防を展開する二人へ向けて走り出す。
それを横目で確認していた東雲が、背後から現れた短刀に突き刺された。
にやりと笑った四門の表情が、次の瞬間に凍り付く。
背後から貫通し胸から突き出た短刀と、背後の門から伸びた四門の右手首を後ろ手に掴んで、今度は東雲が笑う。
「ごふ…っ、門ってノは…開イたまンまで何かガ通ってる時は、閉じレなイんだろ?」
「ッ…なんでてめーがそれを」
「アんだけ攻撃食らッてりゃ、馬鹿でも気付くっテの」
門越しに腕を通して攻撃した手首を掴まれ、それ以上前進も後退もできなくなった四門が振るう悪足掻きの左の短刀も、東雲が身を挺して受け止め押さえる。
これで両手は塞がった。
これだけお膳立てのされた状況で、それを台無しにするほど俺は抜けていない。
軽く一歩を跳び、抵抗しようと身じろぎする四門の側頭部へと正確無比に振るった右ストレートが直撃した。
「畳み掛けるぞ」
「よっしゃ」
拳を振り抜き即座に体を前方に倒して足を踏み出す。瞬時に傷を完治させた東雲もそれに続いて昏く淀んだ瞳で四門の姿を追う。
「神門ォ!!」
側頭部から血を流す四門が激昂しつつも短刀を突き出す。空間に開いた門が俺の眼前に煌めく刀身を出現させる。
疾走したまま体を捻って回避、次いで腹部に向けて飛び出た刃を身を翻して躱す。
これで門は使い果たした。刃を戻し再度迎撃に使うより前に、
「おっらあ!」
東雲の攻撃の方が早く届く。
「うぜえ!」
ガガギンッ!!
素手と短刀がおかしな音を立ててぶつかり合う。東雲の皮膚が裂けるが、ただそれだけだ。刀を弾いた両手は原型を保っている。
やはり“憑依”の強化は人間離れしているな。
弾いたタイミングで俺も突っ込み握り締めた拳を突き出す。が、これは門に呑み込まれあらぬ方向へと飛ばされる。
これに対応することは出来ない。為す術もなくただ攻撃を無効化されるしかない。
だがこれでいい。門を使わせることに意味がある。
俺は門に腕を通したまま、片手で四門の攻撃を受け流す。
東雲の考えでは、四門の使う門は、開いている間にそこを通過しているものがある限りは門を閉じることが出来ない。つまりこのまま腕を門に入れておけば門は使用不可になる。
どの道俺では四門と闘っても勝ち目が薄い。申し訳ないがこの場は東雲に任せる。
「邪魔くせー…なんなんだよてめーはッ!」
残り一つになった門を防御と攻撃で交互に切り替えながら両手の短刀と組み合わせて闘う四門が、|悉《ことごと》くを迎撃あるいは防御からの瞬間再生で持ち直す東雲に苛立ちをぶつけた。
「んな半端な混ざり方してるクソカスに肩入れするとかバッカじゃねーのか。てめーになんの利益があるってんだ」
「利益なんてねえよ!オレは恩を返してるだけだからな!」
とうとう東雲の右手も門に捕らわれ、それでも残った左手と両足で器用に跳び上がりながら人外じみた動きで攻防の均衡を保ちつつ東雲も叫ぶ。“再生”の調整が追い付いてきたのか、昏い光を宿していた瞳が元に戻りぎこちない話し方も活力を取り戻したものになる。
「お前こそなんだこの野郎!半端とかモドキとか、何言ってんのかさっぱりわかんねっつの!」
「てめー如きにわかられちゃ、こっちが困るってーんだよこの死に損ないが!」
互いに吼えながら鎬を削り合っていたところだったが、俺にもそれは気になっていたことだ。ちょうどいい。
「なら俺如きにならわかるのか?神門モドキってどういう意味だ、モドキも何も俺は神門守羽だ。間違いなくな」
「ハッ、どっからその自信が来るんだかなー…てめーみてーなごちゃごちゃ混ざった雑種風情がよくもまあ」
二刀と左腕を至近で押し付け合っている最中、四門は俺を冷たい瞳で睨んで歯噛みする。
「てめーは神門じゃねー。神門なわけがねーんだ。四門として、てめーを断じて神門だなんて認めねえし、許さねえ」
「なんだよ、それは…」
言っている意味が一片たりともわからない。
「いいから殺されろよ、その方がてめーの為だ。どーせ今後、ろくな人生にならねーんだから今の内に終わっとけ」
「「っざけんな!!」」
意図せず俺と東雲の声が重なる。驚いたのは俺だけだったが。
「勝手に決めんな!こいつが死んで不幸になる人間だっているんだよ!お前なんかよりずっと生きてる価値のある人間なんだ、お前の都合で終わらせてたまるかよ!」
なんでこいつがここまで俺のことで怒るのかよくわからないが、とにかく東雲は憤慨していた。右手を門から引き抜き、両手のラッシュで四門の動きを縫い止める。
「てめーから見たてめーの心情なんざどーでもいい。あたしは、あたしが思うことを正義に掲げて執行する。そいつは悪だ、退治すべき害悪だ」
尋常じゃない速度でフェイントを織り交ぜた斬撃を数発。東雲の左目を通過して斜めに切り傷が走り、肩に短刀が突き刺さる。
血で塞がれた左目を閉じたまま、肩の短刀を押さえ付けて東雲がふっと笑う。
「そうかい。オレにとってあいつは問答無用で大正義だ、殺させやしねえ…!」
傷を意に介さず攻撃を放とうとした東雲の肩に刺さった短刀を捻りさらに突き入れ、意識がそっちに傾きかけた隙を見て短刀から手を放し拳打を叩き込み東雲を吹き飛ばした。
「なら先にてめーが死ね」
「ゴリラ女め!」
言葉と一緒に血反吐が吐き出される。あの様子だと内側の骨が折れて内臓に刺さったか。素手で“憑依”状態の東雲の骨を折るとかやはり普通じゃない。
四門の言っていることは依然としてわからないままだが、それをいくら問い詰めたところであの女は説明しないだろう。時間の無駄だ。
今は今やれることをやるだけ。
そしてやれることは限られている。
倒す。ただそれだけ。
肩の短刀を引き抜いて地面に投げ捨てた東雲が高速で傷を治す様子を横目でちらと見てから、俺も“倍加”の力をさらに上げる。
全身体能力、四十八倍。
相手の能力は大体わかった…つもりだ。あとはそれを対処・対応しつつ倒すのみ。
そう感じていた俺は、傷を完治させた東雲が四門ではなく違う何かへ視線を向けているのに気付いて疑問を覚えた。
何を見てんだあいつ。
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「なあ神門、ちょっとだけ任せていいか?」
「あん?」
何かを見ていた東雲が、呟くようにそう囁いた。
「ほんのちょっとでいいからさ」
「俺一人でアイツを相手すればいいってことか?」
「そうそう」
何か意味があってのことなんだろうけど、俺にはそれがわからない。
だが、この場面で必要のないことをやろうとするほどの馬鹿じゃないことは俺も知ってる。ここは黙って従っておこう。
「わかった。どれくらいだ?」
「一分あれば充分だ。きっちり止めててくれりゃ三十秒程度で済むかも」
「ふうん」
たかが三十秒で何をするのやら。
ともかく受けたからにはその三十秒、命を賭して食い止める。
「…」
四十八倍強化の肉体をぎしりと軋ませて、俺は身を沈め飛び出す。同時に東雲も違う方向へとダッシュで駆けた。
「っ!?霊媒者てめー!」
憎き俺よりも、四門は東雲の方へと意識を向けた。止めようと開いた門に短刀を突き入れようとしたところを跳び掛かって阻止する。
「邪魔だクソ!」
「テメエの目的は俺じゃねえのかよ」
「チィッ!」
四門の身体能力はどういうわけか俺の“倍加”で強化した状態をも上回る。二刀を相手に単身で真正面から闘えば勝つ気がなくともジリジリと押されて負ける。
だが、三十秒程度であれば。
そう思っていたが、
「くう…っ、はあああ!」
強化させた五感で門を使い死角から迫る刃を避けつつ四門の斬撃や徒手を受ける。いくらか避けるが、それ以上に傷を受ける方が多い。
太腿を貫通した傷のせいで立ち位置や移動に遅れが出る。力が入らない。
それでも引き下がりはしない。
顔を狙い飛び出た刀身を避け、門から消える前に噛んで止める。次の斬撃は腕で受け止め短刀ごと手を掴んだ。
「犬かてめーはッ!」
歯で噛んだ短刀を手放し握り拳を俺の額に叩きつける。常人では出せない威力で頭が揺さぶられ血が流れる。
視界がぐらつくのも構わず、俺は短刀を噛んだまま殴りつけてきた拳を残った手で押さえ付ける。
「ッ…東雲ぇっ!」
「おうよサンキュー!」
心の中で秒数を数えて、頃合いで呼んだ俺の声に東雲が応える。と同時に、
バキャンッ
「……ッ!!」
何かが割れる音が耳に入る。それに反応した、四門の憎々しげな歯軋りの嫌な音も。
さらに明確な変化があった。
「…?」
弱い。
ついさっきまで強引な力押しで負けそうになっていた四門の力が、急激に落ちた。
手を押さえ付けたまま今度は俺が力押しで四門を跳ね飛ばす。
(なんだ…何が起きた?)
よくわからないまま割れた音のした方を見れば、東雲が蹴り壊したらしき何かが倉庫の壁際に散らばっていた。
茶色の陶器、その破片。一緒に散乱しているのは土と…あれは植物だろうか。
バラバラに砕け散っていても、原型はわかった。
植木鉢だ。土が盛られ、よく育った植物が植えられた植木鉢。
どうやらさっきの音は東雲が植木鉢を蹴っ飛ばして割ったものらしい。
「もいっこ!」
言って、東雲はさらに走って向こう側の壁際に置かれていた物も蹴り飛ばした。
今度はバケツ。学校の掃除用具などでもよく見かける一般的な青いバケツだった。
中に並々と満たされていた水が、蹴りで割れたバケツから飛び散って倉庫の地面に濃い滲みを作る。
植物を植えた植木鉢と、水で満たされたバケツ。
意味も意図もわからないで置かれていたその二つを破壊した時、四門の弱体化が明らかなものとなった。
バケツを壊した勢いそのままで四門に突っ込んだ東雲の一撃が、両手で防いだ四門の体を軽々と殴り飛ばして倉庫の壁に叩きつけた。
「ごはっ!」
背中を打ち据えて前のめりに倒れた四門の右腕はおかしな方向に曲がっていた。
これまで“憑依”で強化されていた東雲の手足を容易く斬り裂くほどの勢いと腕力を秘めていたその細腕が。俺がどれだけ“倍加”で強化した拳打でも痣すらできなかったその腕が。
あっさりと、今の一撃で折れてしまっていた。
「お……おお?」
俺はもちろん、殴りつけた東雲自身も四門の様子に戸惑っていた。拳を振り抜いた格好のまま目を白黒させている。
「おい東雲、お前何したんだ?」
「いや…なんかあの女と同じ気配がするのを壁際んとこに見つけたから、それ壊したらちょっとは有利になるかなーと思ったんだけどさ…」
同じ気配。
“憑依”状態の東雲は身体能力のみならず五感に至るまで人外の性質を宿す。俺には感じ取れない異能の気配などを、東雲は五つの感覚器官全てで捉えることができる。
あの植木鉢とバケツからも、四門が放っているものと同じ気配が発せられていたということか。なら、やはりただ置かれていただけの物ではなかったのだろう。
四門の弱体化……いや、おそらくは四門を強化させていた何か。それがその二つだったのだ。
どういう理屈でどういう力を使っていたのかは皆目見当もつかないが。
兎にも角にも、四門の人間離れした身体能力は低下、あるいは無力化したと見ていいか。
叩くなら今だ。
「東雲、やるぞ!」
骨を殴り折ってしまったことに僅かな罪悪感を覚えたのか微妙な表情をしていた東雲に喝を入れ、俺は右腕を押さえたままふらりと立ち上がった四門を叩きのめす為の拳を放つ。
「………のんな」
顔を俯けた四門の口が動いて何事かを言った瞬間に、一瞬で消えた四門の体があった場所に俺の拳が大きな空振りを通過させる。
「あ…?」
「調子に、乗んなって」
すぐ耳元から聞こえた声に振り向くより早く右腕を取られ、そのまま後ろ側に捻じ曲げられて四門の肩を支点に俺の体が宙に浮き上がる。
逆一本背負い。
危うく顔面から地面に叩きつけられそうになったところを、取られたのと逆の腕を顔を地面の間に差し挟むことで回避する。
「く、このっ!」
足を真横に薙いで足払いを掛けるが、その時にはもう四門は離れた位置にいた。
速いどころの話じゃない。見えない。
瞬間移動…?
「東雲、見えたか今の!?」
「見えねえよ!なんだあの女|風紀委員《ジャッジメント》か!?」
少し離れた位置で今の光景を見ていた東雲でもわからなかったとなると、やはりただ単に高速で移動したというわけではない。
四門の強化は植木鉢とバケツの破壊で消えたんじゃないのか。
「そか…悪霊の力でアレの気配を見抜かれるのは想定外だったなー…。いや、そこまで“憑依”をものにしてやがるとは、ますますもって気に入らねえな、霊媒者」
折れた腕を支えながら、四門は妙に落ち着いた様子で数歩下がる。
相手は手負い。逃げる気か。
「逃がすかよ…!」
「そりゃー、こっちのセリフだカス野郎…!」
怨嗟の篭った語調で吐き捨てると、四門の背後の空間がいきなり歪んで開いた。
(門…!!)
ただ先程までの短刀を用いた門とは段違いに大きい。四門の体が丸ごと門の中に落ち、閉じていく門と共に姿が消えていく。
さっきの瞬間移動じみたものの正体はこれか。
殴るのも蹴るのも間に合わない。
閉じていく門の中で、四門の憎悪に満ちた瞳と目が合う。
「逃がさねえ、絶対に逃がさねー…。絶対に殺してやるからな、クソカスの半端野郎…!」
「逃げながら好き勝手吠えてんじゃねえよこの野郎が!」
当たらないとわかっていても、この拳は振らずにはいられなかった。
案の定、掠りもせずに俺の拳は空を切る。
「ちっ!」
「なんでもありか、あの女」
感心した風に一人で頷きながら、東雲が俺の隣で消えた門のあった空間を見つめる。
「なんなんだよアイツは、わけわかんねえことばっかり一方的に言ってきやがって」
結局、最初から最後まであの四門という女のことはわからず終いだ。目的は俺の殺害だとして、その理由すら判明していない。恐ろしく俺を憎んでいるようではあるが…。
「ほんとにな!ぜんぜんわかんなかったぜ。まいいや。神門、静音センパイんとこ戻ろうぜ。ずっと一人にしてんだろ?」
自分だって何度も殺されかけた相手のくせにまるで気にしていないように笑って東雲は俺の背中をバンバンと叩く。相変わらず息が詰まるほど強く叩いてきて腹が立つ。
腹が立つが、今回は東雲に助けられた部分が大きい。だから何も言わずただ頷く。
「そうだな。早く戻ろう」
ただでさえここは普段から人気が皆無な場所だ。一時でも長くいたいとは思わない。
静音さんだって一人きりで残されては心細かろう。仕方なかったとはいえ申し訳ないことをした。早く合流して街に戻らねば。
朝も同じように静音さんを一人にした結果として今回の一件に巻き込んでしまった。そのこともあって、俺は何かに背中を押されるようにして静音さんを置いてきた倉庫へと急ぎ足で向かった。



四門が逃げ、守羽と由音が静音のもとへ向かった、その数分前のこと。
「……」
守羽に言われるがまま隠れ潜んで待機していた小さな倉庫の入り口に男が立っていた。
両手をポケットに突っ込んだまま、男は火のついていない煙草を咥えて静音を見ている。
「…あなた、は…」
咄嗟に何者かを探る為に放った言葉だが、静音は半分ほど諦めていた。律儀に答えるわけがないし、何者かはともかくこの男がいきなり現れた無関係者であるわけがないと理解していたから。
だからこそ、静音は身構える。
ほぼ確信だ。
この男は、自分を拉致拘束したあの女の仲間。
「……ああ。ひなた」
煙草を咥えたまま、男は独り言のようにぽつりと言葉を漏らす。
「…?」
「『ヒナタ』と名乗れば、『神門』の関係者らしき君は何か反応を示すのか?」
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